プロローグ〜幼い頃の記憶〜
よく言えば王道、悪く言えばありきたり。少し人より不器用な二人が織りなす、奇をてらわないごくごく普通のラブストーリーのつもりです。それでもよろしければこのままお進み下さい。
「けーいーちゃーんっ、あーそーぼーっ!」
「いーよー! ちょっとまっててーっ!」
これは夢だ。
一八歳になった今では、どうやったって戻る事が出来ない、こうして夢の中で思い出すことしか叶わない、俺と夏乃が幼かった頃の、ある日の記憶。
まるで仲の良い兄弟のように二人並んで、いつも遊び場にしてる近所の公園へ歩いていく幼い俺と夏乃。
そして現在の俺の意識はその光景を、上からぼんやりと眺めている。
「今日はなにしてあそぶんだ?」
「んとねんとねっ、夏乃はねぇ……おままごとがいーなっ!」
「えーやだよ、おままごとは昨日もやっただろー?」
うんざりしたような俺の反応に、夏乃の頬が可愛らしく膨らむ。
「むー……じゃあ、佳ちゃんはなにしたいのよー?」
「んーと、サッカーがいいっ!」
「佳ちゃんのボールはやくてとれないからだめ」
「んー、じゃあ……キャッチボー」
「それもつまんないからやだっ!」
「えー? じゃあ……んーと……」
夏乃は腕を組んで悩む俺を追い越し、くるりとこちらを振り向くと、してやったりといった感じの笑みを顔一杯に浮かべ、
「はいっ! 佳ちゃんがいけん言わないから今日もおままごとできーまりぃっ!」
そう言って公園の方へ走り出した。
「あーちょっとまてよ! ずるいぞ夏乃ー!」
俺は慌てて、先を行く夏乃の背中を追いかける。
記憶なんてのは時間が経てば経つほど曖昧になっていくのは当前なわけで、俺達が追い掛けっこをしている道の周りの天気やら周りの景色やら、そういう細かいところは何だか霞がかかったようにぼやけて曖昧になっている。
それなのに、幼い夏乃の顔と、その楽しそうな声だけは、何故か鮮明に俺の目に映っていた。
「じゃあ夏乃はおかあさんのやくやるから佳ちゃんはおとうさんやくねっ!」
四方を民家に囲まれた、それらしい遊具と言えば錆びた滑り台とブランコしか無いような、そんな小さな公園。
そこの砂場に、二人は向かい合ってしゃがみこんでいる。
「…………」
「佳ちゃん……どうしたの?」
不機嫌そうな表情でそっぽを向く俺に、夏乃は恐る恐る、といった感じで問い掛けてくる。
「……サッカーしたい」
昔の自分ながら、わがままなガキだと思う。
「だ、だめだよぉ、さっきおままごとするってきめたでしょ?」
「……それならおれは1人でサッカーするから、夏乃も1人でままごとしてればいいだろ?」
「そんなぁ……ぐすっ……うわああああん!」
「まーたすぐ泣く……あーもーごめん! 分かったよ! わるかったから! ほら、おままごとしよ? な?」
「……ぐすっ……ひっく……佳ちゃんなんてもう知らないっ……」
抱えた膝に顔を埋めたまま頑として動こうとしない夏乃に、幼い俺はどうすれば泣き止むのか分からずに苛々している。
「ったくもう……じゃあ、とくべつにおれのおよめさんにしてやるから、だから泣くなよ」
苦し紛れに口から飛び出た俺の言葉に、夏乃の顔がほんの少しだけ動いた。
生じた膝の隙間から真っ赤になった瞳が覗き、上目遣いに俺を見上げる。
「…………およめさんってなぁに?」
「そんなことも知らないのかよ? 女の子はな、大きくなったらなかよしの男の子とケッコンして、およめさんになってずっといっしょにくらすんだ」
「……夏乃、佳ちゃんのおよめさんになっていいの?」
「と、トクベツだからな? だからほら、泣くのやめろよ」
今にして思えば、昔の自分はとんでもない約束をしたものである。
「……えへへ、うんわかった! 約束だよ? ずっとずっと、ずうっといっしょにいよーねっ!?」
「ずっと一緒」という単語に反応して、嬉しそうにはしゃぐ夏乃。
その変わり身っぷりは、つい数秒前まで泣いていたとはとても思えないほどだ。
「ちぇっ……ちゃっかりしてるんだもんなあ……」
「わーいわーい! およめさんおよめさぁん! 佳ちゃんだぁい好きっ!」
ため息をつきながらも実は内心まんざらでもなかったりする俺に抱きつき、眩しいほどの満面の笑顔を浮かべる夏乃の顔が、少しずつぼやけていく……。