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第6話(5月)〜いつもと違う朝〜

 目を開けると、そこにはいつもと同じ、見慣れた自室の天井があった。

「…………」

 俺の頭の上では、携帯電話が「早く起きろ」と言わんばかりに、アップテンポなメロディを大音量で奏で続けている。

 のろのろとベッドから手を伸ばし、電源ボタンを押すと、室内は再び静寂に包まれた。

「…………」

 紺色のカーテンの細い隙間から朝日が射し込み、その箇所を漂っている埃がきらきらと輝いている、薄暗い部屋の中。

 窓の外からは、雀の鳴き声と自動車の排気音、散歩中の犬の鳴き声が時々聞こえてくる。

「…………あと5分だけ」

 自分に言い聞かせるように、寝起きでがらがらの声で、小さく呟く。

 伸ばした手を布団の中に引っ込め、俺は再び目を閉じた。


 ……春眠暁を覚えず、という言葉がある。

 春の夜は短く、その上眠り心地がいいので明け方になっても中々目が覚めない、という意味だ。

 5月といえば、正に春真っ盛りな訳である。

 ……まあ、つまり何が言いたいのかというと、

「……ちゃん……ほら……きなきゃ」

 あと5分だけなどと言って起きる事が出来ないような意志の弱い人間が、例え5分眠ったところで起きれる筈はないのだ。

「……佳ちゃんっ! 早く起きなきゃ遅刻だよ!」

 目を開けると、そこには先程と同じく、見慣れた自室の天井……は無く、俺を見下ろしている夏乃の顔があった。

「……うぉわっ!」

 慌ててベッドから跳ね起きる。

「全くもう……佳ちゃん寝坊すけなとこも相変わらずだね」

 制服姿の夏乃が、両手を腰に当て、呆れたような表情を浮かべながら、小さくため息をついた。

「……ってちょっと待て! 何でお前が俺の部屋にいるんだよ!」

「一緒に学校行こうと思って迎えに来たらおばさんに頼まれたの。佳ちゃんが起きてこないから見てきてくれないかって」

「あんのクソババア……」

「駄目だよ佳ちゃん、お母さんのことそんな風に言っちゃ……それじゃ早く着替えて下りてきてね。急いでよ?」

 そう言って夏乃はくるりと踵を返し、俺の部屋から出て行った。

「……心臓に悪いっての」

 いろんな意味で、という続きの言葉はぐっと飲み込む。

 俺は断腸の思いで温もり残るベッドから下りて、ハンガーにかけてあった制服に着替えながら、明日以降は絶対、夏乃に起こされる前に起きようと、固く誓ったのだった。




 ◇………◇………◇




 ここで、少し時間を遡る。

 昨日、あれから俺達はすぐに公園を後にして、夏乃を宮下家の前まで送ってやったのだった。

「ふいー……到着っと」

「お疲れ様ー。ありがとってかごめんね佳ちゃん」

「全くだっつーの……ったく。次こんな事しても送ってってやんねぇからな」

「き、肝に命じときます……それじゃ、明日もよろしくねー、ばいばーい」

「おう……ってちょい待て」

 余りに会話の流れが自然過ぎて、危うく聞き流すところだった。

 玄関のドアノブに手をかけた夏乃を慌てて引き止める。

「ん? どしたの?」

 ノブから手を離さずに、首だけこちらを振り返る夏乃。

「いやどしたのじゃなくてよ、何がよろしくなんだよ?」

「え? だって私、学校に自転車置いてきちゃってるし……明日の朝も送ってもらおっかなーって」

「あ? ああ……言われてみれば、自転車が壊れたとか何とか言っていたような記憶が無くもないが……」

「んー……まあ実はあれもウソだったりするんだけどね」

 しれっと言ってのける夏乃。

「だったらお前、帰り道の途中で自転車拾ってきゃよかったじゃねーか!」

「……あ、そか」

 今気付いた、とでも言わんばかりの表情をしているが恐らく、いや絶対、こいつは確信犯だ。

 根拠は無いが、俺の第六感がそう訴えていた。

「あ、じゃねぇ馬鹿!」

「駄目だよー佳ちゃん、馬鹿って言った方が馬鹿なん」

「どこの小学生の理屈だそりゃ!?」

「まーまーそんな怒んないでよ。今更気付いてどうこう言ったところで手遅れな訳じゃない? てなわけで明日よろ」

「断る」

 言い終えないうちにばっさりと切り捨てる。

「えーなんでっ!?」

「自業自得だろ。明日は歩いてきゃいい。俺は知らん」

 そもそも、他校の制服着た女の子と自転車二人乗りで登校だなんて恥ずかし過ぎる。

 加えて、万が一クラスメイトの誰かに見られたりでもすればたまったもんじゃないし、北澤か上野に見つかればその時は命に関わる。

「佳ちゃん、こんなか弱い女の子に自転車でン十分かかる道を歩かせるつもりなの!? 男としてサイテーだよっ! おばさんに言いつけちゃうよ!?」

「そこで何でお袋が出てくんだよ……てか歩きたくないならバスでも何でも使えばいいじゃ……って分かった! 送ってく! 送ってってやるから泣くのはやめろ!」

「えへへーよかったっ! それじゃまた明日ねっ! 行っとくけど置いてっちゃやだよ!?」

「へいへい……はぁ」




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