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 第四章 オークはドスケベ

 一週間がダラダラとすぎた。

 八日目に王都からの返事がとどいた。隣国のソーンベルグ皇国を占拠しているオーク軍を全滅させよと。

 士気が一気にあがった。五万人が国境を越えるべく進軍を開始した。

 夜になると師団長会議が持たれた。

 ゲーブル師団長がヒゲを指でととのえた。くせなのかヒゲが自慢なのかはわからないがヒゲの手入れはかかさないようだ。

「オーク軍は三万匹だという話だね」

 モスランド男爵が笑顔で円卓から身を乗り出した。

「それなら楽勝じゃないか。ゴブリンよりも数がすくないぞ。わが軍は五万人だ」

 ベネット師団長がボソボソと口をはさんだ。

「いや。オークはゴブリンより力が強い。体力もゴブリンよりある。オーク軍のほうが手ごわいはずだ」

 水をさされてモスランド男爵がムッと渋面を作った。

「悲観的な意見はつつしめ! きさまはわしの言葉にことごとく反対すればいいと思ってるのか!」

 メガロフィア師団長が陽気に笑ってモスランド男爵の肩をたたいた。

「あはははは。まあまあモスランド男爵。誰もそんなことは思ってませんよ。ここは私にめんじて怒りをおさめてください」

 メガロフィアがモスランド男爵をなだめているあいだにイングリッドが声を出した。

「ソーンベルグ皇国の皇都はだな。岩山の頂上にきずかれた城壁都市だと聞いてるがね。攻める方法はあるのか?」

 ベネットがカバンから地図を取り出した。

「いや。皇都は国の中央にある。おそらく三万のオーク軍は国境を越えたわが軍をむかえ討ちに来るはずだ。ソーンベルグ皇国の大部分は平原だからどこで戦っても地の利はいかせない。オーク軍とわが軍の力対力の勝負になると思うね」

 ゲーブルが地図を見て思案をめぐらせた。

「オーク軍が皇都に立てこもれば籠城戦になるな。攻城用の兵器の用意はないから包囲しての兵糧攻めしか手はないだろう。その場合は長期戦だな」

 ベネットが陰気な笑みを浮かべた。

「皇都は岩山の頂上に孤立してる。つまり周辺都市からの補給はきかない。食糧がつきれば終わりだよ。立てこもってくれればわが軍の勝ちだな」

 メガロフィアが笑い声をあげた。

「わはははは。籠城戦は不利だからオーク軍はわが軍と決戦をいどみに来る。そういうわけだね? イングリッド君。きみはどちらが勝つと思う?」

 指名を受けてイングリッドが口をひらいた。

「わが軍が勝つだろうな」

「根拠は?」

「数のちがいだ。オークの力が強くても一対一の戦いにはならない。初戦でオーク一匹に対してわが軍がふたりがかりで攻撃すればオーク軍の数をへらせる。いったん劣勢になればそこからの挽回は不可能だ。ゴブリンとの戦いでもそうだったが戦況を先にかたむければわが軍が勝つだろうな」

「逆に初戦でつまづけばズルズルと敗戦もありうるというわけかな?」

「そうなるだろう。そうしないためにもふたりひと組になる訓練をしておけばどうかね? オークを前とうしろからはさみ討ちにするように」

「ふむふむ。いい案だね。あしたから全軍で特訓させよう」

 行軍を午前中で切りあげて午後を訓練にあてた。それ以外は戦闘中と変わりがなかった。夜はそれぞれが娼婦や男娼を買った。五万匹のゴブリンを殺したせいで五十万枚の金貨が一時的に流通した。ふところのあたたかくなった男も女も娼婦と男娼にカネをつぎこんだ。

 タツは借金の回収に大いそがしになった。部下たちが大量のカネを持ちこむ。そのカネをまた貸す。帳簿をつけるだけで手一杯だった。おまけに九人の女が自分をなぐさめる行為まで手伝う。カタリナの天幕に行くひまがなかった。昼間カタリナに声をかけるのがやっとだった。

 そのころソーンベルグ皇国の皇都ではオークキングが皇女のエリザベスを尋問していた。エリザベスは二十歳だ。

「言え。ソーンベルグ皇室に代々伝わる究極の大魔法はどこにある?」

 エリザベスは皇宮の一室に全裸にされて両手を縄でつりあげられていた。オークキングはムチでエリザベスをぶちながら問いかける。オークキングのでっぷりと太った腹がムチ打ちのたびにブヨブヨと波立つ。

「知りません。知っててもあなたになど教えません」

「強情な。これでもまだ言わないか」

 オークキングがムチをふるう。

「あっ! いやっ! 痛いっ! 痛いっ痛いっ!」

「どうだ? 早く吐け。吐かないとさらにムチ打つぞ」

「どんなにされても知らないものは知らないんです。いっそ殺しなさい」

「まだ強がるか。ええい。これでどうだ!」

 オークキングがエリザベスの裸身にムチで赤いすじをきざむ。ムチの風鳴りと女肉に食いこむビシッビシッという音がオークキングの一部分にビンビンひびく。

 だがオークキングはくちびるをかんでがまんした。エリザベスを犯すわけにはいかない。ソーンベルグ皇国の女たちを牢に入れてなぐさめ者にしている。オークに犯された女たちは精神に異常をきたす者がほとんどだ。エリザベスの気がふれれば究極の大魔法のありかがわからなくなる。

 同じ理由でムチ打ちも手かげんせざるをえない。殺したり大ケガをさせると口をわらせられなくなるからだ。 

 皇宮を攻めたときに皇帝と皇妃と皇子を部下が殺した。それがまずかった。エリザベスに家族がいれば家族を殺すとおどせたのにだ。死んだ家族は人質に取れない。

 宰相を拷問して吐かせた情報の中に究極の大魔法があった。ソーンベルグ皇国のどこかに隠されていてその地図を皇室が代々伝え持つという。皇宮中を家捜しさせたがそんな地図はどこにもなかった。手がかりは皇女のエリザベスひとりだった。そのため犯して楽しむために監禁していたエリザベスを犯すわけに行かなくなった。

 究極の大魔法のありかさえわかれば思うぞんぶん犯してやる。そのあとムチで打ち殺してやろう。そのときが楽しみだ。そうオークキングはよだれをたらしながらその日を夢想した。

 ウスタール王国軍は国境を越えた。そこでオーク軍とあいまみえた。ベネット師団長の推測どおり三万匹のオークがだだっ広い平原に集結していた。オーク軍の背後には天幕の群れが見える。オーク軍の陣地だろう。

 戦闘は唐突にはじまった。ウスタール軍を発見したオーク軍が突撃をかけた。三万匹のオークが剣を手に突進する。

「うおおーっ! 人間を殺せぇ!」

「させるかっ! くそオークどもっ! 死ぬのはきさまらだっ!」

 ウスタール軍も剣をぬいてむかえ討った。たちまち乱戦になった。

 オークたちは革のヨロイに木のカブトを身につけていた。だがサイズが合ってなかった。身体に対してヨロイやカブトが小さい。どうやら人間用のヨロイカブトを身体の太いオークが無理やりつけているらしい。オークにはヨロイカブトを作る職人がいないのだろう。剣も人間が作った剣だと思われた。

 オークは力が強かった。オークの正面に立った兵は防戦するのが精一杯だった。しかしオークの背後にまわった兵が上段から剣でオークの木のカブトの後頭部をたたきわった。

「メーンッ!」

 そこここでメーンとかけ声が炸裂した。そのたびにオークが一匹また一匹と倒れた。

 最初の死闘に決着がついた。砂煙がおさまったとき平原はオークの死体でみちていた。

 三万匹いたオークが一万匹ほどにへっていた。

「ここが決めどきだっ! もうひと踏んばりしろっ兵士どもっ! さあオークを全滅させるぞっ!」

 馬上からイングリッド師団長が檄を飛ばした。残った一万匹のオークに五個師団が殺到した。

 オークたちが逃げはじめた。背中を向けたオークの後頭部にメーンと剣がふりおろされた。

 陣地に駆けこむオークたち。あとから追いすがるウスタール兵。

 非戦闘員のオークたちもいりみだれて大混乱になった。

 タツは部下たちをひきいて陣地に踏みこんだ。戦闘員と非戦闘員の区別もできずになで斬りにした。

 ひときわ大きい天幕の前でオークたちと斬り合いになった。

「将軍っ! ここまで人間どもが来ましたっ! 助けてくださいっ! うわーっ!」

 斬り殺される寸前に一匹のオークが天幕の奥にそう呼びかけた。

 すぐに天幕の入り口が持ちあげられてオークが一匹出て来た。

 タツは首をかしげた。出て来たオークは金属の豪華なヨロイとカブトをつけていた。だが身体は一般的なオークと同じ大きさだった。てっきりゴブリンキングみたいな巨体が出て来ると予想していたのにちがった。こいつはオークキングではないのだろうか?

「俺さまはムーンドロウ将軍だ! よくも俺さまの部下どもを殺してくれたな! きさまらも血祭りにあげてやる! かかって来い!」

 ムーンドロウが剣をぬいて斬りかかって来た。

 馬上のタツは部下の頭の手前でムーンドロウの剣に剣を合わせた。ギンッと剣と剣がかみ合う。

 ムーンドロウのヨロイとカブトはサイズがぴったりだった。

「メーンッ!」

 ムーンドロウの背後からやはり馬上のアイーダが斬りおろした。アイーダの剣はムーンドロウのヨロイの肩にあたった。キンッと音がして剣がはじかれた。革のヨロイより重いが金属のために刃を通さないらしい。

 タツはカブト割りというわざを聞いたことがあった。上段からまっすぐふりおろしてカブトの頭頂をわる剣だ。カブトの金属をぶ厚くすると重すぎて動けなくなる。そのためにカブトはギリギリの厚さに作ってあるそうだ。つまり剣速を極限まであげて斬るとカブトをわって頭をも切れる。それがカブト割りというわざらしい。

「メーンッ!」

 キンッ! タツの剣はカブトの頭頂部より横にずれた。丸いカーブにそってはじかれた。完璧に頭頂部を直撃しないとカブト割りにならないらしい。

「ふっふっふっ。皇都の防具職人をおどして作らせたこのヨロイカブトは優秀だわい。剣が通らぬものな」

 ムーンドロウの肌が露出しているのは正面から見たのどだけだ。リンダが馬上からそののどを狙って剣をふった。

「どうーっ!」

 リンダは胴体を狙うから胴なのに横なぐりにはらうのを胴だとかんちがいしていた。

 ムーンドロウは自分の弱点を知っていた。リンダの剣を剣ではじきあげる。ムーンドロウにしてみれば首だけ守っていればあとはヨロイとカブトがふせいでくれる。防御に神経をくばらずに攻めればよかった。

 ムーンドロウがリンダに剣をふりおろした。リンダが馬上で剣をよける。ムーンドロウの剣が馬の首に食いこんだ。

「ひひーんっ!」

 馬が棒立ちになってリンダはふり落とされた。馬は痛みのあまり走り去った。

 タツとアイーダが同時にムーンドロウの前後から斬りつけた。だがカブトとヨロイにはじかれた。

 ムーンドロウがアイーダの馬の前足を斬った。

「ひひーんっ!」

 馬が前のめりに倒れてアイーダは投げ出された。そのアイーダ目がけてムーンドロウが剣をふりおろす。

「アイーダッ!」

 タツの剣がアイーダとムーンドロウの剣のあいだにわりこんだ。ガキンッと金属音がひびいてムーンドロウの剣が跳ねあがる。

 ムーンドロウは跳ねあげられた剣を力で押さえてタツにたたきつけた。ムーンドロウの剣はタツの太ももをかすめて馬の横腹を切り裂いた。

「ひんっ!」

 馬が身をよじって飛びあがった。タツは馬の背から飛ばされた。

 地面にうつ伏せに落ちたタツにムーンドロウの剣がふって来た。タツは身体を回転させて剣をよける。グルグルと転がった。ムーンドロウの剣がドスドスとタツのあとを追って地面に突き刺さる。

「ええいっ! この野郎っ! 往生際が悪いっ! さっさとくたばれっ!」

「簡単にくたばってたまるかっ!」

 タツは上体を起こしてムーンドロウの剣を剣で受ける。

 そこにムーンドロウの背後からアイーダとリンダが斬りつける。

「メーンッ!」

「メーンッ!」

 しかしヨロイの左右の肩がふたりの剣をはじき返した。

 ムーンドロウがふり返りもせずにタツに剣をふる。タツはかろうじて立てた。だがムーンドロウの剣を受けるのが精一杯だ。攻撃に転じるよゆうがなかった。

 アイーダとリンダはムーンドロウのヨロイを見て考えた。金属のヨロイは上半身を守っている。だが足は守ってなかった。

 アイーダとリンダがうなずき合う。ふたりでムーンドロウの両ふとももを狙った。

「どうーっ!」

「どうーっ!」

「うぐっ! いてててっ! なにしやがるんだっ! このくそ女どもはっ!」

 ふとももを横一文字に切り裂かれてムーンドロウがうしろを向いた。ムーンドロウの剣がアイーダとリンダを交互に襲う。

 アイーダとリンダが防戦をしている間にタツは頭頂部を狙った。

「メーンッ!」

 キンッと剣がカブトの側面にすべる。頭の真上を思い切り剣で斬りさげるのはむずかしいらしい。すこしでも頭頂をずれると剣はすべるだけだ。

 仕方なくタツもムーンドロウのふとももを狙った。

「つきーっ!」

 タツの剣はムーンドロウのふとももをえぐった。血がムーンドロウのズボンをぬらす。

「ぐぎゃっ! ちくしょうっ! やりやがったなあっ!」

 ムーンドロウがふり返ってタツに剣をふりおろす。タツは剣で受ける。

 その間にアイーダとリンダがムーンドロウの足を斬る。

「どうーっ!」

「どうーっ!」

「そうはいくかっ!」

 ムーンドロウが横に飛んでアイーダとリンダの剣をよける。

「メーンッ!」

 タツはムーンドロウの正面から頭頂を狙った。やはりカブトが剣をはじいてムーンドロウの肩に剣があたる。肩もヨロイが守っているのでキンッと音がしただけだ。ムーンドロウに傷はあたえられない。

 アイーダとリンダがしつこくムーンドロウのひざ裏を狙って剣をふる。

「どうーっ!」

「どうーっ!」

 ムーンドロウがたたらを踏んでアイーダとリンダの剣をよける。

「ちっ! うっとうしい小娘どもめっ!」

 ムーンドロウが身体を半回転させてアイーダに斬りつける。アイーダが受けているあいだにリンダがしゃがんでムーンドロウの足を斬る。

「どうーっ!」

 今度はムーンドロウがよけられない。リンダの剣がひざの下に傷を作る。血がにじんだ。

 タツもふとももを狙うことにした。

「どうーっ!」

 ムーンドロウのふとももに切り傷が一本ふえた。

「いってーっ! くっそぉっ! こっちと思えばあっちかよっ! めまぐるしいっ!」

 ムーンドロウがまたふり返ってタツに剣をふりおろす。タツが受ける。

 アイーダとリンダが背後から足を狙う。

「どうーっ!」

「どうーっ!」

 ムーンドロウが飛びあがってアイーダとリンダの剣をよける。

「メーンッ!」

 タツが着地したムーンドロウの頭に剣をたたきこむ。キンッとまた剣がすべる。

「どうーっ!」

「どうーっ!」

 ムーンドロウの足がもつれて今度は飛びあがれない。アイーダとリンダの剣がムーンドロウのふくらはぎを斬り裂いた。

「ぎゃっ! ちくしょうっ! ちくしょうっ! ちくしょうっ! いいかげんにしろよっ! いてーじゃねえかっ!」

 血がまたにじんだ。ムーンドロウのズボンのすそから血が地面にしたたりはじめた。ムーンドロウのズボンは血でまっ赤にぬれている。

 ムーンドロウがアイーダとリンダを斬ろうと身体をふり向けた。傷だらけの足がムーンドロウの意思を裏切った。ヨタヨタとよろけてムーンドロウがひざを地面についた。

 いまだとタツは天の啓示を受けた。渾身の力をこめて剣をふりおろす。

「すきありっ! メーンッ!」

 ガギッ! タツの剣はカブトの頭頂に食いこんでとまった。

「ぐふっ!」

 ムーンドロウがドタンッと前のめりに倒れた。ムーンドロウの手から剣が離れた。ヒクヒクとムーンドロウの指が引きつった。

「やったあっ!」

 リンダが声をあげた。

 だがタツはむずかしい顔のままだった。カブト割りには成功した。しかし剣の食いこみが浅かった。あれでは致命傷にならないはずだった。

 タツは用心しながらムーンドロウに近づいた。ムーンドロウは呼吸をしていた。死んでない。脳しんとうを起こして倒れただけらしい。

 そこに五人の師団長が集まった。戦闘はほぼ終了していた。生きているオークはこのムーンドロウだけのようだ。

 メガロフィア師団長が高笑いをあげた。

「あはははは。敵の親玉を殺したのかい? なかなかやるね。アイーダ隊は」

 タツはメガロフィアに顔を向けた。

「いえ。こいつはまだ生きてます。とどめを刺しますか?」

 馬上でモスランド男爵がかんしゃくを起こした。

「バカ者ぉ! 何をあたり前のことを言っとるんだっ! さっさと殺さんかっ!」

 モスランド男爵が言いながら馬上で剣をふりかざした。自分でとどめを刺す気らしい。

 ベネット師団長が馬をおりてモスランド男爵とムーンドロウのあいだに入った。

「いや。生きてるのだったら捕虜にすべきだ。殺すのはいつでも殺せる。情報を引き出したほうがいい。こいつがオーク軍の総司令官なんだろう?」

「こらベネットッ! きさまはまちがっとるぞっ! くそオークを生かしとくなんてまちがいだっ! オークは一匹残らず殺さなきゃならんっ!」

 モスランド男爵も馬をおりてムーンドロウに近づいた。剣を持ちかえて露出している首を刺すかまえに変えた。

 ゲーブル師団長が馬から飛びおりてモスランド男爵の手をつかんだ。

「私はベネット師団長を支持するよ。聞き出すことはいっぱいある。われわれは魔王軍のことをほとんど知らん。オークキングがどこにいるかも知らんじゃないか。殺すのはそれを聞いたあとでいい」

 メガロフィアがまた笑った。

「わはははは。そのときはモスランド男爵。あんたがこのオークを殺せばどうだい? それまでこのオークは生かしておこうよ。ねえイングリッド君。きみはどっちに賛成だね?」

 イングリッドが口をひらいた。

「わたしも生かしておくべきだと思うな。オークを生けどりにする機会なんてまずない。殺すより生けどりがむずかしい。情報を引き出せるならそれにこしたことはない」

 モスランド男爵が四師団長を順番ににらみつけた。だが四対一ではしぶしぶ剣をおさめざるをえなかった。

 ムーンドロウはヨロイとカブトをはずされて縄でぐるぐるまきにされた。看護婦がムーンドロウの足の傷を手当てした。出血多量で死なれてはこまるからだ。

 ムーンドロウのヨロイとカブトはとんでもなく重かった。人間が装備すればすぐに動けなくなるだろう。ムーンドロウの体力があるから使いこなせる装備らしい。剣を完全にふせぐヨロイは人間には重すぎるみたいだ。

 ムーンドロウは鉄格子で作られた檻にとじこめられた。捕虜をほうりこむための檻だった。天幕もひとつあたえられた。

 その夜は酒がタダにならなかった。オークを三万匹殺したがオークキングはまだ殺せてない。オーク戦は終了になってなかった。しかし快勝にはちがいない。各天幕は宴会で盛りあがった。

 娼婦の天幕も二度三度とならぶ男たちであふれた。オードリーの天幕はまた長蛇の行列になっていた。ビビアンの天幕も負けずおとらずの列ができていた。カタリナの天幕だけが誰もいなかった。

 タツはカタリナの天幕に行こうかと考えた。だがその前にムーンドロウの天幕をのぞくことにした。オークという魔物に興味がそそられたからだ。

 ムーンドロウの天幕には見張りがつけられていた。男女ひとりずつの兵士が剣を手に左右から入り口を守っていた。

 男の兵士がタツをとめた。

「いま五人の師団長が尋問中です。ご用があるならそのあとでどうぞ」

 タツは引き返そうとした。用ではなかったせいだ。ただ見たかっただけだった。

 そこに天幕の入り口を持ちあげてメガロフィアが顔をのぞかせた。

「あはははは。タツじゃないか。ちょうどよかった。中に入ってくれないか」

 返事も聞かずにメガロフィアがタツを引きこんだ。

 檻の中でムーンドロウは師団長たちに背中を向けていた。

 ゲーブルがタツに声をかけた。

「こいつは何を訊いても返事をしないんだ。きみ何か名案はないかね?」

 タツが答える前にモスランド男爵が顔をまっ赤に染めた。

「拷問だっ! 拷問をしろっ! 焼きごてをあてるんだっ! 爪を一枚ずつはがしちまえっ!」

 ベネットが眉を寄せてつぶやいた。

「それ効くのかねえ? 仮にもオーク軍の総司令官だろ? 拷問すればかえって意固地になるんじゃないのかねえ?」

 イングリッドがうなずいた。

「わたしもそう思うね。軍人が拷問で口をわるのは恥だ。拷問するならしてみやがれってんでそっぽを向いてるんだろう。拷問して素直に話してくれる者ならこっちを向いてるはずだ。なにかいい手があればいいんだが?」

 ゲーブルとベネットとメガロフィアとイングリッドの目がタツに向けられた。

「えっ? 俺? いや俺にだってそんな名案はないですよ」

 メガロフィアが笑いはじめた。

「わはははは。でもきみは独創的じゃないか。しばらくこいつはきみにまかす。毎日すこしずつでも接してやれば話すかもしれない。それでだめなら拷問しよう。わが軍はこのまま皇都へ進軍する予定だ。皇都まであとひと月ほどかかるからじっくり接してくれたまえ」

 タツにムーンドロウを押しつけて五師団長は天幕を去った。

「ムーンドロウ。俺はタツだ。なにか要求があったら言ってくれ。俺にできることならかなえてやる」

 ムーンドロウの肩がピクッと動いた。だが背中を向けたままだった。そのあともタツはいろいろ話しかけたがムーンドロウがタツを見ることはなかった。

 タツはカタリナのところに行くのもわすれてアイーダの天幕にもどった。アイーダはまだ起きていた。

「なあアイーダ。オークってどんな魔物なんだ?」

「はあ? なんだそりゃ? 見りゃわかるだろ? ブタの顔をした人間って感じだな。力は強いがあまりかしこくはない。たいていデブデブと太ってる」

 リンダがもぞもぞと這って来た。

「オークはね。人間の女が好きなの。ドスケベだって話よ。人間の女とするのが大好きだってさ」

「ふうん。じゃ何を食うんだ?」

「知らない。人間と同じものを食べるんじゃないの?」

 アイーダが口をはさむ。

「野生のオークはシカやイノシシを狩るそうだ。人間は食わないと聞いたな」

 ふむふむとタツはうなずいた。オークは肉食らしい。酒を飲ませると口がかるくなるかもしれない。

 さらにたずねようとしたらアイーダとリンダにせまられた。ふたつの口がタツの口を求めて寄せられた。本日のお話はここまでらしい。タツはアイーダとリンダの要求にこたえた。

 翌日から皇都に向けての行軍がはじまった。敵地なので敵がどこから来てもいい用心をしながらだった。だが敵は来なかった。

 ソーンベルグ皇国の村や町は一見すると平穏そうに日常生活を送っていた。しかし魔王軍におびえてビクビクしていた。ウスタール王国軍が接近すると家々に隠れて誰も出て来なかった。軍隊に見つかれば殺されるとか陵辱されると思っているらしい。

 ウスタール軍は村や町を刺激しないように通りすぎた。

 タツは行軍の休憩のときや夕暮れにムーンドロウの檻をおとずれた。だがどれだけ話しかけてもムーンドロウが向けるのは背中だけだった。

 タツはふと思いついて炊事係をたずねた。

「捕虜のオークにメシをやってるのは誰だ?」

 女が手をあげた。

「あたしです」

「そのときも背中を向けてるのか?」

「いいえ。あたしをジロジロと見てますよ。あたしは怖いんで鉄格子の前にご飯を置いて逃げるように天幕を出ます。しばらくしてからカラになった皿を持って帰るんです」

「オークにメシをやった男はいるか?」

 おずおずと男が手をあげた。

「俺のときは背中を向けたままでした。メシだぞって言ってもピクリともしませんでしたよ」

 タツはうなずいた。リンダの言葉がよみがえる。オークはドスケベだと。

 夜にタツはひまそうな娼婦を連れてムーンドロウの天幕に入った。ムーンドロウは背中を向けていた。

 タツは女の背中を手でくすぐった。

「きゃっ。やーんっ。こんなとこじゃだめよぉ」

 女の声にムーンドロウが反応した。ビクッと顔が女を見た。とっさの反射だった。だが目が女に釘づけになって離れない。

 なるほどとタツは手ごたえを感じた。タツは女の服の前をたくしあげた。ブラジャーがないせいで豊かな胸がポロンとこぼれ出た。

「おおっ!」

 捕虜になってはじめてムーンドロウが声を発した。

「やだあっ。こんなとこじゃやーよぉ。あたしの天幕でしようよぉ」

 女がしなを作るが服をもどそうとしない。ムーンドロウは目を見ひらいて女の胸を見ている。

 タツは口をあけた。

「おいムーンドロウ。もっと見たいなら見せてやってもいいぞ」

 ムーンドロウが女の胸から目を離さずに考える顔になった。

「いや。俺はなにもしゃべらねえ。お前らに話すことなんかなにもねえぞ」

 タツは警察二十四時という番組でこんな話を聞いたことがあった。黙秘している容疑者がどんなことでもいいから口にすればしめたものだと。どんなくだらないことでもいい。とにかく口をひらかせれば勝ちなのだと。いったんひらいた口は二度ととじないそうだ。あとは世間話をしながら関係を深めて行けばいい。しゃべる習慣が生まれれば事件についてもつい口をすべらせるようになるのだと。

「そうか。話す気になったら教えてくれ」

 タツは女の服を元にもどして天幕から押し出した。ムーンドロウの顔ががっかりした顔に変化した。

 タツはひまを見ては娼婦を連れてムーンドロウの天幕に行った。女の胸をはだけさせたり嬌声を聞かせたりした。回数をかさねるにつれてムーンドロウの口数がふえた。

「話さねえ。俺は絶対にしゃべらねえぞ」

 言いながらも目が血走っていた。

 タツたちとの戦闘でムーンドロウのズボンは血まみれになった。代わりのズボンをはかそうにもムーンドロウの太った身体に合うズボンはなかった。そのためにムーンドロウは下半身がむき出しだった。

 そろそろいいかとタツは思って娼婦を五人集めた。ムーンドロウの檻の前に五人の娼婦をならばせた。次に檻に背中を向けさせた。ムーンドロウの目は女たちから離れなかった。

「さあやってくれ」

 タツの言葉で娼婦五人がスカートをまくりあげた。五人は下着をつけてなかった。裸の尻にムーンドロウが鉄格子に手をかけた。顔も鉄格子に押しつけた。

 女たちがいっせいに腰を左右にふった。

「うおおおおっ! たまんねーっ! なっ! なんでもしゃべるっ! 訊いてくれっ! どんなことでも教えてやるっ!」

 タツは女たちにスカートをさげさせた。天幕の外で見張る兵士に師団長たちを呼びに行かせた。すぐに五人の師団長がやって来た。

「しゃべる気になったようです。質問をどうぞ」

 ヒゲのゲーブルが一番に口を切った。 

「オークキングはどこにいるんだね?」

 ムーンドロウが一瞬ためらった。だがタツのうしろにひかえている女五人に目をやってから口をひらいた。

「皇都にいる。皇都の皇宮だ」

 ベネットが次にボソボソとたずねた。

「皇都に兵隊は何人いる?」

「親衛隊が千人いる。皇宮には百人が配置されてる」

 イングリッドがその次をうけた。

「ソーンベルグ皇国内にオーク軍は予備兵力を持ってるか?」

「いない。ソーンベルグ皇国内に残ってるのはオークキング親衛隊の千人だけだ」

「魔王軍もいないのか?」

「いない。人狼軍はラカルーン帝国だしスケルトン軍はヤマルフィス神聖国だ。ユキスロット大公国にはドワーフ軍がいる。だがソーンベルグ皇国にはオークしかいない」

 そこでモスランド男爵が声を荒げた。

「こんな化け物の言うことを信用するのかっ! こいつはウソをついてわしらをハメようとしてるだけだぞっ! 信用するなっ! みんなウソだっ!」

 まあまあとメガロフィアがモスランド男爵の口に手をあてた。モガモガとモスランド男爵が抗議の声をあげたが聞き取れなかった。

 そのすきにゲーブルが質問を口にした。

「オークキングは皇宮でなにをしてるのかね?」

「酒を飲んで女を抱いてる。ソーンベルグ皇国の女から器量のいいのをよりすぐって牢にとじこめてるんだ」

「オークキングは強いのかな?」

「強いぞ。俺たちなんか歯が立たない」

「じゃ親衛隊は? 親衛隊も強いのかい?」

「精鋭だから強いな。俺さまよりは弱いけどね」

「皇都に立てこもると食糧はどれくらいもつかね?」

「ひと月くらいだろう。オークは人間の女が好きだ。そのために人間の男も殺さずに生かしてある。子どもをふやさなきゃいけないからな。皇都の一般人はほとんど殺してない。だからひと月が限界だと思うな」

 ゲーブルが他の師団長を見回した。ベネットとイングリッドとメガロフィアが首を横にふった。もう質問はないらしい。

 ゲーブルがタツに顔を向けた。

「また訊きたいことができたら来るよ。ご苦労だったねタツ」

 五師団長が天幕をあとにした。

 タツも帰ろうと思った。だがムーンドロウの目が五人の女たちに釘づけになっていた。

 タツは女たちをうながした。

「もう一度たのめるか?」

 女たちがうなずいた。

「いいわよ」

 檻に背を向けてスカートをたくしあげた。腰を左右にフリフリとふった。

「ひょえーっ! いいぞぉっ! たまんねぇ! 可愛いぞぉ! ねーちゃんたちっ!」

 しばらく腰をふるとスカートをおろした。女五人が天幕から出た。

 タツも天幕を出ようとした。そこにムーンドロウが叫んだ。

「おねがいだぁ! 抱かせてくれぇ! たのむよぉタツ! いやさタツの兄貴ぃ! 俺にも女をくれぇ!」

 悲痛な声だった。ちらっとふり返ったタツの目にムーンドロウのその部分が映った。臨戦態勢になっていた。

 タツは眉を寄せて天幕を出た。ドスケベに裸の尻だけ見せるのは何よりつらい拷問では? そう思った。

 オークはみずからなぐさめることはしないのだろうか? サルにそれを教えると死ぬまでつづけると聞いたことがあった。オークも同じではないか? それで死ぬのは本望だろうか? いや。結合死なら思い残すことはないだろう。それで死ぬのは無念に決まっている。用がすんだら殺されるオークだ。最後にのぞみをかなえてやってもバチはあたるまい。

 タツはその日からオークでもがまんしてくれる娼婦がいないか捜した。だがいなかった。カネをどんなにつまれてもオークはいやだと女たちは顔をしかめた。

 ムーンドロウは声のつづくかぎり女をくれとわめきつづけた。血のにじむような声だった。

 タツは悩んだ。最後のあてはカタリナだった。カタリナはやさしい。オークでもこばまないだろう。だがムーンドロウにカタリナを抱かせるのは気が進まなかった。

 タツは悩みながら夕食を食べた。そこにビビアンに手を引かれたカタリナがやって来た。

「タツ。聞いたわよ。どうしてあたしに声をかけないの? あたしががまんしてあげる」

 次にビビアンがタツの耳にささやいた。

「わたしもタツのためならいいわよ。ちょっと太った男だと思えば大丈夫だわ」

 タツのとなりにいたアイーダがビビアンに不思議顔を向けた。

「何の話をしてるんだ? お前たち?」

 ビビアンが説明した。

 アイーダがうなずいた。

「タツのためならあたしもひと肌ぬごう」

 リンダが手をあげた。

「アイーダがするならあたしも」

 そのときタツの肩を誰かがつついた。ふり向くとオードリーだった。

「水くさいじゃない。わたしにも声をかけてよ」

「だってきみたちは人気者だから」

「全員こなしたあとならいいわよ。ひとりふえたって今さらだわ」

 ビビアンが首をたてにふっていた。

 深夜になった。ムーンドロウの天幕にタツと女五人が足をはこんだ。

 ムーンドロウがタツたちを見て眉を曇らせた。女三人は娼婦だがアイーダとリンダは兵士だ。タツとアイーダとリンダが剣をぬく。

「俺を殺すのか!」

 答えずに三人の女たちが服をぬぎはじめた。アイーダとリンダもだ。

 ムーンドロウが首をかしげた。

 オードリーがムーンドロウを指でまねいた。鉄格子に近寄れと。ムーンドロウが鉄格子に顔をつけて女たちを見つめた。ムーンドロウは上着だけだ。下半身は裸だった。

 タツとアイーダとリンダは剣をかまえた。いつでも斬れるようにだ。ムーンドロウがオードリーに危害をくわえようとしたら殺さなければならない。

 オードリーの白い手がムーンドロウのあごを下からなであげた。ビビアンが鉄格子からその部分を出すようにと手で合図した。ムーンドロウが出すとビビアンが濡れた布でそれをぬぐった。ビビアンの口がそれに寄った。

「うおおおおおーっ!」

 ムーンドロウの腰がビクビクとふるえた。

 オードリーがムーンドロウの耳をくすぐった。

「あら。早い。悪さをしなければもっといいことをしたげるわよ? わたしたちにいいことしてほしい?」

 うんうんとムーンドロウがうなずいた。スケベさが凝縮して鼻の下がのび切っている。

 オードリーが鉄格子に腰を密着させた。ムーンドロウが鉄格子ごしにオードリーと結合した。ふんふんと荒い息を吐いてすぐに終了した。

 次はビビアンだった。やはりすぐに終わった。カタリナ・アイーダ・リンダとつづいた。それぞれに短時間で完了した。

 オードリーが腰に両手をあてて立ちはだかった。

「なんかもどかしそうね。ぜんぜん満足できてないんじゃない? あんた檻の奥にさがりなさい」

「は?」

「檻の奥にさがれって言ったのよ。聞こえなかった? 早くさがりなさい!」

 オードリーのけんまくにムーンドロウがあわてて檻の奥に引っこんだ。オードリーがタツに合図した。檻の戸をあけろと。

 タツはためらいながら戸のカギを回した。女五人がぞろぞろと檻に入る。

 オードリーがムーンドロウを立たせて上着をぬがせた。ムーンドロウの前面をオードリーが舐める。背面をビビアンが舐めた。アイーダとリンダとカタリナも参加して五枚の舌がムーンドロウの身体中を這いまわった。ムーンドロウが歓喜にのたうった。

「うおおおおーっ!」

 五つの口が交互にムーンドロウと交錯した。ひとつの口がムーンドロウにあるとき四枚の舌がムーンドロウの全身を這う。女たちが口を交代させながら舌で全身をくすぐる。

 ムーンドロウが立っていられなくなってひざをついた。オードリーが横になってムーンドロウを上にみちびいた。ムーンドロウがオードリーとひとつになった。四人の女たちがムーンドロウを舐めながら両手でムーンドロウの全身をなでまわす。

「うおーっ! たまんねぇ!」

 オードリーが終わると次はビビアンだった。ムーンドロウがビビアンにのしかかる。ムーンドロウがビビアンにくちづけを求めてビビアンも舌をからめてやる。残りの女四人も舌をのばしてムーンドロウの舌とからませる。

「ひえーっ! ここは天国かよぉ!」

 その次はカタリナだ。ムーンドロウがカタリナを組み敷く。オードリーがムーンドロウの下半身に舌を寄せる。ビビアンがムーンドロウの背中を舐めあげる。アイーダとリンダが左右のわき腹をそれぞれ舐める。

「うわあっ! なんだこりゃっ! 吸い取られるぅ!」

 お次はアイーダだった。ムーンドロウがアイーダの上に乗る。オードリーとビビアンがムーンドロウの手をそれぞれの胸に持って行く。リンダとカタリナが左右からムーンドロウの耳をしゃぶる。

「ひいっひっ! この女もいいっ!」

 最後がリンダだ。ムーンドロウがリンダにおおいかぶさる。オードリーとビビアンが左右からムーンドロウにキスをする。アイーダがムーンドロウのわきの下に舌をつける。カタリナがムーンドロウのふくらはぎから太ももを舐めまわす。

「この小娘もたまらんっ!」

 五人が終わってもムーンドロウは臨戦態勢のままだった。

 オードリーがムーンドロウを大の字にあおむけに寝かせた。女たちが交互に手で鎮めにかかる。ムーンドロウがひとりひとりの手にこたえた。

 ようやく力をうしなったときムーンドロウが泣きはじめた。

「うおおおっ。たまらねえ。こんなのははじめてだ。お嬢さん方。俺にできることがあったら言ってくれ。なんでもしてやるぜ。死ねと言うなら死んでやる。こんないい思いができて俺はしあわせだ。いつ死んでも悔いはねえ」

 ムーンドロウがぐったりと頭を床にゆだねた。さすがに動く力もなくなったらしい。

 女たちが檻を出た。タツはカギをかけた。

 女たちが服を着た。タツは剣をさやにおさめた。

 天幕を出るとオードリーがくちびるをとがらせてタツの口を求めた。

「オークはスケベだって聞いてたけどうわさ以上ね。あそこまでだと思わなかったわ。すごいわねえ」

 タツは苦笑した。

「そのすごいのを満足させたきみらもすごいよ。鉄格子ごしでいいって言ったのにあそこまでするんだから」

「だって鉄格子ごしだともどかしそうなんだもの。わたしこれでも一流のつもりよ。どうせなら徹底的に満足させてあげたいじゃない。あいつ明日にでも殺されるかもしれないんでしょう? 冥土のみやげに最高の快楽をって思ったの」

 ビビアンも口をつけて来た。

「ねえタツ。あたしもタツのためならなんでもしてあげる。えんりょしないでいつでも声をかけてよね」

 カタリナもだ。

「あたしは目が見えないけど力になれるわ。だからあたしをのけものにしないで」

 アイーダとリンダも便乗してキスを求めて来た。タツはふたりにもこたえてやった。

 キスが終わるとタツは革袋から金貨を取り出した。女たちひとりずつに金貨をわたす。

 オードリーが不思議そうな顔をタツに向けた。

「なにこれ?」

「今夜のお代だ」

 オードリーがポカンと口をあけた。

「あんたねえ。数えてたわけ? 信じられないわ」

「きみは一流の娼婦なんだろ? なら仕事の対価は必要だ。俺はタダ働きはきらいなんだ。自分も他人もね」

「護衛として見てたんじゃないのね? おカネをはらうために凝視してたわけ? わたし自信がなくなったわ。わたしたちが好きだから見てるのかと思ってた」

「いや。きみたちは好きだよ。でもそれとこれとは別だ。仕事は仕事さ。きみたちはいい仕事をしてくれた。俺も俺の仕事をするだけだよ」

「じゃ戦争が終わったら仕事ぬきでしてくれる?」

「ああ。戦争が終わったらな」

 翌日になると山が近づいて来た。木がはえてない岩山だった。頂上に都市が見えた。

 アイーダが馬上から指をさした。

「あれがソーンベルグ皇国の皇都だ。ここからあそこまではつづら折りののぼり坂がつづくという話だぞ」

 さらに翌日には皇都の門が見える地点に達した。

 つづら折りをまがると石造りの高い壁が坂の上にそびえていた。街道の終点に鉄の門があった。跳ね橋式でいまは持ちあげられてしまっていた。

 石壁の上にオーク兵の姿が見えた。先頭のタツたちが門に近づくと壁の上にオークの弓隊がせいぞろいした。

「こりゃまずいぞ。引き返そう」

 アイーダが馬を転換した。そのとたん壁の上から矢のいっせい射撃がはじまった。タツの頭上に二本の矢が降って来た。タツは剣で矢を撃ち落とした。多くの矢はタツたちまでとどかなかった。

 つづら折りをもどった広場に陣地をすえた。皇都の状況を訊くためにムーンドロウの天幕に五師団長が集結した。

 ムーンドロウはタツとアイーダに気づくと鉄格子まで寄って来た。

「やあタツの兄貴。きょうはなんでやすかい?」

 すっかりなついていた。

「皇都について教えてもらおうと思ってな」

「ああ。いいですぜ。なにが知りたいんでやす?」

 ゲーブルがヒゲを指でつまんだ。

「親衛隊が千匹いるって言ってたがその中に弓隊もふくまれるのかね?」

 ムーンドロウが口調を変えた。総司令官としての顔だろう。タツに対してはスケベ仲間としての顔かもしれない。

「ふくまれる。石の壁が見えたろう? あの石の壁は皇都をぐるりと取りかこんでる。壁の上はどこからでも矢が放てるんだ。壁の上に常時五百匹の弓兵を配置してる。どこから敵が来ても弓で攻撃できるようにな。門の上は特に多くて三十匹が常にいる」

「ふむ。門は跳ね橋式だったが巻きあげ機があるのかい?」

「そうだ。左右に一台ずつ大きな巻きあげ機があって二匹で操作する。門は鉄の板だからかなり重い。外からその鉄の板を打ちやぶるのは無理だろうな」

「中に入って巻きあげ機を操作しないと開門はできない?」

「そのとおり」

「壁に五百匹か。じゃ残りの五百匹はどこに配置されてるんだね?」

「百匹は皇宮内の警護をしてる。あまった四百匹がなにをしてるか俺さまは知らん。親衛隊は俺さまの指揮下にないんでね。だが治安維持のために皇都内を見回ってるんじゃないかな?」

「反乱分子を取りしまるためにかい?」

「おそらくはな。皇都民にいっせい蜂起されると千匹のオーク兵では対処できん。反乱の芽は小さいうちにつまないとな」

「ということはだ。門がひらいてわれわれが皇宮になだれこむと仮定しよう。確実にむかえ撃つのは皇宮内にいる百匹だけかね?」

「そうなるだろうな。壁の上に配備してる五百匹は間に合わないはずだ。門の上にいる三十匹は応戦するかもしれないが」

 モスランド男爵が笑いはじめた。

「ははははは。それなら楽勝じゃないか。門さえたたきつぶせばたった百匹のオークを始末するだけでいい。あしたにでもカタがつきそうだな」

 ベネットが眉をしかめてウウムとうなった。しかし何も言わなかった。門さえたたきつぶせばという点に引っかかったのだろう。鉄の重い板をどうやってたたきつぶすのかと。口をつぐんだのは反論すればモスランド男爵が激昂するせいにちがいない。

 ムーンドロウの天幕を離れてすぐ師団長会議が持たれた。

 ヒゲのゲーブルが他の師団長の顔を見回した。

「さて。どうするね? 強行突破を目ざすか長期戦をいどむか」

 ベネットがカバンから報告書を取り出した。

「先行させた斥候の報告によるとだね。人狼軍がラカルーン帝国を出発したそうだ。二万匹いるらしい。人狼軍がここまでたどり着くのに約ひと月かかるだろうな」

 メガロフィアが笑った。

「あはははは。それってここで長期戦になるとさ。人狼軍とオーク軍にはさみ討ちされるってことかい?」

 ベネットがうなずいた。

「そのとおりだ。オーク軍の残党だけならたいしたことはないが人狼軍は厄介だろうな」

 イングリッドが思案顔で口をはさんだ。

「人狼は銀の武器じゃないと傷つけられないって聞いたぞ? 銀の武器なんかないだろ?」

 ベネットがしぶい顔をした。

「ないね。人狼は満月のときは無敵だとも言うしな」

「そんな敵をどうやって倒すんだ?」

「きゅうきょ銀の武器を作るべきだろうね」

 モスランド男爵がおこり出した。 

「人狼がどうしたというのじゃ! 人狼など力まかせにたたっ斬ってやれば殺せる! 銀の武器などいらん! きさまらはおそれすぎじゃ!」

 メガロフィアがほがらかに笑った。

「わはははは。今夜はこのへんでおひらきとしようよ。つづきはまた明日ということでね。それぞれの陣営に持ち帰って部下たちと相談したあとで結論を出す。それでどうかな?」

 三師団長がうなずいた。モスランド男爵もしぶしぶ首をたてにふった。

 ウージール王子が解散を宣言しておのおのが天幕を出た。

 そのあとタツとアイーダとリンダはイングリッドの天幕にまねかれた。

 タツはむずかしい顔のままのイングリッドの心をはかりかねた。

「人狼ってそんなに厄介なんですか?」

「厄介だという話だ。回復力がやたら強くて通常の武器の傷だとあっという間に修復するらしい。銀の武器でおわせた傷はふさがらないそうなんだが」

「じゃ銀の武器を作れば?」

 イングリッドが顔をしかめた。

「それは簡単じゃないんだ」

「どうしてです? 銀貨があるんだから銀はたやすく手に入るでしょう?」

「銀そのものは手に入る。だがね。カネがないんだ。銀を買うカネがね」

「はあ? 戦費として国から出ないんですか?」

「出ない。というかまだ出してもらえない。現在われわれにあたえられた使命を知ってるか?」

「たしかソーンベルグ皇国のオーク軍を絶滅させよ?」

「そのとおりだ。われわれはまだその使命を果たしてない。人狼軍と戦えという王命は出てないんだよ。そのために人狼対策の銀の武器代は出してもらえない。オーク軍を絶滅させたあとでないとね」

「それってお役所仕事ですか?」 

「そういうことだ。王命がなければ戦費も出ない。軍人の要求どおりに戦費を出していれば破綻するからね。文官は常に軍に監視の目を向けてる。予算の使い道は特にきびしい」

「ということはオーク軍を絶滅させないと銀の武器は作れない?」

「ああ。戦費が出ないだろうからね。王に交渉しても大臣が反対するに決まってる」

「じゃ人狼軍が攻めて来たら?」

「われわれは全滅だな。致命傷があたえられないんじゃ勝ち目はない」

「ううむ」

 タツは考えた。貸したカネは雪ダルマ式にふくらんでかなりの額になっている。私費で銀の武器を作るだけのカネはあるはずだ。五万人ぶんは無理でも五千人ぶんは可能だろう。しかし人狼は二万匹いると言っていた。五千の銀の武器では心もとない。最低で二万は必要だと思われる。

 ではどうすればいいか? ひとつはオーク軍を絶滅させることだ。そうすれば戦費で銀の武器を作ることが可能になる。長期戦は論外だ。銀の武器を作るにも時間がいる。人狼軍との戦闘がはじまってから銀の武器作りに着手しても間に合わない。

 もうひとつはいまあるカネを元手にカネをふやして二万の銀の武器を作ればいい。カネを貸すのはすでに五万人の兵ほとんどに貸したから飽和状態だ。王都で商売でもはじめるか?

 タツは最初の案であるオーク軍の絶滅を検討した。最大の難関は鉄の門だった。皇都に入るにはあの鉄の門をあけねばならない。しかし外がわからはあかない。どうすればいいか?

 考えても答えが出なかった。仕方がないからふたたびムーンドロウの天幕にアイーダとリンダとともに足をはこんだ。ムーンドロウから門をあけるヒントをえられないかとだ。

「おや兄貴。どうしたんで? わすれものですかい?」

「わすれものと言えばわすれものだ。皇都の門をあける方法はないのか?」

「うーん。外からはあかねえでしょうなあ。誰かが内がわから操作しねえと」

「じゃ石の壁をのぼれないかな?」

「石の壁の下部は巨大な石でツルツルでやすぜ。手がかりがどこにもねえでやしょうな」

「ならやっぱり門をあけるしかないか」

 ムーンドロウが思案する顔になった。

「兄貴。俺が中からあけやしょうか?」

「お前が? どうやって?」

「この檻から出してもらって皇都の門番に声をかけるんでさ。ウスタール軍から逃げて来た。あけてくれってね。俺はオーク軍の総司令官でやすぜ。門番は跳ね橋をおろすでやしょうさ」

「そのときに俺たちも騎馬で突入するのか?」

「いや。それは無理でさ。壁の上に三十匹の弓兵がいやす。門番もすぐに跳ね橋をまきあげやしょう。馬が門にたどり着く前に門がまきあがるでやしょうな」

「じゃどうするんだ?」

「俺が中に入りこみやす。門番はいったん門をまきあげやしょうな。そこで俺が門番を斬って門をおろしやす。次に壁の上にのぼって弓兵も斬りやしょう。そうすりゃ兄貴たちが突入できやす。そんな寸法でいかがで?」

「ううむ。たしかにそれだとうまく行くが」

 タツは考えた。そのためにはムーンドロウを檻から出さねばならない。オーク一匹を逃がしたところで戦況に影響はないだろう。その点はささいな問題にすぎない。

 だがムーンドロウが裏切らないという保証がどこにもない。ムーンドロウがオーク軍を指揮して皇都内に罠を張れば突入した部隊は全滅する。

 タツはアイーダの耳にささやいた。

「どう思うアイーダ?」

「ムーンドロウのスケベ心に賭けるしかないみたいだぞ」

 アイーダがムーンドロウに目をすえた。

「作戦が成功したらまた抱かせてやってもいい。それでどうだ?」

 リンダが追い打ちをかけた。

「あたしも相手してあげる」

「うおおおっ! 充分だぜアネさん方っ!」

 期待がムーンドロウの下半身に凝縮していた。

 うーんとタツはうなった。スケベが勝つかオークへの忠誠心が勝つか。危険な賭けになりそうな予感がした。

 タツとアイーダとリンダはイングリッドの天幕に向かった。イングリッドにムーンドロウを解放する許可をねがう。師団長会議にかけるとモスランド男爵が確実に反対するだろうからだ。

「ふうむ。たしかにオーク一匹が逃げ出したところで問題はないがね。裏切られる率は大きいぞ?」

 アイーダが口をはさんだ。

「あたしがムーンドロウといっしょに行きます。オークは女好きだから女を捕虜にするのは普通でしょ? きっとあやしまれないと思います。あたしがムーンドロウの監視役になりますよ」

 リンダが手をあげた。

「それならあたしも行くわ。ふたりだったらムーンドロウが裏切っても斬り殺せると思う」

 しばらく考えてイングリッドがうなずいた。

「わかった。それで行こう。わたしが責任を取るからやってみろ」

 こうして皇都潜入作戦が開幕することとなった。

 天幕を出るとリンダがアイーダとタツの手を引いた。オードリーの天幕にアイーダとタツを引きずりこむ。

「ごめんねオードリー。ちょっと寝台を貸して」

 昼なのでオードリーは着衣姿だ。

「いいわよ」

 リンダがアイーダの服をぬがせて寝台に横たわらせた。リンダもぬいで横になる。

「さ。来てタツ」

 タツは目をパチクリさせた。

「どういうつもりだよ?」

「このあと死ぬかもしれないのよ。最後に楽しませてくれてもいいじゃない。ちがう?」

 なるほどとタツはうなずいた。

「時間がないから結合だけでいいわ。さあ早く」

 タツはアイーダから結合した。アイーダともリンダとも結合したことはない。これがはじめてだ。すぐにアイーダが満足した。

 リンダにかかるとリンダもほどなく終了を告げた。

 オードリーがタツの背中をつついた。

「ごめんタツ。見てたらたまらなくなっちゃった。わたしにもおねがい」

 タツは苦笑してオードリーにもわけあたえた。

 アイーダとリンダがすっきりした顔になってタツの手を引いた。天幕を出る。 

 檻から出したムーンドロウに最初につけていた金属のヨロイとカブトを装備させた。剣も返した。ズボンはサイズが合わないからスカートを上下逆にしてはかせた。足が動かしづらいためスカートの横を切った。下着ははいてない。ブラブラ状態だ。

 アイーダとリンダは木のカブトと革のヨロイで腰には剣だ。アイーダとリンダを縄でしばってムーンドロウに縄のはしを持たせた。

 ムーンドロウがアイーダとリンダを縄で引きながら皇都の門にあゆみ寄る。壁の上の見張りがけげんな顔で弓兵を押しとどめた。相手は三人だ。もし敵でも大事にはいたらない。様子を見ようと。

「俺だ。ムーンドロウ将軍だ。門をあけてくれ。ウスタール軍の女兵士ふたりを捕獲してウスタール軍から逃げて来た」

 しばらくあいだがあいて門がギギギと降りはじめた。左右にいる門番がムーンドロウ将軍を手まねきした。

「早く入ってください将軍。きのう敵があらわれました。まだそこいらへんにいるかもしれません」

「俺が来たときにはいなかったぞ。撤退したんじゃないか」

 ムーンドロウがアイーダとリンダを引きながら石壁にうがたれた洞窟をくぐる。

 鉄の門がまたギギギと持ちあげられた。

 馬上のタツはまがりかどに身をひそめて様子をうかがっていた。タツはふたたび門が降ろされるのをいまかいまかと待った。だがいつまで待っても門は降りなかった。

 ムーンドロウとアイーダとリンダが皇都内に入るとオーク兵が三十匹ズラリとならんでいた。アイーダとリンダは冷や汗が全身に噴き出した。罠にかかったかとだ。

 門番のオークがアイーダとリンダの顔をじろじろとながめた。

「いい女ですなあ。いやあ。うらやましい。ちょうど弓兵の交代なんです。将軍もこの女ふたりを連れて皇宮に行くんでしょう? 弓兵たちにもこの女たちの顔を見せてやってくださいよ」

 ムーンドロウがうなずいた。

「ああ。いいぞ」

 オークの弓兵たちが十五匹ずつ左右にわかれて道をあけた。ムーンドロウがアイーダとリンダを引いて歩き出す。オークたちが指笛を鳴らしながらアイーダとリンダに卑猥な言葉を投げつけた。

「よぉよぉ! たまんねえぜ姉ちゃん! ピーピー! こっちを向いてくれよぉ!」

「てめえらが俺たちの仲間を殺しやがったんだな! 俺たちが寝台の上でお返ししてやるぜ! 泣いてゆるしてくれつってもやめねえからな!」

「拷問だ! 拷問だ! 裸にむいてムチで打とうぜ! 裸の尻にまっ赤なすじを何本もきざんでやる!」

「手足を切り落としてダルマにしようぜ! 殺してくれって哀願するような目に合わせてやろう! 女に生まれて来たのを後悔するようにな!」

 アイーダとリンダはちぢみあがった。オークの生け贄にされると。強がっていても女だ。オスばかりのオークのみだらな視線にさらされつづけるのは耐えがたい。

 ムーンドロウとアイーダとリンダのあとにつづいて三十匹のオークたちが行進をはじめた。オークどもの目はプリプリとゆれるアイーダとリンダの尻に釘づけだった。

 皇宮に着いた。三十匹のオークたちは一階の兵営に向かった。アイーダとリンダの尻に未練たっぷりな目を残してだ。

 ムーンドロウはアイーダとリンダを引いて四階のオークキングの部屋を目ざした。階をのぼるたびにオーク兵たちがムーンドロウに敬礼をしてアイーダとリンダを見つめた。

 オークキングの部屋の前にも護衛がいた。兵士ふたりが敬礼をしてムーンドロウたちを通した。

 オークキングは酒の入ったコップを手に寝台で女を抱いていた。女の目は焦点が合ってなかった。精神に異常をきたしているらしい。

 オークキングは全裸だった。背はさほど高くない。だが横幅が巨大だった。でっぷりと太って腹の皮がたれさがっていた。

「ほう。ムーンドロウ将軍ではないか。生きておったのか」

「ウスタール軍につかまっておりました。このほどすきを見て逃げ出したしだいです。ついでに女兵士をふたり捕獲してまいりました」

「ふむ。その女たちをわしにくれるのか?」

「はい。そのつもりで連れてまいりました」

 オークキングがハンドベルを手にした。リンリンリンと鳴らす。戸外の護衛が入って来た。

「ご用でしょうか?」

「この女はもういい。地下牢にもどしとけ」

「はっ。かしこまりました」

 ふたりの護衛が女のわきの下と足をかかえて連れ出した。

 ムーンドロウがアイーダとリンダの腰から剣を取りあげた。アイーダとリンダがエッと目を見ひらいた。どうして剣を取りあげるのと。

 ムーンドロウがオークキングに縄の先端を手わたした。オークキングがアイーダとリンダにつながる縄を引き寄せた。

 オークキングが手元に来たアイーダとリンダの顔をしゃぶりはじめた。

「いやあっ! やめろぉ!」

 悲鳴はあげるもののアイーダとリンダは縛られたままなので抵抗できない。

 オークキングの太った両手がアイーダとリンダの全身を這う。

「やだあ! いやだって言ってるでしょ! 助けなさいムーンドロウ!」

 助けを求められてもムーンドロウはピクリとも動かない。

「ぐひひっ」

 オークキングがよだれをたらしながらアイーダとリンダの服の下に指をさし入れた。

「やっ! 助けろっ! 助けろよぉムーンドロウ!」

 オークキングの手がアイーダとリンダのズボンにもぐりこんだ。

「やだっ! そこはやめろっ! そこはだめだっ!」

「ぐふふっ。たまらんのう。しかしまったく抵抗がないのもつまらん」

 ムーンドロウが剣をぬいた。

「縄を斬りましょうか? 王よ?」

「そうしてくれ」

 ムーンドロウが剣をひらめかせた。アイーダとリンダを拘束していた縄がパラリと落ちた。アイーダとリンダが両手を持ちあげてオークキングの顔に爪を立てる。

「ぐへへへっ。効かぬ。効かぬわ」

 オークキングがアイーダとリンダのふたりまとめて寝台に押し倒した。

「ちくしょうっ! このくされブタめっ! やめろよぉ!」

 オークキングが木のカブトと革のヨロイ姿のふたりにのしかかった。

「降りろっ! 降りるんだっ! このくそブタッ!」

 オークキングの舌がアイーダとリンダの口を襲う。力づくでアイーダとリンダの口をこじあけた。臭いオークキングの舌がアイーダとリンダの口に入りこむ。アイーダとリンダは手を突っぱってオークキングを押しのけようとした。だがふたりがかりでも巨体はびくともしない。

 オークキングの手がアイーダとリンダのズボンにかかった。下着ごと一気にズボンをずりおろす。二着のズボンが足首からはずされた。

 オークキングがアイーダの足のあいだにわりこんだ。アイーダの両太ももをかかえる。結合態勢に入った。

「いやーっ!」

 そこにムーンドロウがオークキングの背中に剣を突きこんだ。

「ぐおおおおっ!」

 オークキングがアイーダの上から飛びのいた。心臓を狙ったがはずれたようだ。しかし血がドクドクと噴き出している。深手はあたえたらしい。

「ムーンドロウ! 何をするっ!」

「悪いな。王よ。ウスタール王国の条件がよかったからあっちについちまった。さ。アネさん方。逃げますぜ」

 ムーンドロウがアイーダとリンダに剣とズボンを押しつけた。

「むむむっ! 出会え出会えっ! 乱心者じゃ!」

 戸をあけて入って来た護衛ふたりをムーンドロウが一刀のもとに斬りすてた。

 アイーダとリンダはムーンドロウについて走る。右手に剣だ。左手に下着つきのズボンだった。

 走りながらリンダが口をとがらせた。

「こらっ! なんでもっと早く助けないのっ! あんたが裏切ったかと思ったじゃないっ!」

「すまねえ。アネさんたちを傷つけねえで王を確実に刺せるタイミングをはかってたんでやす」

 アイーダがムーンドロウをにらんだ。

「ウソだな。あたしたちが下着をはがれるのを待ってたんだ。そうだろ?」

「てへへ」

 ムーンドロウが頭をかいた。

 リンダが顔をしかめた。

「どスケベ」

 三人でオーク兵を斬り伏せながら皇宮を出た。結果的にアイーダとリンダの下着がないのがよかった。出会うオークのすべてがハッと目を見ひらいたからだ。戦闘にいたる前に三人がオークを斬り倒せた。

 門に着いてもそうだった。二匹の門番はぬかれた剣よりアイーダとリンダのその部分に目をうばわれた。そのすきに三本の剣が門番たちを斬りすてた。

 ムーンドロウが右の巻きあげ機に取りついた。アイーダとリンダはふたりがかりで左の巻きあげ機だ。三人がグルグルとハンドルを回した。鉄の板がギギギと降りて行く。

 タツは気が遠くなるほどの長い時間をもてあました。ムーンドロウが裏切ったのか? アイーダとリンダはどうなった? 俺はどうすればいい? 

 そんなことが頭の中を何度も何度も駆けめぐった。考えても考えても答えの出ない問いだった。

 永遠にも思える時間が通りすぎた。

 ギギギという音にハッと顔をあげた。門が降りはじめていた。壁の上には見張りの姿があった。弓兵は健在らしい。

 木の盾をかかげて馬を走らせた。あとからイングリッド師団の隊長たちの馬もつづく。

 矢の雨が降りはじめた。木の盾がたちまちハリネズミ状態に変わった。

 門が完全に降りた。皇都に通じる洞窟にムーンドロウとアイーダとリンダの姿が見えた。

 よかった。そうタツはホッとした。

 タツの馬が洞窟に飛びこんだ。隊長たちも到着した。アイーダとリンダにみんなが目を見張った。

「なんちゅうかっこをしてるんだよ? 早くズボンをはけ!」

 リンダが笑った。

「くふふ。どう? 感じる?」

「バカなことを言ってるんじゃないっ!」

 隊長たちの一部が馬をすてて壁の上に通じる石段をのぼって行く。オークの弓兵を殺すためにだ。

 アイーダとリンダがすてられた馬にまたがった。ムーンドロウは乗る馬がいなかった。

 リンダが馬上からムーンドロウを引きあげた。自分のうしろにすわらせる。ムーンドロウが指をさした。

「皇宮はあっちですぜ」

 タツはその指の先に馬を走らせる。アイーダとリンダもつづく。

 並走しながらタツは顔を横に向けた。

「どうして打ち合わせどおりに門を降ろさなかったんだ?」

 アイーダとリンダは横ずわりになって下着とズボンをはきはじめた。

 ムーンドロウがたづなをにぎってリンダをささえる。

「皇都に入ったら兵士が三十匹もいやがったんでやすよ。いくら俺でもアネさんふたりを連れて三十匹の兵士と正面からは斬り合えねえ。それで仕方なく皇宮まで行ったんでさ。王にアネさん方を献上するってふりをして王を刺して逃げやした」

「なるほど。それでアイーダとリンダがズボンをはいてなかったんだな?」

「そうですぜ。王がゆだんするのはそのときくらいでやすからね」

 リンダが下着に足を通せず苦労しつつタツにつげ口をした。

「ウソよ。あたしたちのが見たかったんだってさ」

 ムーンドロウが狼狽した。

「いや。まあ。それはそうでやすがね。すきをうかがってたのも本当でやす。アネさん方に傷をつけねえようにってね。王が気づいてアネさん方を盾に取ったら刺し殺しかねねえ。アネさん方を盾にされねえのは王がアネさん方にのしかかるときだけでやした」

 リンダがズボンをはき終えて馬にまたがり直した。ムーンドロウが残念という顔をした。

「あら? そうなんだ? そんな計算をしてたんだ? ただのスケベだと思ってた」

 アイーダが口をはさんだ。

「ただのスケベだろう。リンダがズボンをはいて残念そうだぞ?」

 リンダが顔をうしろにふり向けた。

「はあ? そこまで徹底してるとある意味りっぱかも? まあムーンドロウのおかげで作戦は成功みたいだからいいけどね」

 リンダがムーンドロウの頬にキスをした。

「つづきはあとでね」

「うおおおっ。どこまでもついて行きますぜアネさん方!」

 リンダが首をかしげた。

「ところでさ。どうしてアネさんなの? 最初はお嬢さんって呼んでなかった?」

「アネさん方はタツの兄貴の情婦でやしょう? 兄貴の情婦ならアネさんじゃねえですか」

「なるほど。たしかにタツの情婦と言われりゃそうだわねえ」

 タツとアイーダとリンダとムーンドロウで皇宮に乗りこんだ。かかって来るオークをタツとムーンドロウが斬りすてる。

 ふとリンダがタツに顔を向けた。 

「あのさ。さっき満足させてくれたでしょ? あのときに夢を見たわ。なんだか隠し部屋みたいなとこにタツが入ってったの」

「隠し部屋?」

「そう。そんな感じだった。一瞬見ただけだからくわしくはわかんないんだけどさ」

 隠し部屋ねえ? タツは思い出した。リンダの夢のおかげで命が助かったことを。また命にかかわるようなことかもしれない。タツは憶えておこうと決めた。

 皇宮の四階に達した。オークキングの部屋の前に護衛がふたりいた。タツとムーンドロウで斬り伏せた。

 部屋に入ると寝台にオークキングがすわっていた。オークの医者に胴体を包帯でグルグルまきにされていた。

 逃げかけた医者の背中と首にアイーダとリンダが斬りつけた。

「どうーっ!」

「どうーっ!」

 医者が背中と首から血を噴き出させてドタンと倒れた。

 オークキングが寝台のわきの剣を手に取った。

「また来たのかっ! ムーンドロウに小娘どもっ! 小娘どもは今度こそ抱いてやろうぞっ!」

 オークキングが剣をさやから抜き放った。

 リンダとアイーダが同時に斬りかかる。

「メーンッ!」

「メーンッ!」

「なんのっ!」

 オークキングが剣でふたりの剣を同時に受けとめる。太っているが動作は素早い。

 背後からタツとムーンドロウが斬りつける。

「メーンッ!」

「きえーっ!」

「おっとっ!」

 オークキングがふり返ってタツの剣を剣でとめる。ムーンドロウの剣はオークキングのわき腹を横一文字に裂く。血がタラッと湧き出す。

「くそっ! しくじったわいっ!」

 リンダとアイーダが背後から背中を狙う。

「どうーっ!」

「どうーっ!」

「ふっ! そんなものかっ!」

 オークキングがタツの剣を跳ねあげてクルリとふり返りつつリンダとアイーダの剣をはじく。

 タツとムーンドロウがオークキングのうしろから頭を狙う。

「メーンッ!」

「おりゃーっ!」

「むんっ! これでどうじゃっ!」

 オークキングが左に身体を回転させて剣をよけつつ剣をふるう。タツは目の前に来た剣に剣を合わせる。タツの剣にはじかれた反動を利用してオークキングがムーンドロウに斬りこむ。ムーンドロウが予測をはずされて胸に剣を受ける。だが金属のヨロイがオークキングの剣をキンッと跳ね返す。

 そこにリンダとアイーダがオークキングの背中に剣を突きこむ。

「つきーっ!」

「つきーっ!」

 オークキングがふり返ってリンダとアイーダの剣を剣で跳ねあげる。

「うるさいわっ! 小娘どもがっ! これでもくらえっ!」

 リンダとアイーダがバンザイ状態になったところにオークキングが剣を右から左にふる。

「きゃっ!」

 リンダとアイーダの革のヨロイの腹が横一文字に裂ける。血がタラタラとこぼれる。致命傷ではないが腹が痛い。リンダとアイーダがひるむ。

 アイーダにとどめを刺そうとオークキングが剣をふりかぶる。

「もったいないが死ねっ小娘っ!」

「アネさんっ!」

 ムーンドロウがオークキングの背後から斬りかかる。

「ちっ! この裏切り者めがっ!」

 オークキングがうしろを向いてふりかぶった剣をムーンドロウにふりおろす。キンッと音を立ててカブトが剣を跳ねのける。ムーンドロウの剣がオークキングの肩に切り傷をきざむ。

 タツは便利なカブトだなと感心しながらオークキングに斬りつける。

「どうーっ!」

 タツの剣がオークキングの腹を斬り裂く。血が出たもののブヨブヨの脂肪だらけの腹は蚊が刺したていどの痛みらしい。

「今度はわしの番じゃっ! くらえっ!」

 オークキングの剣がタツの頭にふりおろされる。タツはのけぞってよける。腕の肉をオークキングの剣がそぐ。血がブシュッとしぶきをあげる。

「くそっ!」

 ムーンドロウがオークキングの首に斬りかかる。

「そりゃっ!」

「させるかっ!」

 オークキングがムーンドロウの剣を剣で受ける。ギンッと音がして剣と剣がしのぎをけずる。

 リンダとアイーダがオークキングに斬られた腹の痛みに耐えて剣を突きこむ。

「つきーっ!」 

「つきーっ!」 

 オークキングの背中に二本の剣が突き立った。血がドロッと二本の剣をつたう。

「ぐふっ! この小娘どもがっ!」

 ふり返ったオークキングが怒りにまかせて剣をふりまわす。リンダとアイーダは剣を合わす。だがオークキングの怪力に力負けして飛ばされる。オークキングが今度こそとアイーダに剣をふりかぶる。

「ひとりずつかたづけてやるわっ!」

 床に尻もちをついているアイーダは逃げられない。アイーダの全身に冷や汗が噴き出す。

「アイーダッ!」

「アネさんっ!」

 タツとムーンドロウが上段からオークキングの背中に剣をふる。二本の剣がオークキングの頭をそれて肩から背中を切り裂く。流れ出た血が包帯に吸われる。

「ぐぐぐっ! ちくしょうっ! ブンブンとうるさいハエどもがっ!」

 オークキングがふり向いてタツに横なぐりの剣をふるう。タツはハッと飛びのく。しかし革のヨロイの腹が横一線にパックリと裂けて腹肉まで剣先が到達する。痛みがタツの剣から速さをうばう。ヘロヘロのタツをオークキングの剣が追い討つ。

「くそ人間めっ! 死ねぇっ!」

 横一文字にオークキングの剣がきらめく。

「兄貴っ!」

 首を飛ばされる寸前のタツの前にムーンドロウがわりこむ。金属のヨロイがキンッと剣をはじく。

「とりゃーっ!」

 ムーンドロウがオークキングの頭頂に剣をふりおろす。

「邪魔をするなっ! 裏切り者っ!」

 オークキングの剣がムーンドロウの剣を横に跳ねのけてタツの頭を狙う。

「そうはさせねえっ!」

 ムーンドロウが跳ねられた剣を回してオークキングの剣に合わせる。ガキッと剣と剣がかみ合ってタツの頭の真上でとまる。

「つきーっ!」 

「つきーっ!」 

 声を合わせてリンダとアイーダがオークキングの背中を刺す。

「うぐぐっ!」

 オークキングの剣がたじろぐ。ムーンドロウがオークキングの剣を跳ねあげる。ムーンドロウがオークキングの剣の下をかいくぐって剣を突き出す。

「そおれぃっ!」

「やらせんっ!」 

 オークキングが首を横にずらせる。ムーンドロウの剣がそれてオークキングの肩肉をえぐる。

「ぐおおっ! やりやがったなぁ!」

 オークキングが怒りに燃えて剣をふりかざす。だがムーンドロウはカブトとヨロイで剣が効かない。オークキングが怒りのほこ先をタツに変える。ふりおろされる剣にタツはヨロヨロと身をかわす。

「つきーっ!」 

「つきーっ!」 

 リンダとアイーダがオークキングの背中に剣を突きこむ。

「ぐぶぶっ! このくそ小娘どもっ!」

 オークキングの背中は血まみれでズボンまでが血を吸ってグッショリだ。

「これでどうじゃっ!」

 オークキングが一番よわっているタツを殺そうと剣をはらう。ムーンドロウがタツと剣のあいだにわりこむ。ムーンドロウのヨロイがキンッと剣をはじく。

「へっへっ! 兄貴はやらせんっ!」

 ムーンドロウが上段から袈裟がけに剣を走らせる。

「ぐあっ!」

 オークキングの肩から胸にななめの切りこみが入る。

「つきーっ!」 

「つきーっ!」 

 リンダとアイーダがオークキングの背中に刺創をまたふたつ刻印する。

「ぐぎぎっ! かえすがえすも小娘どもがっ!」 

 オークキングがふり返った。カタをつけるべく力をふりしぼって剣を横なぐりにふり切った。リンダとアイーダが剣で受けた。だがオークキングの渾身の力に受けた剣ごと跳ね飛ばされた。リンダとアイーダが床に尻もちをついた。

「アネさん方っ!」

 ムーンドロウがリンダとアイーダを助けようとオークキングの頭に背後から斬りつけた。

「こんなのはどうじゃっ!」

 しかしオークキングはそれを待っていた。オークキングがうしろに蹴りをくり出した。ムーンドロウが不意を突かれた。ヨロイの胸に蹴りを受けた。ヨロイは剣ははじく。しかし蹴りの力はそのまま伝わる。

「どああっ!」

 ムーンドロウがうしろに蹴り倒された。邪魔者がいなくなったと見たオークキングがタツに狙いをつけて剣をふりおろした。

 リンダとアイーダが叫んだ。

「タツッ!」

 タツは紙一重でよけた。だが胸にひとすじの切り傷をきざまれた。

 タツが足に力を入れて剣をかまえた。しかしヨロヨロだ。

 オークキングがタツに斬撃を連続してくり出した。タツは必死で受けた。キンキンキンと剣と剣が火花を散らした。

 タツを斬るのに夢中になっているオークキングの足にムーンドロウが渾身の蹴りを放った。

「蹴りには蹴りだぜっ!」

 オークキングの巨躯がガクッとくずれた。

「これで借りは返したぞっ!」

 オークキングが立とうとひざに力をこめた。

「おのれぇ! 裏切り者のぶんざいでぇ!」

 よろけながらオークキングが立った。すきありと見たリンダとアイーダが同時にオークキングの背中に襲いかかった。

「これでもくらえっ! つきーっ!」

「そろそろ死んでよねっ! つきーっ!」

 オークキングの広い背中にまた二本の剣が刺さった。

「どはっ! この小娘どもがっ!」

 オークキングの肩がピクッとふり返るきざしを見せた。

「おっとっ! アネさん方はやらせねえぜっ!」

 ムーンドロウが正面からオークキングの胸の中央を突き刺した。

「ぐあっ!」

 ムーンドロウが剣をぬいた。血がドプッとあふれた。

 タツはその傷を狙って剣を突きこんだ。

「つきーっ!」

 タツは剣を奥に奥にと押しこんだ。これでもかと刺しつらぬいた。

「ぐぎゃああああーっ!」

 オークキングの口から血が噴き出した。根もとまで刺さったタツの剣にも血がつたった。

 オークキングのひざがガックリと折れた。

 オークキングがあおむけにドタッと倒れた。

 ムーンドロウとリンダとアイーダが三方からオークキングの首に剣をふりおろした。オークキングの首が胴体から離れた。血が床に血だまりを作った。

 タツは荒い息で床にひざをついた。剣で身体をささえた。立ってられないほど疲れた。

 リンダとアイーダとムーンドロウも床に尻をつけてハアハアと肩を落としていた。

 オークキングは死んだ。だがタツたち四人は言葉が出なかった。ムーンドロウもふくめて全身が血まみれだ。自身の血とオークキングの返り血だった。最後の一滴まで力をふりしぼってもう何も出ない。声を出す余裕がなかった。よろこびが湧いて来ない。終わったという空虚感がからっぽの胸を吹きすぎるのみだった。

 タツは息をととのえた。なんとか立ちあがれた。

 戦闘の終了とともにホッとしたタツは思い出した。リンダが隠し部屋と言っていたことを。

 腹の痛みをこらえて壁をたたいてみた。部屋の中央まで来たときクルリと壁が回転した。

 中に入った。

 裸の女が両手を天井から縄でつられていた。身体中にムチで打たれた痕があった。ぐったりとしている。

「きみ。大丈夫か?」

 タツは剣で縄を切った。倒れかける女をタツは抱きとめた。

 女が弱々しい声を出した。

「ありがとう。わたしはエリザベス・ソーンベルグ。ソーンベルグ皇国の第一皇女よ」

 エリザベスはそれだけ言うと気をうしなった。ムーンドロウがエリザベスの裸身をじろじろとながめた。アイーダとリンダがムーンドロウの尻をつねった。

「いってーっ!」

 タツは血のついた革のヨロイとズボンをエリザベスに着せた。ムーンドロウがエリザベスをお姫さまだっこした。

 タツたちが皇宮を出るとイングリッド師団長が馬で来た。

「皇宮のオーク兵は?」

「俺の部下が全滅させました」

「オークキングもか?」

「はい」

「皇都内にいるオーク兵はいま掃討中だ。間もなくみな殺しにできるだろう。よくやってくれたなタツ。ところでムーンドロウのかかえてる女はなんだ? お前の新しい女か?」

「いえ。ソーンベルグ皇国の第一皇女だって言ってました。重要人物だと思って連れて来たんですが」

「ううむ。いつわりじゃなければ重要人物だな。とりあえずわたしの天幕に連れてって護衛をつけてくれ。目がさめたら事情を聞く。お前たちも負傷者用天幕にいそげ。血まみれだぞ」

「わかりました」

 エリザベス皇女を天幕にいたイングリッドの側近ふたりにゆだねた。

 タツとアイーダとリンダは腹を縫われて痛みどめの薬をもらった。

 皇都内のオーク兵が全滅すると皇都民がウスタール軍を歓迎したがった。だがイングリッドとベネットがことわった。まだ戦争は終わってないと。

 その夜また酒がタダでふるまわれた。今度はソーンベルグ皇都の酒屋からもさし入れがあった。

 男たちは娼婦を買ったし女たちは男娼を買った。ムーンドロウは檻に逆もどりだった。ムーンドロウが檻から出たのを知っているのはイングリッド師団の者だけだった。

 タツは五人の女を連れてムーンドロウの檻の前にいた。

「ムーンドロウ。かわいそうだががまんしてくれ。檻から出してはやれない。俺がお前を殺させないようにするからな」

「いいんでやすよ兄貴」

 ムーンドロウの目はタツを見ていなかった。五人の女しか見てない。オードリー・ビビアン・カタリナ・アイーダ・リンダの五人だ。

 期待にこたえて女たちがクルリとムーンドロウに背を向けた。スカートをたくしあげる。下着をずらした。足首から下着をぬいてお尻をふった。

「ひえええーっ! たまんねぇ! 俺はしあわせ者だぁ! ウスタール軍についてよかったぁ!」

 オードリーがふふふと笑った。

「あら? こんなもので満足なの? じゃここでやめちゃおうかな?」

「そんなぁ! 殺生ですぜっ! オードリーのアネさんっ!」

 リンダが服をぬいだ。

「あんたのおかげで作戦が成功したからね。今夜はたっぷりと楽しませてあ・げ・る」

 ほかの四人も服をぬいで檻に入った。

 五つの女体がムーンドロウの全身にまっ白な裸体をこすりつけた。立ちながらひとりずつムーンドロウに結合した。前からうしろから交互にムーンドロウと交差した。

 ムーンドロウがあお向けに寝ても五つの女体が踊るようにムーンドロウとからみ合った。一匹の大蛇にからむ五匹の白蛇のようになまめかしくつややかに女たちの足がムーンドロウの全身を這い回った。五つの女体がうねりながら位置を変えて行く。

 ひとりが結合したと思えば次の女体が身体をひらく。順番に結合しながら五つの胸をムーンドロウの口にふくませた。そのあいだにも五枚の舌がムーンドロウの身体を行き来した。五つの女体がムーンドロウの上であでやかな大輪の花を咲かせつづけた。

 ムーンドロウがカラッカラになるまで女たちがムーンドロウをしぼりあげた。

「俺は満足でさぁ! もう死んでもかまわねえっ!」

 オードリーがふふふと笑った。

「死んだらこんなことできなくなるわよ?」

 オードリーのさそいにムーンドロウの目が見ひらいた。

「またしてくれるんでやすかアネさん?」

「一日の最後にあんたの相手をしてあげるわ。タツの命をすくってくれたんでしょう? わたしからの感謝の気持ちよ」

「うおおおっ! オードリーのアネさん! あんたは天使だあ!」

 ビビアンがムーンドロウをつついた。

「あたしもいいわよ」

 カタリナがうなずいた。

「あたしでよければあたしも参加するわ」

 ムーンドロウがうんうんと首をたてにふった。

 タツは苦笑いを頬にきざんだ。ムーンドロウの言いたいことが手に取るようにわかった。カタリナが一番の器だ。だがそれを言うとオードリーとビビアンが気分をそこねるだろう。だから口をつぐんだ。オードリーとビビアンにも相手をしてもらいたいがために。

 リンダとアイーダが口をはさもうとした。

「おっと。アネさん方は養生してくだせえ。きょうもケガしてるのに相手してくださって感激してやす。でもおふた方はまだ戦闘があるでやしょう? ケガを治すのを優先してくだせえ」

 なるほどとアイーダとリンダが顔を見合わせた。リンダが口をあけた。

「あたしのケガよりスケベが優先かと思ってた。ちがうんだ?」

「ケガが悪化して寝こまれちゃ相手をしてもらえねえでやしょう? 早くケガを治して」

「腰がぬけるほど相手をしろ?」

「へえ」

 リンダとアイーダが肩をすくめた。

「このドスケベ」

 三人の娼婦が声をあげて笑った。

 タツはムーンドロウを殺させない方法を考えはじめた。どうにもこのオークはにくめなかった。戦友だと感じた。


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