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堕落者-悪魔の力を行使する者-  作者: たもっちゃん
第1章 最強の殺し屋
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序章

 薄暗い洞窟。

 壁を伝い滴り落ちる水は重力に従い、下に大きな池を作る。そこに満ちる冷気は、人どころか生物の生息を一切感じさせない程に強い。

 そんな悪辣な環境の中で、一組の少年少女が息も絶え絶えで疾走していた。

 赤い髪を腰まで伸ばし、見るからに活発そうな少女と弱弱しく瞳を揺らす、奥手そうな黒髪の少年。二人はその顔を焦燥と恐怖に歪めていた。

 後ろを小まめに振り返る様子を見ると、何者かに追われているのだろう。

 大きな洞窟は小さな彼らにはとても広大で、そして過酷だった。時折転びそうになり、その度にどちらも辛そうに顔を歪める。

 だが、どちらともなく片方を励ましながら、決して止まりはしなかった。


 どれくらいの間、二人は逃走を続けたのだろうか。


 外の光が入ってこない洞窟で、それを窺い知る事は出来ない。

 さらに、幼い彼らにとって追っ手からの逃走など初めてで、その分かなりの体力を奪っていった。覚束ない足取りで目の光も薄れていく彼らに、最早これ以上逃げ続ける体力などありはしなかった。


「もう無理だよ……」


 とうとう少年の足が止まった。


 諦めを少女に漏らす。それまで気丈に振舞っていた少女も、もう否定を口にしようとはしなかった。


 少女もまた、限界だったのだ。


 二人が立ち止った場所――そこは、洞窟でも最奥に近い場所だった。

 荒い呼吸を何度か繰り返し、周りを見渡したとこでようやく状況を確認できる程落ちついた二人は周りを見回し、唖然とした。


 暗かった筈の洞窟に、光が満ち溢れていた(・・・・・・・・・)のだ。

 

 先程まで無かった筈の壁際にある燭台によって、である。

 火を付けてもいないのに、気が付いたら灯りが灯る場所に二人はいた。壁や床、天井は土でできているため凹凸が目立つが洞窟と言うよりは最早、室内に近い。

 周りには祭壇らしき物や何に使うのかもわからない道具、装飾の施された立派なテーブル。場違いな華やかさを放つ銀食器に、もう白骨化してしまっている動物達の死骸。異様な光景に知らず二人の背に冷や汗が流れる。


「な、なんなの……此処」


 救いを求める様に少女が少年を見る。

 対する少年も困惑を隠せず、その問いに答える事は出来ない。しかし、少年はある物に一筋の光明を見出した。


 祭壇にはまるで献上されるように置かれた一つの剣(・・・・)があった。


 華美な装飾剣だが、それは紛れもなく武器であった。

 どうする気なのか、そう目で問う少女に、少年は安心させるように少し強張った笑みを辛うじて作り上げる。


「大丈夫だよ。きっと、大丈夫だ」


 少年が小声で呟いたのは少女のためか、はたまた挫けそうになる自分に向けたものか。

 鞘から剣を抜くと、今まで放置されていたとは思えない程に研ぎ澄まされた綺麗な刀身が姿を現した。引き込まれそうなほど美しく、怪しい輝きを放つ刀身は、剣と言うより美術品の様に洗練されていた。

 その輝きに、少年は見惚れた。


「なんだ、もういいのか?」


 少年の意識を現実に引き戻したのは、少女の声ではなかった。

 野太く、掠れた声はまぎれもない男の声。その声は少年たちにとって、今、最も恐れていた声、最も聞きたくなかった声だ。

 黒衣を身に纏い、顔を覆い隠すようにフードを被った一人の男が、突如少年たちの後に立っていた。


「もう少し逃げてくれると思ったんだがな。限界か? 逃げるのは諦めたのか? だったらすぐにその命、刈り取ってやろう」


 男の登場に、瞬時に二人は身構えた。


「逃げてばかりだと思うなよ!」


 少年は黒衣の男に向かい振り返りざまに剣を振るう。

 その動きは、見違えるように速く、そして鋭い。

 けれど、その刃が男に届く事はなかった。

 腹部に感触、それと同時に迫り来る痛みに少年は呻く。男が蹴り上げたのだと少年が知覚する頃には、今度は変化した蹴りが横から少年の顔を打つ。

 独楽(こま)のように回転しながら、小さな体が宙を舞った。


「いやああああああああ」


 耐えきれずに叫ぶ少女を男は一瞥しただけに留め、少年への攻撃を止めない。

 その度に重低音の打撃音が洞窟内で反響する。

 成人男性よりも一回りは大きい黒衣の男の蹴りは少年の体をまるで球のように吹き飛ばし、蹂躙していった。

 圧倒的な体格差と絶望的な状況の中、それでも少年は痛みに耐えながら剣を振るった。

 袈裟切り、そして下段からの斬り返し、さらには喉元を狙い突き一閃。他にも頭を狙い、胴を狙い、奇をてらい腕を狙った。


 多彩な攻撃は、村の道場で習った少年の全てだった。


 少年が育った村は田舎にあるとても小さなものだった。同年代の少年少女も少なく、何より村にいる人間自体が少なかった。だが、そんな村でも少年の剣は一番だった。

 その人によってはちっぽけと馬鹿にされそうな矜持が、今少年を支えている。


「破ッ!」


 気合一閃、少年の今ある全てを掛けた刺突が刹那の間に2回振るわれた。

 一突き目は頭を狙い、そしてそれを囮に本命は前の残像で作りだした死角から胸を突く。少年が今使える最強の技、名を『双突』と言う。

 超スピードで男に迫る少年にとって、刹那の世界がまるで永遠の如く感じられた。

 だからなのか、少年は自分の突きが前の男に容易く躱される様をも、しっかり確認してしまった。


「ッ!」

「速いな、小僧。だが、如何せん相手が悪い、ぜ!」


 避け様に男は少年の顔を打つ。


「クソ! クソ! クソォオオオオオ!」




 自分の技が通用しない事を悟った少年は、徐々に位置を後退していった。

 辛うじて剣を振るって抵抗するのは、後ろで震える少女のためだろう。

 しかし、もう二人に後ろは無くなった。

 洞窟の最奥――祭壇の前まで追いつめられていたのだ。


「さあ、もうこのお遊びも終わりにしようか。だが、残念だったな小僧。もうちょっとお前が強ければ、自分とそこの小娘は守れたかもしれないのになァ?」


 笑う男が少女の方を指さし、言った。その侮辱の言葉に少女の肩が震える。

 恐怖に引きつる顔を少年に向けた。


 激情が少年を支配する。


 どす黒い怒りの感情は少年がこれまで感じたことがない熱く、激しく少年を揺さぶった。だが、それに任せることで、少年はまだ恐怖に呑みこまれずにすんでいた。


「ま、まだ、分からない! 僕達は、まだ!」


 勝利を確信した男が祭壇を昇る。

 今まで鞘に納めていた長剣を少年に見せびらかすように抜き放ち、カラカラと音を立てて引きずる。


 恐怖を煽るように、自身の強大さを見せつけるように。


「あああああああああああああ」


 怒りに身を任せ、少年が叫びながら双突を放つ。

 先程より洗練さにかけるそれは、だが先程以上に速さをもって男に進んだ。


「またそれかよ」


 しかし、その攻撃すら男には届かなかった。

胸を狙って放たれた一発目、それを屈めて回避した男に、少年は二発目を放とうとするが、その前に男が手にしていた長剣によって弾かれてしまった。


「さぁ結末といこう。この逃走劇はお前らの死を以て、な」


 男が剣を振り上げる。

 絶望感に支配された少年に、もはや抵抗する力は無かった。



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