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 第一章 人生はエロとカネ

 といちのタツこと辰見純一郎は金貸しだ。夏が来て十七歳になった。

 タツは親にすてられて養護施設で育った。人づきあいはへただった。

 高校一年のときだ。学校をさぼってひとりでゲームセンターで遊んでいた。そこで不良三人にからまれた。三人は有名な教育困難校の制服を着ていた。

「おいてめえ! ガンつけんじゃねえぜ!」

 タツは目つきが悪い。チビのせいで上目づかいで人を見る。学校では怖い男として女子たちにさけられていた。実際のタツは小心者だ。

「えっ? お? 俺?」

「ぐだぐだ言ってねえでちょっと来いや」

 無理やり立たされて外につれ出されようとした。

 そこにまっ白のスーツをビシッと着こんだ男がわりこんだ。男は二十歳くらいに見えた。

「まあまあきみたち。そういきり立つなよ」

 三人の不良が標的を男に変えた。

「なんだよオッサン? 邪魔すんな! ドタマをかちわるぞ!」

 なぐり合いがはじまるかとタツはビビった。だが男が財布を取り出した。一万円札を三人に一枚ずつにぎらせた。財布には一万円札がぎっしりと入っていた。

「これでかんべんしてくれ」

 三人が顔を見合わせた。

「お。おう。きょうのところは見のがしてやるぜ。次に会ったらしょうちしねえからな」

 三人がすてぜりふを吐いて出て行った。

 タツは男をジロジロと見た。ケンカが強そうには見えない。色白のやさ男だ。だが女にはもてそうなととのった顔をしている。気の弱い金持ちのボンボンかI T成金だとタツは踏んだ。

「ど。どうもありがとうございます」

「いや。いいってことよ。それより遊びに行こうぜ。いいとこにつれてってやるよ。俺は石田だ。石田和明。きみは?」

「た。辰見純一郎です」

 石田は強引だった。タツはことわり切れなかった。

 その夜タツは女性のいる店につれて行かれてはじめて酒を飲んだ。すぐに酔いがまわって幸せな気分になった。この気分を味わうために大人は酒を飲むんだと感心した。

 店を出るときタツは自分の財布を取り出した。

「俺も半分はらいますよ」

「いいからいいから。俺がつれて来たんだから俺がはらうさ」

 石田はタツに出させなかった。タツはなんていい人だろうと思った。

 タツは気づかなかった。石田と三人の不良はグルだった。石田は暴力組織の構成員だった。ゲームセンターでカモをさがすのが日課になっていた。

 最初はカモにいい思いをさせてカモが金持ちならバクチやヤクを教えこむ。カモが貧乏なら組織の一員に引きずりこむ。それが石田の手口だった。

 タツは石田にさまざまな夜の世界を見せられた。昼の世界にはない華やかさにタツは魅了された。石田が尊敬する兄貴分に思えた。

 そのうちタツは石田にたのみごとをされるようになった。最初にたのまれたのはアダルトビデオの撮影現場の雑用だった。照明をあてたり買い物をしたりだ。簡単なたのみだが現場が現場だった。高校生のタツには刺激が強すぎた。

 次にたのまれたのがカネを貸す仕事だった。この段になってタツは石田がまともな人間ではないと気づいた。だが足を抜くには遅すぎた。石田に世話になりすぎてことわれなかった。

 ずるずると深みにはまってアダルトビデオの男優をつとめるまでになった。アダルトビデオと言っても組織の作る無修正ものだった。女子高生をナンパするシリーズが特に人気だった。法律違反なビデオなので高校生が主演しようがどこからも文句は出ない。給料もその場ではしたガネをわたされた。

 石田のシノギはその無修正ビデオと金貸しだった。タツは金貸しとこげつきの回収のノウハウをたたきこまれた。

 人生はエロとカネだ。それが石田の口ぐせだった。ある意味正しいかなとタツは思った。

 タツは高校を中退して本格的に金貸しとビデオ男優に取り組んだ。カネがもうかるのがおもしろかったことがひとつ。もうひとつは石田に上納金を月々はらうために高校生でいられなくなったためだった。

 石田は部下にあだ名をつけるのが常だった。タツはといちのタツと名づけられた。といちとは十日で一割の利息がつくという意味だ。違法金融の代名詞と言っていい法外な利息だった。

 すっかり暴力組織の下部構成員となったタツは取り立てに向かう途中だった。いきなり目もくらむ光につつまれた。

 それまで聞こえていた街の雑音がワーワーという怒鳴り声に取って変わった。タツのあいた目に飛びこんだのは血の赤だった。

 目の前の男の胸に剣が突きこまれていた。男は革のヨロイを着て木のカブトをかぶっていた。男に剣を突き刺していたのは特撮映画に出て来る魔物のゴブリンにそっくりだった。

 タツはパチパチと目を開閉した。なんだこりゃ? 映画のロケか?

 見わたすかぎりの平原に万を越える人間とやはり万を越えるゴブリンもどきが剣で切り合っていた。馬に乗っている者たちもいた。ワーワーギャーギャーと誰がなにを言っているのか聞き取れない騒音だった。

 眼前にいるゴブリンもどきがタツに剣をふりあげた。

「えっ? 俺? 俺かよ? 俺が映画に参加していいの?」

 タツはどうすればいいのかわからなかった。その場にいる人間たちは全員が革のヨロイに木のカブトというかっこうをしている。ゴブリンもどきは腰ミノ一枚だった。タツはアロハシャツにチノパンだ。こんなエキストラがまぎれこんだら映画がだいなしになる。

「バカ野郎! 死にたいのか! とっとと剣をひろって応戦しろ!」

 女だった。声を飛ばして来た女も革のヨロイに木のカブトで剣を手にしている。

「死ね! 人間!」

 ゴブリンもどきがタツに剣をふりおろした。タツはあわててよけた。ブンと音を立てて剣が地面に刺さった。演技とは思えなかった。あたったら頭がくだけそうな一撃だった。

 女がゴブリンもどきに斬りかかる。周囲は人間とゴブリンもどきの斬り合いだらけだ。

 タツは地面に倒れている男の剣を手に取った。ずっしりと重い。

 そこに別のゴブリンもどきが剣をふり降ろして来た。タツは剣で受けとめた。タツは中学時代に剣道を三年間やらされた。体育の授業が剣道だったせいだ。そのために竹刀での斬り合いには慣れている。

「メーンッ!」

 タツはゴブリンもどきの剣をいなしてゴブリンもどきの頭に剣をたたきこんだ。ズシャッと音がしてゴブリンもどきの頭がまっぷたつに裂けた。まっ赤な血がタツの顔にしぶいた。ゴブリンもどきがドタンッと倒れた。

「やるじゃないか」

 ゴブリンもどきと斬り合っていた女もゴブリンもどきを倒していた。女が地面に転がるゴブリンもどきの右耳を切り落とした。なにをやってるんだろうとタツは首をかしげた。

 女がタツを見てもどかしげな顔になった。

「お前も早くゴブリンの右耳を切れ。早くしないと切りそこねるぞ」

 女はせっかちらしく言いながらタツが頭をわったゴブリンもどきの右耳を切りはなした。

 そのときゴンゴンゴーンとドラの音が聞こえた。

「退却だ。おい帰るぞ」

 女がタツの尻を蹴った。人間たちが波が引くようにいっせいに動いていた。ゴブリンもどきたちも反対の方向へと去って行く。

 タツは女のあとを追った。女が走りながらふり向いた。

「ところでお前。どうしてカブトもヨロイもつけてないんだ? 服もなんか変だな?」

 タツは答えが見つからなかった。周囲は見わたすかぎりの平原だ。ビルも車もない。信号もアスファルト道路もない。あるのは人間とゴブリンもどきの死体だけ。

 女が眉を寄せた。

「まさかしゃべれないのか?」

「あ。いや。話はできる。ここはどこ?」

 女の走る先には小高い丘があった。丘の上には天幕が無数に張られていた。

「はあ? ウスタール王国のキナン平原じゃないか。おまえ大丈夫か? 頭を斬られたのか?」

「頭は斬られてない。俺は辰見純一郎だ。きみは?」

「たつみじゅんいちろう? それ名前か? 変な名だな。まあいい。あたしはアイーダだ。二十歳でウスタール第一師団の歩兵第一隊で十人長をつとめてる。お前はどこの部隊だ?」

「お。俺は」

 なんと答えるべきかタツは迷った。ここはあきらかに日本ではなかった。適当な部隊名をでっちあげるべきだろうか?

 アイーダがうなずいた。

「そうだな。疲れてるよな。くわしいことはあとにしよう。取りあえず天幕でやすめ」 

 アイーダに背中を押されてタツは天幕に入った。天幕には八人の男女がいた。女が三人に男が五人だ。革のヨロイに木のカブトをかぶったまま地面にへたりこんでいる。八人とも肩で息をして疲れはてた様子だった。声すら出せないみたいだ。

 一番歳かさの男が無理やり声をしぼり出した。

「た。隊長。そ。そいつは?」

 アイーダが答えをさがすみたいな顔でタツを見た。

「タツって言うらしい。あたしもよくわからん。だがこいつゴブリンを一刀両断したぞ。うちの一員にほしいから引っぱって来た」

「そういやワイルは?」

「ここにもどってないんじゃ死んだんだろうな。最後に見たときゴブリンに背中を向けてた。逃げ切れなかったんじゃないかな?」

「そう」

 男が肩を落とした。

 アイーダがタツの耳に口をよせた。

「うちの副隊長のロレインで二十六歳だ。戦闘になると剣をふり回すから近よるなよ。斬られるぞ」

 そのときリンリンリンとハンドベルを鳴らす音が聞こえた。八人の男女がよたよたと立ちあがった。ヨロイとカブトをはずして天幕を出て行く。

 アイーダがタツの尻を蹴った。

「お前も行くんだ」

 アイーダがタツの背を押す。奥の天幕に行列ができていた。タツは首をかしげた。

「あれはなんの行列だ?」

 えっというおどろき顔をアイーダが見せた。

「お前。本当に大丈夫か? カネがいらないのかよ? あれは出納係の天幕だ。本日の日当を支給してるんじゃないか」

「日当? 日当が出るのか?」

「あたり前だろ? 命がけで戦ってるんだ。カネをもらわなきゃやってらんないぞ」

 アイーダに押されてタツは行列の最後尾にならんだ。

「俺もカネをもらっていいのか?」

「いいに決まってる。お前はゴブリンを一匹殺したじゃないか。ゴブリンを殺せなかったやつが山ほどいるんだ。お前は胸を張ってカネをもらえ。歩兵第一隊に加入したタツだと名乗ればいい」

 タツの番が来た。アイーダが係に口を出した。

「きょう加入した歩兵第一隊のタツだ。あたしは歩兵第一隊の十人長アイーダだ」

 出納係が名簿をたしかめてけげんな顔になった。

「タツって名前はありません」

「きょう配属されたばかりだからな。書きくわえておいてくれ」

「は。はい」

 係がしぶしぶ名前を書きこむ。

「それからこれだ。ひとつはタツのぶんだぞ」

 アイーダがゴブリンの右耳をふたつ係に押しつけた。

 タツは金貨を十二枚わたされた。歩兵は一律金貨二枚で十人長は金貨四枚だった。ゴブリンの右耳ひとつが金貨十枚に変わった。

 天幕を出るとその足でとなりの天幕にならぶ者たちが少数いた。

「あれはなんでならんでるんだ?」

「あれも出納係だがカネをあずけにならんでるんだ。メシはタダだが酒と女は有料でな。酒と女にカネをつかわないやつがああしてならぶ。盗まれたり戦闘中に落としたりしないようにな。お前もあずけるんなら行って来い。歩兵第一隊のタツだと言えばあずかってくれる」

 丘のはずれで火をたいて煮物を作っていた。出納係の天幕を出た者たちが腰につけた革袋に金貨を入れて煮物の前に行列を作りはじめた。夕食の時間らしい。

 タツもアイーダといっしょに行列にならんだ。パンと煮物の椀とサジを受け取った。

「酒がほしければ一杯が銀貨一枚だ。金貨一枚は銀貨十枚だぞ。兵站課の酒舗天幕で売ってる。飲むか?」

「いや。俺は」

 タツひとりのときは酒を飲まない。石田や仕事仲間といるときはつき合いで飲む。未成年だが飲まないとぶんなぐられるからだ。

「そうか。じゃ女は?」

「女?」

「ああ。売春天幕がある。金貨二枚だ。男がいいなら男娼もいるぞ?」

「男? 俺そんな趣味はないから」

「まあたいていの男は女が好きだな。だが軍内恋愛は禁止だから憶えておけよ」

「軍内恋愛は禁止? なんで?」

「なんでってお前。わが軍は女と男の混成軍だ。女の取り合いや男の取り合いが起きたら戦争ができないじゃないか。へたすりゃ部隊内で殺し合いになる。だから禁止だ。発覚すりゃムチ打ち五十回だぞ」

「ムチ打ち五十回って重い刑なのか?」

「重いな。たいていは死ぬ。死ななくても一生立てなくなったりする」

「ふうん。そうなのか。憶えておこう」

 荒けずりの木の長いすに腰をおろして料理を食べた。硬い肉と野菜のスープと乾パンだった。まずくないというていどの食事だった。

 アイーダがふふふと笑った。

「なにか訊きたいことは?」

「俺がどこから来たか知ってるのか?」

「知らない」

「あきらかに俺のかっこうは変だろ? どこから来たのか訊かないのか?」

「たしかに変だし興味はある。だがあたしがほしいのは戦える者だ。どこから来ようが関係ない。お前が戦ってくれればそれでいい。あした死ぬかもしれないからな。詮索しても無駄になる。戦いたくなければ営倉おくりだ。敵前逃亡で死刑だな」

「し? 死刑?」

「とうぜんだろ? 国の存亡をかけて戦争をやってるんだ。誰だって死ぬのは怖い。怖いからって逃げれば兵士がいなくなる。戦争をつづけるための二択だ。斬首か戦死かだな」

 タツは考えた。

「戦えば生き残る可能性はある。戦わなければ首を斬られて確実に死ぬ?」

「そのとおりだ。だからみんないやいや戦ってる。お前みたいに踏みこめる人間は少数だ。みんな逃げ腰で敵に背中を向けるやつまでいる」

「なるほど。じゃ敵ってなんだ? ゴブリンなのか?」

「ああ。当面の敵はゴブリン五万匹だ。連中は魔王軍なんだ」

「魔王軍? 魔王がいるのか?」

「いるよ。北に魔族の国があって五年前に魔王がその国を統一した。魔王は魔族国だけじゃ満足しなくて人間の国までほしがったんだ。魔王軍はすでに四つの国をほろぼした。わがウスタール王国の隣国であるソーンベルグ皇国も魔王軍に占領された。魔王軍はソーンベルグ皇国を足がかりにわがウスタール王国に攻めこんで来た。それが現状だ」

「魔王軍に負けるとどうなるんだ?」

「人間は奴隷か皆殺しだな。ソーンベルグ皇国の女はオークの苗床にされてるって話だ」

 アイーダが食べ終わった。食器を炊事係に返しに行く。タツもならった。

 あくびをしながらアイーダがタツの顔を見た。

「あたしは男を買いに行く。お前はどうする?」

「えっ? お? おれは」

 どうすればいいかわからなかった。

「女が買いたいなら赤の天幕だ。青の天幕は男娼だからな。女を買わないならあたしたちの天幕で寝てな。酒を飲むなら酒舗天幕で売ってる。じゃまたあとでな」

 アイーダが青の天幕に向けて歩き出した。見回すと赤の天幕と青の天幕が立ちならんでいた。どの天幕も小さい。寝台がひとつ入るかという大きさだ。長蛇の列ができている赤の天幕もあった。アイーダの部隊の天幕にいた男女もそれぞれならんでいた。アイーダをふくめた全員が女または男を買うらしかった。

 ひとつだけ誰もならんでいない赤の天幕があった。タツはそこに足をはこんだ。タツは女を買ったことがない。私生活で女と交わったこともなかった。いまも女を抱きたいと思ったわけではなかった。することがなかったのでひまつぶしに誰もいない天幕に興味を抱いただけだった。

 行列のできている赤の天幕はいい女がいるのだろう。誰もならんでない天幕にはさぞ不細工な女がいるにちがいない。どんな女なのか見てやろう。そう思った。タツは恋をしたことがない。女から好かれたこともなかった。

 天幕の入り口をくぐると寝台に腰をかけている裸の女がいた。

「前払いで金貨二枚です」

 女は目をとじていた。不細工ではなかったが美人でもなかった。どこにでもいそうな平凡な顔立ちだ。十七歳くらいだった。胸は貧弱だ。

 タツは革袋から金貨を二枚取り出して女にさし出した。女は目をとじたままピクリとも動かない。目が見えないらしい。

 タツは女の手に金貨をにぎらせた。女が寝台の横にあったタンスの引き出しに金貨を入れた。目の見えない者特有のぎこちない動作だった。

「どうぞ」

 女が寝台に横になった。それだけだ。寝ているから行為におよんでくれということみたいだった。

 マグロもいいとこだとタツはあきれた。マグロとは魚河岸にならべられている冷凍マグロの意味だ。ただ転がっているだけであえぎもしない女をさす。男にとって最低の女の代名詞だ。

 タツはどうするべきか考えた。男の欲望はつきることがなく無修正ビデオは作れば作るだけ売れた。タツは一週間に一度は男優として女子高生と関係を持った。おカネがもらえて女とやれるいい仕事だとたいていの男はうらやましがる。だが苦労のない仕事などない。

 違法無修正ビデオは一時間ものが基本だ。恋する女と結合するわけではない。客に見せるのが目的の結合だ。監督がいてその指示にしたがわねばならない。脚本は一応あるが物語部分は五分にみたない。五十五分は男女の行為だ。ひどい監督だと五十五分も結合したままになる。男優自身が好き勝手に終われない。監督の指示どおりに終了しなければならない。臨戦態勢と終了を自由自在に制御するのはむずかしい。おまけにいつも可愛い女子高生とはかぎらない。不細工な女でも臨戦態勢を維持しなければならない。その一点だけでも向き不向きが明確にあらわれるのが男優という仕事だった。

 タツは仕事として女子高生と結合した。女の裸は好きだが惚れた女はまだいない。監督の指示どおりに女と結合するだけだ。行為を好きになったことはない。私生活では完成した無修正ビデオを見ながら自分でなぐさめるほうが好きだった。

 そんなタツだから女性経験は豊富ながら童貞と言ってもまちがいではなかった。タツ自身の意思で女と結合したことが一度もなかったからだ。精神的童貞が目の前にいるマグロ女をどうあつかうか?

 そのときタツの脳裏に昼間の戦場が去来した。眼前で胸を刺し殺された男。ゴブリンのふりおろした剣の風圧。ところどころに転がる人間とゴブリンの死体。ひとつ間違えれば俺も死んでいた。そうゾッとしたとたん女と結合したいという渇望が湧き起こった。タツは裸の女を前にして痛いくらいの下半身の緊張をおぼえた。

 とにかく女と結合したかった。タツは女のその部分をまさぐった。まったく濡れてなかった。仕事でも濡れにくい女子高生はいた。濡れない女は処女が多かった。その場合はローションを使って結合した。だがここにローションなどない。 

 タツはしかたがないから監督の指示を思い出すことにした。恋人同士の行為とちがって客に見せる行為だ。さまざまな絵画的行為を指示される。客を一時間あきさせないためにいろいろな工夫を監督がこらすのが常だ。ただ結合するだけだと客がすぐあきる。女がマグロだとつまらない出来になる。あまりに動きのすくない女には全身をくすぐることまでさせられた。

 寝台上の女はひとことも発せず身じろぎもしていない。まさに冷凍マグロだった。タツは女の末端部分にふれた。手の指先や足の指先だ。

 女がビクッと全身を緊張させた。

「ひっ! な! なにをするの!」

 目が見えないで寝転がっている女だ。タツが剣をふりあげていてもわからないにちがいない。いっそ結合されるほうが安心なのだろう。

 タツは女の耳に息を吹きかけた。

「ひゃん! な! なにっ!」

 女の首すじに舌を這わす。

「や! やだあ!」

 女を裏返して背中をなめた。

「いやあーん! なにするのよぉ!」

 女の声にあまさが混じりはじめた。不感症ではないらしい。女の声は可愛かった。

 タツは服をぬぎながら女の背面を指でまんべんなくなでまわした。女の身体がヒクヒクと波打つ。

「やん! あん! ああーんっ! やーんっ!」

 女をあおむけにした。ピンとふたつの突起が天井を向いた。両の胸をてのひらで包みこんでやさしくもみほぐした。突起に口を寄せた。硬くなった突起を舌で転がす。

「お客さん! そ! そこっ! ああんっ! なにっ! これっ!」

 女が腰を持ちあげて男を求めるしぐさをした。タツは指を女のその部分にのばした。さっきは干あがっていた部分がぬめりをおびた蜜を吐き出していた。

 さてどうするか? これなら結合しても女にケガはさせないだろう。それとももうすこし女の全身をほぐすべきか?

 考えながら女の前面を指の腹でなでた。女の裸体が寝台の上でビクビク跳ねた。冷凍マグロの解凍に成功したらしい。

「やーんっ! やんやんっ! お客さんっ! もうだめっ! あたしっ! あたしっ! もうっ! もうっ!」

 女がせっぱつまった声に変わった。タツは女の口にくちびるを寄せた。くちづけながら女の上にかさなる。結合した。女のその部分はきつかった。ウニウニとうごめいている。タツははじめての経験だった。名器というやつだろう。タツは終わらないように引きしめた。

「あっ! ああーっ! はあんっ! ひゃんっ! はっはっはんっ!」

 女の吐息があまくタツの頬をくすぐった。カメラマンに男女の結合部分をうつさせる体位に変えようとしてハッと気づいた。撮影じゃなかったと。

 タツは苦笑いをしながら女を追いあげた。

「あーんっ! あんっ! はんっ! ああーんっ! もうだめっ! だめなのっ! お客さーんっ! おねがいよぉ! あたしっ! あたしをっ! あたしをっ!」

 女が荒い息でタツにしがみついた。上からタツが突きくずす。女が下から腰を持ちあげる。女のつま先がそり返る。女の全身がのけぞる。女の腰が寝台から浮いてタツと深く結合する。

「ああああああああーっ!」

 女がタツの耳に終わりを告げる声をぶつけた。タツは自分を解放した。監督の合図なしに終了するのははじめてだった。

 女の全身がヒクッヒクッとこきざみにふるえている。女の呼吸が静かになりはじめた。ぐったりとしていた女がタツの頭のうしろに手をまわした。

「お客さん。もう一度くちづけをして」

 女は顔から足まで赤くほてっていた。タツは女のくちびるに舌を這わせた。

「あんっ! それだめぇ!」

 タツが口をつけると女が舌をからめて来た。女の中でタツが回復する。女がゆっくりとタツをむさぼる。女のその部分が生きているみたいにタツ自身をくすぐる。柔らかでぬめりをおびた幾本もの指につかまれているかのような感触だった。

 すぐに女の終わりが近づいた。

「おねがいお客さん。もう一度」

 女がなにを求めているかにぶいタツでもわかった。女がのぼりつめるのに合わせて自身を解放する。女の部分がタツをはなすまいと吸いあげた。

「あっ! あっあっあっ!」

 女が静かに終わった。

 タツは服を着た。

 女が手さぐりでタツの手をにぎった。

「お客さん。また来てね。あたしこんなのはじめて」

 タツは疑問だった。この女のその部分は絶品だ。なのになぜこの女に行列ができない?

「きみの名は?」

「あたし? カタリナ。お客さんは?」

「タツだ。どうしてカタリナは人気がないんだ?」

「目が見えないのと胸がちいさいせいじゃないかしら? 顔もみにくいのかもしれないわ」

「なぜ娼婦なんかやってる?」

「あたしは孤児だったの。十四歳のときに熱病にかかって目が見えなくなったわ。そんなあたしにできる仕事は娼婦しかなかったの。戦争のせいでどんな女でも雇ってもらえたから助かったわ」

「ふうん」

 タツは親近感を抱いた。袋から金貨を取り出すとカタリナに握らせた。

「なにこれ? 前ばらいでもらってるわよ?」

「もう一回したからな。そのぶんだ」

「あれはあたしがしてほしかったからよ。これはもらえないわ。ううん。タツならこれからずっとタダでいい。また来てほしいの」

「だめだ。カネは受け取れ。でないともう来ない」

「なんで? タツからおカネをもらいたくないんだけど?」

「じゃもう来るのはやめよう」

「やだ! そんなこと言わないでよ! わかった。受け取る。受け取るからさ。また来てね」

「わかった。また来よう」

 タツは金貸しだ。カネに対して哲学を持っている。仕事をすればカネをもらう。タダ働きは絶対にしない。そんな哲学だった。自分だけではなく他人にもそれは適用される。

 さびしそうに肩を落とすカタリナを残して天幕を出た。いっしょにいてやりたかったがキリがない。カタリナの天幕の前にはやはり誰もいなかった。

 タツは丘の上を見回した。天幕がかぞえ切れないほど乱立している。長蛇の列ができていた赤の天幕は人の数がへっていた。

 タツは好奇心がムクムクとわきあがるのをおぼえた。行列のないカタリナは名器だった。なら男たちに一番人気の女はどれほどの器の持ち主なのか?

 行列の最後尾についた。しばらく待つとタツの順番が来た。天幕の入り口にカブトとヨロイをつけた女兵士が立っていた。

「前ばらいで金貨二枚だ」

 タツは女兵士の手に金貨を乗せた。

「入っていいぞ」

 女兵士が天幕の入り口をかきあげた。察するところ一番人気の女をめぐっていさかいが起きやすいのだろう。それをとめるために女兵士をつけている。俺が先だ。いや俺が先にならんでたんだぞ。そんなあらそいを想像してタツはニヤリと笑みをうかべた。

 寝台の上に裸の女がひとり横になっていた。ととのった顔立ちに豊かな胸をしていた。だがタツが近寄ってもニコリともしなかった。この女もマグロらしい。十七歳くらいに見えた。

 タツは女のその部分のぐあいをしらべた。男たちがさんざん吐き出したせいでグシャグシャだった。タツはズボンをずらして女にかさなった。結合しても女は動かない。声も出さない。

 女のその部分はおそまつだった。ピクリともしまらない。タツは終了せずに女からはなれた。

 天幕を出てこの女がなぜ一番人気なのかを考えた。答えは女の天幕を見ていてわかった。タツの次の男は入って三分もしないうちに出て来た。その次の男も早かった。

 タツはなるほどと納得した。この世界にはアダルトビデオやエロマンガがないのだろう。つまり性知識の持ち合わせが誰にもないわけだ。女はマグロのように寝ているだけ。男は女に結合してすぐに終了する。女のその部分を味わうひまがないにちがいない。

 それなら顔がよくて胸の大きい女が一番人気になるのも納得だった。アイドルのグラビアを見ながら自分をなぐさめるのと似たようなものだからだ。

 エロ先進国の日本では女子高生すら卓越した技術を持っている。マグロ女が一番人気になることは現代日本ではありえない。江戸時代でもエロ浮世絵があったからこの世界は江戸期以前のエロ事情なのだろう。

 タツはアイーダの天幕にもどった。月あかりがさしこむ天幕の中ではタツ以外の九人がすでに寝ころんでいた。土の上に毛布を敷いただけの寝床だった。アイーダが半身を起こしてタツをまねいた。

「タツ。ここに寝ろ」

 アイーダの右どなりの毛布にタツは腰を落ちつけた。

「ずいぶんゆっくりだったなタツ? 何人かハシゴしたのか?」

「まあな」

 タツはジロジロとアイーダを観察した。小さく可愛い顔をしている。この女もそういう行為をしたあとかと思うと妙な気分になった。

「あしたはまた戦闘がある。早く寝ろよ」

「わかった」

 タツは横になった。だが眠りはおとずれなかった。昼間の戦闘を思い出してあれやこれや考えた。自分が死ぬかもしれないと思うと胸がキュッとしめつけられた。

 アイーダが寝息を立てはじめた。名前も知らない五人も熟睡しているようだ。女ひとりと男三人は眠れないらしい。しきりに寝返りを打っている。そのきぬずれの音が耳についてタツも眠れない。

 となりの男がひんぱんに寝返る。手がタツの頭にあたった。

「いてっ!」

「あっ。わるい。ぶつかっちまった。ゆるしてくれよ新入り」

 男は十七歳くらいだった。股間が盛りあがっていた。この男はさっき赤の天幕にならんでいた。女に吐き出したばかりだというのにまだおさまらないみたいだ。

「そんなに眠れないならもう一度赤の天幕に行けばどうだ?」

 男が顔を曇らせた。

「カネがないんだ」

 タツはハッと気づいた。ここにいるのはあした死ぬかもしれない者ばかりだ。カネがあっても死ねばどうしようもない。それでその日のうちにカネを使い切るのだろう。食事と天幕はタダだからカネがなくても生活はできる。

「じゃ俺が貸してやろうか?」

「本当か?」

「ただしだ。一日につき五割の利息をもらうぞ」

 違法高利貸しでも十日で一割だ。一日で五割の利息はひどすぎる。だがあした死ぬかもしれない者にカネを貸すわけだ。取りはぐれるのを前提で貸す以外になかった。日本では返さない者でも家財道具を売るとかマグロ漁船を斡旋するとかで回収できる。ここでは死ねば終わりだ。回収するすべがない。

「五割の利息って?」

「きょう金貨二枚を貸せばあした金貨一枚の利息をもらうってことだ。返すべき金貨二枚はそのまま借金として残る。それでもいいか?」

「ああ。それでいい。貸してくれ」

 予想どおりの返事だった。あした死ぬかもしれない者が借金を気にするはずがない。ひらき直って踏み倒すのも簡単だろう。

「ふむ。お前の名は?」

「ヨンドンだ」

「俺はタツだ。よろしくな」

 タツがヨンドンに金貨をわたしていると女がにじり寄って来た。

「あのう。あたしにも貸してくれる? あたしリンダよ」

 リンダは十五歳くらいだ。タツより若そうだった。モジモジしている。男を買いに行くのが恥ずかしいらしい。

「ああ。いいぜ」

 残りふたりの男もやって来た。男たちはライトとルービルと名乗った。ふたりとも十七歳くらいだった。

 タツからカネを受け取ると四人は天幕を出て行った。タツは眠りにつこうとした。タツが眠る前に四人が天幕にもどって来た。結合はあっという間だったみたいだ。四人は毛布にくるまると寝息をかきはじめた。タツだけがいつまでたっても眠れなかった。

 タツはスマホを取り出した。だが充電が切れていた。こんなところで電力がなくなったらスマホはただのがらくただ。がっかりしてタツは寝るべく努力をした。

 翌日は朝からどんより曇っていた。タツの腹時計では午前十時ごろに戦闘がはじまった。朝飯を食って身じたくをするひまが充分にあった。人間もゴブリンも夜中に奇襲をかけたり夜明けに襲って来るということはしないようだ。

 北からゴブリン軍がドドドッと走って来た。南からは人間たちがワーッという喊声をあげながらゴブリン軍をむかえ討つ。威勢はいいが双方ともに腰が引けていた。アイーダが言ったとおり好きで戦っている人間もゴブリンもいないらしい。それでも相手を倒さないと自分が罰せられるから戦うみたいだ。

 歩兵は人間もゴブリンも手さぐりでお互いのすきをうかがいながら斬り合っている。自分が斬られずに相手を殺せるときだけ踏みこむようだ。

 タツの相手もそうだった。

「人間! 覚悟しろ! 殺してやる!」

 口はぶっそうだが剣は浅い。タツにすきができないかぎり深く斬っては来ないらしい。

 タツは剣道の授業でならっていた。すきの作り方を。

 タツがゴブリンに斬りこむ。剣がゴブリンにとどかず地面にめりこんだ。すきありと見てゴブリンが剣をふりかざす。

「死ね! 人間!」

 タツはゴブリンの剣がふりおろされる前に剣をくり出した。

「メーンっ!」

 上段からの剣がゴブリンの頭をたたきわった。血と脳みそが飛び出した。ゴブリンがドタッと地面にうつぶせに倒れた。タツは右耳を切り取った。

 そのときとなりで対戦しているアイーダが目に入った。ゴブリンに攻めこまれてジリジリとあとずさりしていた。

 タツはうしろからゴブリンに斬りかかった。卑怯かなと思ったが相手は魔物だ。かまうまい。

「メーンっ!」

「ぎゃっ!」

 タツの剣はゴブリンの肩に裂け目を作った。すかさずアイーダがゴブリンの胸をつらぬいた。ゴブリンがあおむけに地面に倒れた。

 アイーダがタツの顔を見た。

「ありがとうタツ。助かった。ところでこれ誰の獲物だ? あたしのか? お前のか?」

「アイーダのだろう。致命傷はアイーダだ」

「そうか。すまないな。もらっとくよ」

 アイーダがゴブリンの右耳を切った。

 そこにタツの背後からゴブリンが斬って来た。タツは剣を合わせて斬りむすぶ。今度のゴブリンは用心深かった。わざと作ったすきに乗って来ない。お互いに決め手を欠いたまま撤退のドラが鳴った。

 アイーダ隊でゴブリンを殺せたのはアイーダとタツのふたりだけだった。残りの八人も疲れ切っていたがゴブリンを殺すところまではいかなかったらしい。そもそも二十六歳のロレインが最年長だ。あとはタツと同じかすこし下の年ごろに見える。剣をふり回すのに慣れてない感じだった。

 昼食を食べながらタツはヨンドンに顔を向けた。

「なあヨンドン。お前はどうしてこの戦争に参加してるんだ? 志願兵じゃなさそうだが?」

「ああ。今年の春に徴兵されたんだ。俺は農家の次男坊だよ」

 タツは考えた。このままカネを貸しつづけて借金をふくらませればどうなる? 大量の借金ができても死ねば終わりだ。もうけにならない。生きるか死ぬかという戦いをしていると酒か女で恐怖をごまかすしかないようだ。ヨンドンがゴブリンを殺せない以上もう女は抱けない。女を抱くためにはタツから借金をするしかない。

 タツはカネを貸すことに危惧をおぼえた。回収不能な者にカネを貸しつづけるわけにはいかない。ではどうすればいい?

 アイーダが口をはさんで来た。

「タツ。お前あの『メーンッ!』って技をあたしたちに教えてくれないか?」

「はあ?」

 タツは剣道の授業で面を打ちこむときはメンと声に出せとならった。クラス中がやっているから真似したにすぎない。いまでは習慣からメンと叫んでいるだけだ。わざではなかった。

「ほら。ゴブリンを倒すときに『メーンッ!』って叫んでゴブリンの頭をわるだろ? あの必殺技を教えてくれよ」

 タツは苦笑いしながらうなずいた。

「わかった。俺の知ってるかぎりでいいなら」

 昼食がすむとアイーダ隊の面々に上段のかまえを指導した。足はこび。声の出し方。呼吸法。フェイントのかけ方。胴やこての狙い方も教えた。

 午後からまた戦闘がはじまった。どうやら午前と午後の二回戦闘をするらしい。それぞれ一時間くらいだ。疲れがたまったころに双方が退却させるようだ。

 その午後にゴブリンを殺せたのはヨンドンだけだった。タツもアイーダもゴブリンに傷はおわせたが時間切れだった。

 ヨンドンがうれしそうにタツの肩に手を置いた。

「やったよタツ。お前が教えてくれたとおりにしたら倒せた。お前のおかげだ」

 出納係から金貨を受け取ったヨンドンが金貨を三枚タツにわたした。これでヨンドンは借金がゼロだ。しかしリンダとライトとルービルは利息の金貨一枚を返却しただけで借金は金貨二枚のままだった。

 タツは電卓のないこの世界では計算がめんどうなので利息を四捨五入にすると宣言した。つまりきょう三枚の金貨を貸せばあしたの利息は本来だと金貨一枚と銀貨五枚だ。それを金貨二枚にするわけだ。暴利も行きすぎと言うべきだった。だが借りる者たちはあした死ぬかもしれないと思っているから気にしなかった。

 タツはリンダとライトとルービルに金貨を一枚ずつ貸した。また男や女を買いに行くためのカネだった。

 この調子で毎日カネを貸すとどうなるかタツは計算してみた。単純な複利だと六日で借金が金貨二十枚を越える。おそらく金貨二十枚を越えると返済不可能になるはずだ。

 タツは考えた。借金が金貨十枚になる前にリンダたちにゴブリンを殺させなければならない。でないと借金の回収はできないはずだ。

 夕食を食べながらタツはアイーダに顔を向けた。

「ゴブリンは五万匹って言ってたよな? 人間は何人なんだ?」

「ほぼ五万人だ」

「この戦争っていつからやってるんだ?」

「魔王軍が侵攻を開始したのは四年前だ。ここで戦闘がはじまって半月くらいかな? 一日に双方の死者が百人前後だから決着はまだ先の話だろう」

「おいおい。一日にゴブリン百匹かよ? 全滅させるのに五百日もかかるじゃないか? 一年以上ここで戦闘をするつもりか?」

「いや。そうはならないはずだ。わがウスタール王国も兵士を増員させようと村や町から徴兵をつづけてる。ただ魔王軍もここの戦況が悪くなればオーク軍や人狼軍やスケルトン軍やドワーフ軍を投入してくるはずだ」

「魔王軍はゴブリン以外にも戦力があるのか?」

「ああ」

「どうして全軍でかかって来ない? 全部隊を投入すればここの人間たちはもたないんじゃ?」

「魔王軍はそれぞれが仲が悪いと聞いてる。そもそもゴブリンはゴブリンだけで住んでる。オークはオークだけがかたまって暮らしてるしな。だから頂点のゴブリンキングやオークキングは共闘するのがいやらしい」

「魔王は命令しないのか? 全軍同時に戦えと?」

「魔王は魔王城にいてそれぞれの種族にまかせてるそうだ。いまのところ個々の種族だけでも四つの国をほろぼしてるから口を出してないんだろうさ」

「なるほど。じゃ兵士の増員ってどのくらいになるんだ?」

「一万人ほどだと思うな。すでに動員できる者は駆り出したあとだ。大量増員は期待できないはずだよ」

「ヨンドンは農家の次男坊だと言ってた。若者が多いみたいだけど徴兵の法則ってあるのか?」

「ある。村や町に徴兵係を置いて動員するんだがね。長男や大黒柱はさけるのさ。次男や三男や独身者が対象になる。対象になっても金貨二百枚をはらえば兵役を免除される。一般人の平均月収が金貨二十枚だから十ヶ月ぶんだな」

「ふむふむ。カネのない若者が兵士として徴兵されるってことか? アイーダもかい?」

「ああ。あたしは王都の貧乏一家の長女だ。妹が徴兵対象になったんだが身体が弱いからあたしが代わったんだよ。カネがなかったんでね」

「ふうん。それで二十歳なのか。兵士としての訓練はどうなってるんだ?」

「徴兵されたあと弓と剣を十日間訓練されただけだ。魔王軍が国境を越えてから徴兵されたんでな」

「急ごしらえだったわけか」

 タツは納得した。そのせいでみんな剣のふり方すら素人だったんだなと。

「十人長ってのはどうすればなれる?」

「お前もなりたいのか?」

「いや。年齢でもなさそうだからね。ロレインは二十六歳で副隊長だと言ってたものな」

「十人長はゴブリンを累計で五匹殺せばいいんだ。その時点で人事係に申請を出す。すると百人長以上の部隊長が模擬戦をしてくれる。部隊長を納得させれば十人長になれる。だが隊全体で一日に一匹のゴブリンを殺せないと平兵士に降格だ。罰金も金貨二十枚をはらわされる。それがいやで平兵士のままのやつも多い」

「隊長は重圧があるってことか」

「そのとおりだ。十人長の次は二十人長でな。その次は五十人長だよ。そのあとは百人・五百人・千人・五千人・万人と昇格して行く。一万人長は師団長と呼ばれて特別あつかいだな」

「五万の兵がいるって言ってたよな? じゃ師団長は五人いる?」

「そう。第一師団から第五師団まである。総司令官は王子さまだ。十六歳でおかざりだよ。二十人長になるには累計でゴブリンを十匹殺さなきゃならない」

「あれ? アイーダ隊はすでにゴブリン十匹を越えてるんじゃ?」

 タツが参加してからでも五匹のゴブリンを殺している。十人長になってゴブリンが一匹も殺せなかったら降格するわけだ。おそらく五匹くらいは殺しているだろう。

「ああ。越えてるよ。だが人事係は書類仕事なんだ。出納係のところに集まるゴブリン討伐の数字やその他さまざまな数字と日々格闘してる。そのせいですぐに昇格の手つづきとはいかないのさ」

「なるほど。お役所仕事ね」

「そうさ。もう質問はないか? なければあたしは男を買いに行くが?」

 夕食を終えて売春天幕にならぶ者がふえていた。

「そうだな。取りあえずはないな。あ。アイーダは毎日男を買ってるのか?」

「なんだよ? 女が男を買っちゃ悪いのか?」

「そういうわけじゃない。ふと気になっただけだ」

「男を買わないと眠れないんだよ。あたしは酒がだめだから」

「ふうん。質問はそれだけだ。男を買いに行ってくれ」

「ああ。またあとでな」

 アイーダが立ちあがった。

 タツは男娼の天幕を見た。女たちが列をなしていた。男娼の天幕も小さい。おそらく男娼もひとりいるだけだろう。ひとりの男があの女たち全員を相手にするのかとタツは首をかしげた。

 娼婦がひとりで行列の男たちの相手をするのはできる。だがひとりの男娼が多くの女たちの相手をして女たちは満足するのだろうか?

 男がひと晩に終了できるのは三回くらいだ。最初の三人に終了すればあとの女には終了できない。早い者勝ちなのだろうか?

 タツは盲目のカタリナの天幕を見た。誰もならんでなかった。

 男たちの行列はふたつの赤い天幕に集中していた。昨夜一番人気だった天幕の行列がやはり一番長い。二番人気がそれにつぐ。三番目はガクッと数がへっている。同じカネをはらうなら美人でということらしい。

 タツはカタリナの天幕に足をはこんだ。

「タツ! 来てくれたのね!」

 カタリナが抱きついて熱烈にくちづけを求めた。

 タツはカネをわたしたあとカタリナを満足させてやった。

 荒い息のまま余韻にひたっているカタリナの髪の毛をすいた。

「カタリナ。町にも売春宿ってあるのか?」

「なあにそれ? 町に売春婦を買いに行きたいの?」

「いや。俺はこの世界にうといんだ。だからこの世界のことを教えてくれ」

「はあ? この世界のこと? まるでちがう世界から来た人みたいね。まあいいけどさ。町にも売春宿はあるわよ。一回で金貨一枚から五枚だって話だわ」

「町にはほかにどんな店がある?」

 カタリナが疑問顔のまま答えた。

「いろいろあるわよ。宿屋でしょ。雑貨屋。服屋。靴屋。武器防具屋。薬屋。酒場。冒険者ギルドや教会もあるわ」

「本屋はないのか?」

「ないわ。本って一冊一冊が手書きだからね。高価すぎて売ってないわよ。本が読みたければ教会の図書室か王宮の図書館に行くことね」

「ふむ。識字率も低そうだな。じゃ金貸しはあるか?」

「金貸し? 金貸しってなに?」

「銀行はないのか?」

「銀行? それもわからないわ」

「ううむ。この世界じゃあまったカネをあずけるとかはしないのか?」

「ああ。おカネをあずけるのは商業ギルドよ」

「なるほど。なら商業ギルドでカネを借りられる?」

「一般人には貸してくれないわよ。商売をする人じゃないと」

 銀行の役目を商業ギルドがこなしているらしい。

「ふむふむ。じゃ病気はどうだ?」

「病気? 風邪とか?」

「いや。そうじゃなくてな。売春にかかわる病気だ。売春宿特有の病気はないのか?」

「聞いたことないわねえ。女の部分がすり切れちゃうとかはあるけど病気は知らないわ」

 この世界に性病はないらしい。

「避妊はどうなってるんだ?」

「軍が避妊薬をくれるの。町の薬屋でも売ってるわよ」

「そうか。俺は金貨二枚をはらったけどカタリナの取りぶんはいくらなんだ?」

「一枚よ。軍に一枚はらうの」

「兵士は徴兵されてるが売春婦もそうなのか?」

「ううん。ちがう。募集に応募するの。だから好きなときにやめられるわ。人気のある人はおカネを貯めてやめちゃうの。あたしは人気がないからやめられないのよ。ここをやめたら町では仕事がないしね。でもひとりもお客がいなくてもご飯は食べさせてくれるし寝床にもこまらない。あたしにとってはいい職場よ」

「客がつかないとクビにならないのか?」

「人気のある人がいつやめるかわからないからクビにしないんじゃないかしら?」

「なるほど。上位がいなくなればカタリナでがまんしようって男もあらわれるか。そうだ。カタリナ。きみたちは娼婦同士で話とかするのか?」

「昼間は話してるわよ。夕方にならないと仕事がないからね」

「人気一位の女はどうだ?」

「オードリー? 彼女はだめね。あたしたちと話そうとしないわ。没落貴族のお嬢さまって聞いてる。オルドリッジって家の男爵令嬢ですって」

「じゃ二番人気は?」

「ビビアンは気さくな人よ。あたしがトイレに行くときも手を引いてくれるわ。農家の長女だそうよ。弟と妹がいっぱいいて家族のためにここに来たって言ってた」 

 タツはうなずいた。狙うなら二番目かと。

「ありがとう。参考になったよ」

「タツ。また来てね。待ってるわ」

 カタリナがくちびるを突き出した。タツはこたえてやった。

 アイーダ隊の天幕にもどるとタツ以外の九人はすでに横になっていた。男たちはいびきをかいている。

 起こさないように足音を殺してタツは毛布にもぐりこんだ。目をとじてカタリナから聞いたことを整理してみる。いつまでこの世界にいるかわからない。だが戦争が終わったら町で金貸しをすれば生きて行ける。そう思った。個人でカネを借りたがる者はきっといるはずだと。

 人生はエロとカネだといつも言っていた石田の言葉がよみがえる。どんな社会であろうが人間がいれば金貸しは必要とされるだろう。そのためにも軍隊でカネをかせいでおくべきだ。資金がないとカネは貸せない。

 そんなことを考えているととなりで寝ているアイーダの吐息が荒いことに気づいた。

 かすかに入りこむ月あかりで見るアイーダの毛布は盛りあがっていた。アイーダはふんふんと声を殺していた。みずからなぐさめているらしい。

 タツはなるほどと思った。男は終了すれば満足をえられる。単純なものだ。

 しかし女はそうはいかない。結合するだけで満足する女はいない。特に男娼は終了してないはずだ。一分ほど結合したあと終了したふりをして終わりにするのではないか?

 タツは知っていた。そんな結合で女が満足するはずがないと。

 女を満足させるためにはさまざまなことをしなければならない。タツの経験ではそうだった。結合しただけで満足した女はいなかった。監督もそう言っていたし女自身もそう説明した。

 タツはしばし考えたあとアイーダに手をのばした。ビクンとアイーダが引きつった。

「えっ? こら。タツ。なにをする?」

「いいからつづけろよ。満足したいんだろ? 俺が手を貸してやる」

 タツはアイーダの耳をなでた。

「あっ。あん。こら。タツ。やめろ」

 アイーダが鼻声で告げた。だがアイーダの手は下腹と胸から離れようとしない。

「いいからいいから。そのままそのまま」

 タツはアイーダの耳に吐息を吹きこみ両手でアイーダの全身をなでまわした。アイーダの息が熱くなる。

「やっ。こら。ああん。いやっ。こら。やめろったら。やん。あん。ああん」

 あおむけに寝ていたアイーダの身体を横向けて服の上から背中に指を這わせた。

「やだ。こら。だめ。それ。いやん。あんっ。やーん」

 どんどん声があまくなった。下腹と胸にあるアイーダの手も早さを増した。

 タツはわざとお尻をさけて足首から太ももまでをなであげる。

「はんっ。ひゃんっ。ほんとにだめだったら。ああん。それ。そこ。いやん。お尻をなでてよぉ」

 アイーダの吐息が切れ切れになった。つま先がそりかえって背すじもそっている。そろそろ終わりが来るらしい。

 タツはアイーダのズボンをずらして裸のお尻をなでた。アイーダの耳をかむ。

「ああーんっ。ひいいっ。いいっ。いいのぉ。それすごくいいっ。やーんっ。あたしもうだめぇ」

 アイーダの右手がさらに早く小きざみになった。タツはもう片手でアイーダの胸をつつみこんだ。アイーダの全身がのけぞってけいれんをはじめた。アイーダが顔をふり向けてタツの口をもとめた。タツはアイーダに舌をからめてやった。アイーダがお尻をタツにこすりつけてさらに全身をひくつかせた。

 アイーダの鼓動がおだやかになるとタツはアイーダのズボンを元にもどした。髪の毛をなでてやるとアイーダが眠りに落ちた。

 タツも寝ようと毛布をかぶった。そこにもそもそと誰かが這って来た。

「ねえタツ。あたしにもして。おねがい」

 リンダだった。リンダがタツの毛布をどけてタツの上に乗った。タツは苦笑しながらリンダののどに舌を這わせた。

「あんっ。なにそれっ。そんなとこ。ああーん。なんでそんなとこがいいのよぉ」

 のどからうなじへ。耳。頬。まぶた。くちびるをさけて舐めまわす。女は直接の刺激よりからめ手から攻めるほうが盛りあがりやすい。監督からそう指示された。

 絵的にも女のいろいろな部分を撮影するほうが五十五分もたせられる。エロ動画だからやることは決まっている。だが見る男をじらすのも手だった。無修正動画とはいえエンターティメントだ。序破急がないと見ていておもしろくない。ホラー映画でじょじょにあおって最後にドドーンと恐怖をぶつけるのと同じだ。見せ場は最後にまわさないと竜頭蛇尾になる。

 タツはリンダの服の上から肩や腕にゆっくり指をすべらせた。男とちがって女は性感帯がどこにあるかわからない。ひとりひとりちがうからさぐってみるしかない。

「やんっ。こんなのはじめてっ。なんで腕をなでられてるだけで気持ちいいのよっ。あーん。わきの下はだめぇ。ひゃんっ。肩胛骨もいやーんっ。せっ。背中もこまるぅ」

 タツはリンダの右手をつかんでリンダのズボンの中に持って行く。自分でやれと。

 リンダが自分をなぐさめはじめたのでタツはリンダの鎖骨から首へと舐めまわす。

「あっ。あっあっあんっ。やんっ。それ。それぇ。やだあっ。あごでとめないでぇ。口まで来てよぉ。ああんっ。いじわるぅ」

 リンダが右手ごと下腹をタツの太ももにすりつける。ビクンビクンとリンダのお尻が波打った。

 そろそろほぐれて来たと見たタツはリンダの服をまくりあげた。乳房をさけてへそから首までを指でさぐる。

「やーんっ。おへそだめぇ。こらあっ。あばら骨を横になでるなぁ。ひゃあんっ。なんで首ぃ? ひっひっひぃっ。そこはおっぱいに行くところでしょう? やだぁ。あんっ。あんたおかしいわよぉ。ああーんっ」

 リンダの左手はタツの胸にあてられて自身の体重をささえている。タツの上に乗っているせいで胸にさわりたくてもさわれない状況だった。

 タツは考えた。上下を入れかえるべきか? このままがいいか?

「キスして。キスしてよ。おねがい。キスしてっ」

 リンダが上からタツの口を吸った。上下を入れかえる時間はないらしい。女はタイミングをあやまるとせっかく盛りあがったのが一瞬で冷める。冷めた女をふたたび燃えあがらせるのは困難をきわめる。

 リンダが腰を上下させる。吐息が熱をおびてあまくとろける。舌を必死で回転させる。

 タツはリンダの胸に両手をあてた。リンダがのぞむように手を動かす。

「いやーんっ。あんっ。はんっ。やだっ。そこいいっ。いいのぉ。もっ。もうだめぇ」

 リンダが下腹を突き出して左右にふった。

 タツはリンダの体重をささえている左手をはらってリンダを自分の胸に押しつける。リンダの背中に両手をまわして抱く。

「ああーんっ。そうよっ。もっときつくっ。もっともっと強く抱きしめてぇ。ああっ。いいっ。すっごくいいわっ。ひっ。ひっ。ひいいいぃっ」

 リンダも左手でタツを抱く。リンダの腰がひくっひくっと前に押し出された。グリグリとタツの太ももに下腹がこすりつけられた。ビクンビクンとリンダの全身が波打ちながら硬直した。

 リンダが荒い息のままタツの上でぐったりとなった。呼吸が通常にもどるとリンダはタツの上に乗ったまま寝息をかきはじめた。

 リンダをどうすべきかタツが考えているとさらにふたりの女がタツに寄って来た。

「あたしたちにもおねがい」

 クローデットとコンスタンスだった。ふたりとも十六歳だと自己紹介していた。

 タツは苦笑いしながらふたりにも満足をあたえた。


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