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 第三章 激闘ゴブリンキング

 アイーダが五千人長に昇格したことでタツも師団長会議に同席できるようになった。イングリッド師団長が側近の代わりにアイーダとタツを連れて会議にのぞむようになったせいだ。

 夕食後にイングリッドに連れられて天幕に入った。すでに五人の男が円卓についていた。五人の男たちの背後にはふたりずつ側近が立っている。

 イングリッドがあいた椅子にすわった。タツとアイーダはイングリッドのうしろに立った。

 鼻の下にヒゲをたくわえたハンサムな男がニコッと笑った。

「そろったな。でははじめようか。おっとその前にイングリッド君が連れて来たのは新顔の五千人長だろ? 自己紹介をしておこう。私はゲーブル第二師団長だ。よろしくなアイーダ君」

 アイーダが敬礼した。

「はい。よろしくおねがいいたします。ゲーブル第二師団長閣下」

 次に青白い顔で陰気そうな男が議事録を手にボソボソとしゃべった。

「仕方がない。私も自己紹介しようじゃないか。私はベネット第三師団長だ。本日の議題はだな。なぜ第一師団だけが成績がいいのかということだ。イングリッド師団長。説明してくれないか?」

 イングリッドが口をひらこうとした。そのとき太ったニコニコ笑顔の男がわりこんだ。

「あはははは。私の自己紹介が終わってからにしてくれよ。私はメガロフィア第四師団長だ。特技は食事を三人前たべることだな。さあ第五師団長も自己紹介をしなきゃ」

 メガロフィアが陽気に笑ってとなりの男の肩をたたいた。ゲーブルとベネットとメガロフィアは四十代に見えたがその男は六十歳くらいだった。眉間にしわを寄せて気むずかしそうに腕を組んでいた。

「私はモスランド男爵だ。くだらんことに時間をつぶしてないでさっさと説明をしたまえ。イングリッド君」

 モスランド男爵がブスッとしたふきげんそうな顔でうながした。タツはモスランド男爵を神経質でかんしゃく持ちなオッサンではないかと踏んだ。

「あはははは。モスランド男爵。われらが総司令官の紹介がまだだよ。最重要人物をすっ飛ばしちゃいけないな。さ。王子さま」

 メガロフィアが十六歳くらいの少年に手をさし出した。少年が立ちあがって頭をさげた。

「ぼくはウージールだ。ウスタール王国の第三王子。だけど身分を気にしないで接してくれるとうれしいよ」

 気さくな王子さまのようだ。王子に笑いかけられてアイーダは恐縮のあまり口をきけなくなったらしい。顔をまっ赤にして硬直していた。

 モスランド男爵がイライラとテーブルを指先でつついた。

「さあ早く説明をしたまえ。イングリッド君」

「ふむ。ここに連れて来たタツ副隊長がだね。面・胴・小手とかけ声を発しながら一歩踏み出す剣術を考案したわけだ。これがなかなか有効でな。ゴブリンの頭を一撃でわることができる。それを全師団に伝授しようというわけさ」

 モスランド男爵がバンとテーブルをたたいた。

「おいイングリッド! ウスタール王国流剣術とまるでちがうではないか! そんなものは認められんぞ!」

 イングリッドが苦笑いを浮かべた。

「その意見が出ると思ってね。全師団に広める前にわたしの師団で実験的に採用したんだ」

 ヒゲのゲーブルがヒゲを指でつまんだ。

「そうしたら好成績をあげた。そういうことだな?」

 イングリッドがうなずいた。

「そのとおりだ。有効性はすでに証明されてる。全師団に採用してもらいたい」

 ベネットが報告書に目を落として陰気な声を出した。

「だが戦死者も第一師団が最も多い。マイナス面もあるのではないか?」

 イングリッドが反論をこころみた。

「それは仕方がないだろう。ゴブリンだけを殺してこちらは無傷とはいかないよ。一歩踏みこんで殺しに行くわけだ。殺される率も高くなる。しかし殺したゴブリンの数の一割も戦死してない。全師団で採用すればひと月とたたずにゴブリンを全滅させられるぞ」

 メガロフィアが陽気に笑い出した。

「あはははは。魅力的な提案だ。わが第四師団はその新剣術を採用させてもらおう」

 ヒゲのゲーブルも賛同した。

「第二師団もそれにならおうか。ぐずぐずしてるとオーク軍や人狼軍もやって来る。魔王軍の援軍が着く前にゴブリン軍を撃破すべきだ」

 ベネットがボソボソとつぶやいた。

「たしかに魔王軍に助っ人が来ると厄介だ。わが第三師団も新剣術に切りかえよう。第五師団長。あなたはどうするね?」

 ジロッとモスランド男爵がベネットをにらみつけた。

「第五師団はけっこうだ。従来どおりのウスタール王国流剣術をつづける。お前ら若い者はすぐ新しいものに飛びつく。流行ばかりを追うとろくなことにならんぞ。新しければいいってものではない。あとで落とし穴にはまって後悔しても知らんぞ」

 ベネットが議事録にペンを走らせた。

「新剣術については第五師団だけが不採用と。次の議題だがね。先ごろイングリッド君から出された軍の再編についてだ。徴兵省の調査では騎馬隊・弓隊・魔法部隊をそれぞれ新設しても問題はないという話だった。三部隊合わせて一万人の徴兵が可能だそうだ。問題は訓練期間だな。現状の十日間で行くか無期限にするか」

 モスランド男爵が鼻息を荒くした。

「十日で充分に決まっとろうが! ここでは毎日兵士が死んでおるのだぞ! 一刻も早く補充すべきだ! 一万人ふえればゴブリン軍をうわまわる! 戦闘をかさねれば自然と熟練するものだ! 訓練など不要!」

 メガロフィアがまた笑いはじめた。

「わはははは。わかったよ。ではモスランド男爵とイングリッド君のあいだを取ってはどうだろう? 五千人を十日の訓練でここの補充兵とする。残りの五千人はものになるまで訓練をつませる。それでいかがかな? 賛成の方は挙手をどうぞ」

 イングリッドとゲーブルとベネットとメガロフィアが手をあげた。それを見てモスランド男爵もしぶしぶ手をあげた。

 ベネットが議事録と報告書のそれぞれに書きこんで議事録をとじた。

「本日の議題はおしまいだ。さ。王子。どうぞ」

 ウージール王子が立った。  

「では今夜の師団長会議はここまでとする。解散」

 タツたち三人は天幕を出た。すっかり日が暮れていた。

「モスランド男爵だけが貴族だからえらそうなんですかね?」

 タツの問いにイングリッドがふふふと笑った。

「いや。師団長は全員が男爵だ。師団長になれば国から男爵位をあたえられるんだよ。だからわたしも正式にはイングリッド男爵だな」

「えっ? じゃなんでモスランド男爵だけが男爵を強調してるんです?」

「モスランド家が先祖代々の男爵だからだ。わたしたちは成りあがりの男爵だけど自分はちがうと思ってるんだろうさ」

 なるほどとタツはうなずいた。付け焼き刃の男爵と同じに見られておもしろくないのだろう。それであのオッサンは好戦的になっている。年齢もモスランド男爵が一番上だが師団長同士は上下の区別がないらしい。そこも不愉快の原因にちがいない。

 翌朝タツは五千人の部下から剣術指導のうまい者をえらんで他の師団に派遣した。朝の戦闘前に四万人がいっせいに面・胴・小手とかけ声を出して剣をふった。四万人が声をそろえて剣をふりおろすのは壮観だった。

 この調子ならゴブリン軍を全滅させられる日も近いとタツは手ごたえを感じた。それと同時に金貸しとして育てた部下たちを各師団にもぐりこませた。娼婦や男娼を買うカネを貸すためだ。

 タツが教育した娼婦や男娼たちも各師団付きの娼婦や男娼の教育係として送りこんだ。マグロを脱した娼婦のほうが兵士たちはカネを落とすからだ。

 こうしてタツの思惑どおりに四万人がゴブリンを殺すコツを身につけた。

 そのころゴブリンキングはうろたえていた。

「どういうことだ? どうしてわが軍の兵士が突然へりはじめた? こないだまでは互角の戦いだったではないか?」

 ゴブリンキングの側近たちにも理由がわからない。ついこないだまで一日の戦死は百匹ていどだった。それがここに来ていきなり千匹単位になった。人間軍の兵がふえたわけではない。新兵器が投入されたのでもなかった。

「わかりません。わが王よ。疲れが出たのではないでしょうか?」

「バカな。わが軍の兵士は人間より体力があるぞ。疲れは人間のほうが大きいに決まっておる。何か原因があるのではないか?」

 ゴブリンキングの指示で側近たちは部隊長を集めてしらべた。だが疲れてもないし病気が蔓延しているわけでもなかった。原因不明だが戦況はあきらかにかたむいていた。

 決定的だったのはそれから五日後だった。ついにゴブリンの戦死が一日で一万匹を越えた。四万人がウスタール王国流剣術から日本式剣道へなじんだせいだった。

 いったんかたむくとあとはなだれを打って急な坂を転げ落ちる。

 翌日の朝だった。いつものように戦闘がはじまった。

 いつもとちがったのは声がそろったことだ。人間とゴブリンが出会った瞬間メーンと声がいっせいに出た。そこでゴブリンの半数が頭をわられて死んだ。

 残ったゴブリンたちが恐怖をおぼえて背中を見せた。そこにまたメーンと剣がふりおろされた。

 もはや戦闘にはならなかった。一方的な殺戮だった。

 逃げるゴブリンを五万の人間たちが追う。ゴブリンが一匹また一匹と駆除されて行く。

 ついに五個師団がゴブリンの陣地になだれこんだ。兵士以外にも炊事係や輸送隊のゴブリンがいてそれらが逃げまどった。ウスタール王国軍の兵士たちがクモの子を散らしたようなゴブリンを追いかける。

 ゴブリンキングの親衛隊がキングのいる天幕の前でタツのひきいる部隊と衝突した。だが多勢に無勢だ。勢いに乗るタツの配下たちになすすべもなく打ち負かされた。

「逃げてください! わが王よ!」

 頭をわられる前に側近が天幕の奥に声を投げた。

 のっそりとゴブリンキングが天幕から出て来た。ゴブリンキングも腰ミノ一枚だ。

「うおーっ! くそ人間どもよっ! よくもわが同胞を根だやしにしてくれたなっ! ゆるさんっ! ゆるさんぞぉ!」

 ゴブリンキングが吠えた。手には巨大な斧をにぎっている。身体も大きい。見あげるほどの巨体だ。

「メーンッ!」

 ゴブリンキングに斬りかかったのはタツの部下たちだった。

「うおおおおっ!」

 ゴブリンキングが斧を一閃した。五人の首が一撃ではねられた。 

「メーンッ!」

 ひるまず次の五人が剣をふった。だがその五人もゴブリンキングの斧のつゆと消えた。

 タツは部下たちに声を飛ばした。

「お前らでは話にならねえ! さがってろ!」

 タツとアイーダとリンダがゴブリンキングに対峙した。

「うおおーっ!」

 ゴブリンキングの斧が横なぐりに飛んで来た。

「やらせるかっ!」

 タツは剣で斧に合わせた。ガキッと音がしてタツは剣ごと飛ばされた。地面をグルグルと転がる。すごい力だった。

「ひっひっひっ! 次はおまえだっ! 覚悟しろっ女っ!」

 ゴブリンキングが斧をふりかぶってアイーダにふりおろした。

「女だからってバカにするなっ!」

 アイーダが頭上に剣をかざして斧を受けとめた。ギイーンッと斬撃音がひびいてアイーダの上体がかしいだ。力で負けそうになる。だが渾身の腕力をふりしぼってアイーダが耐えた。

「メーンッ!」

 アイーダとゴブリンキングが力くらべをやっているすきにリンダが背後から斬りつけた。ゴブリンキングが右に身体をかたむけた。リンダの剣がゴブリンキングの背中に斬り傷をきざんだ。しかし浅かった。致命傷ではない。それでも血が流れた。

「くそ女がっ! よくもわしの身体に傷をつけおったなっ! これでもくらえっ!」

 ゴブリンキングがアイーダから斧をはずしてふり向きざまにリンダに斧を打ちおろした。

「ひーっ!」

 リンダがあわててうしろに飛びずさった。だがゴブリンキングの腕は長い。リンダの頭上に斧がふって来る。

 ガキンッ! リンダの髪の毛の直前でゴブリンキングの斧がとまった。タツだ。タツの剣がゴブリンキングの斧をとめていた。

「ありがとうタツ」

「どういたしまして」

 タツがゴブリンキングの斧をとめている間にリンダがゴブリンキングの足を狙って剣をふった。ゴブリンキングが足を引く。リンダの剣先がゴブリンキングの太ももに一直線のすじを描いた。血がぷっくりと湧き出した。

「どうーっ!」

 ゴブリンキングのうしろからアイーダが剣を横にはらった。ゴブリンキングのわき腹に剣が入った。しかしゴブリンキングのぶ厚い筋肉にはばまれて食いこみは浅かった。

「こうるさい蚊どもめっ! たたきつぶしてくれるわっ!」

 ゴブリンキングがタツに斧をふりかぶった。たたきおろす。

 タツは斧をいなした。まともに受けると力負けするからだ。斧が地面にドスンと食いこんだ。

「メーンッ!」

 ゴブリンキングの態勢がくずれているうちにとタツが上段から剣を打ちこむ。ゴブリンキングが顔をのけぞらせた。ゴブリンキングの頬に裂け目がきざまれた。血が首へしたたり落ちる。

「くそっ! ちょこまかと動きおってっ! おとなしくしておれっ!」

 ゴブリンキングが斧を引き抜きざま右から左にふりまわす。タツとアイーダとリンダの胸の革ヨロイを斧が裂いた。アイーダとリンダの乳房から血がほとばしる。タツの胸も皮一枚を斬られた。

 リンダがカッとなって剣を上段にふりかざした。

「仕返しよっ! これでもくらえっ! メーンッ!」

 ゴブリンキングが身体を横に逃がす。リンダの剣がゴブリンキングの肩に食いこんだ。リンダの力では致命傷とまでは行かなかった。だが血がドプッとあふれ出た。

「くっ! 小娘がっ!」

 ゴブリンキングが蹴りを放った。蹴られると思ってなかったリンダは腹に蹴りを食らってふっ飛んだ。

 リンダが蹴り飛ばされたのを見てタツとアイーダがゴブリンキングに斬りかかる。タツはゴブリンキングの正面から横なぐりに斬る。アイーダが背後から上段のかまえだ。ふたり同時に剣をきらめかせた。

「どうーっ!」

「メーンッ!」

 ゴブリンキングが斧でタツの剣をとめた。しかしアイーダの剣はよけ切れなかった。アイーダの剣がゴブリンキングの耳を切り落として肩に裂け目をきざんだ。

「ちくしょうっ! きさまらぁ!」

 ゴブリンキングがアイーダにふり向いた。斧を上段からふりおろす。アイーダがたまらず飛びずさる。だが斧の先が革ヨロイの胸をまっぷたつに切断した。アイーダの胸の谷間から血が噴き出す。アイーダは痛みとともにホッとした。左右にわずかでもずれていたら乳房がひとつ使いものにならなくされたところだった。

「メーンッ!」

 タツがうしろからゴブリンキングに剣をふりおろした。ゴブリンキングがふり向きざまに斧でなぎはらう。タツの剣がゴブリンキングの肩と腕の肉をそいだ。ゴブリンキングの斧がタツの腹を横一文字に裂いた。

 お互いに浅い。しかし深ければ相討ちで双方ともに死んでいた。

 そこにリンダが剣を杖に立ちあがった。ふらつく足でゴブリンキングの背中に斬りかかる。

「どうーっ!」

 ゴブリンキングのわき腹にリンダの剣が食いこんだ。

「小娘めっ! きさまは寝ておれっ!」

 ゴブリンキングがうしろに蹴りをくり出した。今度はリンダの太ももを直撃した。リンダがガクッとくずおれた。

 アイーダがゴブリンキングの正面から剣を突き出した。タツはゴブリンキングの背後から突きこんだ。はさみ討ちだった。

 ゴブリンキングが斧でアイーダの剣の軌道をそらした。その動きのまま斧の柄をわき腹の横からうしろに突き出した。

 タツの目の前にゴブリンキングの斧の柄がせまった。タツはゴブリンキングを突き切れずに斧の柄から顔をそらせた。斧の柄がタツの胸に達した。タツは胸に打撃を受けてうしろに尻もちをついた。まさか斧の柄の突きを食らうとは思わなかったタツだった。

「ひひひひひ! これできさまは最期だ!」

 ゴブリンキングが斧を上段にふりあげてタツの頭めがけて斧をふりおろす。斧が必殺の快速で落下して来る。

 タツは尻もちをついたまま逃げようとした。だがジリリと尻がずれただけだ。よけ切れない。くそっ。ここまでかっ。そう覚悟した。

 ガギンッ! 二本の剣がタツの頭上で交差した。左右から突き出された剣がゴブリンキングの斧をとめている。

「すまない。遅れたな」

 一本はイングリッド師団長だった。

「こいつがゴブリンの王か。なかなかの迫力だな」

 もう一本はゲーブル師団長だ。

 イングリッドとゲーブルが力を合わせてゴブリンキングの斧を跳ねあげた。ふたりで息を合わせて上段からゴブリンキングに斬りかかる。

「メーンッ!」

「メーンッ!」

 ゴブリンキングの左右の肩にふたりの剣が食いこんだ。

「ぐおおっ!」

 そこにうしろからアイーダとリンダが剣を突き入れた。

「つきーっ!」

「つきーっ!」

 ゴブリンキングの背中に二本の剣が突き立った。

「うぐうっ!」

 タツは跳ね起きて剣を手に突進した。

「これでもくらえっ! つきーっ!」

 タツの剣がゴブリンキングの胸の中央に吸いこまれた。

「ぐぎゃあああああーっ!」

 ゴブリンキングの心臓のひくつきをタツはその手に感じた。剣をさらにグイッと深く刺しこんだ。心臓のビクンビクンという力強い手ごたえがヒクッヒクッと弱くなって行く。

 タツの渾身の力でにぎった指に心臓の拍動が伝わらなくなった。ゴブリンキングのひざがガクンと折れた。ドンッとゴブリンキングの背が地面に打ちつけられた。ゴブリンキングの眼球が生気をうしなった。胸から噴き出していた血がトロリとよどんだ。

 イングリッドとゲーブルがゴブリンキングの首に剣を入れた。ふたりでゴブリンキングの首を切り離す。

 ふたりがかりでゴブリンキングの頭を高くかかげた。

「ゴブリンキングを討ち取ったぞぉ! 戦いはわれらの勝ちだぁ!」

「おーっ!」

 ゴブリンの陣地がいっせいの歓声に飲みこまれた。そこここで掃討中の兵士たちが逃げているゴブリンにとどめを刺した。しばらくののちついに最後の一匹のゴブリンが兵士の剣に倒れた。生きているゴブリンが一匹もいなくなった。

「やったぞっ! 戦争に勝ったっ! 俺たちの勝利だっ!」

 口々に叫びがあがった。抱き合ってよろこぶ者もいる。剣を投げすてて大地に横たわる者もいた。

 五万の兵士のそれぞれが生傷と疲れでへとへとだった。しかし勝利のよろこびがすべてをわすれさせてくれた。

 五人の師団長が倒れているゴブリンに念のためのとどめを刺すように指示を出した。ゴブリンの心臓を突き刺しながら天幕の立つ丘に引きあげた。

 その夜はタダ酒がふるまわれた。戦争に勝利した夜だ。安すぎる褒美だがほかに出せるものがないのだから仕方がない。本格的な褒賞は王都に帰ってからということだった。

 娼婦も男娼もタダにはならなかった。いつものように行列ができた。

 タツはふと思い出してオードリーの天幕に足をはこんだ。三人がならんでいるだけだった。オードリーには男のあつかい方を教えてない。というか最初に会っただけでそのあとは会ってなかった。他の師団の娼婦たちの指導にいそがしくてすっかりわすれていた。

 人気娼婦のほぼ全員に会ったタツだが一番の美人はオードリーだと思った。ただどれだけ美人でもマグロはいただけない。マグロよりは可愛くて奉仕してくれる女がいい。それが男という生き物だった。

 オードリーが可愛い顔で奉仕してくれればまた一番人気になるはずだ。オードリーを遊ばせておくのはもったいない。タツはそう思った。

 オードリーの天幕の前に女兵士はいなかった。人気がなくなったので見張る必要もなくなったのだろう。

 中に入ると寝台に全裸のオードリーがすわっていた。

「前ばらいで金貨二枚よ」

 オードリーの声を聞くのははじめてだった。可愛い声とは言いがたい。しゃがれた老婆のような声だった。この女のいいところは顔と大きな胸だけのようだ。

 オードリーが寝台に横になった。

 タツはオードリーの顔に手をかざした。まぶたにそっとふれて目をとじさせる。

 タツの指がひたいから眉・頬・耳と這って行く。オードリーは声をもらさない。吐息は通常のままだ。

 肩・鎖骨・あばら・へそと進んでも変化がなかった。

 この女は不感症かとタツは眉を寄せた。これまでにひとりだけ何をやってもほぐれなかった女子高生がいた。最後までよろこばせることができなかった。タツはいまでも考える。あの女はどうすればよかったのかと。

 今度こそとタツは思った。どこかに攻略する糸口があるはずだと。幸いくだんの女子高生とちがってオードリーには時間をかけられる。その気になれば毎日挑戦したっていいわけだ。とことんためすことができるはずだった。

 タツは足の指にふれた。

「あっ」

 はじめてオードリーが声をもらした。

 足の甲をなでた。

「あんっ」

 ふくらはぎに手を進めた。声は出なかった。

 ひざから太ももへとなであげる。やはり反応がない。通常の女は女の部分に近づくにつれて反応が大きくなる。オードリーはちがうらしい。

 タツはオードリーを裏返した。うつぶせにして背中をなでて行く。腰から肩胛骨までをくすぐるようにそっとふれる。だが声がもれない。

 背中をあきらめて太ももの裏からひざ裏へと指を移動させる。オードリーのお尻の肉がピクッとひきしまった。

 ふくらはぎからくるぶしへと指がさしかかった。

「ああっ」

 かかとから土踏まずを指がなでる。

「ああんっ。やんっ。だめぇ」

 敏感な女ならくすぐったがるところだがオードリーは鼻声をもらすだけで身じろぎもしない。

 足の指の股をひと谷間ずつ指でつついた。

「あんっ。こらっ。やだぁ。ひゃんっ」

 タツは顔をしかめた。この女はどうも足にしか敏感な部分がないらしい。そんな女ははじめてだった。どうあつかっていいのかわからない。 

 わからないながらも糸口は見つかった。タツはオードリーの足の裏に舌をつけた。

「やんっ。やーっ。ああーんっ。なにするのよぉ。そんなのだめぇ。やーんっ」

 足の指を一本ずつ舐めしゃぶる。

「ひゃーっ。んんっ。はんっ。やっ。くふうんっ。いっ。はっ。おっ。おほぉっ。ひいぃっ」

 ひざをまげさせて足の横から甲を舌でくすぐる。

「くはっ。ふあっ。ああんっ。あふっ。ふふんっ。いやんっ。だめぇ。だめよぉ。だめなのぉ」

 吐息がやっとあまくなった。

 ところがだ。ふくらはぎに舌がうつると声が消えた。太ももの裏を舐めても声が出ない。

 仕方がないのでふたたび足の裏を舐めた。土踏まずを舐めると声が大きくなった。

「あひゃんっ。ふええっ。くあっ。やーんっ。んあっ。やだっ。んくっ。あはっ。だめだったらぁ。だめよぉ。だめだめぇ。だめなのぉ」

 うーんとタツは悩んだ。どうすればいいのかがわからない。通常の女とちがうのはたしかだ。このまま結合すればいいのだろうか?

 タツはオードリーをあおむけにした。すねからひざこぞうを舐めてみる。声がなかった。

 やはり足首から先だけのようだ。

 タツはオードリーの手をにぎった。ほとんどの女は手も敏感だ。手の指をなでるだけで満足する女もいる。だがオードリーは手でも反応をしめさなかった。

 タツはオードリーの手を引いた。たずねるようにツンツンと。

 オードリーがタツの手を引き返した。来てと。わたしに来てと。

 タツはオードリーと結合した。

「あん」

 ささやかな反応だった。タツは結合しながらつないでいた手をほどいた。オードリーの足を手で持つ。指でオードリーの足をなでまわした。

「ひゃっ。きゃんっ。やだぁ。にゃはっ。だめぇ。やっはっ。そこっ。はあんっ。あんっ」

 足の指と指のあいだにタツは手の指を入れた。オードリーの足と手をつないで結合を深めた。オードリーの両手がタツの顔にのびて来た。オードリーがタツの口を求めた。タツはオードリーに舌をからめてやった。オードリーが舌を精一杯のばしてタツの舌にこたえた。

「そこぉ。やんっ。やんやんっ。それぇ。それよぉ。そこそこっ。んあっ。ああーんっ」

 オードリーが顔を左右にふってみじかい黒髪を寝台にこすりつけた。オードリーの両手がタツの背中にまわってタツを思い切り引き寄せた。タツはオードリーの期待にこたえておのれを解放した。

 荒かった呼吸がしずまるとオードリーが目をあけた。

「あなた何者? わたしあんなのはじめてだったわ。わたしに何をしたの?」

 タツは苦笑した。この世界の女はみんな同じ質問をするらしい。

「俺はただの男だ。きみの満足する部分をさがしてやっただけだよ。ところでな。オードリー。人気第一位に復帰したくないか?」

「えっ? そんなのできるの?」

「できるよ。俺の言うとおりにすればすぐにまた一番に返り咲ける」

「わかった。なんでも言うことを聞くわ。あなたののぞむことならどんなことでもしてあげる」

「その前にひとつ質問をしてもいいか?」

「どうぞ」

「なんで娼婦をやってる? カネがほしいのか?」

「ええ。わたし王都に娼館を持ちたいの。そのためのおカネがほしいわ」

「娼館? どういう理由で娼館なんだ?」

「わたしにできることってそれくらいだと思ったからよ。貧乏はもういやなの。でもわたしに商売ができるとは思えない。金持ちと結婚するってのも気がすすまないわ。だって相手のおカネをあてにしなきゃならないんですもの。それってものごいといっしょじゃない?」

「なるほど。プライドが高いわけか。自分でかせいだカネがほしいってことだな?」

「そうよ。他人のおなさけで生きるなんてまっぴら」

「娼婦になることに抵抗はなかったのか?」

「最初はあったけどね。寝てるだけでおカネになるんですもの。わり切っちゃえば楽な仕事だと思うわ。わたしに言い寄る男は多かったけどピンと来る男がいなかったからね。みさおを立てる必要がなかったの」

「男はみんなのしかかってすぐ終わるからつまらないと?」

「あら。よくわかるわね。そうなのよ。五人ほど相手をしてみたんだけどみんなそんなだから男に期待するのはやめちゃったの。でもあなたはちがうわね。なんであんなことができるの?」

 タツは苦笑した。アダルトビデオのない世界で男優を説明するのはむずかしい。

「女と結合したいんじゃなくて女を知りたいからだろうな。娼婦になるのに親は反対しなかったのか? オルドリッジって貴族の令嬢だと聞いたが?」

「反対できるほど立派な親じゃないのよ。頭が悪いから他人にだまされてばかりで借金だらけなの。わたしがおカネをあげてもすぐにまきあげられてスッカラカンなわけよ。それでいておひとよしだから自分より貧乏な人にほどこしをするの。だからいつもおカネを持ってないわ」

「苦労してるみたいだな?」

「ええ。ああいう親を持つと苦労がたえないわ」

 タツは男のころがし方を手ほどきしてやった。頭のいい女だからすぐ一位に返り咲くだろう。

 ひとつ気づいてオードリーに踏みつけてもらった。

「ああんっ。なにこれっ。わたしこれ好きみたいっ。やだっ。これいいっ」

 四つん這いになったタツを踏みつけてオードリーが全身をふるわせた。女王さまタイプらしい。革の下着にムチを持たせればもっとよろこぶはずだ。通常の女は受け身だがオードリーは攻める女らしい。どおりでこちらからさわっても反応しないわけだった。

 帰ろうとしてオードリーに服をつかまれた。

「今夜は特別よ。いっしょに寝て。あしたはおわかれかもしれないから」

 なるほどとうなずいた。戦争が終わったわけだ。兵士は故郷に帰って娼婦はお払い箱かもしれなかった。タツはあしたもまた戦闘があるという思いこみで行動していた。だがもうゴブリンはいない。あした戦闘がないのは確実だった。

 苦笑してタツはオードリーの腕の中に抱かれた。こんなことならカタリナの天幕に行けばよかったと思いながら。

 女と一夜をともにしたのははじめてだった。タツはオードリーがねだるままにオードリーの相手をした。

 翌朝があけると全兵士がだれていた。二日酔いで起きあがれない者も多かった。深夜まで飲んでさわいだせいで熟睡中の者も大量にいた。

 炊事係たちはいつものように朝食を用意していた。タツはいつものように朝メシを食った。

 そこにあくびをしながらアイーダがやって来た。

「昨夜はどこで寝たんだ? どこかで酔いつぶれたのか?」

「オードリーに引きとめられてね。それよりこれからどうなるんだ? もう戦争は終わったんだろう?」

「いま王都に問い合わせてるよ。ゴブリン軍は全滅させたが魔王軍は残ってる。おそかれ早かれ魔王軍と戦わなきゃならんだろう。このまま戦いをつづけるかいったん解散するかは王の決定しだいだがな」

「アイーダはどうなんだ? このまま戦いをつづけるほうがいいのか?」

「あたしか。あたしは戦いをつづけるほうがいいな。やっと部下が戦いになれて来たんだ。解散したらまた一から部下の訓練をしなきゃならん。いまなら戦い方のコツがわかってる。魔王軍と互角の戦いができるだろう」

「それもそうか。師団長たちも同じ意見だろうか?」

「おそらくな。魔王軍が侵攻をやめるとは考えられん。そうなれば勝った勢いのまま魔王軍の絶滅に乗り出すのが自然な流れだろうさ。軍人ってのは戦うために存在するんだ。戦いたいのが軍人なんだよ。このまま部隊を解散したい師団長はいないさ」

「そういうものか?」

「そういうものさ。あたしもここまでのぼりつめたんだ。もっと手柄を立てて師団長になりたいね。解散したら手柄が立てられない」

「師団長になれば男爵位がもらえるって言ってたな。貴族になりたいのか?」

「いいや。貴族はどうでもいい。女は二番手はいやなんだよ。目ざすなら一番がいい」

「なるほど。男より欲が深い?」

「さあ? それはどうかな? けどほしいものはいっぱいあるよ」

「どんなもの? 宝石とか?」

「いや。いま一番ほしいのはお前だよ」

「俺? それって告白か?」

「かもしれない。だがお前がいるとあたしはもっと出世する。男としてのお前もほしいが右腕としてのお前はそれ以上にほしい」

 タツは頭をかいた。俺はアイーダを愛しているかとおのれに訊いた。いなと答えが返る。愛に一番近いのはカタリナだろう。オードリーも美人だが惚れたとは思わない。アイーダもオードリーもビビアンもビジネスパートナーという感じだった。利用し利用される関係だ。

 カタリナだけはちがう。カタリナとはいっしょにいるだけでいい。お互いに何も言わずともそこにいるだけでよかった。


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