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第十七話 夫婦の共同作戦

 アビシウスが軍を率いて北へ向かって、はや一ヶ月。


 戦況は捗々しくなかった。


 サザラーム王国軍は国境を超えたところにあった町を占拠して、そこを要塞化、立て篭もる構えを見せていたのだった。アビシウスは渋い顔をした。サザラーム王国の考えは見え透いていたからだ。


 キュロッシア王国軍をここに

引き付ける間に、アスコム、ヤルクの両王国にキュロッシア王都を襲わせる気だろう。戦略としては悪くない。アビシウスとて同じ状況ならそういう作戦を取るだろう。


 しかし、そんな事をされてはキュロッシア王国としてはたまらない訳である。アビシウスの側近であるレルベルは懸念を表明した。


「ここは一度王都に戻って、敵を待ち受けた方が良くはありませんか?」


 アビシウスは首を横に振った。


「そんな事をすれば王国の北部がサザラーム王国の手に落ちかねぬ」


 王国北部の領主貴族たちはキュロッシア王国に忠誠を誓っているが、それは「いざという時はキュロッシア王国が護ってくれる」と思うからこその忠誠を誓ってくれているのである。


 それを王都可愛さに北部の防衛を捨てて後退するような事があれば、北部の貴族はキュロッシア王国を見限ることになるだろう。そもそもサザラーム王国とも強い繋がりを持つ領主も少なくないのだ。


 せっかく貴族たちの忠誠心を高め、援助をすることで、王国の中央集権化が進んでいるところなのだ。ここで北部の貴族たちの不信を買い、その流れを後退させたくはない。


「しかし、それでは王都が……」


 王都には急増の新市街が出来つつあり、防御力が下がっている。二カ国もの軍勢に攻められたらひとたまりもあるまい。


 王都が陥落すればキュロッシア王国の存亡にも関わる。貴族の忠誠を云々してる場合ではなくなると思うのだが。


 レルベルはそう懸念したのだが。アビシウスはニヤッと笑って言った。


「心配するな。ミリエールが任せろと言ったのだ。その程度の事はアレがなんとかしてみせるであろうよ」


 アビシウスはその言葉通り、西にも南にも偵察部隊すら送らなかった。ミリエールの行動に全幅の信頼を寄せていたからである。


 王都との連絡は取っていたが、王都を守っているのは王太后リュシアであるらしく「王妃はどこへやら出掛けて戻って来ません」というリュシアの呆れたような言葉が書かれた文書が送られてきたものだ。


 間違いなく何かを企み、何かをしでかしているに違いない。ミリエールの事だ。私の想像など軽く超えた事をしてくるであろう。そんなモノを心配しても無駄だ。


 アビシウスはそう考え、ミリエールの行動について考えるのを止めた。


 側背の事を憂いなくても良いのであれば作戦は簡単になる。アビシウスは正面の敵だけを、サザラーム王国軍の事だけを考える事にした。


  ◇◇◇


 サザラーム王国軍は騎兵三百の歩兵その他合わせて二千五百。合計で二千八百の軍勢であった。


 これに対してキュロッシア王国軍は騎兵が二百多い五百騎。歩兵は五百多い三千である。既にして敵より多勢であるし、キュロッシア王国はまだ予備戦力を残している。


 しかも長い帝国との戦いで兵は鍛えられているし、指揮するのは数倍の帝国軍を完膚なきまでに撃破った英雄王アビシウスである。正面から戦えばおそらく負けることはないであろう。


 不利を悟りながらもサザラーム王国が兵を引かないのは同盟軍たるアスコム、ヤルク両王国の侵攻を当てにしているからであろう。逆に言えば単独ではキュロッシア王国には勝てないことを重々理解しているという事でもある。


 そのため、サザラーム王国軍はキュロッシア王国軍がやってくると後退して、街道沿いの小さな街を占拠して街を囲う木の柵を補強し、その前に深い堀を掘って要塞化し始めた。


 大軍に要塞に篭られると厄介である。しかも国境に近いだけにサザラーム王国からの物資輸送は容易で、どんどん物資を溜め込んでいるらしい。


 つまり立て篭もっただけではなく、要塞化した町は物資輸送の前進基地としても使用出来るわけである。おそらくキュロッシア王国軍が王都救援の為に後退した際には、即座に追撃に移る為の準備でもあるのだろう。


 つまりここでの戦闘は徹底的に避けて消耗を減らし、キュロッシア王都が二王国軍に襲われたなら後退するキュロッシア王国軍に襲い掛かって勝利を得る。


 作戦が失敗してもすぐにサザラーム王国に逃げ帰る事が出来る位置なので大きな損害を避け得る。


 なるほど。それなりによく考えられた作戦だと思う。しかしそうやって逃げ帰られた後に「我が軍は損害を受けなかった。キュロッシア王国軍と引き分けた」などと喧伝されるのもアビシウスとしては業腹だ。


「我が領土に土足で踏み込んだ報いは受けてもらわねばな。二度と我が王国に攻め込もうなどと思えぬ程度には痛い目にあってもらおうか」


 まず、アビシウスは国境を東に超えた先。つまり帝国の国境防備軍に使者を送る。帝国はかつての敵国だが、この三年で両国は強い同盟関係に変わっていた。


 アビシウスは帝国に領内を軍勢が通過する許可を求めたのである。つまり帝国領内を通過してサザラーム王国を攻撃する作戦だった。


 帝国側は快諾し、アビシウスは軍を分けて帝国領内に派遣した。もっとも、サザラーム王国にとっての最大の仮想敵国は帝国である。当然キュロッシア王国に対する侵攻中でも防備を疎かにしているとは思えない。簡単に国境を突破出来はしないだろう。


 アビシウスにもそんな事は承知の上だった。ただ、サザラーム王国にとって、帝国は過去に何度も戦い、敗れて領土を奪われた事もある、いわばトラウマの元である。


 そんな悪夢の源泉である帝国が侵攻してきた(実際に侵攻したのはキュロッシア王国軍だが)とサザラーム王国軍が知ったら、果たしてキュロッシア王国侵攻に集中できるだろうか?


 アビシウスが帝国に軍を派遣して四日後。サザラーム王国の数十騎が急ぎ陣営を離れて北へ帰って行ったとの偵察部隊からの報告があった。サザラーム王国の、帝国との国境沿いに領地を持つ貴族だろう。帝国領を通過しての迂回作戦が成功したに違いない。


 サザラーム王国は動揺し、戦力は減少した。アビシウスが狙っていたのはこの機だったのである。


  ◇◇◇


 キュロッシア王国軍は陣営を引き払って、王都への後退を開始した。


 これはサザラーム王国側からすれば、かねてからの狙い通りに、アスコム、ヤルク両王国がキュロッシア王都を囲み、アビシウス王はその救援のために軍を返さざるを得なかった、というように見えた事だろう。


 サザラーム王国にしてみれば狙っていた機である。こちらも即座に陣営から撃って出てキュロッシア王国軍に襲い掛かるべきタイミングだった。


 しかしこの時、サザラーム王国軍陣営では迷いが生まれた。


 何しろその直前、サザラーム王国は東の帝国より侵攻を受けていたのである。


 幸い、国境守備軍が追い返し、国境が破られるような事態にはなっていないものの、帝国が侵攻を試みた、という事自体が一大事なのである。


 キュロッシア王国に大軍を派遣している現状で、国境を破って帝国の大軍が雪崩れ込んできたら防ぎようがない。王都までが危機に陥るだろう。


 この時、サザラーム王国軍を率いているのは王太子であるクロバールであった。彼は苦しい判断を迫られた。


 事前の作戦通りに追撃するか、それとも対峙していたキュロッシア王国軍が後退したのをもっけの幸いして、帝国の侵攻に備える為にこちらも軍を返すか。


 クロバールとしてはせっかくの好機であるので、もちろんキュロッシア王国軍を追撃したかったのだが、この時王都の父王からは「帰国して帝国から王都を守れ!」という指示が届いていたのだ。


 勝手な話である。元々父王が帝国の脅威にパニックを起こしてキュロッシア王国への侵攻を命じ、クロバールが苦労して三国同時侵攻の作戦を立てたのだというのに。


 しかし父王の意見に同調する意見は侵攻に参加している貴族の多くからも聞こえてきていた。帝国に侵攻されたら自らの領地が危うくなる。そうなれば貴族たちはキュロッシア王国で得られるモノよりももっと大きなモノを失ってしまう事になるだろう。最も大事なのは自国の領土ではないかという意見には一理ある。


 しかしここで作戦を中止して後退するのは出来ない相談だった。アスコム、ヤルク両王国との密約を破る事になるからである。サザラーム王国が後退すれば、両王国軍はキュロッシア王国内部に取り残される事になる。


 それによって両王国軍がキュロッシア王国軍によって壊滅すれば、両王国は激怒してサザラーム王国に責任を問うて来る事だろう。同盟は瓦解して逆に両王国がキュロッシア王国と結んで敵に回る事態になりかねない。


 クロバールは悩んだ。しかし、三王国の同盟は彼主導で成立したものだった事もあり、結局彼は作戦通り、キュロッシア王国軍を追撃する事に決める。


 しかし、事前の作戦ではキュロッシア王国を破った後はそのまま追撃して、キュロッシア王都を三王国で囲む計画だったものを、追撃はせずにサザラーム王国に引き上げる、という事になった。


 そのため、戦意が低く気持ちが後ろ向きであった事は否めなかった。サザラーム王国は宿営地を出て後退路を確保した後に、キュロッシア王国軍の追撃に移った。


 南北街道は通商交易に使われるくらいなので、路盤は硬く進み易い。サザラーム王国軍は早く敵を破って早く引き上げたい、という気持ちを表すかのように速度を上げてグイグイと進軍した。


 そして準備万端。完璧な迎撃体制を敷いたキュロッシア王国を目撃するのである。


 簡単な話であった。キュロッシア王国軍の後退はサザラーム王国軍を誘い出すための擬態だったのである。キュロッシア王国の後退を待っていたのだから、後退して見せれば追撃に出てくるのは道理ではある。


 しかし勝利を確信して追撃してくるのと、後ろ髪を引かれながら形だけ追って来るのでは勢いが違う。


 サザラーム王国軍が戦意に満ち溢れていてもおそらく勝てるだろうが、どうせ勝つなら容易に勝てるに越した事はない。アビシウスは敵の勢いを削ぐために様々な小細工を弄したのである。


 ちなみに、この時点でアビシウスはアスコム王国は後退し、ヤルク王国軍がミリエールに降伏した事を知っている。既にキュロッシア王国軍には後顧の憂いが無かったのである。


 後方が気になるサザラーム王国軍と、万全の状態のキュロッシア王国軍。既に勝敗の行方は明らかだった。


 そもそもサザラーム王国軍としてはキュロッシア王国軍の無防備な背中に襲い掛かるつもりだったのである。それが、銀色に光り輝き陣形を整えていたキュロッシア王国軍を見てあっと驚き、動揺した。次の瞬間にはもうキュロッシア王国軍から光の雨のような矢が放たれ、降り注いでいる。


「な、何事だ!」


 とクロバールが叫んだ時にはもうキュロッシア王国軍の誇る騎兵部隊が槍を揃えて目前に迫っていた。


「げ、迎撃……!」


 叫ぶ間もない。騎兵集団。特に銀色の鎧を纏って巨大な葦毛馬に乗った騎士が、物凄い勢いでサザラーム王国軍の只中に踊り込んできたのである。


「我が王国を汚した罪は償ってもらうぞ! 地獄でな!」


 その勢いはとても、そもそも戦意が低いサザラーム王国軍に対抗できるものではない。サザラーム王国の騎兵は浮き足立った。


 そこへ今度は槍先を揃え、一糸乱れぬ陣形を保ちながらキュロッシア王国の歩兵が突撃してきたのである。練度といい気迫といい、とてもサザラーム王国軍が相手に出来る敵ではない。


 槍の一突きでサザラーム王国軍は混乱し、二突きで崩壊し、三突き目で潰走を始めた。こうなるともはやクロバールにもどうすることも出来ない。


 それどころか、あの葦毛の騎士が彼を目指して味方の騎士たちを枯木であるかのように撃ち倒して向かって来るではないか。クロバールは恐怖に駆られ、遂に自らも馬を返して逃げ出した。


 幸い、街道である。勝利した後に後退すべく退路は確保してある。クロバールもその他の騎兵も歩兵も、我れ先に街道を走り始めた。クロバールも他の兵も逃げられる可能性を感じてホッと息を吐いた。


 その瞬間。突然大量の矢が敗軍の頭上に降り注いだのである。悲鳴と絶叫が上がり、思わず彼らは脚を緩めた。


 すると彼らの前には立ち塞がるように騎兵の集団が現れたのである。数百の騎兵。全員が騎乗したまま弓を構えている。


 クロバールには分かった。て、帝国の軽騎兵ではないか! 帝国に味方する遊牧民の騎兵集団だ。それがキュロッシア王国の援軍にやってきたというのか。


 愕然とする彼の前に、青に金の刺繍の服を着て、葦毛の馬に乗った女性が現れる。優雅な微笑を浮かべてはいたが、その怪しい虹色の瞳を見て、クロバールは自らの敗北を悟った。


「キュロッシア王国王妃! ミリエールです。降伏しなさい。王妃の名誉に賭けて悪いようには致しませんから」


 王妃! 王妃が自ら馬を駆り、軍を率い、戦場で敵を囲ったというのか! クロバールは驚愕した。彼の常識ではあり得ない話であった。しかし同時に納得してもいた。


 そこへ、彼女の側に一騎の騎士がやって来て馬を寄せる。見れば先ほど鬼神の如き働きをした、葦毛馬の騎士ではないか。彼はゆっくりと同じ葦毛馬に乗る女性の元に寄ると、その手甲に覆われた手を伸ばす。


 女性は、王妃は嬉しそうに笑い彼の手を取って頬に寄せた。それで分かった。その葦毛の騎士こそがキュロッシア王国の国王。名高い英雄王アビシウスなのだと。


 そして納得した。勝てる筈が無かったのだと。このような王と王妃に率いられた国に挑んだのが間違いだったのだと。


 クロバールは何故か清々しいような気分で馬を降り、王と王妃の前に膝を折ったのだった。

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― 新着の感想 ―
楽しく拝見しています。 ミリエールの口上が気持ちいい! 追いついてしまったので、読み返して続きを待ちたいと思います。
 アビシウス•ミリエール双方の策で加担国ともども士気ガタガタになるサザラーム陣営。しかし、攻める時も都防衛の令を出す時も腰が落ち着かないvipに振り回されっぱなしで苦労人すぎるクロバールに、なんて言葉…
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