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第2話(5月)〜突然のメールと拭い去れぬトラウマ〜

 その日の授業も終わり、机と椅子を教室の後ろに下げる。

 今週は掃除当番じゃないし、放課後居残りさせられるような用事も特に無いのでさっさと家に帰ろうかと鞄を背負ったところで、

「けーいーすけっ!」

 弾んだ声と共に背後から強く肩を叩かれた。

「……っ!」

 その痛みに、危うく大声を出しそうになった。


「……ちったぁ加減しろっていつも言ってんだろこの馬鹿力!」

 振り返りながら、俺の背後に立つ男の鳩尾に、三割くらいの力を込めた拳を叩き込む。

 こんなことする人間は一人しか思いつかないので、躊躇はしない。

「おふゅっ!」

 よし入った。

 確かな手応えが拳に伝わる。

 背後の男は不思議な悲鳴を漏らすと身体をくの字に曲げ、その場に膝をついた。

 お、軽く痙攣してる。

「お、お前も手加減しろって……」

「聞く耳もたん。自業自得だ」

 やられたらやり返す。そんなのは当然の話だ。

 こっちだって叩かれた箇所は未だにじんじんと痺れている。

「で? 何か用か上野?」

 今俺の目の前で蹲っているのは上野雄大(うえのゆうだい)

 俺の数少ない友人その一だ。

「今日帰り飯食ってこーぜ!」

 すくっと立ち上がり、今のパンチのダメージなんざ残っていません、とでも言うかのような人当たりのいい笑顔を浮かべて親指を立てる上野。

 ……やはり追い討ちに蹴りでも入れておくべきだったか。次からは意識狩り飛ばすくらいの気持ちでいってもいいかもしれない。

 それにしたって、こいつの回復の速さは異常だ。

「あー……どーすっかな」

 返答は一応決めているのだが、即答するのは流石に悪いような気がして、迷っていますよ、という風にぼりぼりと側頭部をかく。

 別にこれから用事は無いのだが、俺の後ろポケットに収まっている大蔵省は、最近の不況の煽りを食らってなのか、先々月から財政難に陥っている。

 極力出費は避けたいところなのだ。

「北澤も来るだろ?」

 目の前の馬鹿はそんな俺の意見を聞かないうちに、俺の背後で教科書を通学鞄にしまっている北澤にも声をかける。

「ん? んー……ラーメンなら付き合ってやらなくもない」

 北澤信次(きたざわしんじ)

 俺の数少ない友人その二である。

 ちなみにクラス内で何か話し合いでも行われたのか、俺達の席は北澤、俺、上野の順で縦に連続して並んで配置されている。

「ほらぁ北澤も行くっつってんだしさぁ、佳祐も行こーぜぇ?」

 猫撫で声を上げながら俺の腕に絡み付いてくる上野。

「あーもう分かった! 付き合ってやっからひっつくな気持ち悪いっ! ……ったく」

 ここまでくると半ば強制に近い。

 晩飯食って帰るってお袋に連絡しなきゃな、と考えたところで、制服の胸ポケットに入れていた携帯が唸り始めた。

 取り出してディスプレイを見ると、そこには「新着メール1通」の文字。

 差出人の欄には、見たことの無いアドレスが表示されている。

 寂しい話だが、俺のアドレスを知っている人間なんて、今目の前にいる北澤と上野を含めても両手で数えるほどしかいない。

 大方最近流行りの広告メールだろうとあたりをつけるが、万が一という事も考えられるので一応、消去する前に本文を表示させる。


件名:たすけて

本文:かのですいきなりごめん乞う門前まで来ておねがいはやく


 ……ああ、あいつアドレス変えたのか。そう言えばあいつからメールもらうなんて何年ぶりかなぁ……ってはあっ!?


 悠長に現実逃避してる場合ではなさそうな文面。

 句読点が排除され、漢字が誤変換されてる辺りが、事態が急を要してるという事を俺に伝える。

 ――乞う門前……こうもんまえ……校門前か!

「あっ! 佳祐逃げんなって! おい……!」

 上野の制止の声を背中に聞きながら、俺は騒がしい教室を後にして、嫌な予感を振り払うかのように校門目指して全力で走り出した。




 ◇………◇………◇




 幼年期を終え、小学、中学と進級しても、俺と夏乃の友情に亀裂が入る、なんて事は無かったが、その代わりそれ以上に関係が進展する事も無かった。

 出来る事なら「幼馴染み」より前に進みたい。

 だけど一歩踏み出せば、今の関係が壊れてしまうかもしれない。

 それが怖くて表面上は平静を装い日々を過ごしてた。

 だけど夏乃からは何のアプローチもそれらしい仕草も無く、俺の心の中では想いが膨らむばかり。

 危ういところで保たれていた想いと恐怖の均衡は、中学三年生の冬に破られる事になる。


 ──卒業式に告白しよう。


 そう決意した。

 卒業すれば夏乃は俺と別の高校に進学してしまう。

 そうなる前に、夏乃の気持ちを知っておきたい。

 自分の気持ちを知ってもらいたい。そう思って決意した。

 だけど夏乃の気持ちをあんな形で知ってしまう事になるなんて、思いもしなかった……。


 高校入試も終わって、卒業式を目前に控えたある日の放課後。その日掃除当番でゴミを焼却炉まで捨てに行く人間を決めるじゃんけんに負けた俺は、行く時より軽くなったゴミ箱を脇に抱え、夏乃を待たせている教室に向かっていた。

 ずっと昔からそうだった為なのか、登下校を共にする事があの頃の俺達二人にとって「当たり前」だった。

 階段を二段飛ばしで駆け上り、三階の教室へと急ぐ。

 教室の扉に手をかけたところで、扉の向こうから夏乃の声が聞こえてきた。


「え、えっと、だって佳ちゃんは、何て言うかその……小さい頃からずっと一緒にいるし、れれ、恋愛対象としては見れないって言うか何て言うか……」


 瞬間、俺の心の中で何かが音を立てて砕け散った。

 扉から手を離し、先程上ったばかりの階段の方へ戻る。

 頬を伝う涙を袖で乱暴に拭い、一階まで全速力で駆け下りていった。


 現実は所詮現実であり現実でしかなく、小説やゲームのようにうまくいくとは限らない、と言うかうまくいかない。

 そんな事は十数年間生きてきて、心の中で分かりきっていた筈なのに、夏乃もきっと俺の事が好きでいてくれてる筈と、過信している自意識過剰なもう一人の自分が、俺の中に確かにいた。

 心の内に秘めた想いは伝えられる事の無いままに打ち砕かれ、誰にも知られる事なく俺の初恋が終わった。

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