第9話(5月)〜毒舌委員長〜
そんな色々な意味で危険な男に、俺が女子高生と一緒に(しかも自転車二人乗りで)帰っているところを見られた日には小説ジャンルを恋愛からホラー辺りに変更しなきゃならなく……ってちょっと待てよ?
よくよく考えてみると、もし上野に昨日の事がバレているのなら、俺は先程の一撃の時点で保健室(最悪三途の川か綺麗な花畑)に送られているはずだ。
なのに俺はまだ生きている。という事はひょっとして……。
「な、なあ上野……?」
恐る恐る尋ねる。
「あぁ?」
「お前……俺が昨日さっさと帰った事に怒ってんのか……?」
「……ったりめーだこのアホナスっ!」
「あ、アホナスっ!?」
……上野の特殊な罵倒はとりあえずさておき、どうやら俺の考えは当たっていたようだ。
危機レベルはかなり下がった。
「さて……それじゃ、昨日俺達に何も言わずにダッシュで帰ってったワケをお聞かせ願おうか? さぞかし大事な大事な理由があったんだよな?」
軽いデジャヴを感じたが、今はそれどころではない。
まだ危機的な状況から脱出出来たわけではないのだから。
「ち、ちなみに現時点での罪状は……?」
「千六百三十二円の罰金」
中途半端な罰金の額は、俺達三人の行きつけのラーメン屋である『らあめん川津』における最高額メニュー『川ちゃんスペシャルセット』(好きなラーメン、餃子、半チャーハンか焼豚丼を選択可能)のお値段八百十六円(税込)二人分の値段である事を補足しておく。
「くっ……」
俺に非があるのなら仕方ないと諦めがつくのだが、理由が理由である。
金欠なのも相俟って、正直一円たりともこいつらに支払いたくはない。
どうしたものかと考えていると、教室の扉のど真ん中に立ち、腕を組んで俺を見下ろす上野の背後から、
「……いい加減どきなさい」
静かで冷たい声。
声に温度があるなら、きっと絶対零度に達しているだろう。
「ぐえっ!」
蛙が潰れるような悲鳴と共に、上野が俺の方に倒れこんできた。
野郎と抱き合うのは避けたいので、とっさに横に転がり回避。
うん、我ながらナイス判断。
上野は先程の俺と同じように、うつぶせに床に倒れこんだ。
靴跡が制服の背中にくっきりとプリントされている。
「な、何すんだよ委員長っ!」
がばっと起き上がった上野に代わってドアの真ん中に立ち、通学鞄を右肩に背負い、左手を腰にあてながら無表情で俺達を見下ろしているのは、俺達のクラスのクラス委員長である美月伊空。
つり眼にノンフレームの眼鏡。
セミロングの黒髪を後ろで一つに束ねている。
今時珍しい化粧っ気ゼロのその顔から、表情らしきものは読み取れない。
「あなたが馬鹿なのは知ってたけど、こんなトコに立ってたら入ってくる人の邪魔になるって事も分かんないくらい馬鹿だったの?」
眉一つ動かさずに、美月が強烈な毒を吐く。
ちなみに、トラウマになりかねない程の毒舌を駆使して相手を言い負かす事を得意とする美月と、腕っ節は強いが口はめっぽう弱い上野は、犬猿の仲である。
「っせえなっ! だからって蹴る事無ぇだろがっ!」
その意見には全く賛成だ。
ついでに数分前の自分の行動を少し省みてくれれば言う事は何も無い。
「声かけたのに無視してたあなたが悪いのよ」
「う、嘘吐け! そんなん聞こえなかったぞっ!?」
「聞いてなかったの間違いじゃいの? ま、どっちでもいいけど。馬鹿な上に耳まで遠いなんて、ホント可哀想な人ね」
そう言って無表情のまま、わざとらしいため息を吐く美月。
「人のことを馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ってこの野」
「はい無駄話はここまで。もうホームルーム始まるんだから、いつまでも寝そべってないでさっさと席に座った方がいいんじゃない?」
そう言って美月は自分の席へとすたすた歩いていった。
「委員長め……いつか必ず殺してやる」
物騒な台詞を呟きながら立ち上がり、埃を払いながら自分の席につく上野。
怒りの余りどうやら罰金云々の事は忘れたらしい。
美月に感謝しなきゃな、と思いながら立ち上がる。と、美月がこちらを振り返り、
「あ、そうそう高井田君、ちょっと質問なんだけど」
「あ? なんだよ?」
上野が振り向く。何だか嫌な予感が……。
「昨日女の子と一緒に帰ってなかった? 二人乗りしながら」
――んー……とりあえず、前言は撤回しておこう、うん。
自分で言うのもなんですが……ノリが恋愛ってかコメディになってきてる気がしますね(汗)