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第十二話 ミリエール領主の圧政を叱責する

 ミリエールは王国中を巡っていた。


 王国は大体丸い形をしていて、東西、南北の街道を使えば端から端までどちらも馬で十日くらいである。


 これが帝国だと東西が馬で三十日。南北でも二十日は必要だ。ちなみに王都から帝都までは馬で駆ければ一ヶ月。ミリエールの嫁入時の三ヶ月はかなりゆっくりした移動だった事が分かる。


 これを王家と三十家ほどの貴族が分割して協力して統治しているのが王国である。


 王家には高い権威と求心力があり、軍事力も飛び抜けたものがあるが、貴族領は独立性が高く、領地内の事は国王でも干渉出来ないのが原則である。


 王家が貴族領に過度な干渉を行うと、反発した貴族が反乱を起こしたり他国と結んだりする可能性がある。このため、領主が悪政を行っても国王は相談や注意に止め、強い指導や勧告、介入は行わないのが通例である。


 ミリエールがこの原則を破ってしまったのは、王都の新市街での一つの出来事がきっかけだった。


 王都の新市街は王都の石の城壁の外に築かれた街で、流浪の民を受け入れて住まわせ、何年か住んで善良な市民であるという実績が出来れば、旧市街に受け入れるという施策が行われていた。


 この時点では施策はまだまだ始まったばかりだったが、既に何十軒もの簡素な家が建ち並び、それを木の柵が囲っているいう状態で、三百人くらいの人間が住んでいた。


 これは予想以上の集まり方であり、しかもドンドン増えていた。王国や周辺諸国からも人が集まっていたからである。戦争や疫病、不作などの理由で流浪を余儀なくされた人間がそれだけ多かったのだ。


 ミリエールは新市街にもよく視察に訪れた。視察といえば聞こえはいいが、ここには様々な処から様々な人々が集まっており、目新しくて面白かったので遊びに行っていたのである。


 人々は住居を与えてくれた(二年は免税とされていたのでその間は無料で住めた)アビシウスに感謝しており、彼を褒め称えたので、ミリエールをいい気分にさせた。


 ただ、彼らは長く流浪して困窮していたからか表情は暗かった。そして王都で仕事を得ても、貧乏でその日の糧を得るにも事かく有様であるのはあまり変わらなかった。


 それを見たミリエールは頻繁に食料援助を実施し、それと王都の旧市街で行われる春のお祭りに新市街の住人も参加する許可を出したのである。


 お祭りというのは住人同士の交流を促すイベントである。これに新市街の新住民を参加させることで、新市街と旧市街の分断を防ぐ狙いもあった。後は単純に、お祭りで盛り上がれば暗い表情も消えるだろうと考えたのである。


 そういう風に新市街を盛り上げようと援助をしたミリエールは、新市街の人々から「慈悲深い王妃様」と慕われるようになっていった。


 もうすぐ十五歳、成人を迎えるミリエールは急速に背も伸び、身体付きも女らしくなり、美貌にも凄みが加わってきている。どこの誰が見ても王妃に相応しい風格を漂わせ始めていたのだ。


 このため、彼女が「王妃」である事は以前から付き合いのある王都の住民の間にも周知され、ミリエールは「気さくで明るくて楽しい王妃様」という評判になっていたのだった。


 王都の住民から「アビシウス様とのお子が楽しみですね」などと言われると、ミリエールがガッツポーズをしながら「まかしといて! 来年成人したらすぐ産んでみせるからね!」などと応えるものだから、二人の子作りを王都の市民が楽しみにしするという、アビシウスが聞いたら頭を抱えるような状況にもなっていたが。


 それはともかく、ある日新市街を視察していたミリエールは、新しく住み着いたという住人を見掛けた。


 ミリエールが驚いたことに、その住人たちは非常に痩せて見窄らしい格好をしていたのだが、なんと王国の住人なのだということだったのだ。どこかの国で戦災で焼け出されたような格好だというのに。


 訝しんだミリエールがその住人の一人に尋ねると、驚くべき事実が明らかになった。


 彼らは王国南方のポルテ伯爵の領地の農民だったのだが、このポルテ伯爵が農民に対して酷い重税を課していたのだ。


 なんでも総収穫量の八割を税として巻き上げられたという話だった。ただ、この税率はそもそも農民は土地を領主から預かっているだけ、という貴族領のシステムからいうと、それほど過大とは言えない。しかしやり方が問題だった。


 ポルテ伯爵は主要作物の小麦だけではなく、蕎麦やライ麦、豆、果ては家畜に至るまでにこの「八割税」を課してきたのだった。


 小麦は何年も同じ土地で栽培すると土地が痩せてしまうので、周期的に休ませる必要がある。その休ませた土地で豆を育てたり家畜の放牧をしたりするのだが、この豆や家畜には税が課せられないのが普通なのだ。


 それと小麦畑に向かない荒れた土地で育てる蕎麦やライ麦は農民たちの主食であり、こちらも税を取られないものだ。しかしポルテ伯爵はこれにも税を課してきた。


 伯爵の言い分としては、豆も家畜も蕎麦もライ麦も、自分の領地、つまり彼の土地で育てたものなのだから、自分に税を払うのは当たり前だろう、という事になる。理屈としては間違ってはいないが、それらの作物は農民の自給自足のためのものなのだ。


 この税は戦争が終わってから課されるようになったのだが、戦争で働き手を減らしてもいた領民達の生活を直撃。去年の冬には餓死者が出る有様だったそうだ。


 とても耐えきれなくなった農民は逃散し、この王都に流れ着いたのだという事だった。


 これを聞いてミリエールは憤ったが、彼女とてもう三年も王妃をやっていて、しかも王国各地を見て歩いてもいる。ポルテ伯爵の所業は極端だが、多くの貴族領が同じように農民に過酷な税を課している事も分かっていた。


 理由は戦争である。貴族は戦争に途方もなく予算を費やさなければならないのだ。


 伯爵ぐらいになると、戦争が起これば最低でも数百人。多ければ一千人以上の兵を率いて王の元に馳せ参じなければならない。


 兵士はもちろん領民から徴募するのだが、あまり領民から働き手を引き抜くと領地の経済がガタガタになってしまう。


 このため不足分は傭兵を雇うのだがもちろん傭兵はタダでは雇えない。領民の武装も領主が整えなければならない。糧食や馬だって領主の負担なのだ。


 今回の帝国との戦争ではこれが十年も続いたのだ。多くの貴族はその結果、金融業者などから多額の借金をする羽目に陥っていたのである。


 領主の独立性が強いということは、領主が困窮していても王家はほとんど何もできない、何もしてくれないという事でもある。


 もちろんアビシウスは戦後には功績に応じて貴族に褒美は与えたし、困窮している貴族に王家から低率で融資を行なったり、糧食の援助を行なってはいるが、過剰な援助は貴族領への過干渉と取られかねないので根本的な問題解決は出来ないでいた。


 その結果貴族は程度の差はあれ、戦争後に民衆に重税を課すようになっていたのである。


 ちなみにもちろんだが王家も、戦争中は大借金をしていて、もしも戦争に勝てなかったら破産するところであった。


 しかし帝国からの賠償金で借金は返済し、ミリエールの活躍で王家の経済はあっという間に復興したので問題にはなっていない。むしろ発展する王都とそれ以外の貴族領の格差が問題になりつつあったのである。


 ミリエールは考えた。王国の基盤を支えるのは結局は貴族領である。王家単独では広大な王国全体を統治することは出来ないのだから。


 ただ、貴族に領地の事を放任する今のやり方が限界を迎えているのは確かだと思われた。原因はかつてに比べて戦争が大規模、長期化し、その予算を賄う事が裕福でない貴族には不可能になりつつあったからである。


 王国はこれからも戦争をするだろう。近隣三王国。特に北のサザラーム王国との関係は悪いと聞く。また大きな戦争が起こった場合、多くの貴族領は破産状態になってしまう可能性がある。


 考えたミリエールはまずポルテ伯爵夫人を訪問した。伯爵夫人が王都に住んでいたからだ。ポルテ伯爵の王都屋敷は豪華な造りだったが、やはり手入れが行き届いていない雰囲気があった。やはり困窮しているのだろう。


 応接室でミリエールはポルテ伯爵夫人に、伯爵領の重税を問いただし、真正面から叱責した。


 伯爵夫人は当惑した。もしも圧政が事実であっても、それは伯爵領の内政問題であって王家に口出しされる言われはないからだ。


 しかし、ミリエールは叱責しただけはなかった。


「もしも伯爵領が圧政を認めて反省するなら、王家がポルテ伯爵の債務を肩代わり致しましょう」


 これには夫人は驚いた。伯爵家の借財はそれこそ王家には何の関係もない。どうしてそれを王家が肩代わりするという話になるのか。


 しかし、伯爵夫人はすぐにそのロジックに気が付いた。


 つまり、簡単に言えば金を払うから内政干渉をさせろ、という事なのである。ミリエールの考えはシンプルだ。


 貴族領はもう王家の援助がなければ立ち行かないのだから、王家の支援を受け入れる代わりに、独立した領主である地位を捨てなさい、という事である。


 つまり、王家と領主貴族の連合が王家を形造っているという建前を捨てて、貴族達は王家の完全な臣下になり、王国の土地と民は王家のものであるという状態にしようという事なのだ。


 つまり中央集権体制である。これは既に帝国がそうなので、ミリエールにとっては珍しい考え方ではない。帝国の貴族は皇帝から土地と民を与えられているので、皇帝の意思で転封も取り潰しも思いのままである。


 もっとも、これをいきなり頭ごなしに実施しようとしても、領主貴族の反発を招き上手くは行かないだろう。そこでミリエールは借金の肩代わりをきっかけに、貴族領へ王家の干渉を可能にして行く方策を取ったのである。


 ポルテ伯爵夫人とて、伝統ある貴族としての誇りとプライドがあり、王家からの干渉を快くは思わなかった。


 しかしながら戦争のために抱えた債務は利子も嵩んで手に負えなくなっていたし、返済のための重税は領民の逃散を招いて領地を荒廃させていた。にっちもさっちも行かなくなっていたことは事実だったのだ。


 ミリエールは重税を取り消し逃亡の責任を問わないなら、領民を連れ戻すことにも協力すると言った。農村の衰退は王国の足腰を弱らせる。ミリエールは王都に人が集まりすぎても良くない事を理解していたのだ。


 結局、ポルテ伯爵夫人はミリエールに「謝罪」をし、重税の是正を約束した。つまり王家の干渉を受け入れた。これは実績になるので、ポルテ伯爵領はこれからも王家の干渉を受け入れざるを得なくなるだろう。


 もちろんミリエールもアビシウスと図って、王家で即座にポルテ伯爵領の負債を引き受けて完済した。既に王家にはそれだけの富が蓄えられていたのだ。これは王家と貴族の間にそれだけの実力差があるのだという事を意味する。


 ポルテ伯爵と王家の取引はあっという間に貴族達の間に広まり、多少の反発はあったものの、王家に対して同様の取引を申し出る貴族が続出した。


 既に経済的にも軍事的にも王家に逆らう事など出来なくなっているのである。独立の建前のために困窮するなど馬鹿馬鹿しい。平時に債務を肩代わりしてくれるという事は、戦時には王家が戦費を負担してくれるということでもある。


 そのようにして王国の貴族は急速に王の臣下にいわば「代官」化する事になった。領地の統治を王の代わりに代行する者、が貴族という体制になっていったのである。もっとも、その体制が完成するまでにはそれから数年掛かったではあるが。


 ミリエールは全く意識していない事だったのだが、この中央集権化は王国内の物資、人員の移動の効率化を産み、それまでは貴族との合議が必要だった軍の編成や移動が国王の一存で行えるようになるという状況を産んだ。


 つまり、王国を挙げての戦争が行い易くなったのである。

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 アビシウス側のブレイン、仕事投げすぎぃ!! それとも匙か? 他国との決闘用手袋か????  ま……まままさか、馬の脱走の日常化・リュシアさんがミリエール本人にあれこれ口出しする前後の、部下からの静止…
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