第16話(6月)〜予期せぬ言葉〜
先日、部屋を掃除してたら昔書いてた小説のデータ入りCD-Rなぞを見つけちまいましてね……いやー、中々こう、文章力ってのは上がらないもんなんでしょうかね。一年前から小説まがいのものを書いてますがちっとも上達してる気がしません(汗)
「どっ……せいっ!」
半ば落とすように段ボール箱を床に置き、俺は背中をぐいっと反らした。
「ふっ……くあぁぁぁぁ」
緊張を強いられていた背中と腰の筋肉が弛緩していくような感覚に、自然と変な声が漏れる。
高校に入ってから部活に所属しなかった為に慢性的な運動不足に陥っている俺にはかなりハードな重さだったが、どうにか運び終える事が出来た。
――あ、つーか階段登った後は床に置いて引き摺っていきゃよかったな。
なんて事を思い付いたところで既に運び終えているのだから何を今更、である。どうしてもっと早くこの考えに至らなかったのかと軽い自己嫌悪に陥りそうになったところで、廊下の奥の方から美月がこちらに走ってくるのが見えた。荒くなっていた呼吸を深呼吸で無理矢理整える。他人の前、特に異性の前では強がっていたいお年頃なのだ。
「高井田君大丈夫だった?」
「おう、どうにかな。ゴミ箱置いてきてくれたか?」
「それは大丈夫」
「ん、サンキュー。さってとぉ……そいじゃ俺帰るわ」
「えぇ、悪かったわね高井田君」
「だから気にすんなっての。お前もさっさと帰れよ? 居残ってっとまたなんか頼まれちまうぞ?」
「私はまだ帰れないわ」
「あ? 何で?」
「これあと三つあるから。それを運ばなきゃ」
「……あ?」
「本当にありがとう。それじゃまた明日」
――…………ガッデム!!!!!!
「っとに占いってのは……」
「え? 何か言った?」
「いや何も……」
あんな事を聞かされればもう乗りかかった船と言うやつで、手伝わざるを得ない。
一人で一個を運べれば早いのだがどうにも重過ぎる、というわけで、一つの箱を二人で運ぶ、という手段をとる事となり、俺達は今階段を横歩きで登っている。
「そーいや美月は占いとか信じてるタイプか?」
「占い、って……あの手相がどうとか字画がどうとか、そういうの?」
「いや、そんな大層なのじゃなくてよ。星座とか血液型とか、そんなライトな感じのやつ」
「それってライトなのかはよく分からないけど……どうしたのよいきなり?」
「いや、まぁただ何となくってやつ」
本当のところ、何か話していないと間が持たないのだ。
美月とは二年生の時から同じクラスで、いつも俺達三人の会話に混ざってきていたのだが、その発言のほとんどが上野に対するものなので、実のところ俺は美月と会話らしい会話をした記憶がほとんど無い。
「んー……基本的には信じてるわけじゃないわね」
「基本的に?」
「簡単に言うなら結果次第って奴かしら。ほら、よく朝のテレビ番組で星座占いやってるじゃない? 今日の占いカウントダウンってやつ」
「あー俺それ毎日見てる」
「あら奇遇ね、私もよ。まぁとにかく、そういう番組の中で自分の星座が一位になってたりしたら、やっぱり信じたくなっちゃうかな。逆に最下位だったりしたらどうでもよくなっちゃう。ま、要するに、自分に都合がいいトコだけ信じよう、って話」
あれ? なんだか俺に考え方が似ているような気が……まぁいいか。
「美月って何座だったっけか?」
「私? 十一月三日のさそり座。今日は一位だった」
「マジでか? 俺とおんなじじゃん」
と言うか一年以上の付き合いなのにお互いの誕生日も知らないってのは我ながらどうかと思う。いや誕生日に関する話題が出ないのだから仕方ないと言えば仕方ないか。
「そう言う高井田君は? 占い信じてるの?」
「俺も美月と似たような感じだな。その日の結果次第」
「あら、意外と似た者同士かもね、私達」
普通の人間ならこういった台詞は微笑みながら言うのだろうが、美月はやはり表情を崩さない。
「それで? 今日の占いは当たってた?」
「いんや散々だったな……」
今日の一連の出来事を思い出してまたため息が漏れた。
「何かあったの? ……ってまぁ確かにこんな荷物運び手伝わされたら散々よね。本当にごめんなさい」
「あ? あ、い、いや、そういう意味じゃねぇよ。俺が言い出したんだから気にすんな」
……何だかやりづらい。上野や北澤の時と同じような態度で接してはいけないような気がするのだ。同じ異性である夏乃のように接するのも気が引ける。
どことなく気まずい雰囲気を漂わせたまま、時折たどたどしい会話を織り交ぜつつも段ボール箱を運び、作業が終わった頃には俺がゴミ捨てに行ってから一時間が経過していた。
「お、終わった……一応訊くけどもう運ぶもんはねぇよな?」
「えぇ、もう大丈夫。本当にありがとね高井田君。私一人でやってたらもっと時間かかってたわ」
「いいっていいって。そいじゃ今度こそお疲れさん」
「あ、高井田君ちょっと待って」
「なんだよ? 実はもう一個ありましたってか?」
「ううん、そんなんじゃなくて。……途中まで一緒に帰らない?」
「? ……あぁ、そりゃ構わんけども」
「…………」
「…………」
二人で教室に戻って通学鞄を回収し、昇降口を過ぎ、駐輪場を出ても美月から何かを喋り出す事は無かった。こうして並んで自転車を漕いでいても会話らしい会話は無い。
ちなみに先程昇降口にいた上野はとっくに帰ってしまっていた。あいつならこの気まずい空気をどうにかしてくれる、なんて俺の期待は敢え無く砕け散ったわけである。
何か会話をしなければと必死に考えたところで、会話のボキャブラリーの乏しい俺の頭ではろくな案が浮かんでくるはずも無く、結局、終始沈黙を保ったまま分岐路に到着してしまった。
「あ、あっと、そいじゃ俺んちこっちだから」
「えぇ、それじゃ」
ようやくこの状況から開放された、と安堵のため息をつこうとした、その時だった。
「……ごめんやっぱりちょっと待って高井田君」
再び引き止められ、手元のブレーキを慌てて握る。
「……どした?」
「突然で申し訳ないんだけど」
唐突な切り出しに、思わず眉を顰めた俺に、美月は相変わらずの無表情のまま、
「私と付き合ってくれない?」
さらりと言ってのけた。
「……………………………………………………はい?」
その時、近くの電柱にとまっていた烏が、かぁ、と一声鳴いた。