第10話(5月)〜味方が敵に変わる瞬間〜
背後に気を配りながら自転車を走らせる事約5分。
夏乃が待ち合わせ場所に指定したコンビニの青い看板が見えてきた。
俺達の住んでいる町が田舎だからというのが関係しているのかどうかは分からないが、このコンビニ、お客と言えば学校帰りの学生が雑誌の立ち読みに来るくらいなもので、人通りも車通りも少ないのだが、何故か駐車場が無駄に広い。
その広さゆえか、午後十一時を過ぎる頃には、特攻服に身を包んだ方々の溜まり場と化しているらしく、その証拠にアスファルトには、幾筋ものバイクのものらしきタイヤの跡が刻まれている。
「…………っ!?」
何となく視線を感じ、駐車場手前で自転車を一旦停止させて素早く背後を振り返る。
こちらを見つめていた野良猫が、なあ、と一声鳴いて道路を横切っていく。人の気配は無い。
……傍から見りゃ俺は頭のおかしい奴なんだろうなぁ。
第三者的な意見が頭をよぎるが、他者の視線などに構っている場合ではないのだ。
気分的にはどこぞの暗殺者に絶えず命を狙われ続けている男、といった感じだろうか。
まぁ、危険の度合ではそう大差無いような気はするが。
駐車場の真ん中を走り、コンビニへ。
いちいち辺りを見回すまでもなく、夏乃の姿は店内に見付ける事が出来た。
ガラス越しに何かの雑誌を立ち読みしているのは確認出来るのだが、そのタイトルはマガジンラックに隠れて見えない。
余程熱中しているのか、俺の到着には気付いていないらしい。
ガラスを叩く、という手もあったのだが、店内には数人の客がいるので何となく気恥ずかしいものがある。
仕方ないので、俺は夏乃を呼びにコンビニの自動ドアをくぐった。
「いらっしゃいませぇー」
やる気の感じられないアルバイト店員の声に、ようやく夏乃が紙面から顔を上げた。
「あ、佳ちゃんお疲れ様ー……ってどうかしたの? 何かすっごく疲れたような顔してるけど」
「…………何でもねぇよ」
お前のせいだ、と喉まで出かけた言葉は、ぐっと飲み込んだ。
夏乃だって悪気があってやった訳じゃないのだ。全てをこいつ一人の責任にするのは余りにも酷だ……と、頭では分かっている。
それでも、今日一日の出来事を考えると、どうしても素直に許そうという気にはなれないのだ。
◇………◇………◇
美月の余計な一言の後、すぐにクラス担任が教室に入ってきて、不穏な空気のままホームルームが始まった。
「……はいそれじゃここまで」
「きりーつ、ちゅーもーく、れー」
クラス担任が教室を出て行ったのを見届けて、俺は椅子から立ち上がろうとしたのだが、上野に両肩をがっちりと掴まれ、逃亡は阻止された。
「けーいすっけくぅんっ。どーこーにいっくのーかなぁっ?」
とても優しい猫撫で声が聞こえる。怖くて振り返れない。
そうしている間に、俺の両肩にぎりぎりと力が込められていく。
「い、いや、ちょっとトイレに行こうかなーと……」
「そんな事より先にしなきゃいけない事があると思うんだよねー俺」
「い、いや、やっぱ人間、排泄欲を優先させるべきかなーと思痛い痛い痛い! 北澤助けて北澤!」
前の席の北澤に助けを求める。
北澤は上野と違って大人だから、昨日俺が何も言わずに帰ったからといって別に気にしてない筈だ。
「おうどした」
「肩がっ! 肩が砕けるっ! どうにかしてっ」
北澤は悲鳴に近い声で叫ぶ俺と、その後ろで俺の方を握りつぶそうとしている鬼もとい上野の姿を見て小さなため息をつき、
「……なぁ上野」
「あぁ!?」
「お前が怒ってる理由もまあ分からなくは無い。だけど佳祐にだって色々事情があんだろ? 友達だったらそこんとこ考えてやれ。ラーメン屋なんてまた今度行けばいいじゃんか?」
さすがは北澤。見事なまでの正論だ。
これで尋問から開放される……と思ったのだが。
「……なぁ北澤」
「何だ?」
「お前その用事が女関係である可能性が浮上してきていると知った上で、それでも同じ事言えんのか?」
「そのまま握りつぶせ」
「了解した」
「ああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああっ!? ヤバイッテマジヤバイッテ!!」