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第1話(5月)〜戻れない時間〜

「……だ……いだ……高井田(たかいだ)っ!」

「……んむ?」

 俺の名前を呼ぶ怒声に、意識が過去から現在へと引きずり戻された。

 突っ伏していた机から上半身を起こし、口元に垂れた涎を拭いながら、まだ覚醒しきっていない頭で周囲を見回す。

 静まりかえった教室内。

 生徒全員からの、非難と嘲笑の入り混じった視線が俺一人に集中している。

 黒板の前には、両腕を組んで呆れたような表情を浮かべた数学担当の中年教師。

「……俺の授業中にいびきかいて寝るたぁいい度胸じゃないか? んん?」

 教師の言葉でようやく、自らの置かれた状況が把握出来た。


 今は六時間目の数学の授業。

 始業ベルがなってから十数分は真面目に講義を聞き、板書をノートに書き写したりもしていたのだが、昼食後の満腹感と午後特有の倦怠感がタッグを組んでしまい、何時の間にか居眠りを始めてしまった。

 そしてそれを見かねた教師が俺を起こし、今に至る、といった感じなのだろう。恐らく。


 呆けた俺の顔を見て、わざとらしく大きなため息をつく数学教師。

「……お前なあ、夜中まで勉強してて眠いのは分かるが、もう受験生なんだぞ? もう少し自覚ってもんを持って……」

 思ったことが顔に出ないように注意を払いつつ、また始まりやがったか、と心の中で悪態をつく。


 受験生なんだから真面目にやれ。


 最上級生なんだからもう少し自覚を持て。


 教師達は口を開けば、馬鹿の一つ覚えのようにそんな内容の小言を繰り返す。

 別に俺は好きで受験生になったわけじゃないし、最上級生なんかになりたかったわけじゃない。

 時間は止まってはくれず、ましてや巻き戻ってくれる事もない。

 ただ無情に、ただただ非情に進み続けるだけなのだ、なんてことを最近になって改めて知った。

「……嫌なら無理して授業受ける必要無いんだぞ? いつでも教室出て行ってもらって構わないからな?」

「……すんませんっした」

 言うだけ言って溜飲が下がったのか、数学教師は教卓の方へと戻っていき、授業が再開された。

 出て行く筈がないと踏んだ上で敢えて「出て行きたければ出て行け」なんて言う辺りが俺の苛々を更に増幅させるも、ここで噛みついた所で勝算は薄い。

 ここは高校の教室で授業時間。更に言うなら相手は教師であり、そして俺は何百人もいる生徒のうちの一人でしかない。

 勝算度外視で特攻しちまえだなんて騒ぎ立てる怒りを理性で抑える。

 勝てない戦はしないのが信条なのだ。

 まぁそうは言っても、このまま大人しく授業を受ける事が出来る程に、俺も人間がちゃんと出来上っちゃいないわけで、ほんのささやかな抵抗として、終業ベルが鳴るまで、窓の外に広がる景色をぼんやりと眺める事に決めた。




 ◇………◇………◇




 元々空き家だった俺の家の隣家に宮下夏乃(みやした かの)と彼女の家族が引っ越してきたのは、今から一四年前、俺が四歳の頃の事だった。

 お互い一人っ子で同い年だったし、近所には子供のいる家が俺達二人の家の他に無かったというのもあって、俺と夏乃が仲良くなるのに大した時間はかからなかった。

 暇さえあれば近所の公園に遊びに出掛けて、夕食の時間まで遊んだものだ。

 近所を探検すると言って二人で意気揚々と家を出発したものの道に迷ってしまい、その日の夜、隣町で途方に暮れているところを警察官に保護されるという、ちょっとした事件もあった。


 明日は何をして遊ぼうか、ただそれだけを考えていればよかった幼年期。

「想い出は美化されるもの」とか言うけど、それを差し引いたとしても、あの頃は本当に楽しかったと、今でも思っている。

戻れないと分かりきっているからこそ尚更、あの頃に戻れたら、なんて子供のような事を考えてしまう。

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