第7話(5月)〜謝る癖は誰のせい?〜
「……っとにこいつにゃ勝てねぇや」
「えー? 佳ちゃん何か言ったー?」
というわけで今俺は、夏乃を後部座席に乗せ、学校へ向かって自転車のペダルを漕いでいる。
「……誰かさんのせいでいつもよりペダルが重いっつったんだよ!」
「……れでぃに対してそんなコト言うのはこの口か!?」
後ろから伸びてきた両手が、何故か口ではなく、俺の首をぎりぎりと絞める。
「ぐぉっ!? ……わ、分かった悪かった! マジ苦しいから離せ……!」
「えー? 風のせいでよく聞こえないでーす」
「ぐっ……は、離して下さい……!」
「ん、よろしい」
首にかかっていた圧迫が解かれ、俺はむせながら、必死に肺に空気を取り込む。
「あ、そんな苦しかった……?」
心配そうな声色。
どんな表情をしているかなんて、顔を見なくたって分かる。
「げほっ……だからヤバいっつってただろうが馬鹿……!」
それでも「気にしないでいい」なんて気の利いた台詞を、例え思いついても口には出せない辺り、俺もまだまだ子供らしい。
「う……ご、ごめんなさい」
それきり夏乃は何も言わなくなってしまった。
気まずい沈黙。
喋っていた時には気付かなかったが、周囲から送られてくる、色々な感情の込もった視線がかなり痛い。
――っとに扱いづらいっつーか何つーか。
俺はため息をひとつつき、
「お前昨日から謝ってばっかだな」
「……え?」
「100パーセント自分が悪いんだったら仕方ねぇけどな、相手に少しでも非があると思ったんなら、んなほいほい謝んな。鼻で笑って『そんなん自業自得よ』くらいの事言ってみせろや」
自意識過剰な考えかもしれないが、恐らく夏乃はまだ心のどこかで、俺と再び疎遠になってしまう事に怯えている。
だから俺を怒らせたと分かった途端、それ以上の怒りを買わないように、すぐに自分から折れてしまうのだ。
「う、うん……分かった」
夏乃がこんなに臆病になってしまった原因は、全て自分にある。
それならば、その心に出来た傷を癒すのは、俺の役目なのだろう。
「……分かったんならいい。しっかりつかまってろ」
……まぁ、多少荒療治になってしまいそうではあるが。
というわけで夏乃の通う高校前に到着。
ホームルーム開始十分前という事もあってか、辺りは登校中の学生で溢れかえっている。
「ありがとね佳ちゃん。それじゃ帰りはコンビニで待ち合わせって事でよろしく」
……一瞬、軽い立ち眩みを覚え、俺は左手を額にあてながら、
「は、はぁ? 何言ってんだお前?」
「? だって帰り道で、待ち合わせの場所に丁度良さげな場所って言ったらあそこのコンビニじゃない?」
「い、いや、そういう事じゃな…………へいへい分かりました」
反論が意味を成さない事は、昨日嫌というほど学習した。
俺が何を言ったところで、結局「女の涙」という名の最終兵器の前に敗れ去るだけなのだから。
「別に早く終わった方がもう一人の高校の前まで行って待ってるってな感じにしてもいいけど?」
「よしコンビニだな了解した」
夏乃の言葉から一瞬の間も置かずに返事をする。
昨日は運良くクラスメートに見られず下校出来たが、そうそうラッキーデイが何日も続くわけがない。
しかも夏乃の通っている学校は女子高だ。
その校門の前で自転車に乗った野郎が一人でいれば、警察を呼ばれても文句は言えない。
この年で変質者の濡れ衣を着せられるのだけは勘弁願いたい。
「? まぁいいけど。それじゃまた放課後ねー」
夏乃は笑顔で手を振りながら走り出し、登校ラッシュの女子高生の人波に紛れていった。
「はぁ……」
俺はため息を一つつき、周囲の女子高生達からの好奇の視線に晒されながら、自分が通う高校目指してペダルを漕ぎ出した。