おとこのこ
俺はいつも自分の外見が気になっていた。女子と間違えられることにうんざりしていたからだ。
童顔で細身、声も低いわけではない。クラスメイトの視線やささやきが、鏡を見るたびに胸に刺さる。それでも教師として俺たちを見守る担任の先生だけは、そんな俺に何か違う目で接していた。
「先生。俺、相談があります。」
放課後、教室に残る俺は切り出した。先生は黒板を消していた手を止め、振り返った。
「どうした?」
低く落ち着いた声で、先生は俺を見つめる。それに俺はどこか安堵を感じながらも、言葉に詰まる。
手に握った消しゴムを、無意識に指で転がす。
「俺……なんでこんな見た目なんでしょう。男なのに……もっと強くて、かっこよくなりたいです」
詰まっていたものを吐き出すように言った。
先生の目が柔らかく細まる。
「そのままでいいんだよ」
短く言われた言葉に、俺は戸惑った。どういうことか分からない。
「あの、どういうことですか?」
問い返す俺に、先生はふと窓の外に視線を向けた。
それから深いため息をついて、俺の方に身を乗り出す。
俺は眉をひそめ、後ずさる。
先生の真剣な表情に反応する自分が、危険信号を出していた。よくないことが起こるぞと。
先生はにやっと笑って、言う。
「だから、男らしさなんて似合わない。君は男の娘だ。この世にはそういう需要っていうやつがあるんだよ」
理解できない。先生の言っていることが、どういう意味を含んでいるのか、理解できない。
得体の知れない不快感が、胸の奥をざわつかせる。俺の知ってるいつもの先生じゃない。
「……何を言ってるんですか」
俺は先生を睨んで、もう一歩後ろに後退する。
しかし先生は怯むことなく、真っ直ぐに俺を見つめ続ける。
「分からないかな。なら、分かるように態度で示そうか?」
距離がますます縮まる。
とうとう教室の壁際まで来てしまった。
「やめてください、気持ち悪いです」
思わずそう吐き捨てると、先生は少し驚いたように瞳を見開いたが、すぐに穏やかに笑って言う。
「気持ち悪いかもしれない。でも、僕は嘘をついているわけじゃない。君は君のままで美しい。だからその姿でいることで、僕は救われる。
君が変わろうとするなら、僕はなんだってするよ。実力行使に出てもいい」
気付けば、先生の手で、俺はねじ伏せられていた。
手と手が重なり合ってしまう。
「君は十分可愛い」
びくんっと、俺の胸はその言葉で締めつけられるような感覚に支配されていった。嫌悪していたはずのその言葉が、いつの間にか別の感情を呼び起こしていることに気づく。
(何を考えているんだ、俺は……)
心の中で掻き消したい思いと、溶けるような熱が交錯する。
先生の言葉が繰り返し頭の中で反響する。
呼吸が浅くなり、身体が勝手に震え始めた。
その瞬間、俺の中で何かが崩れ始める音がした。まるで自分が何者なのかがわからなくなるような、甘美で恐ろしい感覚に呑まれていく。
俺には止めることができない。おかしくなってしまった頭では、考えることができない。
誰かが教室に来てくれればいいのに、こういう時に限って誰も来ない。
「まずはそのさくらんぼ色の唇かな」
顎が上がる。見上げた視線の先に先生の唇があった。
やけに先生が大きく見える。