第25話(7月)〜デート? 開始〜
「……遅え」
右から左から、どこにこれだけの人がいたのかと疑問に思う程の通行人達が視界を横切っていく中、何を表現したいのか理解に苦しむモニュメントに背中を預け、俺は苛立ち混じりに呟いた。
◇………………◇………………◇
昨日の別れ際、宮下家の玄関前での会話まで時間を遡る。
「そいじゃ佳ちゃん、明日午前九時に駅前集合ね」
「駅前ってかなりアバウトだなおい……。かなり範囲広いだろ。せめてバス停の前とかにしろよ」
「む……まあ一理あるわね。んーそれならー……あそことかいいんじゃない? 東口に建ってる像の前とか」
「……そんなんあったか?」
「あるってば。ほら、なんて言うかその……どことなーく猫っぽい感じの像が建ってるじゃん? 知らない?」
「……? 俺ぁ電車なんざ使わねえからな。あの辺りはさっぱりだ」
「佳ちゃん守銭奴だもんねー」
「ったりめえだっての。時間さえかけりゃチャリンコで行けねえ所は無え」
「……うん、その考えはとっても佳ちゃんらしいなーって思うけど、明日は電車乗ろ?」
「何でだよ?」
「だってデートなんですぜおにーさん? せっかくのデートで女の子と二人並んでサイクリングってのはちょっとアレだと思いませんかね?」
「だからデートじゃねえっつってんだろ!」
「んっふふー、まあとにかくそんな感じでよろよろー。楽しみだからって寝不足で明日遅刻すんなよー?」
◇………………◇………………◇
結局、口では色々言っておきながら『デート』と言う単語に負け、俺の愛車は現在駅の駐輪場近くの歩道に違法駐車してある。
「……ったく。チャリンコ停めるだけでいちいち金なんか払ってられっかってんだ」
……いや、それにしても、しばらく駅に来ないうちに駐輪場が有料になってるなんて知らなかった。 『まあ他にも何台か停めてあったし、多分大丈夫なんだろう』なんて心の中で開き直ってはみたものの、その隅っこの方では『業者に持ってかれてたら学校の登下校どうしよう』なんて不安がっている辺り、俺も中々に臆病者である……まあ、今大事なのはそのことじゃない。
「…………遅い」
既に本日六度目となっている呟きと共に携帯電話をポケットから取り出し、こちらはもう何度目になるのか分からないが、現在時刻の確認をする。
だがそんなに何度も何度も携帯のディスプレイに目をやったところで、時間の流れが速くなるなんてことは普通に考えてあり得ないわけで、現在時刻は前回の確認から一分も経過していない午前九時三分、待ち合わせの時間からまだ三分しか経過していない。
別に俺は時間にこだわる神経質なタイプの人間じゃないが、三十三分も待たされていれば、流石に誰だって苛立ちもするだろう。 ……いや、待ち合わせ時間の三十分前に来た俺にも責任はあるんだが……いや、よく考えれば責任は最初から俺にしか無いような気がしてきた。
とまあそんな下らないことを考えながら像の周りを狂犬病を患った犬よろしくぐるぐるうろうろ回ること更に三分。
「はいはーいおっ待たせーっ!」
聞き覚えのある明るい大声に、声のした方へ振り向く。
妙にハイテンションな女が、人目も憚らずにぶんぶん手を振りながら駆け寄ってくるのを、視界に捉えた。
「…………」
あー……遠目だから誰なのかよく分か……るな、うん。
いや、考えなくたってもう充分丸分かりなのだが、それでも出来ることなら分からないことにしておきたい。
たとえ好きな人だろうと幼馴染みだろうと、他人のふりをしたい時だって、この世にはあるのだ。
……なんて俺の心中での葛藤など知る由もなく、真っ直ぐにこちらへ走り寄ってくるハイテンション女もとい夏乃。
「その様子だとちゃんと時間通りに来てたっぽいね、偉い偉いっ」
俺の頭を撫でようとしたのか、伸ばされた手を軽く叩き落とす。
「……一つ言いてえ」
「? 何かな? あ、ちなみに待ち合わせ時間に六分遅れたのは道路が渋滞してたからなのでその辺は悪しからず」
……いや、そんな満面の笑顔浮かべて明らかに嘘と分かる言い訳をされてもコメントに困る。
こちらとしては『悪しからず』の用法や、自転車に乗っていて交通渋滞に巻き込まれた経緯について、小一時間問い詰めたいところではあるが、今はそれよりもまず優先して言いたいことがある。
俺は仏頂面のままゆっくりと後ろの石像を指差して思い切り息を吸い、
「この像は、少なくとも俺には、猫には見えねえっ!」
人目をはばからずに大声で叫んだ。