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第十話 アビシウスの公妾騒動

 ミリエールとアビシウスの仲は基本的には良好だった。


 ミリエールはアビシウスの事が好きだったし、アビシウスもミリエールを自由にさせ、尊重していた。二人の関係はそうやって上手く回っていたのだった。


 ただ、二人は主従ではないし、恋人同士でもなく「王」と「王妃」である。


 しかもミリエールには王太后にも貴族夫人達にも認められ、立派に王妃としての役割を果たしているという自負があった。


 なのでミリエールはそろそろアビシウスと正式に結婚して子供を儲けたいと真剣に思っていた。


 しかしながらミリエールはようやく十四歳になったところである。王国での成人年齢は十五歳。どうしても正式な結婚は出来ない。


 当然、アビシウスにもその気はない。それは仕方がないことだとミリエールも思う。彼女も王国の教養を身に付けたのだ。自分とアビシウスが今結ばれたら、アビシウスが王の資格を失いかねない事は分かっている。


 だからミリエールはグッと我慢をしているのだが、その彼女の我慢を台無しにしかねない話が持ち上がったのは、帝国の貴族を王国の貴族令嬢の婿に取る話を進めている最中の事だった。


 発端は、激務のせいでアビシウスが少し体調を崩して一日公務を休んだ事だった。


 王国の国王は激務であり、基本的に休みというものはない。それは誰だって年に一、二度は体調を崩すことぐらいあるだろう。健康優良、頑健なアビシウスだって例外ではない、


 ただ、軽い風邪であり、別に大きな病気でもなかった。実際、大事をとって一日休んだら快癒したので、アビシウスは大して気にしていなかったのだが、これに敏感に反応したのが王太后のリュシアだった。


 なにしろアビシウスは王家唯一の男性であり、彼が亡くなると後継がいないのである。王家が絶えると傍系の王家である公爵家から王が立つ事になるが、公爵家は王家ほどの求心力を持っていない。


 アビシウスが死ねば最悪、王国は分解して崩壊してしまうだろう。リュシアがそれを恐れたのは当然である。彼女は自分の夫を病気で失ってもいる。


 このためリュシアはアビシウスが後継を残さずに死んでしまうのではないかと焦り始めたのだった。


 アビシウスとミリエールが子供を作れるようになるにはまだ丸一年掛かる。リュシアはその一年を不安に思い出したのだ。


 リュシアはミリエールを可愛がり、素質を認め、立派な王妃になるだろうと期待してはいる。しかし、成人してない彼女に子作りをさせる訳にはいかない。


 そこでリュシアはアビシウスに「公妾」を娶る事を提案したのだった。


 公妾とは文字通り「公的に認められた愛妾」である。


 王国では結婚は、一夫一妻が絶対であり、男が二人以上の妻を娶ることは許されていない。


 しかしながら王族や高位貴族の場合、それでは不仲や不妊で後継を得られない可能性が出てきてしまう。


 そのため、抜け穴的に「公妾」が認められる場合があった。お妃以外の女性を公的な愛妾として認め、子孫繁栄に励むのである。


 この場合、公妾には「王(または貴族当主)の公的な愛妾」という地位が認められる。これは「産んだ子供が家の子供と認められる女性」という曖昧な地位だ。


 これが私的な愛妾であった場合、愛妾が産んだ子供が家の子供として扱われる事は絶対にない。女性の私生児として扱われ、産ませた男が認知するかどうかはそれぞれの事情による。


 これが公妾の場合は無条件で家の子供として認められ、認知される。ただし、ほとんどの場合は生まれると同時に本妻の養子となり育てられる事になる。公妾が「母」と認められる事はない。「妻」ではないからだ。


 その公妾を、アビシウスに娶らせ、ミリエールが子供を産めるようになる前にアビシウスの子を得ようというのがリュシアの考えなのだ。


 このリュシアの計画はさして突飛な物ではないし「子供が産めないからミリエールとの結婚を止めて他の女性と結婚させよう」というような考えより、ミリエールを尊重していると言える。


 しかしこの話を聞いたミリエールは激怒した。


「順番が違う!」


 怒り狂ったミリエールは叫んで手近にあったクッションを怒りに任せて床に叩き付けたものだ。


 ミリエールがそれほど怒ったのには、帝国の一夫多妻制における妻の階級制度が関係している。


 帝国は、身分が高い者が多くの妻を持つのは当たり前である。その観点から言えば、ミリエールにはアビシウスが複数の妻を持つ事には特に抵抗はない。むしろ彼ほど偉大な男であれば多くの妻を持つべきだとさえ思っている。


 しかし帝国の、特に皇帝の妻にはかなり厳密な階級制度が存在した。


 つまり、第一皇妃を頂点として皇妃の地位の順番が決まっているのである。これは基本的には嫁いだ順番であって、ミリエールの母は三番目に嫁いだから第三王妃であった。


 この順番は後宮に賜る屋敷の広さ、儀式や宴席での席次、服装の華美具合など様々なところに関係しており、順番を飛び越すことは許されない。たとえ皇帝の寵愛が一番深いミリエールの母でも、三番目は三番目なのである。


 しかしながら、この順番を飛び越す事が出来る方法が一つだけ存在する。


 それは世継ぎを産んだ場合である。すなわち、第一皇妃を差し置いて第三皇妃が男の子を産んだ場合、即座に順番は入れ替わり第三皇妃は第一皇妃になるのである。


 ただ、実際にはこのような下剋上は、それほど簡単には起こらない。そもそも、皇帝が第二皇妃を娶るのは、よほどの事情がなければ第一皇妃が男の子を産んだ後である。


 第一皇妃が子を産まぬ内に第二皇妃を娶った場合、第二皇妃に子が出来ぬよう皇帝が配慮するものであるし、万が一産ませてしまった場合は子に死を賜る事も珍しくない。


 だが、第一皇妃が子を産めぬ場合、女児しか得られなかった場合はそんな事も言っていられず、下位の皇妃が後継を産んで順番の入れ替わりが起こる事もあるのである。


 そういう帝国の皇妃の事情を知っているミリエールにとって、アビシウスが自分よりも先に他の女に子を産ませるという事は、自分を第一王妃から格下げするという事を意味するのであり、到底許せる話ではなかったのである。


 彼女はアビシウスの執務室に駆け込みこう叫んだ。


「他の女に産ませるくらいなら! この私に産ませなさい! 立派に産んでみせますから!」


 十四歳になり、ミリエールはずいぶん背も伸びて体に凹凸も出来てきた。顔立ちも子供らしい丸味が取れて怜悧な美しさを醸し出しつつある。


 しかしながら二十七歳になっているアビシウスからするとまだまだ子供であり、しかも悪い事にアビシウスはもう二年もミリエールと毎日毎日会っている為に、ミリエールの身体の成長に気が付いていない。


 そのため、アビシウスはミリエールに対して男女の感情を全く持っていなかった。ミリエールを王妃として認め、相棒として頼りにはしているがそれはそれ、これはこれである。


 ただ、アビシウスは同時に、ミリエール以外の女性を近付けて子を産ませようとも思っていなかった事は事実である。


 いつかはミリエールに子を産ませなければ、とは思ってはいたが、その前に他の女性を愛妾にして子を産ませる事など考えもしていなかった。


 アビシウスは思春期を女っ気のない戦場で過ごしてしまったので、男女の関係への欲求が薄かった。王であれば公的な愛妾はいなくとも、私的な愛妾を複数抱えているのが普通なのだが、彼には女っ気が全くと言っていいほどなかったのだ。


 この歳で私生児の一人もいないのでは、王太后リュシアが心配するのも当然である。王太后だけでなく、アビシウスの女性関係の希薄さは、彼の側近の密かな悩みの種にもなっていたのだった。


 悪い事に、アビシウスは事実上ミリエールと「結婚」してしまった。これでは早く彼に結婚して子供を作れとは言えない。王に愛妾を娶れとも臣下の立場からはなかなか言い難い。


 なので今回の王太后の公妾の提案は、側近達にとっても渡りに船であり、彼らは積極役にアビシウスにリュシアの勧めに従うようにと諫言していたのだった。


 しかしながら、せっかく王太后が計画を進めても、王妃であるミリエールがこの有様ではアビシウスが公妾を迎える事はないだろう。


 アビシウスはミリエールのことを王妃として尊重しているし、ミリエールの機嫌を損ねることは帝国との関係悪化にも繋がると理解してもいる。


 アビシウスの側近レルベルとしては頭を抱えたいような気分だった。彼としては複数の妻を迎えるのが当たり前だという帝国の姫であるミリエールが、アビシウスが公妾を迎えるのに反対するとは予想外だったのである。


 帝国の事情に疎いレルベルが、ミリエールは「順番が違う!」事に怒っているのであって、アビシウスが二人目の妻を迎えることに怒っているのではない、という事が分からないなど当たり前の事であった。


 これはアビシウスも同じである。


 アビシウスは真っ赤になって怒り、腕を振り上げて抗議するミリエールを見て、珍しく照れたような気持ちになったのである。


 つまり、ミリエールはアビシウスが公妾を迎える事に嫉妬したのだと理解したのである。これは王国人ならそう考えるのが当たり前ではある。


(なかなか可愛いところがあるではないか)


 と思ったのだ。


 同時に、嫉妬するということはミリエールがアビシウスに対して強い愛情を持っている事を意味するから、アビシウスはここで初めて自分がミリエールから愛されている事を理解したのだった。


 信頼する有能な王妃であるミリエールから愛されてるのだと感じるのは、自分からは男女の愛情は持てないアビシウスにとっても悪い気分ではない。


 アビシウスはくすぐったい思いを抱えながら、照れ隠しで殊更謹厳な表情を浮かべてミリエールに言った。


「安心せよミリエール。私は君以外の者に子供を産ませようとは思っておらぬ」


 ミリエールは目を丸くする。


「本当? ホントね?」


「ああ、約束しよう。だから早く大人になる事だな」


 アビシウスは約束し、ミリエールは上機嫌に退出し、レルベル達側近は大きなため息を吐いたのである。


  ◇◇◇


 もっとも、アビシウスの公妾問題がこれで完全に終わったわけではなかった。


 王太后リュシアとしてはどうしても王統の継続の不安を払拭しておきたかったのである。そのため、彼女は何度も何度もアビシウスに公妾の事について相談をした。しかしアビシウスはミリエールとの約束通り聞き入れない。


 リュシアはどうやらミリエールが反発しているとのが原因だと分かると、ミリエールを招いて彼女を説得する事までした。


 リュシアとミリエールは仲が良い。リュシアは事情を説明して優しく語りかけた。


「公妾は妻ではないのよ? たとえ公妾が子を産んでも妻と入れ替わる事もありませんし、子も養子として妻の子となるのです」


 リュシアの説明に、ミリエールはすぐに納得したが、同時にそれは新たな疑問をミリエールの中に生じさせた。


「それでは公妾は子供を産むだけの存在のようではありませんか。ずいぶん不公平なのではありませんか?」


 ミリエールの言葉にリュシアは驚く。そんな事をリュシアは考えた事もなかったからだ。


「帝国では妻に順番はありますけど、等しく夫に尊重される存在です。同じ夫に愛されるのに、子供を産んでも奪われてしまうのは酷いではありませんか」


 ミリエールにしてみれば、自分とアビシウスの陰にそんな尊重されない存在が生まれるなんて耐えられない気分だったのだ。それならまだ、正式に第二王妃としての身分を与えて、共にアビシウスに尽くした方がいい。


 実際には公妾はそれほど日陰な存在でもなく、社交界では事実上の王の妻として振る舞い、王からの寵愛によっては王妃よりも強い権力を握る場合もあるのだが、リュシアとしてはそれはミリエールに言うのが憚られる事だった。


 なにしろ公妾は宗教的にはグレーゾーンなのだ。あんまり大ぴらにする存在でもない。


 そんなグレーゾーンが許されるなら、ミリエールとしては未成年でも子供を産ませてほしい、と言いたいところだ。


 リュシアとしてはミリエールの事が可愛いし、王妃としての有能さも愛している。ミリエールが臍を曲げて帝国に帰るとでも言い出したら公私ともに大変困ってしまうだろう。


 結局リュシアは国王夫妻の反対を覆せず、アビシウスに公妾を娶らせることを断念するしかなかったのである。

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 愛妾提案のタイミングゥ!! 身内逝去で息子までぽっくりになるのではと不安よぎるのは分からんでもないけど、ミリエールが正式に妻になるまで半年以上も耐久期間設けなきゃならんし、まだ2人が不妊かどうか分か…
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