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魔女っていうな!  作者: 舳里 鶏
第一章 ハンバーグ
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「まあ、嘘じゃないだろうね」

 


 拓矢の一言で先程までの緩んだ空気は消え去った。

 突然のことに言葉を出せないゆうきをチラリと確認した証は、代わりに尋ねる。

 「………詳しく聞かせてください」

 「と言われても、僕も覚えてないから、あまり喋れないんだけど」

 口を濁す城塚に代わり拓矢が話し始める。

 「叔父さんには、五年前結婚した奥さんがいた。ほら、これが、証拠」

 そう言って拓矢は、最近の日付で発行された戸籍を取り出す。

 そこには、城塚の名前と妻の名前があった。

 「って、みんな言うんだけどね、どうも僕は、全然記憶がないんだよね………」

 申し訳なさそうに言う笑う城塚。

 そんな城塚を見て、ゆうきの心臓が嫌な音を立て始める。

 何せ、城塚は笑っているのだ。

 大切な自分の妻に関する記憶を取られたと言うのに笑みを浮かべている。

 ゆうきは、この話をする時とてもそんな顔を出来る自信はない。

 「あ、あの、どうして笑っていられるんですか?無理してませんか?」

 失礼と分かっていても聞かざるをえない。

 人見知りな自分を押さえつけて尋ねたゆうき。

 そんなゆうきの顔を見て城塚は、戸惑いながら拓矢を見る。

 「ほら、話しただろ。こいつも叔父さんと同じで、その妖怪に記憶取られてるんだよ」

 「あぁ、そう言うことか」

 城塚は納得するように言うと続ける。

 「僕は多分、これが『大切だ』という記憶も取られているんじゃないかと思うんだ」

 「大切だと言う記憶………」

 「そ。だから、僕は、こうして平気なんだと思うんだ」 

 『平気』

 その言葉にゆうきは、次の言葉が続かなかった。 

 城塚も話を振ってもらえないため、何を話せばいいか分からない。

 一瞬嫌な沈黙が流れた。

 そんな二人を見かねて拓矢が口を開く。

 「ちょうど二年ぐらい前だったんだけどよ、叔父さんから母さんに電話がかかってきたんだよ。『知らない女の人が自分の家で泣いてる』って」

 そう言って拓矢は、話し出した。

 城塚の混乱した様子に拓矢の母親は、とりあえず用心棒代わりに拓矢に竹刀を持たせ、いざと言う時は、すぐに警察を呼べるようにスマホを緊急通報画面で待機させていた。

 慌ててたどり着いた二人の前で泣いていたのは、城塚の妻だった。

 思わぬ事態に拓矢の母は、がっくりと肩を落とした。

 拓矢の母は、大きくため息を吐いて、夫婦喧嘩に巻き込むなと城塚を怒鳴りつけた。

 しかし、城塚は、不思議そうに首を傾げ、聞き返した。







 ────『夫婦』喧嘩ってなんのこと?僕は独身だよ?────






 ふざけている様子はない。

 心の底から不思議そうに尋ねる城塚を見て拓矢達の顔から血の気が引いた。

 「んで、俺の母さんが、病院に連れて行って、ついでに妖気の検査をして妖怪にやられたのが分かったってわけ」

 当時のことを説明していると城塚の前に頼んでいたコーヒーが置かれた。

 「因みに俺の母親が引き離したから、叔父さんは奥さんとただいま別居中」

 「…………引き離した?」

 証が不思議そうに首を傾げる。

 妻の方が耐えられず出て行くならまだ分かるが、姉、妻からみれば義姉が引き離すと言うのがピンとこない。

 そんな証に拓矢は続ける。

 「そ。最初の頃は、写真とか見せて思い出させようとしてたんだけどよ、叔父さん全然思い出せないから、母さんの方からストップをかけたってわけ」

 拓矢の説明に城塚は申し訳なさそうに目を伏せる。

 「その『女性』、僕を全然見捨てないで、一生懸命やってくれたんだけど、僕、ちっとも思い出せないんだ。そうこうしているうちにその『女性』は、みるみるうちに元気がなくなって、見かねた姉さんが引き離したんだ」

 出口が見えないトンネル。

 そこをムキになって走り続ける義妹を見ていられず城塚の姉はそのような処置をとるしかできなかったのだ。

 「今日、お前を叔父さんに引き合わせたのは、お前が同じ状態だって聞いて、もしかして何か変わるかもって思ったからなんだ」

 それにと続ける。

 「お前も同じ状態だから、もしかしたら叔父さんのこの状態も何かの手掛かりになるんじゃねーかと思ったわけだ」

 拓矢は目の前のゆうきに目を向ける。

 「で、どうだ?参考になったか?」

 そう尋ねられてもゆうきは何も答えることが出来ない。

 「分かんねーなら、何か質問でもしてもいいぜ。その辺の許可はもらってるしな」

 「い、いや、そ、その」

 喉が渇く。ここまでお膳立てしてもらって、何も言えないなんてそんな失礼なことをしていいわけがない。

 しかし、何か言わなくてはと思えば思うほど、ゆうきの喉は渇いていく。

 「いいよ。依頼人が聞くことじゃないから、僕が聞くよ」

 そんなゆうきに代わって証は城塚に尋ねる。

 「その状態になったのは、いつですか?」

 「ちょうど二年前の今の時期だよ」

 「どんな妖怪でしたか?」

 「いや、それがどんな妖怪か分からないんだ」

 「分からない?先輩は?」

 「わ、私は、分かる」

 なんとか絞り出すように答えるゆうき。二人の回答に証は顎に手を当てて考え込む。

 「ふむ。この違いは……」

 「多分だけど、陽川先輩と城塚さんの立場の違いじゃない?」

 考え込む証に涼音が口を挟む。

 「ほう、面白な。その心は?」

 そんな涼音にひいらぎが尋ねる。

 「陽川先輩は、陰陽師としてその妖怪と戦っていたんですよね?だったら、妖怪の姿を見ているのも当然です。でも城塚さんは違う。城塚さんは、その妖怪に襲われている」

 「つまり、獲物として狙われていたものと敵として戦ったものの違いってこと?」

 証の質問に涼音は頷く。

 古今東西の野生動物がするように、獲物を襲うときわざわざ姿を現したりしない。

 隠れて、息を顰めて、タイミングを見計らい襲い掛かるのだ。

 「ということは、本来、その妖怪は隠れて記憶を奪うってことか………」

 ゆうきの方がイレギュラーであり、城塚の方が通常なのだろう。

 「魔女先輩、その妖怪って人間の幸せな記憶を餌にしているんですか?」

 「………多分違う」

 ゆうきは、少し迷った後首を横に振った。

 「根拠は?」

 「あいつが言っていたんだ。自分は人間の幸せな記憶を奪って絶望する顔を見るのが好きなんだって。だから、あいつにとって記憶を奪うことは生きるためではなくて、趣味なんだと思う。奴の言っていたことに嘘がなければだけど……」

 「妖怪っていうか畜生じゃねーか」

 ゆうきの返答に拓矢は苦虫を嚙み潰したような顔になる。

 「まあ、嘘じゃないだろうね」

 「な、何故だ」

 「だってその嘘を吐く理由がない。まだ、餌としてどうしても必要なんだといった方が同情を買えるんだよ?」

 ゆうきの質問に証は何てことなさそうに答える。

 (とはいえ、矛盾があるんだよな………)

 誰も嘘は言ってない。

 だが、矛盾が生じている。そう思っていると、証のスマホに通知が飛んでくる。相手は涼音。証はこっそりスマホに視線を落とす。

 『あんたが考えている矛盾、今、口にしない方がいいわ』

 「えーっと、どうしたの二人とも」

 「あ、いえいえ。とりあえず僕からはもうないですけど、城塚さんは何かありますか?」

 「いや、僕はとくにないけど……」

 城塚は、そう言いつつスマホを取り出す。

 「っと、そろそろ会議だ。ごめん僕はこれで失礼するよ」

 城塚はそう言うと伝票を持って席を立つ。

 「ありがとう!話を聞いてくれて、ここは僕が払っちゃうから後はみんなでごゆっくり」

 城塚は伝票をもってレジへと向かった。城塚が去った後、拓矢はゆうきに目を向ける。

 「あのよ、ゆうき」

 「なんだ?」

 拓矢は、バツが悪そうに俯く。

 「…………悪かった」

 謝罪の言葉を口にする拓矢にゆうきは、目を丸くする。

 「そんな……なんで拓矢が謝るんだ?」

 「叔父さんの事を喋ってからお前の様子がおかしかったからだよ」

 そう言って指さす。

 ゆうきの前にはいつまでも片付かない食べかけのポテトが取り皿に鎮座していた。

 「さっきも言ったけど、俺はお前と叔父さんの手掛かりになればと思ったんだ…………」

 段々と声がしぼんでいく拓矢にゆうきは申し訳なさそうに首を横に振る。

 「謝るな、拓矢。拓矢のおかげで情報が集まっているんだから」

 そう言ってゆうきは、大きく深呼吸をして隣の証に瞳を向ける。

 「………よし。証、今の情報をまとめるぞ」

 「へ?あ、うん。分かった」

 突然話を振られた証は、戸惑いながら頷く。

 「城塚さんの話だと、取られた記憶が大切なものだということも取られたから平気だって言ってたけど………」

 そう言いつつ証は、ゆうきの肩をポンと叩く。

 「先輩の話だと、その妖怪は大切なものを取られた人間の顔を見るのが好きって話しなんだよね………そんな妖怪がそんなミスをするかな」

 証の気付いた矛盾はここだ。

 「それは、多分、先輩の場合が死んだ人間との思い出だからよ」

 横から涼音が口を挟む。

 「先輩には、両親が死んだという記憶がある。そして、その両親が付けた名前が思い出せないことに平気なわけがない」

 涼音は、更に続ける。

 「でも城塚さんの大切な記憶は………」

 この続きを言うのは躊躇いがある。だから、城塚の前で言うことは避けたのだ。

 しかし、言葉を濁すべきではない。それでは自分はただの野次馬と変わらない。




 「生きてる人間との思い出。そして虫食いではなく全部根こそぎ取っているから、城塚さんは取られた記憶が大切と思えないのよ」




 つまり、ゆうきに比べて城塚はまだましだということだ。

 かなり失礼な発言だが、客観的に見て涼音のいうことは的を射ている。

 「拓矢先輩、怒らないでね。涼音は、僕が城塚さんの前でこの話をするのを止めたぐらいなんだから」

 「怒んねーよ。的外れな意見じゃなさそうだしな」

 拓矢もちゃんと理解していた。

 「となると、何でそんな記憶の取り方をしたのか、って話なんだよなぁ」

 大切な記憶を取られた人間の顔を見るのが好きな妖怪に対して城塚は、その妖怪が見たい顔を見せていない。

 「事故だったのではないか?どう考えても大切な記憶だから奪ったが思いの外平気そうだった、みたいな」

 証の予想にひいらぎが答える。

 「なら、返してもいい気がするけどな」

 拓矢は、フライドポテトを齧りながら答える。

 「うーん、せっかく奪ったからもったいなくなったとか?」

 「それだと恨みだけが増えるからあまり妖怪にメリットがないと思うなぁ」

 涼音の案に証が首を横に振る。涼音自身、先程と違いそこまで自分の意見に自信がなかったようだ。特に食い下がることなく大人しく自分の意見を収めた。

 「で、魔女先輩、何かない?」

 先ほどから何度も魔女先輩と呼ばれているが、ゆうきはそんなこと気にも留めず、一つにまとめた髪を触りながら考え込む。

 「………確かに絶望している人間がいないのに妖怪が記憶を返さない意味がない………いや、まて、一人いるぞ、絶望している人間が」

 ゆうきは髪から手を放し、向かいに座る拓矢を見る。

 「いや、叔父さんは見ての通り平気――――」

 「違う。城塚さんじゃない。城塚さんの奥さんだ」

 ゆうきの回答に三人は息をのむ。

 「恐らく、ひいらぎ様の言った通り、城塚さんの記憶を取ったのに絶望した顔が見れなかったのは、事故だ。証の言ったように返そうとしたんだろう。だが、そう思った矢先」

 「泣き崩れる叔父さんの奥さんを見たってわけか」

 後を引き継ぐ拓矢にゆうきは頷く。

 「妖怪は、見たい表情を見ることが出来た。だから、返さなかった」

 ゆうきの言葉に拓矢は思わず拳を握りしめる。

 「マジで畜生だな…………」

 一体の妖怪が、ばら撒く不幸に押しつぶされている人たちがいる。

 その不幸は、妖怪の歪んだ欲望の生み出したものだ。

 「………胸糞の悪い話ですね」

 涼音の言葉を最後に四人のテーブルに重い沈黙が下りる。




 その沈黙を打ち破ったのは、証だった。

 「………とりあえず、今日はここまでにしない?先輩たちもちょっと、容量オーバーでしょ?」

 証の言葉でその日はお開きとなった。

 



明日は早く帰るぞ!(全て遠き理想郷)

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