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 第七章 ドワーフの戦車戦

 ウスタール軍はソーンベルグ皇国の皇都まで軍を引いていた。次の王命はドワーフ軍との戦いだと思われた。ドワーフ軍はユキスロット大公国を占領している。ユキスロット大公国はソーンベルグ皇国の西だ。ウスタール王国にもどるにせよユキスロット大公国に侵攻するにせよソーンベルグ皇国の皇都はつごうがよかった。

 皇都の外の陣地に夜が来た。タツはカタリナの天幕で女たちとすごす日がつづいている。カタリナ・アイーダ・リンダ・テオ・セシリアだ。女がふたりふえた。テオとは約束をした。セシリアも一応の功労者ということでことわれなかった。女がふえたことでひとりに一回ずつということで落ち着いた。

 カタリナと結合中にタツはふと思い出した。

「好きだよカタリナ。愛してる」

「えっ? なにそれ?」

「だからきみが好きなんだカタリナ。愛してる」

「ええーっ? あたしぃ?」

 カタリナの見えない目から涙があふれ出した。タツはカタリナの涙を舌でぬぐった。カタリナが舌をのばしてタツをもとめた。タツはカタリナの舌に舌をからめた。濃厚なキスの渦の中でカタリナの手がタツを抱きすくめた。カタリナが泣きながら何度も何度もタツの名をタツの耳元で呼んだ。

「タツ! タツ! タツ! タツ! あたしも愛してる! タツゥ! タツーッ!」

 タツははじめてカタリナと結合できた気になって自身を解放した。

 カタリナと身体を離すと全裸のリンダがタツの背中をつついた。

「あたしにも好きだって言ってよ」

 リンダの顔は真剣だった。タツは言おうとした。

「す。す」

 どうしても言えなかった。

「ウソでもいいから好きだって言って」

「す。す。す」

 やはり言えない。リンダに好きだと言えば自分が結婚詐欺師になる気がした。タツは考えた。誰になら好きだと言えるか? 女たちの顔を思い浮かべた。ただひとりカタリナだけだと気づいた。これが恋なのではと思った。恋だとすればタツの初恋だった。

 リンダが泣きそうな顔でタツを見ている。

 アイーダがリンダの肩を抱いた。

「タツ。無理しなくていいぞ。お前がカタリナに惚れてるのはみんな知ってる。あたしたちに惚れてないのもな。でもあたしたちは全員がお前に惚れてる。だから戦争が終わるまではこの関係でいさせてくれ。いまお前にふられるとみんなつらいんだ。カタリナもしばらくがまんしてくれるか?」

 カタリナが頬を両手で押さえた。

「あたし。しあわせすぎて何も考えられない」

 リンダが顔を横向けてすねた。

「けっ。さっそくのろけかよ」

 タツはリンダの顔を自分に向け直した。

「好きだとは言ってやれない。けど可愛いとは言ってやれるぞ。リンダ。お前は可愛い」

「えっ? いや。それは」

 タツはリンダにくちづけた。リンダが濃密に舌をからめてこたえた。カタリナがリンダの背中に舌をつけた。アイーダがリンダの右手を舐めた。テオが左手だ。セシリアがカタリナとならんでリンダの背面を舌で転がした。

「あっ。こらっ。四人がかりは卑怯っ。ああーんっ。だめぇ。楽しむ間もなく終わっちゃうぅ。やだあっ。ひいいいぃっ」

 女四人がリンダを寝台に横たえた。四人の女があおむけのリンダにたかる。四つの裸体にのしかかられてリンダが見えなくなった。女たちがリンダの前面を舐めてしゃぶった。四人が動くとリンダの部分部分がのぞいた。チラチラと見えるリンダの顔に快楽がかいまみえた。

「やだってばぁ。息ができないぃ。あんっ。あんたたちぃ。やんっ。おぼえてらっしゃいぃ」

 リンダが息を切らせて階段をのぼって行く。頂上にたどり着く直前で四人の女が身体を離した。アイーダの指がタツをけしかけた。行けと。タツはリンダと結合した。

「リンダ。可愛いよ」

 リンダがタツと舌をからめて顔を左右にふって涙をこぼした。

「うれしいのぉ! ああんっ! はあんっ! ああああああああーっ!」

 タツはリンダが頂点に達しやすいようにおのれを解放した。

 次にアイーダ・テオ・セシリアとそれぞれ満足させた。あおむけのタツに五人の女が交互にかるいキスをする。タツの呼吸がおさまるとリンダがハッと気づいた顔になった。

「タツ。夢を見たわ。小さな子が別の小さな子五人に剣で襲われてるの。場所はこの近くよ。馬防柵の向こうだったわ。満月が出てた。あれは今夜の月じゃないかしら?」

 リンダが服を着はじめた。タツも服を着る。アイーダとテオもくわわって四人で天幕を出た。

 四人は陣地のはずれの馬防柵を目ざした。

 雲間からのぞく大きなまん丸い月が馬防柵を照らしていた。しばらくすると馬の足音がひびいて来た。五頭か六頭の足音だった。

 街道を六頭の馬が走って来た。満月を厚い雲が隠して見えにくい。乗っているのはいずれも小学生くらいの子どもだった。先頭の子どもは剣を持ってなかった。その子を五人が追っていた。五人はそれぞれ剣をふりあげていた。

 先頭の馬に五頭の馬が追いついた。五本の剣が先頭を走る子どもを襲う。先頭の子どもが剣をよけて馬から転げ落ちた。馬が走り去った。

 落ちた子どもが立ちあがった。小学一年生の身長に見えた。タツのへそよりすこし上の身長だった。行きすぎた五頭の馬がその子に足をもどす。

 タツたち四人は落ちた子を助けようと走った。

 五頭の馬がその子を取りかこんだ。五本の剣が馬上からふりおろされる。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 走りながらテオが火の玉を放った。馬上のひとりの背中に火の玉が直撃した。

「うわわわーっ!」

 男の叫びがして炎に全身がつつまれた。馬が棒立ちになって火ダルマの子どもをふり落とした。その間に最初に落ちた子どもが馬の腹の下をくぐってタツたちに走った。

「助けてっ! お兄ちゃんっ! お姉ちゃんっ!」

 子どもが手をのばしてタツたちに助けをもとめた。四人になった馬上の子どもたちが馬から飛びおりて逃げる子を追う。火ダルマの子どもは地面で燃えている。

 駆け寄るタツに逃げて来た子が飛びついた。

「お兄ちゃんっ!」

 タツはすがりつく子どもを背中に背負った。子どもをおんぶして腰の剣を抜いた。四人の子どもが剣をふりかぶって走って来た。タツは子どもを斬っていいのかと一瞬だけ思った。だが斬らなければ斬られそうだ。タツは先頭の子どもに剣をふった。

「メーンッ!」

 タツの剣が子どもの頭に炸裂した。

「ぎゃんっ!」

 子どもが頭をわられて倒れた。

 アイーダも剣をふりおろした。

「メーンッ!」

「ぐはっ!」

 また子どもがひとり倒れた。

「どうーっ!」

 リンダが子どもの胴を斬った。

「うがあっ!」

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 テオが最後の子どもを炎につつませた。

「ぬおおおーっ!」

 そのとき雲にさえぎられていた満月が顔をのぞかせた。月光が倒れた子どもたちを照らした。

 タツはアッと声をもらした。

「なんだこりゃ? ヒゲがあるぞ?」

 子どもだと思っていた者たちは黒いあごヒゲがはえていた。しかも三つあみにしてかなり長い。顔つきも子どもではなかった。中年の男だった。

 アイーダが首をかしげながら地面に転がった死体をしらべた。

「あたしも見たことはないがドワーフってやつじゃないか? うわさではヒゲをのばすのが特徴らしい。身長はかなり低いって話だ」

 リンダがうなずいた。

「小人族って話よね」

 タツは死体を見おろした。

「ということはこれで大人なのか。すると?」

 タツは背中に背負っている子どもを地面におろした。その子の体重は二十キロていどだった。かろうじて片手で持ちはこびできるくらいの重さだ。その子にはヒゲがなかった。月あかりでもスベスベの肌をしているのがわかった。

 その子がおじぎをした。

「ボクはマリリン。お兄ちゃんお姉ちゃん。助けてくれてありがとう」

 少年らしいハスキーボイスだった。

「きみはドワーフなのか? どうして命を狙われたんだ?」

 たずねるタツをアイーダがとめた。

「取りあえずカタリナの天幕に連れて行こう。ふるえてるぞ。怖かったんだろう。質問はそのあとでいい」

 なるほどとタツは納得した。

 足をふるわせているマリリンをふたたび背負ってカタリナの天幕にもどった。天幕ではカタリナとセシリアがタツを待っていた。その他の天幕では宴会の声がひびいている。娼婦たちの天幕の行列はほぼなくなっていた。平和な夜がふけている。

 着衣のカタリナとセシリアがタツの背負っているマリリンに顔を向けた。だが無言だった。

 タツは寝台にマリリンをすわらせた。ランタンの光で見るマリリンは小学一年生の顔に見えた。顔も身体もところどころよごれていた。

 アイーダがぬれた布でマリリンの顔をふいてお茶をすすめた。

「ありがとうお姉ちゃん」

 マリリンが冷たいお茶を飲んで肩の力をぬいた。

 タツは再度さっきの質問をした。

「きみはドワーフなのか?」

 マリリンがうなずいた。

「そう」

 ドワーフというが外観は人間の子どもそのものだった。

「どうして命を狙われたんだ?」

「ボクが前王の子だから」

「はあ? 前王の子? どういうことだ? もっとくわしく教えてくれよ」

「つまりね。いまのドワーフの王ってのはさ。元は宰相だったわけよ。バークリーって男だけどね。それが魔王にそそのかされてボクの父ちゃんと母ちゃんと兄ちゃんを殺したの。それで自分が王になったわけね。バークリーはボクに生きてられると王位があやういと思ってるんだ」

「だからきみを暗殺しようと?」

「うん。きっとそう。ドワーフの長老たちは現王を苦々しく思ってる者もすくなくないんだ。王家の血すじでなければ王にふさわしくないってね。ボクが生きてると長老たちはボクを王にしようと画策するからさ。バークリーは早いとこボクを殺そうとしてるんだよ」

 マリリンがあくびをして寝台に横になった。すぐに寝息をかきはじめた。

 アイーダが首をかしげてタツを見た。

「つかれてるみたいだな。この子をどうする?」

 タツもどうすればいいのかわからない。

 カタリナが口をはさんだ。

「きょうはここで寝かせてあげれば?」

 タツはうなずいた。

「カタリナがよければそうしよう。あしたイングリッド師団長に訊いてみるか」

 翌朝マリリンはカタリナとビビアンにはさまれて朝食を取っていた。タツが見たところマリリンはカタリナになついていた。

 マリリンが食べ終わるのを待ってイングリッドの天幕にマリリンをつれて行く。マリリンは不安そうでタツの手をにぎって離さなかった。アイーダが苦笑した。

「親子みたいだな」

 親子はないだろとタツも苦笑いを浮かべた。

 天幕に入るとイングリッドがマリリンを見て目を丸くした。

「タツ。いつの間にそんな大きな子を?」

 あんたもかいとタツは肩をすくめた。

「師団長。そんなわけないでしょう? それよりこの子はドワーフの前王の子だそうです。昨夜五人の刺客に襲われてるのを助けました。この子をどうしましょう?」

 片目のイングリッドが怖いのかマリリンはタツのうしろに身をかくした。

 イングリッドが考えた。

「ううむ。どうすればいいかな? モスランド男爵に知られたらドワーフなど殺してしまえと言い出すぞ? 次の戦争はおそらくドワーフ軍とだからな。タツ。お前にその子をあずける。なついてるみたいだからいろいろ聞き出してくれ。有力な情報があれば師団長会議で提案しよう」

「有力な情報がなければ?」

「オークのムーンドロウと同じで捕虜として檻づめだろうな。ドワーフは敵だからね」

「信用できないと?」

「いまはまだ何とも言えん。だがわたしは師団長だ。お前みたいに手ばなしで信用するわけにはいかんよ。責任があるからな」

「なるほど。ではしばらく俺があずかります」

「そうしてくれ。モスランド男爵の目にふれないように注意しろよ。ドワーフだとバレなくても子どもを連れて戦場に来るなと怒鳴られかねん」

 アイーダとタツはマリリンとともに天幕を出た。朝の訓練がはじまっていた。

「あたしは訓練を監督しなきゃならん。あとはたのんだぞタツ」

 アイーダが離れた。取り残されたタツはマリリンをどうするか考えた。マリリンはタツと手をつないだままだ。そのマリリンがタツの手をツンツンと引いた。

「お兄ちゃん。ウスタール軍の馬はあれだけしかいないの?」

 マリリンの目は訓練の様子を見ていた。五万人強の軍だがほとんどが歩兵だ。騎馬隊はまだ合流してない。各隊長が馬に乗っているだけだった。

「そうだけど? それが?」

 マリリンがすこし考えた。

「ううん。なんでもない。訊いてみただけ」

 タツはふに落ちないままマリリンとカタリナの天幕に足をはこんだ。カタリナが察して天幕を出た。タツはマリリンを寝台にすわらせた。

「ねえマリリン。きみはどうしてここに来たんだ? 何の目的がある?」

 マリリンが答えずにタツの手をつかんだ。タツの手を自身のズボンの中にみちびいた。下着の下にまでタツの手を引き入れる。

 タツはおどろいた。

「えっ? マリリン。きみ女の子?」

 マリリンがタツの口に口をつけた。マリリンの舌がタツの口に入る。ぎこちない舌だった。マリリンがタツを寝台に引き倒す。あんがい力は強い。マリリンがタツの上にまたがった。タツのズボンをマリリンの手がぬがしにかかる。タツはマリリンの両手をつかんでマリリンを跳ねのけた。

「どういうつもりだ?」

 マリリンが半泣きの顔をタツに向けた。少年だと思えば少年に見える。女の子だとわかれば女の子の顔だった。

「えーん。どうしてなの? ボクじゃだめ? 胸が小さいからかい? なんでしてくれないのさ? わーん」

 マリリンが涙をこぼしはじめた。

 タツは眉を寄せてマリリンが泣きやむのを待った。しばらく待つとおえつがとぎれとぎれになった。

「なあマリリン。なぜ俺に抱かれようとした? どういう理由だ?」

 マリリンがしゃくりあげながら口をひらく。

「人間はスケベだって聞いた。だから」

 タツは天井を見あげた。

「たしかにそうだけどな。いきなりそういう行為はしないんだよ。なにが目的なんだ? きみキスも経験ないだろ? そういう行為もはじめてだよな?」

 コクンとマリリンが首をたてにふった。

「ボクはバークリーに復讐したい。父ちゃんと母ちゃんと兄ちゃんの仇を取りたいんだ」

「はあ? それでどうして俺とそういう行為を? 関係ないじゃないか?」

「関係あるもん。ウスタール軍しかバークリーを倒す軍隊はいないの。だからボクはここまで来たんだ。ウスタール軍に勝たそうとね。ボクには護衛が三人いたんだけど途中で三人とも殺されちゃった。いまのウスタール軍ではバークリーに勝てないよ」

「ふむ。なんで勝てないんだ?」

「ドワーフ軍は戦車を作ったのさ」

「戦車?」

 タツはキャタピラと砲塔を持つ戦車を思い浮かべた。

「そう。四頭の馬に引かせる木で作った台車だよ。正面と側面に槍が飛び出てるの。ドワーフは背が低い。歩兵同士の戦闘だと不利だから戦車を考案したんだ。その戦車にドワーフがふたり乗って槍を装備するの。戦車で人間を蹴散らして槍でとどめを刺すんだ。歩兵では戦車にかなわないよ」

 なるほどとタツは納得した。古代の戦車だなと。

「じゃどうすればいい?」

「人間も戦車を作るべきだね。それから火矢を用意したほうがいいよ」

「火矢? 火をつけるのか?」

「うん。戦車は木でできてるから燃えるはずだよ。馬もドワーフも木のヨロイをつけてるから通常の矢じゃ刺さらないんだ」

「ふむふむ。だがねマリリン。最初の質問に答えてないぞ? なんで俺とそういう行為をするんだ?」

「だ。だってさ。ボクはドワーフなんだよ? 人間が素直にボクの言うことを聞いてくれるはずがないだろ? それでボクは」

「ああ。わかった。色じかけで俺を取りこんで言うことを聞かせようってわけか?」

「そ。そう。一番えらい人に色じかけをしようと思ったんだけど」

「イングリッド師団長が女だったから俺に?」

「う。うん。アイーダも女だしさ。お兄ちゃんがその次にえらそうだったからね」

「ふうむ。俺はそんなに色じかけに弱そうに見えたのか?」

 マリリンが目をおよがせた。

「いや。女にもてそうにないなってね。だからカタリナを買うんでしょ?」

「ううむ。俺ってそんなふうに見えるのか」

 たしかにもてたことはないなとタツは記憶をたどった。テオくらいではないか? 満足させる前に好意を抱いてくれたのは? あとの女はすべて満足させてくれる男として必要なだけでは?

「ボクでよければ恋人になってあげてもいいよ?」

 マリリンがタツの手をつかんで寝台に引き寄せた。タツをあおむけに押し倒して上に乗った。タツにキスをしながらタツのズボンをずりおろす。

「おい。それは」

 マリリンがタツの口にてのひらをあてた。

「いいからさ。ボクにまかせなよ」

 マリリンがタツのズボンと下着を足からぬいた。手なれた動きだった。

「実は経験があるのか? その幼さで?」

 マリリンがタツの耳にかみついた。

「失礼な。こう見えてボクは二十歳だぞ」

 えっとタツは目を見張った。

「じゃあるんだ?」

「いや。ぜんぜんない。だってドワーフってさ。子どもでも男はヒゲがはえてるんだもん。ボク。ヒゲはきらい」

「おいおい。ならドワーフとできないじゃないか。子どもが生めないぞ?」

「いいんだ。人間と作るから」

 マリリンが服をぬいだ。平坦な胸があらわれた。腰もずん胴だ。くびれなどまるでない。少年の肉体と言えばそのとおりだった。一カ所だけが女の子なだけだ。これが二十歳のドワーフの身体なのか? タツは首をかしげた。そう言えばともうひとつ思い出した。

「二十歳だとお前のほうが年上じゃないか? なんで俺がお兄ちゃんなんだよ?」

 マリリンがタツの口に口をつけた。吐息があまい。

「人間に会えばそう言えって父ちゃんと母ちゃんが教えてくれたんだもん。そう言っとけばたいていの男はやさしくしてくれるってね。そうでしょお兄ちゃん?」

 ううむとタツはうなった。正しい気がする。マリリンは見た目が少女だか少年だかわからない。お兄ちゃんと呼ばれておこる男はいないだろう。

 マリリンの手がタツの服をぬがしはじめた。タツは思った。このまま関係していいのだろうかと。タツはマリリンの手をつかんでとめた。マリリンが泣きそうな顔でタツを見た。

「なんで? ボクじゃいやなの? ボクその気なんだけど?」

 上に乗るマリリンから涙がポタポタとふって来た。かなしいらしい。

「色じかけじゃなく?」

「うん」

「打算もなし?」

「そう。だってさ。ボクもう二十歳なんだよ? そろそろしたいじゃない?」

「俺がはじめてでいいのか?」

「そんなのわかんないよ。けどさ。いましかないって気がする。これをのがすとボク一生未経験者だってね。だからおねがいお兄ちゃん」

 タツは考えた。マリリンとそういうことをするとまずいだろうか? 現代日本だと逮捕されそうだ。この世界だとどうだろう? ドワーフとすると営倉にほうりこまれるだろうか? まるでわからなかった。

 タツが悩んでいるあいだにマリリンがタツを全裸にした。マリリンがタツの首から胸へと舐めはじめた。へそ・太もも・足の指と舐める。ドワーフの女はマグロではないらしい。

「どこでそんなのを憶えたんだ?」

「母ちゃんが父ちゃんにしてたのを盗み見たの。お兄ちゃんもこういうの好き?」

「きらいじゃないが」

「ならよかった」

 マリリンがタツを裏返した。小さくみじかい舌がタツの全身を舐める。ぎこちないがそれもまた味だった。自分がするのはいつもだが女からされるのははじめてだ。男と女では感じ方がちがう。男の性感帯はごくかぎられた場所に集中している。全身を舐められても大きく感じる部分はすくない。だが女にしてもらうのは気分的によかった。

 マリリンが舐め終わるのを待ってタツはマリリンを組みふせた。

「舌がつかれただろう? すこし休みな」

 タツはあおむけにしたマリリンの前面を舐めはじめた。足の指からひざ・太もも・へそ・胸・首と舐めあげる。

「えっ? あっ。なにこれっ。あんっ。はうんっ。ひゃんっ。やだっ。そんなのっ。それぇ」

 ヒクヒクとマリリンが腰を上下させた。小学生にいけないことをしている気分になって来たタツだった。肉体は小学生だが反応は大人と変わりがなかった。二十歳というのは本当だろう。

 顔中を舐めまわして耳もしゃぶった。前面が終わったのでマリリンをうつぶせにした。耳の裏からうなじへと舌を進ませる。肩から背中へうつる。肩胛骨から背骨に沿って腰へと舐めおろした。

「やーんっ。そこぉ。そこだめぇ。ああんっ。んくっ。あっはっ。あうっ。んふっ」

 重要な部分をさけて太ももの裏から足の裏まで舌で円を描きながらくだる。

「んふっ。んんっ。くふうっ。おんっ。ほっ。おほぉっ。くはっ。ふあっ。あふっ」

 反応がいまひとつに変わった。背中が好きなようだ。ふたたび腰から背中へと今度は慎重にさぐる。腰からわき腹。あばら骨。肩胛骨。

「くへっ。んっ。あうっ。はおっ。わはっ。ひええっ。えーんっ。そこはぁ。ひゃーっ」

 背骨に沿った中心線が最もいい反応だった。特に肩胛骨と肩胛骨のあいだが好きみたいだ。タツは両手で背中全体をなでながら肩胛骨と肩胛骨のあいだをペロペロと舐めた。

「あーんっ。それだめぇ。わんっ。そんなとこしちゃやだあっ。ひぐっ。やーんっ」

 マリリンが背すじをそらせて終わるそぶりを見せた。さてどうしよう? このまま終わらせるか? それとも結合するか?

 悩んでいるとマリリンがおこった顔で上半身をおこした。あおむけに寝てタツの手を引いた。自分の上に来てと。タツはマリリンに乗った。マリリンが覚悟を決めた顔でタツを見あげた。

「いいのか? 痛いらしいぞ?」

「いいの。がまんする。だから来てよ。お兄ちゃん」

 タツはマリリンにキスをした。マリリンの息があまくせっぱつまった。ころあいかと見てタツは結合をはじめた。

「うぐっ! ぐぐぐっ!」

 マリリンが歯を食いしばった。

「痛いのか?」

 マリリンが目をあけた。

「バカ。あたり前のことを訊かないでよお兄ちゃん。女ならみんなそうなんだからね」

「すまん」

「あやまってないでつづけてよ」

「痛いんじゃないのか?」

「痛いよ。でも女の子の一生に一度なんだからさ。中途半端でやめられるとこまるのよ。最後までして」

「わかった」

 とは言うもののだ。女子高生でも小柄な子はいた。だが小学生なみの子はいなかった。ここまで身長差があるのははじめてだった。タツはチビだが現代日本の男とくらべてだ。百六十五センチはある。マリリンとなら五十センチはちがう。身長がちがいすぎて結合しながらキスができない。せめてと背中に手をまわした。肩胛骨のあいだをなでてやる。

「えっ? おっ。あれ? ふあっ。なに? くはっ。ちょっと? あふっ。にゃはーんっ」

 痛みより快感が増しはじめたらしい。マリリンのみじかい手がタツの肩をつかんで引き寄せた。タツの胸に顔をつけてタツの乳首をあまい吐息がくすぐる。

「んふっ。んんっ。くふうんっ。おはっ。よくなって来たぁ。こんな感じになるんだぁ」

 タツの下で未熟な女体が波打つ。熱いものがマリリンの中心から身体全体に広がった。汗がマリリンの小さな肉体に浮く。痛みで緊張していた筋肉がすっかりほぐれた。幼女の裸体が脱皮して女の裸身に変化した。

「お兄ちゃんっ。お兄ちゃんっ。あんっ。ああーんっ。そこぉ。そこよぉ。そこをもっとぉ。あーんっ。やだっ。これ? これがそう? ああんっ。あああああああーんっ。やーんっ」

 マリリンがタツの胸をかんだ。小さな手がタツの首にしがみついた。足がタツの太ももにまわされた。吐息が灼熱のあまさをおびた。タツはマリリンにこたえてやった。

 すべてが終わってマリリンが下からタツにくちづけた。

「ありがとうお兄ちゃん。女にしてくれて」

 タツはマリリンに添い寝してマリリンの髪をなでた。マリリンの髪はみじかい茶色だった。うっとりと目をとじてマリリンが口にした。

「いまバークリーはユキスロット大公国の公宮をつぶして王宮を建設してるんだ。ドワーフはものを作るのが好きだから夢中になって作ってる。だけどそれももうすぐ完成する。そうなればウスタール王国に攻めて来るだろうね。二万の戦車隊が侵攻して来たらウスタール軍はひとたまりもないんじゃないかな?」

「じゃどうすればいいんだい?」

「ボクはここに来る前ユキスロット大公国に行ったんだ。バークリーの一派に見つからないかぎりボクは人間の女の子で通用するからね。ドワーフ軍は一般人には危害をくわえてなかった。公国民は通常の生活をしてたよ。でもね」

「でも?」

「反魔王軍組織が暗躍してたんだ。ボクは護衛三人の助けを借りて反魔王軍組織ヌータロスの指導者と会うことができた。ニルアルバって名前の仮面をつけた女だった。反魔王軍組織の一員にしてもらおうとたのんだんだ。でもことわられた。子どもはいらないって」

「なるほど」

 マリリンが目をあけて眉を逆立てた。

「なるほどじゃなーい。ボクは大人だ。二十歳だぞ」

「しかしその見た目じゃなあ」

「それはまあそうなんだけどさ。ウスタール軍の訓練を見て考えたんだ。ウスタール軍は戦車を作る時間が必要だろう? その時間かせぎを反魔王軍組織ヌータロスにやらせればどうかってね」

「どういうことだ?」

「ヌータロスは武器もカネも不足してるんだ。いっせい蜂起をしたくても武器がない。人材を集めたくてもカネがない。そこで」

「俺たちウスタール軍が武器とカネをその反魔王軍組織ヌータロスに提供する?」

「うん。そうすればヌータロスがユキスロット大公国をかきまわしてくれる。ドワーフ軍は国内をしずめるのに手いっぱいになってウスタール王国を攻めるのがおくれる」

「だがそううまく行くかな?」

「ウスタール軍が武器とカネを送らなくてもニルアルバはドワーフ軍と内戦をはじめるって言ってた。いまの段階だとヌータロスは数がすくなすぎて簡単に壊滅させられるだろうね。ヌータロスがいなくなればユキスロット大公国にうれいはないよ。ドワーフ軍は全力でウスタール王国を攻めることができるね」

「ドワーフ軍は二万の戦車隊って言ってたな? それはたしかなのか?」

「ボクが見たかぎりではそうだったよ。ドワーフ軍の総勢が六万人だからほぼ正しいんじゃない? 戦車一台につき三人が乗ってた。御者がひとりと戦士がふたりだね」

「ううむ。二万の戦車隊か。こちらは五万強だが歩兵ばかりだ。かなり不利だな」

 タツはマリリンに服を着せて自分も身につけた。マリリンの手を引いて天幕を出た。カタリナが天幕の外にいた。中の様子を盗み聞きしていたみたいだ。

 ふと思い出してタツは足をとめた。

「カタリナはマリリンが女だと知ってたのか?」

「声を聞けばわかるわよ。男だと思ってたのはタツだけじゃない?」

 そうなのかとタツはがくぜんとした。声変わりしてない少年の声だとばかり思っていた。

 タツはマリリンを連れてイングリッドの天幕をおとずれた。イングリッドにドワーフ軍の戦車と反魔王軍組織ヌータロスのことを説明した。

「むむむ。たしかにマリリンの言うとおりまずい事態みたいだな。さらにまずいのはカネがないぞ? 戦車を作るカネもヌータロスに援助するカネもだ」

 タツはカネについてはあてがあった。

「カネは俺が王都で調達します。カネさえあればその作戦に踏み切ってもいいですかね?」

 イングリッドがしばし思案した。

「ふむ。いいだろう。しかし莫大なカネになるぞ? そんなに調達できるのか?」

「なんとかなるでしょう。俺はマリリンを連れて王都に行きますが他にも用がありますかね?」

「王都にか? そうだなあ。騎馬隊の様子を見て来るくらいかな」

「わかりました」

 タツは二十人の部下にマリリンを護衛させて王都に馬を走らせた。走りながらマリリンに顔を向けた。

「ユキスロット大公国には普通に入国できるのか?」

「ボクのときはできたよ。ボクの護衛三人も女だったからドワーフだとバレなかった。ソーンベルグ皇国の商人の娘が商用で来たと言ったら通してくれたね」

「証明書は?」

「ソーンベルグ皇国の国境の町で作ったよ」

「ユキスロット大公国の国境の番人はドワーフだったのかい?」

「ううん。人間だったよ。ドワーフ王のバークリーは敵対する人間はみな殺しにしたみたいだけどさ。大臣や官僚はそのまま使ってるらしい。まあユキスロット大公国の全組織をドワーフで運営するなんて無理だろうけどね」

「なんで?」

「だって数がたりないよ。ドワーフは人間よりずっとすくないんだもの。そんなことをすりゃドワーフ本国がからっぽになっちゃう」

「反魔王軍組織のヌータロスに武器とカネをわたすって言ってたけどな。大量の武器とカネになるぞ? そんなに多くを持ちこめるのか?」

「大丈夫だと思うよ。ユキスロット大公国って土地がやせてるんだ。ソーンベルグ皇国の穀物を輸入しないと国民が飢えちゃうの。だから穀物をはこぶ商隊がたえず入国してるよ。その商隊にまぎれこませれば入国できるはずだね。数が多いからいちいち積み荷をしらべてなかったよ」

「なるほど。ユキスロット大公国は穀物の代金を現金ではらってるのか?」

「そこまでは知らない。でもユキスロット大公国は海に面した国でさ。魚や海草や塩などの海産物をソーンベルグ皇国に輸出してるの。穀物と海産物でとんとんになってるんじゃないかな?」

 タツは王都に着くまでの毎夜マリリンに求められた。一度関係を持つと女はみんなこうかと後悔した。

 王都に着いたタツはマリリンを連れて兵站省のフランクをたずねた。肩書きが局長になっていた。局長の次は省長だそうだ。

「やあタツさん。モデルを別の女にしたらエロ浮世絵がさらに売れましたよ。高級娼館とホストクラブも支店を開設しました。おかげで局長になれましたよ。ありがとうございます。で。きょうはどんなご用で?」

「その浮世絵なんだけどな。エロじゃないものも売ろうぜ」

「エロじゃないもの? どんなものです?」

 タツは説明した。江戸時代の日本はエロ浮世絵を禁止していた。表だって売られていたのは風景画や役者絵だ。ウスタール王国でもそれが売れるのではないかと思った。

「なるほど。風景画・役者絵・美人画・花鳥風月画ですか。売れるでしょうね」

「ついでに瓦版も作ってみたらどうだ?」

「カワラバン? なんですそれ?」

 タツは苦労して説明した。新聞のない国で説明するのはむずかしい。時間があれば金属で活字を作って新聞や本を発行するのもいいなと思った。

「世の中の出来事を絵と文字であらわした浮世絵ですか。それも売れそうですね」

「だろ? その売り上げで戦車を作ってほしいんだ」

「戦車? 戦車とは?」

 今度はマリリンとふたりがかりで説明した。

「箱型の荷車に矢よけの木の板を二枚立てるって感じかな? 御者がひとりと戦士がふたり乗るの。戦士は弓や槍で武装する。馬にも木のヨロイをかぶせて矢よけをしてあげるんだよ」

「ドワーフ軍がその戦車を二万も用意してるわけですか?」

 タツが交代した。

「そうだ。こちらも最低で二万はほしい。いま訓練してる騎馬隊をその戦車隊にそっくり移行させて足らずは補充してもらいたい」

「ふうむ。わかりました。やってみましょう」

「それからユキスロット大公国の反魔王軍組織ヌータロスに送る武器だがね。用意できるかな?」

「それは簡単にできます。エロ浮世絵と娼館の売り上げで予備の剣を五万本作っときました。五万本の剣でよければいつでも輸送可能です」

「火矢を打ちこむための弓と矢と油は?」

「弓と矢は在庫があります。油は買い集めないといけませんがね」

 タツは次に造幣省のスーザン長官をたずねた。

「まあタツ。ひさしぶりね。今度はどんなたのみかしら?」

「ユキスロット大公国の金貨を偽造できるかい?」

「金貨の偽造? 本物を鋳造するのもできるわよ? ユキスロット大公国の金貨は単純だから」

「そいつは助かる。ぜひ作ってくれないか?」

「いいけど。どのくらい?」

「軍隊をひとつ作れるくらいだ。一千万枚ほどかな」

 金貨一枚を一万円相当とすると一千億円だ。兵士を五万人集めるとしてひとりにつき二百万円の給料をはらう計算をタツはした。命の値段が二百万円では安いかもしれないが。

「ええーっ? いっ? 一千万枚? そ? そんなに?」

「無理かい?」

「ううん。やろうと思えばできるわよ。こないだ銀の剣から銀貨にもどしたでしょ? あのときに発行した金貨が回収されて倉庫に眠ってる。その金貨と在庫の金で作ればいいんだけど」

「だけど?」

「よその国の金貨を作るわけでしょ? にせガネ作りよね? それってまずくないかしら? 一枚や二枚ならいいけど軍隊が作れるほどとなると経済が大混乱するわよ?」

「仕方がないさ。戦争に勝つためだ」

「非情な男ねえ。大量のカネを流しこめば悲喜こもごもでさまざまな悲喜劇が起きるわよ?」

「ウスタール王国も助かる。ユキスロット大公国も解放される。多少の混乱はやむをえないだろう」

「わかったわ。用意したげる。でもその金貨はもどって来ないんでしょう?」

「交渉はするつもりだがもどらないと考えるべきだな」

「あーあ。わたしの首がかかるわね。もしクビになったらお嫁さんにもらってよ。でないと用意しない」

 タツはしばし考えた。

「ああ。いいよ。約束しよう」

 スーザンがまじまじとタツの顔を見た。

「それ本当?」

「本気だが?」

「作戦に自信があるのかあんたが恋をしたことないのか。結婚をそうとう軽く考えてるわね。まるで夕食にさそったときの返事みたい。女に関心がないからそんなにかるく承諾できるんだわ。あんたにとって女って人生の同行者じゃないのね。仕事と女のどっちを取るかだと仕事をまちがいなく取る男だわよ」

「そんな男はいやか?」

「バカ。そんな男だからいいの。わたしに関心のないところがせつないほどたまらない。あんたに奥さんがいても不倫したいって思うわねきっと」

 タツは思いついてふたたび兵站省に足を向けた。

「フランク。檄文を刷ってくれないか?」

「げきぶん? なんですかそれ?」

「ユキスロット大公国をすくうために立ちあがろうって文だ。反魔王軍組織ヌータロスに参加すれば金貨二百枚の給料を出すとも書けばいい」

「ああ。なるほど。ヌータロスに参加させるために宣伝しようってわけですか?」

「そのとおりだ。文才のある者に愛国心をかき立てるような文を書かせてほしい」

「承知しました。すぐに手配しましょう」

 兵站省はそもそも兵糧や物資をはこぶために荷車を作っていた。戦車を作るのもよく似た作業だった。

 こうして二万の戦車作りと戦車兵の訓練をフランクにまかせてタツとマリリンと二十人の部下でユキスロット大公国に乗りこんだ。

 穀物商人として国境は簡単に越えられた。

「さてマリリン。俺たちはどこに行けばいい?」

「海の町ヨークショアだね。ユキスロット大公国の西のはしだよ」

「どうしてそんなはしに?」

「ドワーフ軍が来たら海に逃げられるようにさ。ドワーフ軍は海になれてないからね」

 途中でユキスロット大公国の公都にも立ち寄った。公都の外では戦車隊が訓練をしていた。たしかに二万ほどの戦車が整然とならんでいた。公都を取りかこむ壁は先のドワーフ軍との戦闘でくずれたらしく修理中だった。修理は人間がやっていた。

 公都の中心ではドワーフたちがいそがしく働いて王城を作っていた。こじんまりとした城で高さは平屋の建物ほどだ。上にではなく横に広い城だった。ギリシアのパルテノン神殿みたいだとタツは思った。円柱がズラリとならんで屋根をささえていた。人間の作る城や王宮とはまるでちがう建築物だった。もともと建っていたユキスロット大公国の公宮を解体してその材料で作っているらしい。こちらは人間がひとりも働いてなかった。

 公都を通過して西に向かった。小高い丘にのぼると海が見えた。都市が海にのぞんで発展していた。

 馬車の御者席でマリリンが指をさした。

「あれが港町ヨークショアだよ。港に船が見えるでしょ?」

「ああ。それが?」

「ワシの紋章の旗をかかげてる船がヌータロスの船だったよ。沖にある諸島群と商売をしてる商船なんだけどね」

「商売が資金源なのか?」

「そうだよ。うちの父ちゃんと母ちゃんはおしのびでよくこの町に来てたんだ。ヨークショアは新鮮な魚介類の宝庫だからね。魔族国では食べられない料理ばかりなんだよ。ただね。ボクらはユキスロット大公国のおカネを持ってなかった。だから宝石や貴金属を売っておカネを作ってたの。そのときの宝石商がヌータロスに資金を提供してたんだ。ワクマーシーっておじさんだけどね。それでボクがヌータロスに紹介してもらえたの」

 宝石商をたずねると太ったやり手そうなおっさんが顔を出した。

「おや。これはマリリンさま。本日はどんなご用で?」

「前回と同じ用件なんだけど」

「さようでございますか。では奥にどうぞ」

 店の奥に作られた商談室に通された。

「ヌータロスの指導者のニルアルバに会いたいですと?」

「そう。取りついでもらえる?」

「かまいませんよ。でも前回はことわられたと聞いておりますが?」

「今度はちょっとちがうんだよ。贈り物を持って来たんだ。ワクマーシーさんにもあるよ」

「私にもですか?」

「うん。毎度タダ働きじゃいやだろう?」

「そんなことはございませんよ。マリリンさまがドワーフ国の王になれば私どもの商売にも大きなもうけになります。商人は目先の利益ではなく将来を見るのも大切ですからね」

「ヌータロスに投資してるのもそういうこと?」

「ヌータロスはすこしちがいますな。大穴を狙うと言いますか。ヌータロスが勝つ率はかぎりなく低いのです。それでも賭けてないと万一の事態が起きたときに後悔しますからね。後悔しないために出資してるだけです。私が見たところマリリンさまより回収率は低いですな」

「ボクだってきっとドワーフ国の王にならないよ。買いかぶりすぎだね」

「いいえ。私は自分の目に自信を持っております。マリリンさまはおそらく王になる。そのとき私を思い出していただければ私は大もうけですな」

「わかったよ。ボクが王になったらワクマーシーさんに便宜をはかってあげる」

「それはそれは。ねがってもないことです」

「取りあえず金貨を千枚用意したよ。だけどここだけの話にしてね。にせガネなんだ」

「にせガネ? そいつは重罪ですぞ」

「まあ見てよ」

 マリリンが護衛のひとりに手をふった。護衛が革袋を机にひっくり返した。金貨の山がきずかれた。ワクマーシーが金貨を一枚つまみあげた。表を見ては裏を返す。

「これがにせガネ? どう見ても本物ですが?」

「よかった。ワクマーシーさんの目から見てもそうなんだ。じゃ誰が見てもバレないね」

「本当にこれがにせガネなんですか?」

「そうだよ。ウスタール王国の造幣省が作ったんだ。金の含有率は同じだって話だよ」

「それじゃ本物じゃないですか!」

 通常のにせガネは金の含有率が低い。それですぐにバレる。比重がことなるせいだ。今回のは比重で見やぶることができない。鋳型の微妙なちがいだけだ。現代日本ほどの精度はないから二枚をならべても本物とにせ物の区別がつかないはずだった。

 ワクマーシーがふうと大きくため息を吐いた。

「さっそく私の目にまちがいがないことを証明してくださいました。こんな金貨を作れるつてがある方とならどんな取引だってしたい。マリリンさま。どのようなご用でも私にお言いつけください。かなえてさしあげましょう」

「じゃニルアルバさんとの再会見の手配をおねがいね」

「かしこまりました」

 そのあとタツはマリリンの案内で食堂に行った。魚料理が名物だった。たしかに魚介類が新鮮で美味だった。しかし刺身がなかった。タツは厨房で刺身を作った。しょうゆがないから塩水で代用した。物足りないが魚の新鮮さがきわだってタツは満足した。この世界に来てはじめてうまいと思えた。魚を食べたのもはじめてだった。厨房の料理人も衝撃を受けていた。新しい名物になりそうな雰囲気だった。マリリンも部下たちも舌つづみを打った。タツはしょうゆが作れないかと考えはじめた。 

 翌朝になった。ワクマーシーがじきじきに宿にあらわれて港に案内した。船にタツたちを乗せた。ワシの紋章の旗をなびかせている船だった。

 船が出港した。夕日が海にしずむころ島が見えた。船はその島の断崖にあいた洞窟に入った。洞窟の奥に石段がきざまれていた。船長の先導で石段をのぼった。夕日が海に半分しずんでいるのが見えた。マリリンがポウッと頬を赤く染めた。

「きれいだねえ」

 たしかにきれいだった。タツは女なんだという思いを新たにした。男はしずむ夕日を見て頬を赤く染めない。

 タツは硫黄の匂いに気づいた。石段の横に泉が湧いていた。そこから硫黄の匂いがしていた。タツは泉に手を入れてみた。あたたかかった。温泉だった。湯は浅そうだ。タツはいいなと思った。この世界に来て一度も風呂に入ってない。王都の宿屋にすら風呂はなかった。オードリーの屋敷に風呂はあった。だが沸かすマキがなかった。オルドリッジ家は貧乏だった。

 石段の頂上に家々が建っていた。船長がその中で一番大きな家にタツたちを連れて行った。

「ニルアルバさま。ワクマーシーから紹介されたお客を連れて来ましたぜ」

 船長が声をかけると奥から木の仮面の女が顔を出した。女は長袖・長ズボンに手袋という肌の露出がまったくない服装をしていた。仮面のせいで見えているのは目と口だけだ。能面を連想させる仮面だなとタツは思った。

「ようこそ客人。オレがニルアルバだ。そちらの子どもは以前に会ったことがあったな。たしか名前はマリリンだったか?」

 女は澄んだ声だった。この声で扇動されたらそのとおりに動くだろうなとタツは感じた。この世界に来て最も心地いい声だった。

 マリリンが頭をさげた。

「ニルアルバさん。今回は提案があって来ました。それは」

「まあ待てマリリン殿。お茶でもお出ししよう。話はそれからということで」

 ニルアルバがタツたちを奥にまねいた。応接間なのだろう。豪華な円卓と椅子があった。タツたちをすわらせるとニルアルバが手をたたいた。女がふたりあらわれた。ふたりの女は仮面をしてなかった。どこにでもいる女給といった感じだ。女ふたりがうなずいて部屋を出た。しばらく待つとお茶がはこばれた。ニルアルバがお茶を手にうながした。

「で。提案とは?」

 タツはマリリンに目くばせをした。きみが話せと。マリリンが首をたてにふった。

「金貨を一万枚。剣を一万本。それにこんな文を用意しました」

 マリリンがポケットから檄文を出した。ニルアルバが受け取る。

「ふむ。たしかにこの文はいい。それできみはオレになにをもとめる?」

「金貨はあと一千万枚提供できます。剣は追加で四万本です。火矢のための弓と矢と油も五万人ぶん用意してあります。それで民衆を集めて蜂起してもらいたい」

「それだけか?」

「はい。それだけです。ただしひと月以内にです」

「ひと月? それはむずかしいな。兵を集めてもすぐには使えん。訓練をしなければな」

「そこをなんとかやりくりしてください。ひと月で蜂起できなければあなたもボクも共倒れになります」

「ううむ。魅力的な提案だがな。オレがカネと剣だけ受け取って約束を守らないと考えないのか?」

「考えません。あなたはそんな人じゃない。カネも剣もなくても蜂起するつもりなんでしょう? そんな人が約束を守らないなんてありえない」

「買いかぶられたものだな。たしかにオレは約束を守るのを最上としてる。約束を守らないとわが組織は簡単に空中分解するからな。しかしカネと剣があってもひと月では蜂起できないかもしれない。その場合はどうするね?」

「あきらめますよ。あなたがそのていどの人だったってだけですからね。ユキスロット大公国の公女ユージーンさま」

 ニルアルバの手から湯飲み茶碗が円卓に落ちた。

「ど? どうしてそれを?」

「ドワーフ軍に無謀な戦いをいどむ人に心あたりがなかっただけです。ほろぼされたユキスロット公室のただひとりの生き残りユージーンさま。銀の髪に鈴を転がすような美声。そう聞いてます。あなたと一致してませんか?」

「ふふっ。そんなことでバレるとはな。だが公女ユージーンはもう死んだ。ここにいるのは復讐鬼のニルアルバだ」

「ではボクも正体をあかしましょう。ボクはドワーフ王国の前王の娘です。現王のバークリーに復讐するために生きてます。その点であなたと同じですよ」

「ド? ドワーフなのか? どおりで子どもにしては理路整然とした話をすると思った」

「ボクは二十歳です。子どもはこないだ脱しました。名実ともに大人ですよ」

「ふうむ。わかった。要望どおりに運ばないかもしれないが努力すると約束しよう。今夜はここに泊まってってくれ」

「ありがとうございます」

 別の家に部屋を用意してもらった。タツはマリリンを満足させても眠れなかった。気がかりがひとつあって脳裏を離れない。仕方がないと家から出た。布を手に石段をおりる。石段の途中で湧いていた温泉に着いた。服をぬいで足をつけた。ふうとため息がもれた。

「やっぱり温泉はいい。たまんねえなあ」

 首までつかって脱力した。これまでの疲れが一気にぬけた気がした。頭に布を乗せてくつろいでいると上から足音が聞こえた。ハッと目をあけた。月あかりに照らされて仮面の女が石段をおりて来た。

「おや。先客か。さてどうしよう?」

 月の光の中でニルアルバは下着姿だった。温泉につかる気が満々だ。タツはまよった。湯から出ると全裸だ。男の部分がブラブラとゆれるだろう。きょう会ったばかりの女にそんなものを見せていいのか? しかも相手は亡国の公女だ。おそれ多すぎないか?

 ニルアルバは酔っているみたいだった。裸の男が先に入っているのに引き返す雰囲気がない。タツはまねいてみた。

「いっしょに入るかい?」

「そうだな。でも気を悪くしないでくれよ」

 タツは首をかしげた。女といっしょの湯に入って気を悪くする男は少数だ。普通は男がよろこぶと相場が決まっている。

 ニルアルバが下着をぬいだ。タツは見た。月あかりに照らされたニルアルバの裸身には無数の傷跡があった。まっ白な裸体に黒っぽい傷がまんべんなくついていた。なんだこりゃと疑問に思った。

 ニルアルバが湯につかった。そのぶんの湯が泉からあふれた。

「あー。気持ちがいい。一日の終わりは風呂にかぎるな。そうだろう客人?」

「ああ。そうだな」

 ニルアルバは仮面をはずさなかった。首から下は生まれたままの姿だ。タツはその仮面に違和感をおぼえた。

「オレの仮面が気になるのか? まあいいか。お前はオレの裸を見ても動じなかった。仮面の下を見ても平気かもな」

 ニルアルバが仮面をはずした。ととのった顔だとタツは思った。オードリーといい勝負だと。だが顔中に傷があった。まだらに見えるくらいの傷だった。女の顔にここまで傷があればかくすしかないかとタツは感じた。タツはその無数の傷を見て臨戦態勢になった。ニルアルバの全裸を見ても反応しなかったのにだ。俺って変態なのか? そんな疑問が湧いた。

「オレの素顔を見てもピクリともしないな。気に入った。今夜のオレは気分がいい。昔話をしてやろう。オレはドワーフ軍につかまった。バークリーをはじめとした幹部たちがオレを陵辱したよ。オレの全身をナイフで刺しながらな。オレは看守の男をかみちぎって逃げた。だがオレはあのときの屈辱を忘れられない。オレがドワーフたちに抱いてるのは私怨だ。オレを笑いながら陵辱したあいつらを殺したくてたまらない。オレに何度も何度も終わらせたあいつらが憎くて憎くてたまらないんだ。どうだ? 笑うだろ?」

 ニルアルバが涙を流した。タツはその瞬間に気づいた。俺はかわいそうな女に弱いんだと。泣いている女を抱きしめてよしよしとなぐさめてやりたい。そう渇望した。

「悪い。俺は好きな女がいる。だがあんたが好きだ。抱きたい。こんな気持ちになったのはふたり目だ。抱かせてくれないか?」

「おいおい。こんなよごれた女でいいのか? オレは数え切れないドワーフに陵辱された女だぞ? そんなきたない女を抱こうってのか?」

「俺はきみを抱きしめたい。きみの傷のひとつひとつを治せるものなら治したい。きみの涙が好きだ。きみとひとつになりたくてたまらない。きみの心の傷まで俺は抱きしめたい」

「オレをなぐさめてくれるのか?」

「そうだ。きみが心おだやかに眠れるように俺の腕の中であやしてやりたい。きみに寄り添ってきみとともに涙したい。俺にできることがなにかあるか? きみの心のよりどころになれないか? 俺はきみがほしい。ひとり目じゃなくて悪いがね」

「お前のひとり目ってどんな女だ?」

「盲目の娼婦だ。孤児だそうだよ。俺はあいつをしあわせにしてやりたい」

「かわいそうな女に同情するのが好きなのか?」

「かもしれない。俺はこれまで恋をしたことがない。好きだと言える女はきみがふたり目だ。どうして好きなのかは俺にもわからない。だが好きなんだ」

「わかった。抱かせてやろう。オレもこんな気になったのははじめてだ。ひとめ惚れってやつかね?」

 男と女は出会った瞬間にわかることもある。もはや言葉はいらなかった。月光の下でふたつの裸体がからみ合った。くちづけの合間にニルアルバが熱い吐息とともに吐き出した。

「ところで客人。名前は?」

「タツだ」

「わたしはユージーンと呼んでくれるか? かなしみを知らなかったころの名だ。すこしだけしあわせだった時代にもどって恋を楽しみたい」

「わかった。ユージーン。好きだよ」

「ああっ。タツ。わたしも好きよ。愛してる」

 タツはユージーンの全身に指を這わせた。身体中についた傷のせいでスベスベとは行かなかった。ゴツゴツででこぼこした指ざわりだった。てのひらにまで傷があった。

「あんっ。はあんっ。ふあっ。はうっ。ああっ」

 声が刺激が強かった。好きな女と抱き合っているせいもあったろうか。早く結合したかった。こうして男はきらわれるとタツは知った。好きな女とは一刻でも早く結合したくなると。そして終わるのも早いのだろう。タツはあえてがまんしてユージーンの弱点をさぐった。手から腕。わきの下。肩。タツの指が女体を行きつもどりつする。その中で肩が一番反応がよかった。

「んっ。あうっ。はんっ。はおっ。そこっ。そこが好きっ。タツ愛してるぅ」

 ユージーンがタツに足をからませて結合した。タツはユージーンを力のかぎり抱きしめた。ユージーンがタツの肩にかみついた。血がにじむほどかんだ。声を殺して泣いた。

「どうした? かなしいのか?」

「ちがう。うれしいの。わたしに恋ができるなんて思わなかった。ありがとうタツ。ああんっ。いいっ。わたし女みたいね?」

「きみは女だよユージーン。俺の二番目の女だ」

「バカ。二番目はしばらく忘れてよ。やんっ。そんなとこまでぇ。ああーんっ。だめぇ」

 ユージーンがタツにキスをした。タツは全力でユージーンの舌にこたえた。ユージーンの手がタツの背中にまわされた。ユージーンがタツを抱きしめた。タツもユージーンを抱きすくめた。タツの前面とユージーンの前面がこのうえないほど密着した。月の光の中でふたつの生き物がひとつに融合した。

「もっとっ。もっとよぉタツゥ。わたしにもっとちょうだいぃ。ああんっ。あううっ」

 ユージーンがタツをもとめた。底知れぬ深淵をさまようような絶望のまなざしが歓喜の色に染まった。やっとつらかった過去が完全に払拭できたらしい。ユージーンが全身の傷をわすれてタツをむさぼった。タツはユージーンが何もかもをわすれ去るほど全力を投入した。ユージーンの全身がタツに呼応して打ちふるえた。

「そこよタツッ。わたしっ。わたしっ。もぉ。もうだめぇっ。はああああああーっ!」

 ユージーンに合わせてタツも自身を終わらせた。月の光が音もなくふたりにふりそそいだ。長い長いときがすぎて行った。

 そのあとタツとユージーンはユージーンの寝台でもとめ合った。みじかい眠りののちタツはユージーンの腕の中で目をさました。

「朝が来たよ。残念だがこれでおわかれだなタツ」

 ニルアルバの口調にもどっていた。つかの間の恋は終わったらしい。

「そうだな」

「こんなにしあわせな気分になったのははじめてだ。ありがとうタツ」

「俺は二回目だよ。はじめてだと言ってやれなくて悪いがね」

「残念だな。でもそういうところがいい。本当のことを言ってくれると心が落ち着く。お前が正直なのがいいな。オレが最初にお前と会いたかったよ」

「すまないな。だがこればかりはどうしようもない」

「そうだな。お前のひとり目の女によろしく言ってくれ。いらなくなればオレがもらうと」

「わかった。言っておくよ」

「そういうところがたまらない。浮気はかくすべきだぞ。お前って正直すぎる」

 タツは苦笑いを頬にきざんだ。なにが浮気なんだかわからない。毎夜五人の女にしぼり取られているとどれが浮気やら。

「死なないでくれよニルアルバ」

「お前もなタツ」

 朝食の席でマリリンが嫉妬の横目でニルアルバをにらんでいた。幼児体型でも立派な女だなとタツは感心した。

 島を離れて港町のヨークショアにもどった。ユキスロット大公国を横切って国境を越えた。そこで待機していた兵站省の輸送部隊に作戦の開始を伝えた。金貨が一千万枚・剣が四万本・火矢のための弓と矢と油が五万人ぶんだ。それを穀物にかくして運びこむ。なみたいていの量ではなかった。荷車の行列がえんえんとつらなった。

 タツたちはソーンベルグ皇国の皇都にもどった。タツはすぐにムーンドロウの天幕に行った。女兵士がふたり見張っていた。もう見張りは必要ないはずなのに? そうタツは首をかしげた。

 右の女がタツをとめた。

「ここはいま取りこみ中だ。あとにしてくれ」

 左の女が口をはさんだ。

「タツさんですね。タツさんだけは通してもいいと隊長が言ってました。どうぞ中に」

 タツは疑問に思いながら天幕に入った。檻の中でムーンドロウが全裸の女にのしかかっていた。女はサミーだった。ムーンドロウに戦場で助けられた第二師団の千人長だ。すっかりムーンドロウの情婦と化しているらしい。

「ああーんっ。ムーンドロウッ。ムーンドロウッ。そこよっ。そこなのぉ。ふああああーっ」

 こういうことをしているから外に見張りが必要なのかとタツは納得した。余韻を楽しんだあとムーンドロウが身体を起こしてタツを見た。

「てへへ。兄貴。きょうはどんな用事でやす?」

「ドワーフについて教えてほしい」

「ドワーフでやすか。俺はほとんど知りやせんぜ」

「知ってることだけでいいさ」

「わかりやした。ドワーフは背が低いのが最大の特徴でやすな。手先が器用で宝石や貴金属をこのみやす。男がヒゲをはやしてるのも特徴でやしょう」

「ふむ。最初から魔王の配下だったのかい?」

「ちがいやす。ドワーフは独立した王国でやした。魔王さまの甘言に首をたてにふらなかったんでやす。それで魔王さまが宰相を抱きこんで王国を乗っ取らせやした。そのときはじめてドワーフの国も魔王さまの配下になったんでやす。俺が知ってるのはそんなところでやすな」

「なるほど。じゃ魔王って何者なんだ?」

「魔王さまでやすか? 魔王さまもかいもくわかりやせんぜ。俺は顔を見たのも一度っきりでやす」

「どんな顔だった?」

「そうでやすな。見た目は人間の男でやすよ。どこにでもいる中年男って感じでやした。強いのは強いという話でやす。ですが特筆すべきは戦略家でやすな。ゴブリンもオークも人狼も最初は部族単位だったんでやす。それを魔王さまが統一して国家に仕立てあげやした。そのとき魔王さまに心服した者が親衛隊として魔王さまの直属になってやすよ。ゴブリン・オーク・人狼の混成部隊で三万ほどいやす」

「ふうん。魔王って種族は何なんだ?」

「俺は知りやせん。なんでやしょうね?」

 そのときサミーがムーンドロウに手をのばした。とろけた目をしていた。もう一回戦ということらしい。タツは天幕を出た。邪魔をするとサミーにうらまれると。

 天幕の外では見張りのふたりが太ももをもじもじさせていた。天幕の中で何が行われているか知っているからだろう。タツはふたりの背中に手をのばした。

「なっ? なにをするっ?」

「いいからいいから。隊長だけ楽しんでちゃずるいだろ?」

 タツはふたりの弱そうなところを重点的に攻めた。すぐにふたりして終わりをむかえた。

「あっ。やんっ。ああああああーっ!」

 ふたりがうずくまった。タツはいいことをしたと思いながら天幕を離れた。

 そこからひと月は平穏にすぎた。ひと月後にユキスロット大公国でヌータロスが蜂起したという斥候の報告が入った。五万人が港町のヨークショアで蜂起したらしい。ヌータロス軍は公都を目ざして進軍中だそうだ。ドワーフ軍は二万の戦車を西に派遣してむかえ討つ態勢を取ったと。

 師団長会議がはじまった。

 ゲーブル師団長がヒゲをなでた。

「ヌータロスが蜂起してドワーフ軍は二万の戦車を送り出したようだ。われわれはどうする? ユキスロット大公国に侵攻してドワーフ軍を壊滅させよという王命は出てる。だが兵站省に注文した二万の戦車はまだとどいてない。戦車がとどくまで待つかね?」

 ベネット師団長が地図に指を置いた。

「それがいいだろうね。いまのわれわれは歩兵ばかりだ。ここで出撃してもドワーフの戦車にじゅうりんされるだけだろうな」

 タツはやきもきしながら議論に耳をかたむけた。当初の予定どおりにニルアルバは蜂起してくれた。戦車ができるまでの時間かせぎにはなるはずだ。しかしそれはニルアルバを見殺しにするということでもあった。もちろんいますぐウスタール軍が侵攻したとてニルアルバたちが全滅するかもしれない。だが何もしないでいるよりは助けになるような行動を起こしたかった。

 モスランド男爵がひたいに青すじを浮かせた。

「わしは反対じゃ。反魔王軍組織ヌータロスが五万人の軍勢で西のはしから蜂起したんじゃろ? この機会にユキスロット大公国に攻めこむべきじゃ。そうすればドワーフ軍は東と西からはさみ討ちになる。こちらも五万強の軍じゃ。合わせて十万じゃぞ。ドワーフの戦車が二万あろうが十万人の軍には勝てん。断固いま攻めるべきじゃ」

 タツはこのときばかりはモスランド男爵に味方したかった。

 メガロフィア師団長が笑いはじめた。

「あはははは。モスランド男爵は相変わらず過激だねえ。私もゲーブル君たちに賛成だ。イングリッド君はどうかね?」

 イングリッドが思案顔をした。

「わたしはモスランド男爵の肩を持とう」

 えっとメガロフィアがおどろいた。

「どういう理由でかな?」

「われわれが侵攻するとどうなるかな? ドワーフ軍はどう動く?」

「ヌータロスは寄せ集めの民衆蜂起だよ。われわれは正規軍だな。とうぜんわれわれに主力を向けるんじゃないかね?」

「おそらくそうだろう。だがヌータロスもほうっておくわけには行くまい。民衆蜂起でも五万人は強力だ。戦力が二分するんじゃないかな? どんな兵法書にもこう書いてある。戦力を分散するな。二正面作戦はさけろとね。東と西からはさみ討ちにできるのは好機だ。それにわれわれが公都に到達するころに戦車隊が追いつく計算になってる。ドワーフ軍に二正面作戦をさせようじゃないか」

「ふむ。好機か。二正面作戦ね。いいかもしれないな。戦機をのがすのもまずいか。よし。わかった。私もモスランド男爵に乗ろう」

 ゲーブルとベネットも乗りかえを承認してウージール王子が会議の終結を宣言した。めずらしく意見が通ったのでモスランド男爵はごきげんだった。

 天幕を出るとイングリッドがタツに笑いかけた。

「あれでよかったか?」

 タツはイングリッドの手を強くにぎった。

「ええ。感謝してます。師団長」

「お前の女のためだけじゃないぞ。二正面作戦は愚策だとされてるからな。本当かどうかたしかめたいのもある。まあユージーン公女を生かしておいたほうがあとあとやりやすいがね。出資した一千万枚の金貨や武器代も回収したいしな。ユージーン公女が死んだらウスタール王国がそのカネを出したと知る者がいなくなる」

 こうしてウスタール軍は国境を越えてユキスロット大公国の公都に進撃を開始した。

 ドワーフ軍はその報を受けて一万五千の戦車を公都に引き返させた。反魔王軍組織ヌータロスには五千の戦車を残した。

 バークリー王が引き連れる一万五千の戦車とウスタール軍五万人が公都の前の平原で激突した。

「弓兵部隊っ! 火矢だっ! 火矢を放てっ!」

 イングリッドの指示で突進して来る戦車に向かって火矢がいっせいに射られた。炎の矢が戦車の矢よけの板に突き立つ。だがすぐには燃え広がらなかった。戦車に乗っていたドワーフたちが火矢を引っこぬく。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 魔法部隊が呪文をとなえた。火の玉が戦車にぶつかる。しかし矢よけの板が燃えるだけだった。

 戦車が突進をとめない。ウスタール軍五万人の中に一万五千の戦車が突っこんだ。

「メーンッ!」

「どうーっ!」

「つきーっ!」

 ウスタール兵たちが戦車に剣をふるった。だが四頭の馬と木の台車だ。乗っているドワーフにまでは剣がとどかなかった。ウスタール兵たちが次々と戦車に踏みにじられた。逃げようとした者の背中にはドワーフが槍を突きこんだ。たちまちウスタール軍の敗勢が濃くなった。

「まずいな。このままだと全滅もありうる。かと言って退却するのも戦車の速度が上だ」

 馬上のイングリッドが悩んだ。

 そこに背後から土煙がせまって来た。大量の馬蹄のひびきが近づいた。ウスタール軍の戦車隊だった。二万の戦車が乱戦の中になだれこんだ。

「タツさんっ! 乗ってくださいっ! 早くっ!」

 御者をしていたのは兵站省のフランクだった。タツは馬から戦車に飛びうつった。アイーダとリンダもつづいた。

「荷台にホコと槍があります! それで戦車に乗ってるドワーフを!」

 フランクがドワーフ軍の戦車に向けて戦車を走らせた。

 ウスタール軍の戦車が次々にウスタール兵をひろいあげた。戦車対戦車の戦いがはじまった。

 タツはホコをにぎりしめた。フランクが敵の戦車に戦車を正面から突っこませた。タツとアイーダがホコでドワーフを斬ろうとした。だが戦車の正面に立ててある矢よけの板が邪魔でホコをふれなかった。戦車の正面と側面には槍が埋められていて至近距離には近寄れないし。

 タツたちの戦車とドワーフ軍の戦車がすれちがった。タツはどうすればドワーフが斬れるかを考えた。

 その間に魔法部隊が戦車に乗っているドワーフを目がけて火の玉を発射した。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

「ぎゃあーっ!」

 あたったドワーフが炎につつまれた。矢よけの板は正面にしかない。戦車の横とうしろは火の玉をよける設備がなかった。

「弓だっ! 弓兵を戦車に乗せろっ! 敵戦車の横とうしろから火矢を射るんだっ!」

 タツの声になるほどと戦車の上から弓兵たちに手がのびた。弓兵たちと魔法部隊で戦車に乗るドワーフたちを狙い撃ちにした。

「ぎゃはーっ!」

「うわあっ!」

「ぐへぇっ!」

 しかし効率が悪かった。魔法部隊は二百人しかいない。弓兵の火矢はドワーフにあたってもすぐに全身が燃えあがるわけではない。ドワーフは木のヨロイを着ていた。火矢をぬいて火をたたき消せば大きな被害にはならなかった。

 そのうちに撃ちそこなった魔法と火矢が戦車の車輪と馬に命中した。戦車の車輪も木製だったので火がついた。馬にも木のヨロイを着せていたせいで燃えはじめた。車輪も馬も火を消そうとすれば戦車をとめなければならない。この混戦の中で戦車をとめるのは自殺行為にひとしい。

 燃える馬は御者の指示にしたがわなくなった。火のついた車輪はこわれて戦車が横転した。

「車輪と馬だっ! 車輪と馬を狙えっ!」

 タツとアイーダとイングリッドが叫んだ。

 方針の転換が浸透してあちこちでドワーフ軍の戦車が使いものにならなくなった。戦車から投げ出されたドワーフたちは歩兵のえじきにされた。ドワーフたちは槍で応戦したが前後から歩兵に剣で襲われてひとりまたひとりと倒れて行った。戦車のないドワーフは数でまさるウスタール軍の敵ではなかった。

 ウスタール軍の戦車投入と弓兵部隊および魔法部隊の活躍で形勢が逆転した。ウスタール軍の戦車には御者と兵士の合計三万人が乗っていた。そのためウスタール軍の全兵力は八万人にふえた。もっとも戦車の御者は一般人だが剣は装備していた。乗っていた戦士は引退した兵士と義勇兵の寄せ集めといったところだった。もちろん兵站省の職員も駆りだされていた。

 ドワーフ軍の戦車がへりはじめてタツは豪華な戦車を見つけた。木製は木製だが台車に飾りが彫られていた。獅子を彫刻してあった。乗っているドワーフの木のヨロイにも彫刻がしてある。ドワーフ軍の幹部だろうとあたりをつけた。

「フランク。あの豪華な戦車に近づいてくれないか?」

「わかりました。タツさん」

 御者のフランクが馬首を豪華な戦車に向けた。戦場はウスタール軍の戦車が逃げるドワーフ軍の戦車を追うという展開になっていた。魔法部隊の火の玉と弓兵部隊の火矢が飛び交っている。流れ弾も多くて四方に目をくばってなければ危険な状況だった。

 豪華な戦車が目の前にせまった。御者がひとりと戦士がふたり乗っていた。彫刻のしてあるヨロイをつけているのはひとりだった。

 タツは呼びかけた。

「お前はドワーフ軍の司令官か? 敗色は濃厚だぞ? 降伏すれば命までは取らない。降伏するならいまだぞ?」

 彫刻をほどこしてあるヨロイの男が怒鳴り返して来た。

「ふざけるな人間めっ! わしを誰だと思っておるっ! わしはドワーフ王じゃぞっ! 頭が高いわっ! 平伏しろっ!」

 タツは頭にカッと血がのぼった。こいつがユージーンを陵辱したバークリーか! よくも俺の女に! そう思うと手がとめられなかった。気がついたときにはホコで斬りかかっていた。だがまるでとどかなかった。タツのホコは大きく空ぶりをした。

 すれちがいざまにテオが呪文をとなえた。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 火の玉が豪華な戦車に飛んだ。豪華な戦車の車輪が炎につつまれた。

「お兄さま。冷静になってください」

 テオからたしなめられた。

「そうだぞタツ。お前らしくもない」

 アイーダからもあきれられた。

「きっと女がらみなのよ」

 リンダには図星された。

 タツは頭をかいた。

「とにかくあいつをやっつければ決着がつくぞ! テオ! たのんだ!」

「はい。お兄さま」

 フランクが戦車を方向転換させた。バークリーの戦車も逃げずにタツたちに引き返して来た。一騎打ちがしたいらしい。バークリーともうひとりが槍をかまえている。バークリーの戦車の車輪は燃えているままだ。

「きさまがこの戦争の責任者かっ! きさまを殺せばケリがつくんだなっ! さっさと死ねっ! この人間がっ!」

 バークリーがタツに叫んだ。降伏を呼びかけたことでそんな誤解をしたらしい。だが自分に向かって来てくれるのはうれしいとタツは思った。逃げられるとユージーンの仇を討てなくなるからだ。

「死ぬのはお前だっ! バークリーッ!」

 宣言は威勢がいいがすべてはテオまかせだ。ホコがとどかないからタツは手を出せない。「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 テオが火の玉を打ち出した。バークリーが火の玉をサッとよけた。火の玉はとなりにいた男に命中した。

「うわあああっ!」

 男が火ダルマになって戦車から転げ落ちた。

「よくもやりおったなっ! 殺してやるぞっ! 覚悟しろ人間っ!」

 バークリーがすごんだ。しかし戦車はすれちがって遠ざかる。

 タツは苦笑いをした。なんて間ぬけな戦いだと。戦車同士はホコも槍もとどかないから危害をくわえられない。飛び道具の魔法か火矢が通用するだけだ。戦士は役立たずだった。舌戦しているのみだ。子どものケンカかよとタツはあきれた。

 相討ちを狙うなら正面衝突させればいい。だがそこまでは踏みこめなかった。自分は傷つかずに相手だけを殺そうとしているからホコがとどかない。バークリーも戦車の正面と側面から突き出た槍が怖くて距離を取っている。魔法部隊と弓兵部隊がいなければ決着がつかずに戦況は硬直状態におちいっただろう。

 三度目のすれちがいが来た。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 テオが火の玉を飛ばした。火の玉は一直線にバークリーに飛んだ。今度はあたるっ! そうタツは思った。バークリーも目を見はった。

 そのときだ。バークリーの戦車がガクッとかたむいた。ガガガガガッといやな音がしてバークリーの戦車が転倒した。車輪についた火がついに車輪をこわしていた。

「どわわわわわっ!」

 バークリーと御者が投げ出された。テオの火の玉はバークリーからそれて空中で消えた。

 フランクが戦車をとめた。タツとアイーダとリンダはホコを手に戦車を飛びおりた。

 タツはバークリーにホコをふりおろした。

「メーンッ!」

 御者がバークリーの槍をうばってタツのホコを受けとめた。

「王さまっ! 逃げてくださいっ!」

「あわわわわっ」

 バークリーがタツに背を向けた。アイーダとリンダがバークリーの行く手にまわりこんだ。

「逃がすかっ! どうーっ!」

 アイーダがホコで斬りかかった。

「なんのっ!」

 バークリーが戦車から投げ出された槍をつかんでアイーダのホコを受けた。タツもアイーダもリンダもホコにはなれてない。柄が長いせいで距離感がつかめなかった。

「メーンッ!」

 リンダがバークリーに斬りつけた。バークリーが槍でホコを跳ねあげた。

「クーデルカッ! 早くわしを助けろっ!」

 御者が返事をしてタツに背を向けた。

「はいっ! 王さまっ!」

 タツはそのクーデルカの背中にホコをふった。

「メーンッ!」

 だがホコはクーデルカの後頭部をかすっただけで地面にめりこんだ。バークリーもクーデルカも木のカブトをかぶっていた。身体は木のヨロイで守っている。

 遅れて戦車からおりたテオがクーデルカの背に火の玉を放った。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 クーデルカが火の玉に気づいてサッとよけた。火の玉がリンダの顔に向かった。リンダがうわあっとしゃがんだ。

「こらっテオッ! 危ないじゃないのっ!」

「ご。ごめんなさぁい。お姉さまぁ」

 タツはアイーダとならんでクーデルカと対峙した。リンダはバークリーと向き合っている。クーデルカとバークリーは背中を合わせて背後から斬られないようにしていた。

 タツとアイーダが同時にホコをふりおろした。

「メーンッ!」

「メーンッ!」

 クーデルカが槍で二本のホコを跳ねのけた。ドワーフは腕がみじかいぶん槍のあつかいになれているらしい。ドワーフの剣はみじかい。腕もみじかい。人間と剣と剣で斬り合うととどかなくて不利だからだろう。タツもアイーダもホコをにぎるのははじめてだ。うまくあつかえない。かといって剣では槍に長さで負ける。ホコで対戦する以外になかった。

「どうーっ!」

 リンダがバークリーにホコをはらった。バークリーが槍でホコの軌道を変えた。リンダもホコのあつかいで苦戦しているようだ。

 タツはアイーダに目くばせした。同時にクーデルカを突いてみようと。アイーダがうなずいた。

「つきーっ!」 

「つきーっ!」 

 クーデルカが槍の柄を左右にふってタツとアイーダのホコにぶつけた。ホコの刃の腹をたたかれてタツとアイーダのホコはクーデルカの左右に空ぶりした。クーデルカがタツに槍の穂先をくり出した。タツは顔をそらせてよけた。タツの頬を刃がかすめた。血がタラッと流れた。

 そのあいだにリンダがバークリーに斬りかかった。

「メーンッ!」

「ふんっ! 素人がっ!」

 バークリーが槍でなんなくリンダのホコをとめた。バークリーの槍がそのままリンダの腹に入る。リンダが腹をかわした。だがかわし切れなくてわき腹を槍にえぐられた。血がプシュッと飛んだ。

「ちくしょうっ! 不利だなっ! 次はアレで行くかっ!」

 タツの声にアイーダがうなずいた。アレとはタツとアイーダがことなる攻撃をすることだ。訓練でそういうのを練習していた。

「つきーっ!」 

「メーンッ!」

 タツがクーデルカの腹を突いた。アイーダが頭に斬りつけた。決まったっ! そうタツは思った。だがクーデルカが槍の柄と穂先で器用にふたつのホコをはじいた。流れるような動きでクーデルカの槍がアイーダの胸に突き出された。アイーダが間一髪でよけた。しかしななめに逃げたアイーダの肩をクーデルカの槍がつらぬいた。血がドプッと噴き出した。

「ぐっ!」

 アイーダが片ひざをついた。

「アイーダッ!」

 アイーダがひきつった頬でタツを見た。

「大丈夫だっ! それより次が来るぞっ!」

 クーデルカの槍がアイーダ目がけてのびて来た。タツはホコで槍を跳ねあげた。

「どうーっ!」 

 跳ねあげた動作でホコを横にはらった。クーデルカが槍の尻でタツのホコを迎撃した。タツのホコがクーデルカの木のヨロイの表面に傷をつけた。だが威力を弱められたせいで肉にまでは達しなかった。

 リンダがバークリーに突きを放った。

「つきーっ!」

「バカめっ! ホコの突きなど怖くないわっ!」

 バークリーがホコの刃の腹を柄ではじいた。軌道を変えながら進むリンダのホコを身をよじってかわした。そのホコがバークリーのわき腹をかすめた。木のヨロイをカッとけずった。リンダはあれっと思った。ひょっとしたら?

 タツはクーデルカの首を狙った。

「メーンッ!」

 上段から頭を狙うと見せかけて首へとななめに斬りかかる。クーデルカが槍でむかえ討つ。しかしホコが狙ったのは首だった。槍があたらないと悟ったクーデルカが右に身体をかたむけた。タツのホコがクーデルカの左肩に食いこんだ。木のヨロイがわれて肉まで刃がとどいた。血がドロッとあふれた。

「くっ!」

 クーデルカが痛みをこらえて上体を立て直した。タツに槍をくり出す。タツの腹に槍が接近した。タツはハッと飛びずさった。だが槍が追って来た。タツの腹に槍が刺さった。浅い。しかし血が出た。痛みも強い。タツは顔をしかめた。

 そのあいだにリンダがホコを大きくふりかぶった。

「メーンッ!」

「またそれかっ! 小娘めっ! 何度やってもむだじゃっ! ほれっ!」

 バークリーが槍を持ちあげてリンダのホコの軌道を変えた。身体を半回転させてリンダのホコをよける。リンダはしめたと思った。それを待ってたのよと。

 リンダは軌道を変えられたホコをバークリーではなくクーデルカに向けた。クーデルカはリンダに背中を向けている。そのクーデルカの首にリンダはホコをたたきこんだ。

「ぐがあっ!」

 背後から斬られると予想もしてなかったクーデルカの首が血を噴いた。大量の血が噴水のように舞いあがった。クーデルカが倒れてバークリーの背中がタツとアイーダに見えた。タツとアイーダとリンダが同時にホコをふりあげた。

「メーンッ!」

「メーンッ!」

「メーンッ!」

 三本のホコが同時にバークリーを襲った。バークリーがリンダのホコを槍でとめた。次にタツのホコをとめようとふり返った。だが間に合わなかった。タツのホコとアイーダのホコが左右の肩に食いこんだ。木のヨロイがわれて両肩から血が飛び散った。

「うぎゃっ!」

 バークリーの槍が手から離れて地面に落ちた。丸腰になったバークリーにとどめを刺そうとタツとアイーダとリンダがホコを上段にかまえた。

 そこに声がかかった。

「待ってーっ!」

 マリリンが馬に乗って走って来た。

「そいつを殺すのはボクにやらせてっ!」

 馬から飛びおりたマリリンが剣をぬいた。両肩から血を流すバークリーも腰の剣をぬき放った。

「バークリーッ! 父ちゃんと母ちゃんと兄ちゃんの仇っ! 覚悟しろっ!」

 マリリンが斬りかかった。

「お前ごときに殺されるわしではないわっ! ちょうどよいっ! 返り討ちにしてくれようぞっ!」

 バークリーが剣で受けた。マリリンが斬る。バークリーが受ける。マリリンが斬る。バークリーが受ける。斬る。受ける。斬る。受ける。マリリンが押していた。マリリンはいけると思った。このまま押し切って殺せると。

 そこに油断があった。攻めが単調になりすぎた。バークリーは受けながらすきをうかがっていた。受けるより斬りかかるほうが動作が大きい。とうぜんつかれる。バークリーは単調な攻めをいなしながらマリリンがつかれるのを待つだけでよかった。

 マリリンの剣が精彩を欠いた。バークリーは機が来たと確信した。反撃に転じた。バークリーが斬る。

「わっ!」

 マリリンが受けた。バークリーが斬る。マリリンが受ける。一転して攻守が入れかわった。マリリンが受け一方になる。そもそもマリリンは女だ。バークリーは男で力はマリリンより強い。対等に戦えばマリリンが不利だった。

 マリリンが受けた剣ごと押し倒された。地面に尻もちをつく。

「とどめだっ! 死ねっマリリンッ!」

 バークリーの剣がマリリンにふりおろされる。タツはしまったとほぞをかんだ。間に合わない。マリリンに仇討ちをさせてやろうと考えたのがまちがいだった。マリリンが返り討ちにされる危険を考えなかった。アイーダとリンダとテオも顔をそむけた。

 バークリーの剣がマリリンを斬る。その直前にヒュンッと矢が飛来した。矢はバークリーの頬をぬった。右の頬に刺さって左の頬まで貫通した。

「うぐぐっ!」

 バークリーがのけぞった。ふりおろされた剣がマリリンの横の地面をえぐった。マリリンがダッと起きてバークリーのわき腹を刺した。木のヨロイに穴があいて血がタラリとしたたった。

 バークリーがよろけながら頬の矢をぬいた。

「ちくしょうっ! やりやがったなあっ!」

 バークリーが剣をふりあげた。タツとアイーダとリンダもホコをふりかぶってバークリーに足を速めた。

「ちっ!」

 バークリーがマリリンの乗って来た馬に駆け寄った。馬に飛び乗ると逃走をはじめた。

「くそっ!」

 タツは左右を見回した。乗る馬がない。フランクが機転をきかせて戦車につないである馬の縄を切った。

「タツさんっ! この馬に乗ってくださいっ!」

 四頭の馬が解き放たれた。タツ・アイーダ・リンダ・テオがそれぞれ馬にまたがった。バークリーを追う。

 マリリンがキョロキョロとあたりを捜した。だが馬がいない。マリリンは泣きそうな顔になった。

 そこに馬が走って来た。

「乗れっ! マリリン殿っ!」

 馬上から手をのばしたのは仮面の女だった。マリリンは女の手をつかんだ。女のうしろに飛び乗った。

「ユージーン公女っ!」

 仮面の女が馬を走らせながら釘を刺した。

「オレはニルアルバだ。まだバークリーを殺してない。ユージーンにもどるのはバークリーを殺したあとだ。きみもバークリーを殺したいんだろ?」

「もちろんだっ!」

「ではしっかりつかまってろ。タツたちに先を越されるぞ」

 ニルアルバがタツたちを追った。

 先頭をバークリーの馬が走る。そのあとをテオ・タツ・アイーダ・リンダの順で追う。バークリーの馬がタツたちを引き離した。体重差のせいだった。バークリーは小学一年生なみの身長で体重も二十キロ超だ。一番かるいテオでも四十キロはある。倍の重さを乗せて走ると馬の足もおそくなる。

 その様子を見ながらムーンドロウは弓を弓兵に押しつけた。さっきマリリンが殺されそうになったときムーンドロウはつぶやいた。

「かー。見ちゃいられねえでやすな」

 お節介だと思ったが矢を射った。木のカブトと木のヨロイのせいで露出しているのが頬しかなかった。あたれば形勢は逆転するだろうと踏んだ。まがりなりにもムーンドロウは将軍で弓には自信がある。

「さあこうしちゃいられねえ。とっとと帰るとしやすか」

 ムーンドロウは陣地へと引き返した。今夜弓兵部隊のうわさになるとムーンドロウは知らない。戦場にたびたびあらわれるすご腕の弓兵の亡霊だと。

 バークリーは公都に建設中だったドワーフの城に逃げこんだ。タツ・アイーダ・リンダ・テオ・マリリン・ニルアルバと相ついで到着した。

 アイーダとリンダとテオがニルアルバを奇異な目で見た。ニルアルバは弓と矢を背負っていた。タツはニルアルバを紹介した。

「こちらは反魔王軍組織ヌータロスの指導者のニルアルバだ。さあどうしよう? 中は罠があるかな?」

 マリリンが口を出した。

「王宮なんだから罠はないよ。兵士がいるだろうけどさ」

「そうなのか?」

「そうだよ。なにとかんちがいしてるのさ?」

 タツは落とし穴やつり天井があるかと身がまえていた。ドワーフの城にはそんなものはないらしい。

「いや。いいんだ。じゃ入ろう」

 城に門はなかった。まだ完成してないのだろう。中に踏みこもうとしておどろいた。天井が低い。タツの肩の高さに天井があった。

「なんだこりゃ?」

 石の廊下を四人のドワーフが走って来た。手には槍だ。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 テオが火の玉を先頭のドワーフにあてた。ドワーフが燃えあがる。

 ニルアルバが弓で矢を射た。ドワーフの首に命中した。ドワーフが倒れた。

 アイーダとリンダがホコをくり出した。

「つきーっ!」

「つきーっ!」

 ふたりのドワーフの首にホコが突き立った。血がドドッと出てふたりのドワーフが力つきた。

「さあ行こう」

 マリリンがタツの手を引いた。マリリンは普通に歩ける。だがタツ・アイーダ・リンダ・テオ・ニルアルバはかがまなければ歩けなかった。こんなところで戦闘ができるのかとタツはあやぶんだ。ずっと中腰でいなければならない。戦闘中も頭をあげられない。とうぜん剣を上段にふりあげるなんてできない。天井が低すぎる。小人仕様の城だった。人間向けには作られてなかった。マリリンはタツのへそよりすこし上に頭のてっぺんがある。この城で痛痒は感じないだろう。

 石の床に転々と血が落ちていた。バークリーの血だと思われた。バークリーは両肩にケガをしている。その血にちがいない。

 血の痕をたどって城の深部に踏みこんだ。早くも天井の低さが苦痛になって来た。中腰をつづけるのがつらい。まっすぐに立てないのがこんなにつらいとタツは知らなかった。

 また廊下をドワーフが四人走って来た。

 テオが手をのばす。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 だがはずれた。火の玉はドワーフの頭の上を通過して消えた。中腰のせいで狙いが微妙にずれたらしい。

 ニルアルバが片ひざをついて矢を放った。ドワーフの首を射抜いた。ドワーフが倒れた。

 タツとアイーダとリンダがホコを突き出した。

「つきーっ!」

「つきーっ!」

「つきーっ!」

 タツとアイーダのホコがドワーフの首を斬った。血が噴き出してドワーフが息たえた。リンダのホコはドワーフの胸にあたった。木のヨロイをつらぬけなかった。ドワーフが槍をかまえてタツに突進して来る。タツは身体をかわしてよけようとした。だが頭を天井にぶつけた。勝手がちがう戦闘にドワーフの槍がわき腹の肉をえぐった。

「お兄ちゃんっ!」

 マリリンが剣でドワーフの背後から首に斬りつけた。血がドバッと出てドワーフがくずおれた。

 わき腹は痛いが重傷ではなかった。ぶつけた頭も痛い。タツは気合いを入れ直してドワーフの死体を踏み越えた。

 すこし進むとまたまたドワーフがあらわれた。今度は八人だった。しかし一度に八人はかかれなかった。廊下の横はばもせまいせいだ。四人ならぶのが精一杯だった。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 テオが今度こそと火の玉を撃ち出した。ドワーフが横に身体をよけた。だが横は壁だった。かわし切れずに火の玉がドワーフをつつんだ。

「うぎゃーっ!」

 ニルアルバが床にひざをつけて矢を放つ。ドワーフののどに矢が吸いこまれた。

「ぐはっ!」

 ドワーフが転倒した。

 タツとアイーダとリンダがホコを突いた。

「つきーっ!」

「つきーっ!」

「つきーっ!」

 三人のドワーフの首を斬った。

「ぐぶっ!」

「どあっ!」

「げがっ!」

 三人の全身から力がぬけて床にしずんだ。残った三人のドワーフが槍を突き出して来た。タツとアイーダとリンダでそれぞれホコをふるう。三人のドワーフの首にホコの刃が入った。血がドドドッと噴き出した。三人のドワーフの指が床に断末魔の血文字を書いた。タツには無念だと読める気がした。

 死体を乗り越えて進むと血のしたたりが部屋につづいていた。バークリーはその部屋に逃げこんだらしい。部屋の戸はしまっていた。タツは戸を蹴飛ばした。思い切りだ。木の戸が勢いよくはじけ飛んだ。

 タツは部屋の壁をこそげるようにホコでさぐりを入れた。

「ぐげっ!」

 やはりと言うべきか手ごたえがあった。部屋の壁にひそんで入って来る者を槍で突こうとかまえていたようだ。

 タツは部屋の中に入った。バークリーが槍をかまえていた。バークリーの腕から血が流れていた。いまタツのホコは腕を斬ったらしい。

 部屋はバークリーの私室のようだ。机や寝台があった。壁には裸体画がかざられていた。肉感的な人間の女の絵だった。その絵を見てニルアルバが声をもらした。

「父の秘蔵の絵だ」

 アイーダとリンダとテオとマリリンがタツに顔を向けた。

「な? なんだよ? 男はみんなそういう絵が好きだぞ? 俺だけじゃないんだあ」

 アイーダとリンダとテオとマリリンがハアとため息を吐いた。エロ浮世絵を作る男だものねというあきれ顔だった。

 バークリーが槍をくり出して来た。

「死ねっ! 人間っ!」

 タツは気を取り直して槍をホコではじいた。その跳ね返る反動でホコを突き出した。

「つきーっ!」

 ホコはバークリーの腹にあたった。だが中腰のせいでヨロイをくだくほどの力がこもらない。木のヨロイの表面を傷つけただけだった。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 テオが火の玉を飛ばした。バークリーがサッとよけた。火の玉がカーテンにあたった。カーテンが燃えた。

 ニルアルバが弓でバークリーを狙った。バークリーがのけぞって矢からのがれた。矢が石の壁にあたって落ちた。

「なんで仮面をつけてるんじゃ! 不気味なやつじゃなっ!」

 バークリーがニルアルバに槍をくり出した。ニルアルバの手には弓しか持ってない。横に踏み出して槍をよけた。槍がニルアルバの仮面をはじき飛ばした。ニルアルバの傷だらけの素顔があらわれた。

「あっ! ユージーンかっ!」

 バークリーの驚愕顔がすぐにニヤニヤ笑いに変化した。 

「ひひひ! またわしに陵辱されに来たのか! 好き者め! いいぞ! 腰がぬけるまで可愛がってやる!」

 ニルアルバの弓と矢をにぎる指がいかりにふるえた。

「そんなわけないだろっ! きさまを殺しに来たんだっ! きさまだけはゆるさないっ!」

 ニルアルバが矢を放つ。だがいかりのあまりとんでもない方向に飛んだ。

 そのあいだにカーテンの炎が寝台へ落ちた。

 タツとアイーダとリンダがホコを突き出した。

「つきーっ!」

「つきーっ!」

「つきーっ!」

 バークリーがタツのホコを槍ではじいた。アイーダのホコがバークリーの胸の中央にあたった。木のヨロイに穴があいた。だが肉体にまでは刃がとどかなかった。リンダのホコがバークリーのわき腹をけずった。

「くそったれどもがっ!」

 バークリーが槍でリンダを狙った。リンダがホコで跳ね返す。バークリーが槍を横にふる。リンダが顔をそらせた。だが頬を槍がかすめた。リンダの頬から血がたれた。

 テオが呪文をとなえた。

「地獄の業火よっ! 冥界のともし火よっ! わが手に燃えろっ! ファイアーボールッ!」

 火の玉がバークリーを襲う。バークリーがしゃがんでよけた。火の玉はうしろの壁にあたった。

 ニルアルバが片ひざをついて矢を放った。バークリーが首をすくめた。矢が木のカブトのひたいに刺さった。

 その間に炎が寝台の寝具をくすぶらせた。

 タツとアイーダとリンダがホコで突く。

「つきーっ!」

「つきーっ!」

「つきーっ!」

 バークリーがタツのホコを受けそこなった。タツのホコがあばらに刺さる。だが浅かった。血が出ない。アイーダのホコが木のヨロイの裂け目から肩の肉をえぐった。

「うぎぎっ!」

 リンダのホコがわき腹を斬った。先にけずれた部分がこわれて肉まで達した。血がパッと散った。

「があっ!」

 そのとき炎が寝台全体に広がった。ボンッと音がして枕がはじけた。その空気のふるえにバークリーがハッとうしろに目をやった。

 マリリンが剣を手に飛び出した。

「やーっ! すきありぃ!」

 マリリンの剣がバークリーの胸の中央に突き立った。アイーダのホコがあけた穴だった。しかし剣の刺さりが浅い。

「ぐおおっ!」

「加勢するぞマリリン殿っ!」

 ニルアルバが駆け寄ってマリリンの手に手をかさねた。マリリンの剣をふたりでさらに奥へと突きこんだ。

「ぐええええっ!」

 血がドドンッと噴き出した。マリリンとニルアルバの手が血まみれになった。バークリーがうしろにズーンッと倒れた。口からも血が流れた。

 ニルアルバがマリリンの手ごと剣をバークリーの胸から引きぬいた。マリリンとニルアルバが顔を見合わせた。ふたりで剣をにぎったままバークリーの首に剣を刺した。バークリーはピクリとも動かない。すでに絶命していた。それでもマリリンとニルアルバは手をとめなかった。ふたりの共同作業でバークリーの首を胴体から切り離した。

 バークリーの髪をひっつかんで首を持ちあげた。ふふふふふとふたりが笑った。鬼気せまる形相だった。返り血でふたりの顔は血まみれだ。手には男の生首だった。

「父ちゃん! 母ちゃん! 兄ちゃん! ボクは仇を討ったよっ!」

「ははははは! オレを陵辱したくそ野郎の首を切ってやったっ! ざまあみろだっ!」

 寝台の炎が机や家具にも燃えうつりはじめた。顔に熱気が来て煙でのどが痛い。

 タツはふたりをうながした。

「気がすんだらさっさと逃げよう。ここはもうだめだ」

 城そのものは石造りだ。しかし部屋の中は可燃物が多い。じゅうたんなども燃えるだろう。早く逃げないと煙にまかれて死ぬ。

 タツたちは来た道を引き返した。マリリンとニルアルバはバークリーの首を手にまだ笑っている。タツは女の執念の怖さが身にしみた。女をおこらせるとろくなことにならないと。

 帰りはドワーフに会わなかった。城の中のドワーフは全員殺したらしい。

 タツたちが城から脱出すると城の窓から煙があふれ出した。他の部屋にも類焼したらしい。すぐに煙が炎に変わった。城は燃えないが部屋の中は火にあぶられているようだ。

 ドワーフの戦車隊との決着がついたみたいで師団長五人がせいぞろいしていた。マリリンがイングリッドにバークリーの首をさし出した。

「やったよ師団長。これがドワーフ王バークリーの首だ」

 遠まきに見ていた歩兵たちからワーッという歓声が湧き起こった。イングリッドがマリリンからバークリーの首を受け取った。

「ご苦労だったマリリン。それからユージーン公女。ふたりとはいろいろと話し合わねばならないことがある。しかしすべてはあした以降だ。きょうは勝利の余韻をかみしめてくれ」

 モスランド男爵が笑いはじめた。

「わはははは。わしのおかげだ。わしが攻めようと言ったから勝てたんじゃ。お前らわしをほめたたえよ。これからもわしの言うとおりにするんじゃぞ。あはははは」

 タツは複雑な思いだった。たしかにモスランド男爵の言うとおりだ。だがモスランド男爵をほめたくはなかった。このおっさんはいつもまちがったことばかりを言う。たまに正しいことを言っても素直にほめる気になれないタツだった。

 八万人の人間がドワーフたちの死体をつみあげて火をつけて燃やした。そのあと天幕を立てていつもの夜がはじまった。

 夕食を手にマリリンがとなりのユージーンを見た。

「思い出した。ありがとうユージーン。おかげで命びろいをしたよ」

 ユージーンが首をかしげた。

「はあ? なんのことだ?」

「あれ? ボクがバークリーに斬り殺されそうになったときだよ? バークリーに矢を射て助けてくれたじゃない? 忘れたの?」

「いや。忘れるも何もわたしはそんなことはしてないぞ。わたしが戦場に着いたときちょうどバークリーが馬で逃げるところだった」

「ええっ? じゃボクを助けてくれた矢は誰が?」

 タツは思いあたった。またあいつかと。あの男は実は弓の名手だったんだなと気がついた。

 夕食後タツは七人の女を連れてムーンドロウの天幕に行った。カタリナ・アイーダ・リンダ・テオ・セシリア・マリリン・ユージーンの七人だ。オードリーとビビアンは仕事中だった。

 天幕の前にサミーの部下の女ふたりが見張りをしていた。またサミーが来ているらしい。

 ふたりの女兵士がタツに敬礼した。

「タツさん。こないだはどうもです。どうぞ中に」

 天幕に入ると全裸のサミーが檻の中でムーンドロウとキスをしていた。これからというところみたいだ。サミーがタツたちに気づいた。

「きゃっ!」

 サミーがムーンドロウの背中にかくれた。ムーンドロウがタツを見た。

「やあ兄貴。今夜は何のご用でやすか?」

「お前に礼を言いたいって女を連れて来た。お前だろ? マリリンを助けてくれたのは?」

 タツはマリリンを鉄格子に押し出した。

「てへへ。お節介でやしたか?」

「いいや。感謝してる。こいつは次のドワーフの王だ」

「へえ。そうでやすか。女王でやすな」

「お前も次のオークの王にしてやろうか?」

 ムーンドロウがしばし考えた。

「兄貴。俺は王になんかなりたかねえでやす。兄貴といっしょにいたいでやすね。兄貴といっしょだと人間の女が抱きほうだいでやすから」

「サミーひとりだと不服か?」

「不満はねえでやす。けど女は多いほうがうれしいでやすねえ。サミーひとりだとサミーがつぶれちまいやすんで」

「なるほど。サミーはどうなんだ? ムーンドロウがほかの女としてもいいのか?」

 サミーがムーンドロウの背から顔を出した。

「いいことはないわ。でもあたしひとりじゃ身体がもたないのも本当なの。あたしがすてられないならほかの女としてもがまんできるかなって思う」

 タツはカタリナとアイーダとリンダに顔を向けた。

「だとさ」

 カタリナとアイーダとリンダが服をぬいだ。檻に入る。サミーをさそって四人でムーンドロウの全身を舐めはじめた。

 マリリンがタツの顔を見た。

「あれどういうことさ? カタリナとアイーダとリンダはなにをやってるの? あいつオークだろ?」

「あのオークがきみの命を助けた矢を射たんだよ。オークはドスケベでね。カネも地位もいらない。人間の女がほしいって言うからああしてお礼をしてるんだ」

「ということはだよ? ボクもあれしなきゃだめなわけ?」

「いいや。したくなきゃしなくていいさ。マリリンの代わりにカタリナとアイーダとリンダがしてくれてる。マリリンを連れて来たのは真実を突きとめたかったからだよ。他の弓兵が射た矢だったかもしれないからね」

「ふうん」

 ユージーンがタツの身体をうしろから抱いた。タツの耳に息を吹きかける。

「タツ。わたしたちも」

 檻の中の痴態にあてられたらしい。ユージーンがタツにくちづけをもとめた。タツは舌をからませてやる。

「ずるいよユージーン。ボクも」

 マリリンもタツに抱きついた。つま先立ちして口を突き出す。だがまるでとどかない。タツは身をかがめてマリリンにキスをした。ユージーンもかがんで三枚の舌をからみ合わせる。

「お兄さま。あたしも」

「あ。あたしも」

 テオとセシリアも参加してからむ舌が五枚にふえた。

 ユージーンがくちづけながら服をぬいだ。マリリンも対抗して服をぬぐ。テオとセシリアもぬぎすてた。

「おおっ!」

 ムーンドロウが檻の中で目を見ひらいた。サミーが嫉妬でムーンドロウの腹をつねった。「いてて。見るくらいいいじゃねえでやすか」

「見る者も姦淫してるのと同じである。そう聖典に書いてある」

「嫉妬する者も神の意にそむく者である。そうも書いてあるでやすよ。右の頬を打たれたら左の頬もさし出せと。ゆるすことが神の御心である。ともあったはずでやす」

「この野郎。自分につごうのいいことばかり言ってるんじゃない。浮気者」

「たはは」

 ユージーンがタツの上着をはいだ。マリリンがズボンと下着を足からぬいた。どっちがお先とユージーンとマリリンが目と目を見つめ合った。ユージーンが大人のよゆうを見せてマリリンに先をゆずった。マリリンがキスをしてから結合した。ユージーンとテオとセシリアはタツとキスを交互にかわした。

「うおおおーっ!」

 タツとマリリンの結合を見てムーンドロウが吠えた。サミーとアイーダとリンダが顔を見合わせた。アイーダとリンダがサミーに行けとうなずいた。サミーが顔を赤くしながらムーンドロウと結合した。

 タツはムーンドロウとサミーが終わるのに合わせてマリリンと終わりをわかち合った。マリリンの次はユージーンだった。ムーンドロウはカタリナと結合した。タツはふたたびムーンドロウとカタリナの終わりにユージーンとの終了を合致させた。

 ムーンドロウがアイーダと結合した。タツはテオとだ。

 マリリンがタツにキスをもとめた。タツはマリリンの舌にこたえた。そのあいだにムーンドロウとアイーダが完了した。タツはテオとふたりで天国への階段をのぼった。

 つづけてムーンドロウがリンダと結合した。タツはセシリアを指でまねいた。セシリアが照れながらタツと結合した。

 マリリンとユージーンがあきれ顔でムーンドロウとタツを見た。

「オークはスケベって本当なんだ。タツもオークの血が入ってるの?」

「まさか。俺はごく普通の人間だ」

「それにしちゃドスケベだよ?」

「男はみんなそんなものさ」

「そうなの? ボクはタツ以外に知らないからなんとも言えないなあ」

 ユージーンがタツとムーンドロウを交互に見た。

「ふたりともすごいわねえ」

 タツはふふふと笑った。

「あんなものじゃないよ。オークはまだまだだ」

 ムーンドロウとリンダが終わった。タツとセシリアも終止符を打った。

 それでもムーンドロウの臨戦態勢は解除されなかった。マリリンとユージーンが顔を見合わせた。ユージーンがマリリンの手を取った。ふたりで檻に入る。

 マリリンがムーンドロウの前に立った。

「あなたがボクの命の恩人なの?」

 ムーンドロウがすわってマリリンの全裸を目玉が飛び出しそうに見ひらいてジロジロと鑑賞した。

「そうでやすよ」

「なら仕方がないよね。ボクもしてあげる」

「本当でやすかい?」

「うん。本当だよ。ボクはウソは言わないの」

 マリリンがムーンドロウに抱きついて腰をしずめた。

「うおおおおおーっ!」

 ムーンドロウが感激のあまり終了した。マリリンがどくとユージーンがムーンドロウにくちづけた。

「タツの一番目の女が抱かれてるなら二番目のわたしも抱かれるべきだわ」

 ユージーンが結合した。

「ひえええええーっ! この人もたまらねえでやすぅ!」

 ユージーンに終わらせてもまだムーンドロウは元気だった。テオがタツとムーンドロウを見くらべた。

「お兄さま。あたしもムーンドロウさんとしたほうがいいですか?」

「テオがしたくなければしなくていいよ。ムーンドロウはきみの裸を見るだけでもうれしいからね」

「すればもっとうれしいんでしょ?」

「そりゃそうだ」

「アイーダ姉さまとリンダ姉さまはどうしてムーンドロウさんとしてるんですか?」

「ムーンドロウにはいろいろと世話になってるんだ。人狼戦では俺の命を助けてもらったしね。俺が恩返しをできないぶんアイーダとリンダとカタリナがしてくれてる」

「わかりました。ではあたしもお兄さまのぶんを恩返しして来ます」

 テオが檻に向かった。セシリアがテオのあとを追った。

「待ってよテオ。あたしを仲間はずれにしないでぇ」

 テオとセシリアの裸体があらたにくわわってムーンドロウが目を見ひらいた。

「いいんでやすかアネさん方?」

 テオがうなずいた。

「でもやさしくしてねムーンドロウさん」

「もちろんでやす」

 テオがそっとムーンドロウと結合した。

「くううううーっ! この子すっげぇーっ!」

 ムーンドロウがテオに終わるとセシリアが顔をまっ赤にして結合した。

「ずはーっ! このアネさんも絶品でやすぅ!」

 セシリアに終わってもムーンドロウはまだ健在だった。

 サミー・カタリナ・アイーダ・リンダ・マリリン・ユージーン・テオ・セシリアと八人の女たちが順ぐりにムーンドロウと結合する。ムーンドロウが涙を流した。

「けおおおおーっ! こんな天国があっていいんでやすかぁ! しあわせすぎて死にそうでやすぅ!」

 腹上死したら本望なんだろうなとタツは思った。正真正銘のスケベだと。

 タツはふと思い出して天幕から出た。天幕の外でふたりの女兵士が腰をくねらせていた。

「きみらも中に入れよ」

「いや。その。あたしらは」

「いいからいいから」

 タツはふたりを天幕に引きずりこんだ。

「自分でなぐさめるのと結合するのとどっちがいい?」

 ふたりの女が顔を見合わせた。うなずいてタツに顔を向けた。

「そりゃやっぱり結合です。おねがいします」

「きみら名前は?」

「グインです」

「あたしはコージーです」

 檻の中ではオークと八つの女体が結合をくり返している。グインとコージーの目はそれに釘づけだ。グインとコージーはふたりとも十七歳くらいで若い。タツはグインとコージーをぬがせた。グインとコージーの弱い部分に手を這わせながらひとりずつ結合する。あっと言う間にふたりが終了した。

 かわいそうにとタツは思った。天幕の外でよほどがまんしていたらしい。このふたりをムーンドロウにあてがうとサミーが怒るだろうとも考えた。仕方がないからタツがもう一度を相手をした。

 グインと結合しているとコージーがタツの口を吸った。タツは舌をからめながらコージーをじらした。コージーの腰がくねくねとタツの太ももにすりつけられた。グインが終わるとコージーが寸暇をおしんでタツと結合した。

 天幕が十の女体の放つあまい香りで満たされた。生まれたままの姿の十人があらゆる体勢を披露している。ムーンドロウはここが本物の天国だと思った。右を見ても左を見ても女の裸だ。裸体を見ながら八人が次々と結合してくれる。これほどの極楽があるだろうか?

 さすがのムーンドロウも終わりのときをむかえた。八人の女たちがムーンドロウにキスをして檻を出た。グインとコージーのふたりの女兵士は先に満足して天幕の見張りにもどっていた。

 タツは八人の女を連れて天幕を出た。グインとコージーがあまい目でタツを見た。サミーがタツに未練を残すグインとコージーを引きずって第二師団の天幕に足を向けた。

 タツは思い出してユージーンを見た。

「ところでユージーン。ヌータロスのほうはいいのかい?」

 ユージーンがうなずいた。

「部下にまかせて来たわ。市街戦にさそいこんで五万人が屋根の上から火矢を五千の戦車に射かけるのよ。負けるわけがないわ。戦車は屋根の上にいる敵には無力だからね」

「なるほど。その手があるか。平原で接近戦をいどむからまずいんだな」

 そのとおりで二日後に早馬で戦況がとどいた。ヌータロスがドワーフ軍を壊滅させたと。ウスタール軍の天幕すべてがオーッという歓声にゆれた。

 昼食を取りながらユージーンがうふふと笑った。

「タツのおかげよ。おカネと武器が効いたわ」

「それなんだけどね。資金と武器代を返してもらうと助かるんだ」

「あら? わたしはいま文なしよ?」

「きみがユキスロット大公国の女王になってからでいいさ」

「あらら。わたしあなたのお嫁さんになるつもりなんだけど? 女王さまなんてガラじゃないわ」

「そうなのか。こまったな。あのカネはある女性が使いこみをした形になってて正式な予算じゃないんだよ。返してもらわないとその女性がクビになるかもしれない。クビにされたら結婚するって約束をしてるんだ」

「ふうん。じゃわたしがなんとかするわ。大臣たちとも知り合いだから出してもらえるでしょうね。そのかわりわたしと結婚してよ」

「いや。俺は」

「二番目の女でいいからね」

 ユージーンがカタリナの肩を抱いた。すでにふたりで了解ができているらしい。タツは苦笑した。一番目の女と二番目の女が結託したら勝てないだろうなと。


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