「………仕方ない。人生は修行だ」
「というわけでデリカシーがないことは百も承知だけど、先輩の両親について教えてよ」
放課後。調理室で涼音との会話の内容を話した証はゆうきにそう頼んだ。
「私の両親なら子どもにどんな名前を付けるのかを探るというわけか……」
「そゆこと」
ウィンクをして答える証にゆうきは少し考える。
「とはいえ、私も両親と死別したのかなり前だからあまり覚えていないんだよな………」
思わぬところに仕込まれている地雷に証は早速めげそうになる。
「えーっと、じゃあ、ご両親の職業を教えてよ」
「両親の職業か……母が陰陽師で父が教師だった」
安倍晴明やら有名どころの陰陽師が証の頭に浮かんでは消えていく。
「お母さんが陰陽師でお父さんが教師か……」
「ちなみに母は、優秀な陰陽師だったらしい」
ゆうきの補足説明に証は少し戸惑いながらも質問する。
「優秀な陰陽師って…………どれくらい優秀だったの?」
「母が出ていけばたいていの妖怪がらみの事件は収まるレベルで優秀だったらしい」
「なにそれ、最強じゃん」
「ま、私にはそんな才能はなかったわけだが」
ゆうきは、少し寂しそうに笑いながら自身のズボンをぎゅっと握りしめる。
陰陽師として優秀な母を持ちながら、ゆうきは陰陽師養成所をやめ、この普通科高校に通っている。
そんなゆうきの表情に証は、少しだけ言葉に詰まるが、ぐっと飲み込んで続ける。
「じゃあ、お父さんは何の先生をやってたの?」
「小学校と中学校の先生を両方やっていたと思う」
「どんな先生だったとか知ってる?」
「あまり知らないんだ。母と違って父を知っている人に会う機会がなくてな」
普通の学校に通っていればまだ、同僚の教師にあう機会もあったかもしれないが、陰陽師の学校に行ってしまえばまず、会う機会などない。
「特に父も仕事仲間を家に呼ぶような性格じゃなかったしな」
ゆうきはそう言いながら申し訳なさそうな顔になる。
「すまない。あまり、参考にならなくて」
「いや、先輩が謝る事じゃないよ」
証はそういいながら、思いついた漢字を手帳に書く。
「お母さんが陰陽師ってことは、やっぱり、漢字は『勇気』かな?」
陰陽師という命を懸け、そして体を張ることが当たり前の仕事の中にいたのなら、この言葉の意味を誰よりも理解していただろう。
「私も真っ先にその漢字に思い至ったが、あまりピンとこなかった」
ゆうきの記憶を揺さぶることは出来なかったようだ。
証は肩を落として『勇気』にボールペンでバツ印を付ける。
「まあ、僕が考えてすぐに思い出せたら先輩もこんなに悩んでないよね」
「そうか?私の費やした時間より証のひらめきが勝ることもあるだろ?」
「ひらめけばね……」
証はため息を吐きなが視線をひいらぎに向ける。
「ひいらぎ様はお母さんがどんな人か知らないんですか?」
「知らんな。というか何故そう思う?忘れていないとは思うが吾輩がゆうきにあったのはここ二、三年の間だぞ」
「付喪神なんてその辺にいないでしょ?だから、陰陽師の本部みたいなところで管理されていたのかなぁと思って。もしそうなら、先輩のお母さんの話をどこかで聞いてたんじゃないかなぁと」
証の言い分にひいらぎは感心したように頷く。
「なるほど。考えは悪くない」
「でしょ?」
「だが、残念ながら吾輩は野良の付喪神。証風にいうならその辺にいた付喪神だ」
「因みにどこに?」
「ゆうきの祖父母の蔵」
順調にヒントがつぶれていく状況に証は肩を落とすしかない。
「………仕方ない。人生は修行だ」
証は、くじけそうになる自分を奮い立たせて肩に力を入れ、胸を張る。
「とりあえず、知り合いが分からないお父さんじゃなくて、知り合いが分かりそうなお母さんから当たろう。先輩、陰陽師の方で気軽に話せる方とかいない?」
現状評価を聞き出せているのは母親の方だけだ。そう思って尋ねるがゆうきは、目を逸らしながら首を横に振る。
「いない」
「……………いや、聞いといてなんだけど、一人か二人ぐらいいるでしょ?」
「いない」
「……………ひいらぎ様」
助けを求めるように証は、ひいらぎに目を向けるが少し困ったようにため息を吐く。
「まあ、陰陽師養成所からこっちに来たと言う時点で察してやれ」
ひいらぎの返答に証は、自身の頬が引き攣るのを必死に抑えようとした。
薄々思ってはいたが、ゆうきはとにかく隠し事が多い。
そもそも、陰陽師の夢が破れたからこの普通校にきたと言うのもわけが分からない。
陰陽師の夢が破れたというのはそもそもどういうことなのかが分からないと結局何故、この高校に通っているのかも分からない。
知りたいと思うし、せめてもう少し隠し事を消して欲しいと思う。だが、それが名前の理由探しと一体何の関係があるのかと、ゆうきに聞き返されてしまえば、証には答えようがない。
「…………………それじゃあ、お父さんから当たるかね」
人間関係の明るそうな母か当たりたかったが、そうもいかないということが判明したのでもう、この案しかないのだ。
「だが、母の知り合い以上に父の知り合いに私は心当たりがないぞ」
そう、ゆうきも先程言っていたが家に人を呼ぶような性格ではなかったため、ゆうきの父の知り合いに会ったことがないのだ。
「大丈夫。ちょっとだけ、手間がかかるけど心当たりがないわけじゃないんだ………」
証は、時計を確認すると時刻は、午後五時を回ったところだ。
「………証?」
「もう閉まってるなぁ……仕方ない、今日はやることないし、先輩、一緒に帰ろうよ」
帰り支度を始めた証にゆうきは不思議そうに首を傾げる。
「私、証の家知らないんだが」
「誰が僕のウチまで帰ろうって言ったよ!!途中までだよ!!会話スキル死んでるにも程があるでしょ!!」
◇◇◇◇
「で、帰るんじゃないのか?」
「買い食いだよ、買い食い。部活帰りに買い食いってのは、お約束でしょ?」
証は、アイスを物色しながら答える。
「料理部が買い食いって、なんか変な感じだな」
「買い食いは、別腹なんだよ」
証は、そう言って二つセットのアイスを手に取りレジに向かった。
会計をしている証を見てゆうきは、首を傾げる。
「一人でそんなに食べるのか?腹壊すぞ」
「絶対言うと思った」
証は、呆れながら会計を済ませると、袋からアイスを折って差し出す。
「ほら、先輩の分」
証は、ゆうきにアイスを渡す。突然渡されたアイスから伝わる温度にゆうきは目をパチクリとさながら、アイスと証を交互に見る。
「キョトンとしてないで、外に出るよ」
証は、ゆうきのアイスを持っていない手を引いて外へ出る。
「私、金持ってないぞ」
「いいよ。今日は、部長の僕が奢ってあげる」
ゆうきの言葉に証は、胸を張って答える。
「…………そうか、証が部長になるのか」
「先輩が、やってもいいけど、どうする?」
「遠慮しとく」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる証にゆうきは、掴んでいる手を振り払って自分の分のアイスを食べる。
「ほれ、ゆうき。こう言う時はなんで言うんだ?」
ゆうきの隣でひいらぎが諭すように言ってくる。
「ありがとう」
ゆうきの言葉に証は、柔らかく微笑む。
「どういたしまして」
証は、そう言ってアイスを口に咥える。ゆうきもそれに倣ってアイスを咥えた。
じゃりじゃりとした舌触りと口の中が一気に冷える心地よさを味わいながら二人は、帰り道を歩く。
「とはいえ、歩きながら食うのは行儀が悪いな」
「奢ってもらったのによく言えるよね、そう言うこと」
証は、ゆうきの言葉に呆れている。
「それより、証、教えてくれ。証の言う父の知り合いの心当たりってなんだ?」
そんな証に構わずゆうきは尋ねる。
「ああ、それ?別にそんなに引っ張るようなことでもないんだけど………」
証が、そこまで言うと突然目の間にランドセルを背負った少年が曲がり角から息を切らしながら現れた。
少年の目は、見開かれ、汗が顔を伝って流れ落ちている。
「おいおい、どうした少年?不審者?鬼ごっこ?」
アイスを加えながら首を傾げる。
「あ、あの!助け………」
最後まで言い切れず咳き込む少年。
落ち着くのを待って聞き出そうとした、その瞬間、曲がり角から牛のような妖怪が現れた。
「…………は?」
おもわず、証の手からアイスが滑り落ちた。
GWも後半戦ですね。
皆さんはどうお過ごしですか?
私は体力回復に全てを費やしています。