第八話 ミリエールの盗賊退治
見事な社交デビューを飾ったミリエールは、春の社交期間中、貴族夫人達とお茶会などで交流した。
なにしろ王太后リュシアにさえ気に入られたミリエールである。基本的には多くの貴族夫人が好意的に彼女を受け入れた。
もっともこの時点では、帝国への悪感情はともかく、まだ幼いミリエールが王妃として頑張っていることを好意的に受け入れた、という状態だった。
ミリエールもその辺は理解していて、お淑やかに謙虚に振る舞い、皇女である事を前面に押し出したりはしなかった。大事なのは将来的に王妃としての職務をし易くする事。そのためなら猫の一匹や二匹は被って見せるのがミリエールという少女の恐ろしいところである。
ただ、そうやってお芝居を決め込んでいると、ストレスが溜まるのは当たり前なわけで、ミリエールは溜め込んだストレスを発散するために、ゼビリスに跨るとしばしば王宮を飛び出した。
一応は護衛とサリューシアが同行すれば王宮から出てもいい事にはなっている。騎士二人を護衛に付け、ミリエールは王都を探検した。
王都の人口は三万人くらいで、もちろん王国内で一番大きな都市である。ただ、帝国の帝都は人口十万人くらいの都市であるため、規模としては王都は大きく負けている。
ただ、帝都は市域がだだっ広くて路地も広く、高い建物がないのに対して、王都は狭くゴミゴミしていて建物も高い。そのため一見すると王都の方が栄えているようにさえ感じる。
以前にアビシウスが言っていた通り、王都には若い男性が少ない。戦争の時に兵士として徴募されてしまったからである。
もっとも、全員が戦死したわけではないから、少しずつ軍から戻って来て若者も増えている。それでも王国は現在でも東の帝国を始め、北にあるザザラーム王国とも緊張関係にあるので、軍を大きく縮小出来ず、王都に若者を戻せないでいるのである。
このため、王都の住民は戦争相手だった帝国に対して良い感情を持ってはいなかった。アビシウスはミリエールに王都の住民が怒りをぶつけないか心配していたくらいだ。
ただ、ミリエールは女性で子供だ。それに彼女の乗馬時の服装は帝国風というより遊牧民風であった。そのため、王都の住民に話し掛けても帝国の人間だと思われて強く拒絶されることは稀だった。
王都の住人は戦争を勝利に導いたアビシウスと王家を強く支持していた。特にアビシウスの個人的評価は高く「王様がいれば王国は安泰だ」という言葉がよく聞かれてミリエールを満足させたくらいだ。
騎士を二人も護衛に付け、立派な馬に乗っている異国人であるミリエールは王都の市民に「多分王家の賓客である」と思われていたようだ。また、国王が帝国から妻を迎えたという事情も漏れ聞いていたのでその関係者ではないかとも思われていたらしい。
特に妙齢で背も高く、美人のサリューシアはアビシウスと一緒にいたのを目撃された事もあり、お妃ではないかと散々疑われた。しかし、ミリエールは全く疑われることはなかった。
そんなわけでミリエールは王都で気軽に王都の平民達に話し掛けて交流した。屋台で売っている串焼きだのガレットだのを食べ、市場でアクセサリーや布地を買い込み、その辺にいる子供達と遊んだ。この辺は帝都で脱走した時の経験で慣れている。
王都には王国人以外にも様々な人種がいて、元帝国人と思しき住民も少なくなかった。そのため、ミリエールもそれほどは目立たなかったのである。
ただ、ミリエールの纏う遊牧民風の衣装を見て警戒をあらわにする者たちが少なくない数いた。帝国の東にいる遊牧民は王国には馴染みが薄い筈なのに。不思議に思ったミリエールが尋ねると意外な返答が返ってきた。
「盗賊の服だろう? それは」
ミリエールとサリューシアは目を見合わせる。な、なんですって?
詳しい話を聞いてみるとこういう話なのであった。
「王都の西にある峠に盗賊が出るんだ」
馬に乗って弓を放ち襲ってくる剽悍な盗賊であるそうで、彼らがミリエールの着ている服とよく似た服を着ているのだそうだ。
「多分、帝国軍の残党だよ」
との事だった。どうやら王国の国内を撹乱するために、帝国の遊牧民の騎馬部隊が派遣されていたらしい。その部隊がそのまま盗賊としてそこに居座ってしまったのだそうだ。
ミリエールは激しく憤慨した。
「王国と帝国が結びつこうとしている時に、それを邪魔するなんてとんでもない話だわ!」
ミリエールは王宮に飛んで帰るとアビシウスに訴えた。
「私がその不心得者を改心させてみせます!」
突然何を言い出すのか、と思ったアビシウスだったが、ミリエールに話を聞くと納得した。
街道を荒らす盗賊の問題は、アビシウスの頭痛の種の一つだったからだ。帝国が王国を撹乱するために送り込んできた部隊が元であることは分かっていたが、まさかミリエールの出身である遊牧部族の者たちであるとはアビシウスには分からなかった。
逃げ足の速い盗賊を捕らえるのは骨が折れる。もしも同じ部族出身という事で話が出来るのであれば戦力の消費を防げるかもしれない。
アビシウスはミリエールに向けて頷いた。
「ふむ。分かった。では説得してみるといい。やり方は任せる」
アビシウスから命を受けてミリエールは鼻の穴を大きくしてむふーっと頷いた。
「では、兵士を貸して下さいませ!」
「……は?」
ミリエールが言うことには、遊牧民の理屈はシンプルで「強い者には従う。弱い者からは奪う」なのだそうだ。
なので遊牧民と話をするなら武力は必須なので、兵士が要るのだという事なのである。
「大丈夫よアビシウス。戦うわけじゃないから」
と無邪気に笑うミリエールだが、アビシウスは不安で仕方がない。ミリエールは必要があればいくらでも荒っぽい事が出来る少女なのだ、という事をアビシウスはとっくに理解していたからだ。
アビシウスは不安が隠し切れないといった感じで言った。
「十分に気を付けるのだぞミリエール」
ミリエールは目を輝かせる。
「あら、心配してくれるの?」
アビシウスはうっかり口を滑らせる。
「君ではない。兵士たちの事を心配しているのだ」
……ミリエールはむくれてしまい、アビシウスはサリューシアに咎められ、後で謝る羽目になったのである。
◇◇◇
こうしてミリエールは兵士三百人を引き連れて王都を出て西へと向かった。
全体的にはそれほど起伏のない王都周辺だが、騎馬で二日ほど行ったところに少し高めの丘を越える峠道があり、盗賊はその周辺に出没するのだという。
ミリエールはまず少数の偵察部隊を出し様子を伺う。しかし盗賊も警戒しているのか、姿を容易には表さない。
一計を案じたミリエールは近くの町に行き、人を雇った。人員と、馬と、荷車である。それで即席の行商人グループを装ったのだ。
そしてミリエールとサリューシアを含めた偽装行商人グループは、東の町から峠を越えて西へと向かった。
峠を登り始めたところで、後方に騎馬の一群が現れた。七騎ほど。退路を塞ぎ、追い立てるようにして迫ってくる。
ふむ、これはおそらく下から追って上らせて、峠の頂上くらいで待ち構えているもう一群とで包囲するつもりなのだな、とミリエールは当たりを付けた。
ミリエールがサリューシアに視線で合図を送ると、サリューシアは馬上で手に複数持っていた棒の一つに火を付けた。
棒からは青い色の付いた煙が濃く立ち上った。簡易的な狼煙である。
ミリエールたちの荷車は偽装なので、荷物は軽い。ミリエールは馬を駆り、周囲を警戒しながら坂道を上る。
そして案の定、頂上には十数騎の盗賊が立ちはだかっていた。なるほど、確かに遊牧民の服である。
「止まれ!」
通せんぼをしている一団から声が掛かった。ミリエールは合図をして偽装商人たちを止める。
「ここを通りたければ金目のモノを置いていけ! 別に全部奪おうというわけじゃない。半分でいい!」
盗賊も商売なので、できれば命懸けで戦いたくなどないのである。なので、相手が渋々でも呑める条件を出すのが大事なのだ。
ミリエールは相手の様子を観察する。全員が遊牧民の乗馬服を着て、短い弓を構えている。確かにミリエールの故郷である草原の部族のようだ。
ただ、誰も彼も髪はぼうぼうだし髭も伸び放題。服もボロボロ、馬も痩せていると酷い有様だった。どうやら盗賊稼業は楽ではなさそうだ。
これなら交渉の余地はありそうね。そう考えたミリエールはセビリスに合図をしてズイッと進みでた。
「貴方たち! 見なさい! この私を! 私が誰だか分かる?」
突然堂々と叫んだミリエールに盗賊たちは目を丸くするが、彼女の服装を見てあっとなる。
ミリエールは青地に金糸で龍の刺繍模様を入れた豪奢な遊牧民衣装を着ていたのだ。これは彼女の祖父から贈られた晴れ着で、族長の家の者である証でもある。
「私はアブハマード族の長、ブレイボの娘フルシャーレの娘、ミリエール! お前たちの長と話がしたい!」
動揺する盗賊たちだが、更に彼らを驚愕させる出来事が起こる。盗賊たちの背後に王国の完全武装の兵士が現れ、取り囲んだのだ。
ミリエールは勝ち誇って微笑んだ。
「強い者には従うのが私たちの流儀でしょう? 大丈夫。悪いようにはしないわ」
◇◇◇
盗賊たちは降伏し、ミリエールは集団のリーダーと話をする事が出来た。
彼らは五年前、帝国に動員されて遊撃部隊として王国に送り込まれた。王国の国内の撹乱と補給部隊を襲う事が命じられていたそうだ。
当初は帝国の司令部からの命令や物資の補給もあり、上手くいっていたのだが、程なくして帝国本国との連絡は途絶えてしまう。
おそらくアビシウスの指揮で王国が反攻し、帝国が劣勢になってしまったからだろう。
困窮した彼らは盗賊に身をやつす事になり、何度も討伐を受けて数を減らし王国内を逃げ回りながら細々と生きてきたらしい。
ミリエールは首を傾げる。
「帝国に戻ればよかったのに」
「帝国は遠く、故郷は更に遠い。馬も金も保たない」
帝国西部の者たちは、東部の遊牧民の事など知らない。自力で帰るには数ヶ月も掛かる帝国東部は遠すぎるのである。
「故郷に帰りたい……」
盗賊たちは口々に言った。それならば話は早い。ミリエールは胸を叩く。
「王妃である私に任せておきなさい!」
ミリエールは王都に帰ると早速アビシウスに事の次第を説明し、盗賊たちは故郷に返してやりたいと訴えた。アビシウスは渋面になってしまう。
「奴らは王国で盗賊行為を働いた。罪を罰せねば彼らに害された王国の民は納得すまい」
「そんな事を言って何になるのよ! 彼らは私の故郷の者たちなのよ! 私には彼らを守る義務があるわ!」
遊牧民には助け合いの精神がある。いがみ合っている者が相手でも、困窮して頭を下げてきた相手には施しを与えるのが当然だ。
そうしないと厳しい草原での生活でいつ自分が同じ境遇になるかも分からない。そういう時に助けを求められなくなってしまう。
ましてミリエールは部族長の一族だ。違う氏族の者たちでも、同じ遊牧の民であれば護り助けるのは当然なのである。
断固としたミリエールの態度にアビシウスも結局は折れた。彼にしてみれば街道を荒らして流通を阻害する盗賊は面倒な存在で、それを一掃出来るのなら多少の事には目を瞑ろうと考えたのである。
アビシウスは言った。
「ならばミリエール。王国には他にも盗賊集団が出没する場所がある。その者たちも説得せよ。そうすれば全員の帰国を支援しよう」
ミリエールは虹色の瞳を輝かせた。
「分かったわ! 任しておいて!」
アビシウスに頼まれたミリエールは喜び勇んで王都を飛び出していったのだった。
アビシウスはそこまで強い期待を抱いてはいなかったのだが、ミリエールは兵士三百人を引き連れて王国中を駆け回った。
そして盗賊を捕まえては帰国を勧め、同意を得ていった。元遊牧民の盗賊は困窮していたので、ミリエールの勧めに涙を流して感謝した。
その結果、ミリエールに積極的に協力してくれるようになり、途中からは王国の兵士ではなく元盗賊の遊牧民達がミリエールに付き従うようになった。
その結果、盗賊の帰順はよりスムーズになったのである。同じ民族の同じ境遇の者達だから顔見知りの場合も多かったからだ。
盗賊の中にも遊牧民出身ではない生粋の盗賊もいたが、ミリエールはついでとばかりにそういう盗賊は攻め滅ぼして捕えてしまった。
こうしてミリエールはものの二ヶ月ほどで王国中の盗賊を壊滅させ、一掃してしまったのである。
元盗賊の遊牧民達は、ミリエールが持たせた身分保証と、王国の通行証、そしてミリエールの頼みによって皇帝から送られてきた帝国の通行証を持たされて、故郷へと帰って行った。もちろん、路銀は王国が支給した。
遊牧民の中には何らかの事情で帰国を願わない者もいたので、そういう者達はミリエールが雇って自分の親衛隊にする。ミリエールは彼らを王家が王都郊外に持つ牧場で家畜の世話に従事させた。
王国を悩ませていた盗賊問題をあっという間に解決してしまったミリエールは貴族にも王都の住人にも賞賛されたが、この事は後にもっと大きな意味を持ってくるのであった。