502号室
ある日のオリヒコとシャロウの部屋。
「ねぇ、オリヒコ君」
「あれ、もう話しかけていいのか?」
「うん……次の夜会、そろそろ僕の番が来ると思うんだけどさ……怖い話が用意出来ていないんだ」
このハロウィン魔法学園では、どんな生徒も参加しなければいけない、怪談を語り合う夜会が存在する。
誰が始めたのか分からない、生徒達の魔力を増強する為のトレーニングだとも、逆に何かに魔力を捧げる為の儀式だとも噂されるそれは、あらゆる生徒が引きずってでも参加させられる、謎多き夜会であった。
しかし、誰もがすぐに持ち前の怪談を用意出来ていて、話せるという訳ではなかった。
「一緒に廃墟探索でもするか?」
「……君が協力的な時はロクな目的じゃないだろ」
オリヒコは少し不機嫌になった。
「嫌なら適当な怪談を真似れば良いだろう」
「そうなんだけどさ……プレッシャーがあるっていうか……」
「そうか。僕から君にあげられるインスピレーションと言ったら、酒で死んだ父が暴力野郎で座敷牢に入れられてたのを殴られてた母が世話していて、父が死んでしばらく後にたまには親孝行をと思って母に手を取ってもらったら、牢の中の父に飯をやる時に使っていた細長い盆に変身した話くらいしかないぞ」
「お、重っっっ!?君の家ってつくづく苦労が多いね……ザシキロウ周りの話で短編集作れるんじゃない?」
「そうかもな。どうだ?何か思いついたか?」
「今の話は重過ぎてちょっと参考にならないかな……とりあえず今は魔の502号室に誰かと一緒に泊まろうかと思ってたんだけど……」
「ああ、男子寮の永遠の空き部屋か。異次元と繋がってて変な生物が出るっていう……」
「一緒に、泊まってくれる?」
「もちろん。僕もたまには相手の為だけになる事をしようじゃないか」
「うん……ありがとう!やっぱり君は頼れる奴だ!」
そうして、二人は魔の502号室へ向かった。
噂通り、鍵はかかっていなかった。
開けて中を確認すると、普通の寮部屋程度の広さの中に古びた備品のベッドが二つと、机が二つあった。
「普通……だね」
「他の部屋と同じだ」
502号室へと入っていったシャロウがベットと机に修復魔法と洗浄魔法をかける。
「よし。今夜はここで寝よう」
「カメラは要るか?」
「そこまで本格的な怪談はしないよ」
「じゃあ菓子パーティーはするか?ポップコーン食べたい」
「強いな君は……いいよ、やろう」
その夜、寝巻き姿の二人が502号室に大量の菓子と飲み物を持って集合した。
ポップコーンにチョコスナック、ポテトチップスに大量の炭酸飲料と紅茶が用意された。
「まずはここの噂をおさらいしようか」
「確か、窓の外の景色が変わったり、ドアの外に出たら学園じゃなかったり、壁に裂け目が出来てそこから大量の人間をこねたみたいな化け物が出てきたりする、っていうのだったよね?」
「ああ。スケールが大きめだよな」
ポップコーンを貪りながら、オリヒコは他人事のように言った。
「ここに入って出られなかった人はいないっていうから良いけど、そういう事がこれから起こるかもしれないのはやっぱり怖いなぁ……」
シャロウは弱気にそう言った。
「だったら今から指輪になっておこうか?」
油やチョコでベタベタになった手を洗浄魔法のかかったハンカチで念入りに拭くと、オリヒコはシャロウへ手を差し出した。
「いいよ。お菓子パーティー楽しみにしてたんでしょ?魔法で戦った方が速いし」
「そういえば君もちゃんと強いんだったな」
「ある程度強いよ!?成績は普通だって言っただろ!?」
それから菓子パーティーはしばらく続き、夜も更けていった。
「まだ、何も起こらないね」
窓の外の景色が大きく変わっていないのを見て、シャロウがポツリとつぶやいた。
「外に出てみるか?」
オリヒコの提案に、シャロウは固まった。
「…………やめとこう」
「まあ本当にもうこの外が学園じゃなくなってたらいつ出ようと同じだよな」
「怖い事言わないでよ!出られなかった人はいないって話だろ!?もう歯磨いて寝よう!」
時刻はとうに十二時を過ぎていた。
オリヒコとシャロウは、それぞれ好奇心と不安の中、眠りについた。