最終話 凱旋式と結婚式
こうして、キュロッシア王国は三方向から三王国に侵攻されるという窮地を乗り越えた。
乗り越えただけではない。三王国の内二王国の軍を降伏させ、指揮官(内一人は王太子)を捕らえたのである。歴史的な大勝利だと言えた。
これほどの大勝利にしてはキュロッシア王国の損害は極めて軽微であり、貴族には一人の怪我人すら出なかった。ついでに言えば敵の死者もごく僅かである。
絶対的に不利な状況を鮮やかに覆したその手腕に周辺各国は驚愕し、既に帝国を破った事で大陸中に鳴り響いていたアビシウスの勇名は、今回の勝利によって更に高まって不動のものとなったのである。
アビシウスは今回の勝利を最大限に活かすつもりであった。
今回の事態に陥ったのは、三王国が敵対的な同盟を結んだせいであるとアビシウスは考えた。キュロッシア王国を除いて他の国が同盟を結び、キュロッシア王国に対抗するのを防がねばならない。
そのため、アビシウスは三王国に対して三王国同盟の解消を要求し、同時にキュロッシア王国を盟主とした新たな同盟を提案したのだった。キュロッシア王国主導の同盟であれば、三王国が手を結んでキュロッシア王国に対抗するような事態は起こせなくなるだろう。
もちろん、提案とは言うが戦勝国からの提案なのだから実質強要である。断れるものではない。サザラーム王国もヤルク王国も多くの貴族と兵がキュロッシア王国に捕らわれているし、損害なく兵を引いたアスコム王国とて単独ではとてもキュロッシア王国には敵わないのだ。
三王国は渋々同盟に同意。ここにキュロッシア王国を盟主とした新たな同盟が成立した。
もっともこの同盟はうまく機能している間は四王国に大きな利益をもたらした。
四王国の同盟によって交易ルートは平和に安定し、更に盛んになった。外部の敵と争いがあった時にはキュロッシア王国の強力な軍事力を当てに出来るようになった。そしてキュロッシア王国と緊密な関係になっていた帝国の脅威を感じなくて済むようにもなったのである。
もちろんだがアビシウスは戦勝国の正当な利益を得ることに躊躇はしなかった。まずは三王国に賠償金を要求した。これは戦わず兵を引いたアスコム王国にも要求する。兵を率いて国境を越えたのは事実だからである。
ミリエールは兵を引けば不問にすると言ったらしいが、圧倒的優位なキュロッシア王国には逆らえまい。
大量の捕虜を得たサザラーム、ヤルク王国には更に捕虜の身代金も要求した。これは身分に応じた身代金額が慣例で大体決まっていて、その要求は戦勝国の権利であった。
身代金が払えなければ奴隷として海外に売却されてしまうので。相手国としては分割払いでもなんでも支払うしかないのである。貴族もだが一般兵士でも、国が身代金を払って取り戻すべき国の財産なのだ。
今回の戦いの場合、戦わずして全員が捕えられたヤルク王国が二千。サザラーム王国が二千五百人という大量の捕虜が出た。特にサザラーム王国の王太子に関しては莫大な身代金が要求された。
王太子の身代金はもちろんすぐさま払われたのであるが、王太子は捕虜解放後も賓客として二ヶ月ほどキュロッシア王都に滞在させられた。
捕虜転じて国賓として凱旋式とアビシウスとミリエールの結婚式に出席させるためである。
◇◇◇
凱旋式は戦勝将軍の権利であるが、戦争に勝てばなんでも開催出来る訳ではない。
まず、戦争の規模。内戦では決して許されず、対外戦争、しかも王国の将来に関わるような重要な戦争での勝利でなければ認められない。
そしてその勝ち方が見事であり、王国の国威を輝かせるようなものであると国王が認めなければ、凱旋式開催の栄誉は手に入らないのである。
アビシウスが帝国との戦争に勝利した際にも凱旋式を開催した。この時は何しろ十年にも及ぶ戦争を終結させた事と何倍もの敵を徹底的に劇的に撃破ったその戦いぶりからして、どこからも異論は出なかった。しかも彼は国王である。
今回もアビシウスが凱旋式を行う事に全く異論は出なかった。三王国から攻め込まれるというのは未曾有の国難というべきであったし、それを完璧に跳ね返して大勝利したというのは十分に凱旋式の栄誉の資格を満たすものだったからだ。
しかし今回の場合、その勝利はアビシウス一人では得られなかったであろう事は誰の目にも明らかだった。
極端な言い方をすれば、アビシウスが勝ったのはサザラーム王国との会戦だけに過ぎない。
その他の二王国からの侵攻を退けたのはアビシウスではないのだ。
彼女は王国を広く駆け回り、武力ではなく交渉と策略で二王国を退けた。その功績はあまりにも大きい。
アビシウスは王妃ミリエールに対して「凱旋将軍」の栄誉を授与したのである。
それを聞いてミリエールは目を瞬いた。
「私は将軍じゃないわよ?」
アビシウスは苦笑する。
「兵と騎士を率いて戦う者が将だ。今回君は間違いなく将だったであろう? 十分に栄誉を受ける資格はある」
「女性が凱旋式なんてやってよいものなのかしら?」
「国王が認めればなんでもありなのだ」
という事で、ミリエールも凱旋将軍として金色のチャリオットに乗る権利が与えられたのであった。これに対して異論を申し出る者は皆無であり、王都の市民などはむしろ「王妃様が凱旋なさる!」と大喜びであった。
ミリエールとしては「アビシウスの助けになれれば」という思いだけでしたことで、自分の栄誉を求めた事などないのである。それを讃えられても微妙な思いがするだけだ。
「君のおかげで勝てたぞ。よくやってくれた。ミリエール」
とアビシウスが言って、抱き寄せて頬にキスをしてくれただけで彼女としては全て報われていたのだ。
ただ、凱旋式と同時にそのまま結婚式をやる、という話を聞いてミリエールは欣喜雀躍した、いよいよ念願の結婚である。
しかも凱旋式と同時であるので、会場は王宮神殿ではなく王都大神殿となり、王都の市民にも祝福される事となった。
ミリエールとしては祝ってくれる人は多ければ多いほど良いという気分だった。何しろ三年も待たされ、挙句に直前でお預けを喰らったのだ。
鬱憤を晴らす意味でも結婚式は思い切り盛大なものにしようと、ミリエールは企んでいた。
◇◇◇
凱旋式では凱旋将軍が隊列の先頭で金のチャリオットを駆って行進する。
今回の場合は凱旋将軍は二人、アビシウスとミリエールがいるので、隊列は二つに分けられた。各々自分が率いた部隊を隊列に参加させたので、ミリエールの隊列には遊牧騎兵が多く加わる事になった。
凱旋式の隊列に加わる者は普通の軍装だが、兜に白い羽飾りを着ける習わしだ。それ以外にも城門のところで街の女性たちが一人一人の胸に花を飾ってくれる。
凱旋将軍のアビシウスとミリエールは式典用の華麗な鎧を纏い、兜を被らぬ頭には月桂冠を乗せる。
黄金のチャリオットを引くのは各々の愛馬である。普通は二頭で挽くのだが、規格外の馬であるアーファードとセビリスなら一頭でも大丈夫だろうと判断されたのだった。
アビシウスとミリエールが先頭で隊列が城門を潜ると耳が割れんばかりの大歓声が沸き起こった。
王都旧市街の市民だけでなく、新市街の住民、そして王国の各地から駆け付けた民衆も城壁の中に入って大歓声を上げていたのだ。
その中を戦勝軍は胸を張って行進する。そして先頭に立つミリエールは両手を振って満面の笑みを振り撒いていた。チャリオットの手綱を取るのはサリューシアである。あまりに堂々としたミリエールの態度に、この娘は最初にこの王都に来た時は馬を奪って逃げ出したのだったな、と思い出して、サリューシアは妹分の成長ぶりにコッソリ涙を拭った。
ミリエールは西門から。アビシウスの隊列は北門から入城し、そして王都の中央広場で合流する。
二台の金のチャリオットは並んで王都の環状道路を進んだ。歓声と撒き散らされる花と、王を称える歌声と王妃の美しさを讃える賞賛。その中をアビシウスとミリエールは時折視線を合わせ、微笑み合いながら進む。
アビシウスは微笑む。三年前。初めて会ったミリエールは仔馬のように跳ね回るじゃじゃ馬で、何をどうしても自分の妻になど出来ようものか、と思ったものだが。しかしたったの三年でミリエールは見違えるほど大人になり、美しくなり、そして底知れぬ器量の大きさを見せるようになった。今や我が妻は彼女以外には考えられぬ。
ミリエールは微笑む。さすがはお母様が三国一の男だと称えた英雄王。これほどの男は、王はまたといるまい。私はこれからもこの先も、彼の妻として進んでいこう。三国と言わず十でも二十でも国をやっつけて、全大陸に夫と私の名前を知らしめて行こうじゃないの!
二人は大歓声に堂々と応えながら行進した。そして王都大神殿の大階段の前に辿り着いた。
ミリエールはほくそ笑む。ここからは凱旋式ではなく結婚式だ。待ちに待った結婚式のために、ミリエールは色々仕込みをしておいたのである。
手始めにミリエールは、チャリオットを降りると鎧姿のまま芝居でもするように一回転をし、それから胴鎧の留め金をパチパチと外した。
すると胴鎧の中から純白の輝きが溢れ出す。それはスカートとなりミリエールの脚を覆った。そう、ミリエールは鎧の下にウェディングドレスを着こんでいたのだ。
サリューシアが頭からヴェールを被せれば、あっという間に花嫁衣装の出来上がりだ。スカートの下は鎧のままだが。
ミリエールはフフンと笑って夫に言う。
「どう? 驚いた?」
しかしアビシウスはフフンと笑い返した。そして自分も胴鎧を片手で剥ぎ取る。
「えええ?」
その下にはこれも白地の花婿衣装。下は鎧姿だが、それも計算されたかのように決まっている。ミリエールは呆気に取られた。アビシウスが言う。
「結婚式を楽しみにしているのは君だけではないぞ? ミリエール?」
ミリエールはむむむっとなる。ならば! とミリエールが手を挙げると、大階段に踊り子達が駆け上がって舞い始めた。この日のために旅芸人を招いたり王都の住民に頼んだりしたのだ。ヒラヒラとした羽衣を靡かせながら、女性達が華麗に踊る。見守る王都の市民は大盛り上がりだ。
しかしそれを見てもアビシウスは顔色も変えない。
アビシウスがパチンと指を打ち鳴らすと、階段の上に楽団が現れた。そして大きなラッパや弦楽器や太鼓、鐘などで王と王妃を讃える曲を奏で始めたのである。
最初は驚いて動きを止めた踊り子達も、笑って今度は楽団の曲と共に踊り始めた。階段を囲む群衆はやんやの大喝采である。
さすがのミリエールが呆然とする。それを見てアビシウスは内心で満足した。さすがに英雄王ともあろうものが、嫁に振り回されっぱなしでは沽券に関わる。たまには驚かせてやらねばな。
この王妃を驚かせるのはそれほど簡単な話ではないのだから。
アビシウスは隙を付いてミリエールを横抱きに抱え上げた。ミリエールは驚くが、すぐに笑顔になる。
「やられたわ。さすが私の旦那様ね!」
アビシウスは笑う。
「まだまだ。この後、今晩は覚悟しておくことだ」
そしてアビシウスはミリエールの唇に口付けた。
ミリエールは一瞬で真っ赤になってしまうが、すぐにニヤッと笑うと、アビシウスのたくましい首に両手を回した。
「望むところですわよ! 我が夫、我が王よ!」
そしてミリエールはアビシウスの唇にぶちゅーっと口付ける。
仲睦まじい王と王妃に、王と市民は大歓声と万雷の拍手の雨を降らせたのだった。