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第28話(7月)〜波乱の予感〜

 大幅な更新の遅れに関しては、もう何と言うか謝罪の言葉しかございません……汗

 只今精神状態が非常に不安定な感じでして、執筆作業もままならない状況です。

 更新停止、という事態だけは避けられるよう、精一杯努力していきますゆえ、見捨てないで頂けると本当に嬉しいですm(_ _)m

 どこの街でも大概共通して言えることだが、大きな駅の周辺地域ってのは、その街で最も文明レベルが発達していることが多い。

 俺達が暮らしてる街もその例に漏れず、駅を出て数分歩けば、八階建てのそこそこ大きなデパートが建っている。

 そしてその最上階が今日の目的地、この街唯一の映画館だ。

 フロア一つをまるまる占領したこの映画館には、大小合わせてスクリーンが八つあり、常時、洋画邦画ついでに韓流映画問わず、複数の映画が公開されている。

 他の映画館には行ったことは無いが、まあ普通の映画館より大きいんじゃなかろうか。


「まあ問題は、こんな田舎町にこんなでっけえ映画館建てたところで、採算取れる程の観客が来るのかってとこだろうがな」

「ん? んー……どうなんだろ? 言われてみたらここが満員になってるのって見たこと無いかも私」

 そんな会話を交わしながら、自動ドアをくぐって薄暗い館内に入る。

 比較対象を知らないので何とも言えないが、普段よりも混んでいるような気がしないでもない。

 夏休み恒例となっているアニメ映画を観たいと子供にせがまれたのだろう。チケット売り場に並ぶ客の大半は親子連れだ。

「そこそこ名ぁ知れたやつの公開初日ならすげえぞ? チケット売り場からそこの自動ドアまで長蛇の列が出来る」

 かく言う俺も、その長蛇の列を構成した一人なわけだが。

「ふーん……私とかはよっぽど観たいもんじゃない限りはDVD借りた方が安上がりだと思うけどもなー」

「この馬鹿たれ。でっけえスクリーンで、大音量で観ることにこそ価値があるんだよ。家の小っせえテレビなんぞで観たらせっかくの興奮も感動も半減だ」

「ふっ、甘いね佳ちゃん。昨日好奇心で買って飲んでみた冬季限定ホワイトチョコラータ並みにだだ甘だぜっ。私ん家のテレビは大画面のプラズマ、ついでに置物みたいにでっかいスピーカー付きなのさっ」

「何言うかと思えば……ばれっばれな嘘ついてんじゃねえよ。お前んとこのリビングのテレビ、ありゃどう見たってブラウン管だろ。スピーカーも無えし」

 その辺は夏乃との勉強会でちょくちょくお邪魔しているので、勝手知ったる何とやらである。

「うん、居間のはね。でも実はですね、我が家にはAVルームが存在してるのですよ」

「ちょっ、AVルームっておま」

「あー何勘違いしてんだか知りま……ううん、大体予想はつきますけども。補足しとくと、オーディオヴィジュアル、略してAVね。簡単に言えばDVD鑑賞部屋」

「……………………………………………………知ってたっての」

「……ふーん。あ、そうですか。ならいいんだけどもさ」

 そして何を勝ち誇っているのか知らないが、自慢げにふふん、と鼻で笑いやがる夏乃。

「……くぉんのブルジョワが!」

「ふぎゅっ……!?」

 ……まあ、二度あることは三度ある、というわけで省略。

 と言うか宮下家の財政難は、そういった金の無駄遣いが一因なのではなかろうか、なんて不安がちらりと脳裏を過ぎるのであった。




 ◇………………◇………………◇




「たいちょー。何だかワタクシ、たった一日で頬の皮膚がかなり伸びた気がするでありますけども……」

「おーおーそりゃ大変だ。でもまあ若いんだから二日くらい経ちゃあ元に戻るんじゃね? そいで観んのはどの映画?」

 涙がうっすら浮かんだジト目でこちらを睨む夏乃は軽くスルー。

「…………あれ」

 夏乃はまだまだ文句を言い足りなさげだが、それでも不承不承、といった風に貼られているポスターを指を差す。

「どれど……れ……」

 指差す先を視線で辿っていく。

 と、そこにあったポスターを見て、無意識に唇の端がぴくりとひきつった。


 夏乃の人差し指が指し示す先にある上映作品案内には、まあ当然だが恋愛SFファンタジーアニメなどなど、様々なジャンルの作品のポスターが掲示されている。

 そしてその中にあって、黒地の背景と、いかにもホラーといったレタリングがなされた白抜きタイトルとのコントラストが一際異彩を放っているポスターが一枚。

 その隣に夏休みアニメスペシャルのポスターが貼ってある辺りに経営者の悪戯心を逸脱した悪意を感じるが今の問題はそこじゃない。

 問題なのは、夏乃の華奢な指先が、そのポスターにピンポイントで向けられていることだ。


「……ホラー、だな……うん、ホラーだ」

「? うん、確かにホラーですけども……私ホラーって言ってたじゃん」

「あぁ、確かに言ってた……言ってたな、うん」

『この夏最大の恐怖があなたを襲う』とか何とかってキャッチコピー掲げた、十五歳未満は観れないようなスプラッタ表現爆発ホラーらしいってのは、最近しょっちゅう放映されてるコマーシャルで知っていた(コマーシャルの時点で結構キテるので、正直直視が出来なかった程である)が、まさかそれを観ることになろうとは……。

「ん? …………あれあれあれあれぇ? どしたんですか高井田君? もしかしてひょっとしてひょっとしちゃうとアレですか? ホラー映画が苦」

「だだだ大好きです! ホラー映画マジ最高っ! 血飛沫スプラッタどんと来いってんだ馬鹿野郎っ!」

 悟られるわけにはいかないと夏乃の言葉を遮って否定したものの、こういった精一杯の虚勢は大抵逆の効果を生み出してしまうものである。

「ふぅぅぅん、そう? それなら良いんだー。まぁもし佳ちゃんが怖いの観たくないって言うなら別々の映画観るってテもあったんだけどもねー」

「あ、お、俺そう言や第一スクリーンでやってる映画前から観たかっ」「あーでもこの映画、他のと時間かなりずれちゃってるし流石に無理っぽいかなぁ……それで佳ちゃん、今何を言おうとしたのかな?」

「ぐっ……」

 間違いない、今のは絶対分かってて言った台詞だ。

 そうでなければ、こんな落馬した敵将の首めがけて刀を振り下ろした戦国武将を髣髴とさせる顔はしない。

 数秒後には首級掲げながら『敵将、討ち取ったりぃっ!』とか何とか叫んでいそうな表情である。

 返す言葉が見つからずに黙り込んでいる俺の姿を見て勢いづいた夏乃は、ここが勝機と言わんばかりにがんがん攻め込んでくる。

「ふっふーん、ま、別に私は他の映画観てもいいんだよ? 佳ちゃんがホラー苦手だって一言言ってくれれば」

「……ぐぐぐ」

 いつぞやも言ったような気もするが、実はホラーが大の苦手である。

 苦手なのだが、ここで苦手と言ってしまったら男として負けな気がする。

 だがそんな下らないプライドなぞ犬にでも食わせてしまえと必死に訴えかける弱気なもう一人の自分もいることはいるわけで。

「あれあれぇ? 何だか佳ちゃんの顔色が段々悪くなってきてるなぁ? ホラーが苦手なら無理なんかしない方がいいんじゃないですかぁ?」

「……っけんな」

「んん? 今なんて言ったの?」

「っざけんじゃねえってんだくぉのアホナスっ! いーぜ観てやろうじゃねえか! おら行くぞっ!」

 結局下らないプライドが全てを凌駕してしまった。

「あ、ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 俺が逆上するとは考えていなかったのか、やけくそ気味に叫んでチケット売り場へとずんずん歩を進める俺の後ろを慌てて追いかける夏乃。


 まあ今にして思えば、ここでプライドかなぐり捨てて一言『ホラーは無理っす』とでも言っておけば、この後の面倒ごとは起きなかったんだろうが、それは面倒ごとが起こると知った今だから浮かぶ考えであり、この時はこれが自分にとって最良の選択肢だと思っていたのだから仕方ない。

 つまりは、『過ぎたことを今更どーこー言っても仕方が無い』のだ。




 ◇………………◇………………◇




 左手には新製品らしいカレー味のポップコーン入りの紙コップ(コップというよりはバケツという表現がしっくりとくるLサイズ)。

 右手にはコーラ入りの紙コップ(途中でトイレに立つ危険性を考慮してこちらはSサイズ)。

 映画鑑賞用の完全装備を肘掛のホルダーに装着し、無駄にクッション性の高い椅子にどっかりと腰掛ける。

 どうでも良いが『よいしょ……っと』なんて小さく呟きながら俺の右隣に座った夏乃の装備は、両方ともSサイズである。

 上映時間五分前と言えば観客は既に座っているはずなのだが、薄暗いシアターの中、人影はまばらで、シートはそのほとんどが空席のままだ。

 ――そりゃそうだよな……。

 ビビりの俺に言わせれば、好き好んでホラー映画をわざわざ映画館に観に来る人間の気が知れない(だから今自分がその類の人間になっていることが信じられない)。

「なんかさ、こう言う時間ってなんだかどきどきするよねー」

 満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに俺の耳元で囁く夏乃。

「ハハ、ソウダネー」

 その意見は前面肯定したいところなのだが、今回は作品のせいで、高揚感よりも絶望感の方が先に立っている。

 気分的には首に縄をかけられていつ床が抜けるのかと怯えている死刑囚、もしくは電気椅子に座らされていつスイッチが入れられるのかと怯えている死刑囚の心境を思い浮かべて頂けると理解してもらえると思う。

「……だっつってんでしょーよ!」

「……からさっさと……」

「……う始まっちゃうわよ」

「……?」

 高い天井を見上げながら戦々恐々としている俺の耳に、誰かが言い争うような声が聞こえてきた。

 声色から察するに言い争っているのは女が一人と男が二人の計三人で、駄々をこねる一人を残り残りの二人が宥めているらしい。

 音源は俺達がいるスクリーンの外。

「……どうしたのかな?」

 夏乃が再び俺の耳元で囁く。

 夏乃にも聞こえてるってことは幻聴じゃないらしい……ってちょっと待て?

 声は少しずつ俺達のいるシアターに近付いてきているのだが、その音量が増していくにつれて段々と聞き覚えのあるものへと変わっていく。

「いや、なんつーか……心当たりがある」

 本来ならば慌てなければならないところなのだが、思考回路が麻痺してしまっているのか、場違いなほどに俺の思考は冷静である。

 考えすぎか、そうでなければ他のスクリーンに行きますようにという俺の願いも虚しく、




「やだやだやーだー! 俺ぁホラーなんか観ーたーくーなーいーっ!」

「いい年して駄々なんかこねるんじゃあない……他の映画と時間が合わないんだから仕方がないだろ。いい加減に観念してくれ」

「それ以前に夏休みアニメスペシャルを観ようとする上野君の思考回路が私には理解不能ね……」

「ああ、それはこいつの精神年齢が低いだけ。だから深く考えなくていいと思う」

「見た目は大人、頭脳は子供! 俺はいつまでも少年時代のピュアハートを抱き続けるんだっ!」

「だそうだ……」

「……呆れて言葉も出ないわね」




「……佳ちゃん。もしかしてあれ、お知り合いさん?」

 不安げな声色で囁きかける夏乃。 

「…………………………誠に遺憾ながら」

 スクリーン入り口でぎゃーぎゃー騒いでいる上野、北澤、美月の三人(と言っても騒いでいるのは主に上野なのだが)を見下ろし、これからどうしたもんかと暗澹たる思いを抱きながら俺はため息混じりにそう答えるのだった。

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