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魔女っていうな!  作者: 舳里 鶏
第一章 ハンバーグ
1/97

「やっほー!先輩、遊びに来たよ!」

 「あなたの名前はね………」

 その続きを今も思い出せない。

 そして、これからも思い出すことは出来ないだろう。

 ならば気にせず生きていけばいい。さほど生きるのに支障があるとも思えない。

 だが、忌々しいことにこれがとても大切な言葉だということは覚えている。

 

 


 何ともまあ、ままならないものだ。

 



◇◇◇◇




 妖怪やそれに伴う怪異も認められた世界。そんな世界になったのは、ほんの少し前だ。

 もちろん認められる前からそんなものは世に蔓延っていたのだが。

 まあ、そんな世界でも子ども達のやる事は変わらない。

 学校に行き授業を受け昼休みには用意した弁当を食べる、そんななんて事のない日々を送っている。それはここ、鈴蝶高校でもそれは変わりない。

「そんなわけで、俺は次の大会に向けて日々竹刀を振り、そして市内をランニングしているんだ………て、聞いているか、ゆうき」

 コンビニおにぎりを黒い手袋で包んだ右手で持ちながら頷く陽川ゆうき。

 頷くのに合わせてまとめられた腰まである黒髪が静かに揺れる。

 「聞いてるよ、拓矢。ついでに言うならその話は、私が転校した初日から聞いている」

 陽川ゆうきは、制服のズボンのポケットからスマホを取り出し時間を確認した後、少し呆れたような顔で目の前の男子生徒、百瀬拓矢をみる。

 「酒の入った年寄り並みに同じ話ばっかしてて飽きないのか?」

 「うるせえな!!そう思うなら、たまには違う反応しろよ」

 「違う反応と言われても……」

 ゆうきは、胡桃のような瞳を揺らしながら言い淀んだ後、思いついたように拓矢を見る。

 「そう言えば、その大会って三年生の引退試合じゃないのか?なんで二年生の拓矢が試合に出ることになったんだ?」

 「お!やっと聞いてくれたな!実は俺、部活内のリーグ戦で見事勝ったわけだ。そして、二年生ながら、見事レギュラー入りしたんだよ」

 「へえ~。部活に入ったことないからよく分からないが、それってやっぱりすごいことなんだろ?」

 ゆうきの質問に拓矢が静かに頷く。

 「……まあな。俺もだけど、後輩にレギュラー取られてもちゃんとモチベーション保って、備えている先輩も凄い」

 三年間頑張ってきた先輩の最後の舞台を二年生の自分が実力で取る。

 学校によって方針の違いはあるが、ここでは、なかなかシビアなようだ。

 「……なるほど。いい剣道部に入れてよかったな」

 ゆうきはそう頷きつつ、言わなければならないことを伝える。

 「一応教えてやるが、次の授業現代社会だぞ。そして、小テストが行われる。因みに五十点中二十五点未満だった場合、放課後補習だ」

 「へ?」

  拓矢はそこでゆうきが、コンビニのおにぎりを片手に勉強していることに気が付いた。

 「まあ、授業でやった簡単なところだし、そこまで難しくないから多分大丈夫だろう」

 「と、ととと当然だろ」

 「…………」

 明らかに自信のない声を聞いたゆうきは、教科書の中から問題を出すことにした。

 「半妖とは?」

 「先天的または後天的に妖怪またはそれに類するものの力が混ざった者のこと」

 「おお!一発で当てるとは思わなかったぞ」

 「まあ、男の子にとっては常識だからな」

普通の人間とは違う能力。男子なら少しぐらい胸が熱くなる設定だ。

 「??」

 そんなロマンが通じないゆうきは不思議そうに首を傾げていた。

 「………お前に言った俺がバカだったよ」

 「おお、やっと分かったか」

 「そうじゃないだろ!!その反応は違う、絶対にぃ!!」

 拓矢が目を見開いて怒鳴るが、ゆうきは構わず耳に髪の毛をかけて続ける。

 「じゃあ、第二問」

 「聞けよ!!どうしてこの流れで続けようとするんだ」

 「だって、拓矢、このままいくと放課後補習だぞ」

 「当たり前のように正しい正論いうんじゃねーよ!!」

 「頭痛が痛いみたいな言葉使いだけど、それでバカじゃないつもりか?」

 「よおし、分かった。とっとと第二問だしな。すっと答えてお前に吠え面見せてやる」

 拓矢から放たれる更に頭の悪い言葉遣いにゆうきは言いたいことを飲み込んで続ける。

 「第二問。その半妖が禁止されていることは?」

 拓矢の表情が凍り付く。拓矢は、ちらりとゆうきの教科書を見ようとする。

 「ちなみにこのページに答えはない」

 が、ゆうきの方が一枚上手だった。

 「えーっと………SNS?」

 「一応理由を聞いてやる」

 「炎上するから」

 「それは半妖に限らず、人種や性別問わず燃え上がってるだろ」

 「じゃあ、課金?」

 「理由は?」

 「親のクレジットカードを使い込むから」

 「それも半妖に限った話じゃない」 

 「スポーツ大会への参加。ま、運動能力に差があるから当然といえば当然だな」

 二人の会話に新たな声が混ざった。

 「ひいらぎ様………答え言わないでくださいよ」

 「答えの分かっているクイズを目の前でやられて我慢できるわけがないだろ!」

 ゆうきの言葉に対して悪びれもせず言い返すひいらぎ。

 そんなやり取りが目の前で繰り広げられ、拓矢の頬が引きつる。

 「どうした?拓矢?」

 「いや……お前が転校してきた時も思ったけど」

 拓矢は、机に立てかけてある人の腰ぐらいまである杖に目を向ける。

 「杖が喋るのってやっぱり不思議だよな……」

 ひいらぎと呼ばれた杖はフンと息を鳴らす。

 「杖が喋るのが不満なら、こういうのも出来るぞ」

 そう言うとひいらぎは、黒猫の姿に変わった。

 「いや、猫に変わっても…………つーかなんで猫に変われるの?」

 「なんてったって吾輩は、付喪神。変化して当然!喋って当然!歌って当然!何だったら踊ることだってできるゼ」

 「出来なかったじゃないですか。日曜日の朝にテレビの前で踊ろうとして出来なくて悔し泣きしてたの見てましたからね」

 「バ、バカ言うな!」

 杖に戻って慌てたようにゆうきに詰め寄るひいらぎ。

 ゆうきはそんなひいらぎをうっとおしそうに魔女帽子ではらって再び頭に乗せた。

 「なんか、お前にその帽子がセットになってるとホント魔女みたいだよな」

 拓矢の言葉にゆうきは、引っ張る手を止めて少し不満げな顔でじとっとした目を向ける。

 「私は魔女じゃない」

 「はいはい、陰陽師だったな」

 「違う、陰陽師見習いだ」

 「お前、毎回そここだわるよな。なんで?」

 拓矢に聞かれ、ゆうきは、魔女帽子を深く被り、目元を隠す。

 「………陰陽師育成所を途中で出てきたからな。陰陽師と名乗れない」

 もともと柔らかいとは言い難い声音が険しくなる。転校してきて一ヶ月。ゆうきは、あまり自分のことを喋らない。気にならないといえば嘘になるが、表情を隠してまで強がっている奴から無理矢理聞き出したいとも思わない。何より、もう一つの懸念事項がある。

 「もう一個質問」

 「………なんだ?」

 「お前、部活はどうするんだ?」

 「何も考えてないが……」

 ゆうきの返答に拓矢は、ため息をつく。

 「な、なんだ、その反応は」

 「あのな……」




 「やっほー!先輩、遊びに来たよ!」

 


 


 短めに切りそろえた髪を揺らして制服に身を包んだ生徒がゆうきたちの下にやってきた。

 高校生というよりは少年と言った方が正しい顔立ちで背はゆうきより頭一つ小さい。

 ゆうきは転校してから拓矢を挟んで何回か喋ったことはある。

 「えーっと」

 「おやぁ、先輩僕の名前まだ覚えてないんですか?」

 「いや、だって名乗ってないだろ」

 責めているというよりは面白がっているという表情の生徒にゆうきは淡々と言い返した。

 ゆうきの言葉を聞いて生徒は驚いたように拓矢を見る。

 「ああ、お前名乗ってねーぞ。ついでに言うなら、俺はお前の名前を教えたりしてない」

 「いやそうじゃなくて、だったら、なんであんな風に拓矢先輩挟んで会話できるの?」

 「拓矢を挟めば知らない奴でも割とどうにでもなる」

 よく見るとその生徒と全く目を合わせないゆうき。その生徒が気付かなかっただけで、ずっと人見知りを発動していたのだ。

 「く、これじゃあ、なんのために毎日来ていたのか分からないじゃないか」

 落ち込む生徒にゆうきは首を傾げる。

 「いや、そもそも、何でこの教室によく来るんだ」

 ゆうきが尋ねると、生徒は少し固まり気まずそうに目を反らす。

 「あ~……もう聞いちゃうんですね、それ」

 生徒は、少し困った顔する。 

 「個人的には、もう少し親密度を上げてから切り出すつもりだったんですけど……」

 「しんみつど?切り出す?」

 不思議そうに首を傾げるゆうきの両手を生徒が、がしっと握りしめる。

 「僕、瀧田 (あかし)っていいます!!ゆうき先輩!どうか、料理部に入ってください!」

 真っすぐにゆうきの鳶色の瞳を見つめてお願いをする証にゆうきは少したじろぐ。

 「申し訳ないが、私、今のところどの部活にも入るつもりとかなくて……」

 「いいから、入っとけって」

 そんな二人のやり取りを見ていた拓矢が口を挟んだ。

 「さっきの話の続きだけどよ、うちの学校、基本的に色々なことが部活単位なんだよ。文化祭とかもクラスごとじゃなくて、部活ごとで色々やるってわけだ」

 「そうすると、どうなるんだ?」

 拓矢の説明にゆうきは興味深そうに頷く

 「つまり、部活に入ってないような奴は文化祭中何もすることがなく、休憩室で永遠とスマホをいじっているか、出席の名前だけ書いて家で一日過ごすとかそういう悲しくて空しい青春を過ごすことになるんだよ」

 「ゆうき先輩~いいんですか?そんな空しい青春で」

 「だったら、別に料理部でなくても………」

 ゆうきの抵抗に拓矢が半眼を向ける。

 「もうすでに出来上がってる人間関係のなかにお前、入れんの?」

 ゆうきは目を反らす。転入生、人目を惹く見た目、喋ったり猫になったりする杖、そして魔女帽子。これだけのものを揃えながら未だに会話ができるクラスメイトが拓矢だけという状況。

 「昔から人付き合いが苦手でな………二人一組作ってでなかなか作れないタイプなんだ」

 「昔の話を持ち出さないでください!!」

 「昔というか現在進行形の問題なんだけどな」

 拓矢のツッコミにゆうきはきっと目を険しくさせ、睨みつける。

 「というか、だったら料理部だって同じだろ!人間関係が出来上がっているじゃないか」

 「ああ、その点なら大丈夫ですよ。ゆうき先輩」

 ゆうきの言葉に証が、にっこりとほほ笑んでオッケーマークを作る。

 「何せ、先輩たちが引退して、今は僕一人ですから……というかだからこそ入ってくれないと廃部になってしまうのでマジでお願いします」

 「というわけだ」

 拓矢と証の言葉にゆうきは、口をへの字にして黙り込む。

 拓矢の話が本当なら確かに証の申し出はありがたい。

 文化祭が華やかなものであることぐらいはゆうきだって知っている。ただ、問題は、まだ証に対してゆうきは人見知りを若干発動していることだ。何せまだ数回あった程度。とても打ち解けているとは言い難い。

 「ま、お前の心配も分かるが、人間関係はこれから作っていけばいい」

 拓矢の続く言葉にゆうきは、しばらく頭を抱えた後、こくりと頷いた。

 「にひひ、そうこなくっちゃね」

 頷くゆうきに対し証は満足そうにうなずき、制服のズボンのポケットから入部届を取り出してゆうきに渡す。

 ゆうきは、入部届に『陽川ゆうき』と書いて証に返した。

 「はい、確かに。それじゃあ、今日の放課後、調理室に集合で」

 「ああ。わかった」

 早速入った予定にゆうきは答える。約束を取り付けた証は教室から出て行った。

 「ま、とりあえず何とかなりそうだな」

 ずっと心配していた事が片付いた拓矢は、ほっと胸を撫でおろした。

 「昼休みももう後半だぞ。小テストはいいのか、拓矢?」

 が、ひいらぎの一言に拓矢の平穏は消え去った。



◇◇◇◇



 「涼音!大ニュースだよ」

 教室に戻った証は、涼音の席にたどり着くなりそう言った。

 涼音は、テンションの高い証をちらりと見た後、セミロングの髪を揺らして体を向ける。

 「へえ~、小銭ぴったりでお買い物できたの?」

 「大ニュースって言ったじゃん。何でそんな日常のささやかな幸せの話をあげるの?」

 「いや、あんたの大ニュースってそんぐらいだし」

 「もっとあるよ!!じゃなくて!」

 証は、机の上に入部届を置く。入部届に書かれたゆうきの名前に涼音は、ふむと頷く。

 「へえ………思ったより早かったわね」

 涼音の感想に証は、うんうんと頷く。

 「本当はもう少し、こう親密度あげてからって考えていたんだけど」

 結局、拓矢の後押しでゆうきは入部することを決めた。

 「はいはい、そんな面倒くさいことしなくてよかったわね」

 証のしょうもない作戦を常に聞いていた涼音は、どうでもよさそうにそう返した。

 「というか、涼音が入部してくれればもっと早かったんだよ~」

 うらめしそうにじとっとした目を向ける証。

 「何度も言ってるけど、あたしは吹奏楽部に入ってるから無理よ」

 そんな証に対して涼音は取り付く島もない。

 「掛け持ちでもいいんだよ」

 「そんな中途半端はしないわよ。それにうちの学校、ちゃんと活動していれば二人でも部活として認めてくれるんだからいいじゃない」

 「まあね」

 「ま、なんにせよ良かったじゃない?あんたみたいな奴にとってあの部活は、この学校にいるうえで大切なところでしょう?」

 「そこは、その通りなんだけど、そこまで色々考えてくれてるのに入部をどうして頑なに断るっての?」

 涼音が本気で料理部と証のことを心配しているのは、十分伝わってくる。

 だから一緒の部活に入ればそれで解決なのだ。しかし、涼音は断り続けた。

 「あたしは、出来る範囲しか手を出さない。掛け持ちなんてしたら両方中途半端になる。だから、あんたの部活に入るってのは、あたしのできる範囲を超えることなのよ」

 涼音は次の授業の教科書を机の上に引っ張り出しながらそう答えた。

 「なんとなく言いたいことは分かったよ」

 証はそういうとニヤリと笑みを浮かべる。

 「そこを踏まえて涼音に出来る範囲で頼みたいことがあるんだ」

 証はそのいたずらっぽい笑みを絶やさずとある提案を涼音にした。

 証の提案を聞くうちに涼音の目が死んでいく。

 「また、随分、ろくでもないこと思いついたわね、このいたずら坊主」

 「えへへへ」

 「褒めてない」




◇◇◇◇◇




 放課後。

 ゆうきは、証の教室に向かって歩いていた。

 「まさか、調理室(集合場所)に鍵がかかってるとは思わなかった」

 鍵のかかった集合場所。ゆうきのテンションはダダ下がりだ。

 「お前のことだから、そのまま帰るのかと思ったぞ」

 「ちょっと迷いましたけど、流石にやめましたよ」

 「お前も正直な奴だな」

 ひいらぎは呆れたようにため息を吐く。そんな話をしているうちに証の教室の前についた。ゆうきは、一度深呼吸をしてから扉を開ける。

 扉を開けると派手な見た目をした女生徒が二人話していた。

 「えー、ゆかりもネイルぐらいやったらいいのに」

 「いや、いいよ、あたしは」

 「絶対似合うって」

 楽しそうにお喋りを続ける二人にゆうきは声をかけられない。

 ただ、一言、『証、いる?』と言えばいいだけなのだが、その一言が出てこない。

 「(ひいらぎ様)」

 「(吾輩が声を掛けたらお前のためにならんだろ)」

 ひいらぎに頼みを断られたゆうきは、ぐっと腹に力を入れる。

 「あ、あの~」

 ゆうきは、申し訳なさそうに二人に声をかけた。

 二人はゆうきという先輩に気付くと慌てて居住まいを正した。見た目によらず先輩への礼儀はちゃんと尽くす。部活が大切なコミュニティの高校らしいところだ。

 「えっと、証いる?」

 「あ、はい。いますよ?呼んできますか?」

 「あ、ああ、よろしく頼む」

 ゆうきが頼むと女生徒は振り返って証を大声で呼んだ。

 「証さーん、先輩が来てますよ!」

 呼ばれた証は、カバンを手に取ると慌てて駆け足でゆうきの下に駆け寄った。

 「ゆうき先輩、どうしたんですか?」

 「調理室に鍵がかかっていて入れなかったんだ」

 「職員室に取りに行けばよかったじゃないですか」

 さも当然という顔して言う証。その言い草が絶妙に腹立たしい。

 そんなやり取りをしていると、証の頭を涼音がぱちーんと音立てて叩いた。

 「いったいな!!なにすんの、涼音」

 「一応、後輩なんだから、先輩より先に行って鍵を開けておくぐらいしなさいよ」

 恨めし気に睨む証に対し涼音は、無視してゆうきに向き直る。

 「えっと、あたし、赤穂あこう 涼音っていいます。すいません、先輩。こいつには後で強く言っておくんで、とりあえず今回は許してくれませんか?」

 ゆうきは、突然起こったやり取りに少し呆気にとられながら、言われるがままに頷いた。

 そんなゆうきを見て涼音は、ほっと胸を撫でおろし、証の背中を押す。

 「ほら、さっさとあんたもぼさっとしてないで先輩を調理室に案内しなさい」

 「うるさいなあ、分かってるよ」

 証は、不満そうに言うとゆうきに向き直る。

 「それじゃあ、先輩、調理室に行きましょう」

 「あ、ああ」

 自分が、鍵を開けてなかったせいでこうなったというのに不満そうな証にゆうきは、納得がいかないながらも後をついていった。




◇◇◇◇




 「さあ着きましたよ、調理室」

 教室から真っすぐ証は調理室へ向かった。

 調理室にたどり着く頃にはすっかり機嫌の治った証は真っ先に調理室に入り、カバンを適当なところに置く。ゆうきもそれにならってカバンを置いた。

 「先輩、何か作ってみたい料理とかありますか」

 証に聞かれたゆうきは、申し訳なさそうに頬をかく。

 「その、私はそんなに料理が得意な方じゃないんだ」

 「得意じゃないどころか、全く出来んではないか」

 「ひいらぎ様うるさい」

 ゆうきとひいらぎの言い合いを耳に入れながら証は、冷蔵庫の中を確認する。

 「えーっと、ひき肉はある。この前フライで使った、パン粉もまだあるし、玉ねぎも使いかけがまだある………よし」

 証は上着を脱ぎ、ワイシャツの上にエプロンをつけた。

 エプロンを付けて振り返るとゆうきは棒立ちできょとんとしている。

 「先輩、エプロンは?」

 「あるわけないだろ」

 今日入部が決まったのだ。何の準備がないのも当然と言えば当然だ。

 証は少し考えた後、調理室のロッカーの中をあさる。

 「確か……この辺に……あった!!」

 そう言って証が引っ張り出したのは、メイド服だった。

 「………何だそれは?」

 しかもご丁寧にロングスカート。

 「メイド服だよ。知らないの?」

 「知識としては知っている。そうではなくて、なんでそんなものが学校にあるのか聞いているんだ」

 「先輩たちが去年悪ふざけで作った」

 「何であるのかは分かった。ならもう一つ質問だ。そのメイド服をどうするつもりだ?」

 「エプロンのない先輩が着るんだよ」

 予想のできたオチにゆうきは眩暈がした。

 「ふざけるな!!着るわけないだろ!!そんな恥ずかしい服」

 「恥ずかしいとはなんだ!!このメイド服はそんじょそこらにある文化祭の時しか着ないようなやっすいコスプレ用とはわけが違うんだぞ!ヴィクトリアメイドをモチーフにハンドメイドしたものなんだから!メイドだけに!」

 「うまくないんだよ!!だいたい、だから恥ずかしくないとはならないだろ!!」

 ゆうきのもっともな言い分に証は泣きつく。

 「頼むよ!先輩!!このままロッカーで埃まみれになってくのは惜しいものなんです!!少なくとも去年部費を二年分つぎ込まれているんですから!!」

 「情熱の注ぎ先間違ってると思わないか?」

 「料理部の看板おろした方がいいんじゃないか」

 ゆうきとひいらぎの言葉に構わず証は続ける。

 「そう言わないでさ!絶対先輩なら似合うから!」

 「あまり、嬉しくないのだが………」

 「もったいないと思わない?せっかく作ったのに誰もサイズが合わなくて誰一人として着ることが出来なかったんだよ?」

 「だったら、なおさらそれは誰に着せるつもりで作ったんだ……」

 謎多きメイド服にゆうきは額を抑える。

 証の持つメイド服と証の顔を見てしばらく考えた後、大きくため息を吐く。

 「一回だけだからな」

 「おお!!流石!先輩」

 「ったく調子のいい」

 ゆうきは自分の制服のボタンに手をかけ始めた。その行動を見た証は思わず吹き出す。

 「汚いな……」

 「じゃなくて!恥じらいを持ってください!」

 証は呆れながらそう言うと調理室を出て行った。




 ◇◇◇◇

 



 ゆうきから合図が聞こえ、証は調理室の扉を開けた。

 そこにはメイド服に身を包み魔女帽子をかぶったゆうきが少し困惑した顔で立っていた。

 「おお!やっぱり僕の目に狂いはなかったですね」

 「ひたすらにうれしくない」

 ゆうきはそう言いながらスカートの裾を弄る。随分いい生地を使っていることが、素人でも分かるレベルだ。情熱の注ぐ先を完全に間違えた代物にますますため息が止まらない。

 「まあまあ、先輩せっかく似合っているんですから笑顔をお願いしますよ」

 「引きつり笑いでいいか?」

 「………仕方ない、我慢します」

 「何故証が譲歩する言い方をするんだ」

 ゆうきの不満などどこ吹く風の証は仕切り直しというように両手をパンパンと叩く。

 「さて、気を取り直して、今日作る料理を発表します!」

 「ああ、そういえばここは料理部であったな」

 メイド服にかけられた情熱で忘れていたひいらぎはポツリと呟く。

 「今日作るものはハンバーグです!」

 そんなひいらぎを無視して宣言した。

 「ハンバーグ?」

 首を傾げるゆうきに証は、苦笑いを浮かべる

 「えっとですね、ハンバーグってのは、ひき肉をこねて」

 「それは知っている。ただ作り方をしっかり知らないんだ」

 「じゃあ、まずは、玉ねぎをみじん切りにしてください」

 ゆうきは渡された玉ねぎをじっと見つめる。

 「あの、先輩、みじん切りぐらいわかりますよね」

 「わかる。ようは細かく切ればいいんだろ」

 「皮を剥いてからお願いします」

 茶色の皮も向かずに包丁を構えたゆうきに、証がツッコんだ。

 ゆうきは、少し気まずそうに目を伏せて皮を剥き始める。

 「というか料理するならその手袋取ってください」

 証がゆうきの右手につけられた黒い手袋を指差す。

 「…………あまり、この手袋の下を人前でさらしたくないのだが……」

 ゆうきの返答に証はしばらく黙った後、戸棚を開け、ビニール手袋を取り出す。

 「これは?」

 「ビニール手袋。それを手袋の上からしてください」

 「なるほど」

 「それと今後はそういうことは先に言ってください。でないと配慮のしようがないです」

 証の言葉にゆうきは、少し戸惑いながら頷き、玉ねぎをみじん切りにしていく。

 「へえ、先輩、料理出来ないっていう割には、随分手際良いですね」

 「まあ、陰陽師見習いだからな。儀式や術を行う場合に刃物はよく使ったんだ」

 何を切っていたのか、怖くて聞けない証。とりあえず、普通の食材でないことは確かだ。

 そうこうしているうちにゆうきは、証から渡された玉ねぎを全てみじん切りにした。

 「これでいいか?」

 「お、いい感じですね。それじゃあ、今度はそれを飴色になるまで炒めます」

 証から出された指示にゆうきは、首を傾げる。

 「玉ねぎ炒めたら、ピンクとか緑になるのか?」

 ありえない質問に調味料を用意していた証の手が止まる。

 「…………先輩、何言ってるんですか?」

 「いや、だって飴色っていうから」

 「誰が、ドロップだって言いましたか!!べっこう飴ですよ!!」

 「?」

 「嘘知らないの!?」

 思わず頭を抱える証。

 料理が出来ないと確かに自分で言ってはいた。だが、まさかここまでとは思わなかった。

 「証、諦めろ。こいつ、料理に関しては………まあ、他もそうだが、かなりどうしようもないぞ」

 「ひいらぎ様、それどういう意味ですか?」

 横でふわふわと浮いているひいらぎにゆうきは不満げな声を上げる。

 「いいから、先輩はこれでも見て、玉ねぎを炒めてください」

 証はゆうきに家庭科の教科書を渡す。教科書は、ハンバーグのページが開かれていた。

 「あ、待ってください。油は僕がひくので」

 教科書を読みながら手を伸ばすゆうきから証がサラダ油を取り上げる。

 「何故だ?」

 「油びたしにして玉ねぎを揚げる未来が見えているからですよ!」

 証はそう言うと油を適量フライパンに広げ、熱し、十分に暖まったところでゆうきがみじん切りにした玉ねぎをまとめていれた。

 「さあ、先輩、教科書にあるようなきれいな飴色になるまで炒めてください」

 「わかった」

 ゆうきは木べらを受け取り玉ねぎを炒め始めた。玉ねぎの焼ける匂いが調理室に広がる。

 少しずつ色が変わっていく玉ねぎを見ながらゆうきは、口を開く。

 「証は、拓矢と知り合いなのか?」

 玉ねぎから目を離さず尋ねるゆうきに証は首を傾げる。

 「どうしたんですか、突然」

 「いや、沈黙が苦しくて……」

 「他にもっと話題があるだろ」

 ひいらぎはゆうきの横で呆れたようにため息を吐く。

 「うわ、杖なのにため息出せるんですね」

 「吾輩は、ただの杖ではない。付喪神だといっておるではないか」

 「まあ、ただの杖はそもそも喋りませんよね」

 ついでに言うなら猫にだってならない。

 そんな会話をしつつ証はパン粉の計量を終え、ボウルにひき肉とパン粉と卵を入れる。

 「で、先輩質問はなんでしたっけ?」

 「拓矢と知り合いなのか、だ」

 証は冷蔵庫から牛乳を取り出す。

 「まあ、知り合いですよ」

 「…………そうか」

 「いや、会話終わっちゃったじゃないですか。もっと広げてくださいよ」

 証の抗議を無視してゆうきはフライパンの玉ねぎと教科書の玉ねぎを見比べる。

 ほぼ同じ色だ。

 「証、飴色になったぞ」

 「あ、そのまま行くんですね」

 証はため息を吐いて続ける。

 「じゃあ、粗熱を取ったら………」

 ゆうきは話を最後まで聞く前に玉ねぎをひき肉の中に放り込んだ。

 「話最後まで聞いてくださいよ!!粗熱とってから入れるんですよ」

 牛乳を用意していた証は頭を抱える。

 (仕方ない………肉が傷まないうちにこねて焼くしかない)

 しかし、

 「アッツ!!」

 先ほどまでフライパンの上にいた玉ねぎはそう簡単には冷えない。

 「じゃあ、代わりに私が………」

 手を伸ばすゆうきの手から肉だねを遠ざける証。これ以上触らせてもいいことはない。

 「先輩は包丁とまな板を洗ってください」

 証はぴしゃりとそう告げた。




◇◇◇ 

 



 「出来た……ですけど」

 証はそう言って目の前の皿に盛りつけられたものを微妙な表情で見つめる。

 「ハンバーグというより焼けたひき肉ってかんじですね…………先輩」

 じとっとした目を向けられゆうきは気まずそうに顔を背けた。

 皿に盛りつけられたのはハンバーグの形などどこかへ消え失せた焼けたひき肉。

 残念ながら皿の両脇に置かれたナイフとフォークを使う機会はなさそうだ。

 この惨状ともいえる結果はゆうきがハンバーグをひっくり返すのを全て失敗した結果だ。

 本当は付け合わせも作る予定だったのだが、ゆうきのこの惨状を見て早々に諦めた。

 ゆうきはポンと手を叩き、いいこと思いついたというように人差し指を立てる。

 「そうだ!ここは前向きに焼けたひき肉じゃなくてそぼろって言わないか」

 「先輩のそれは前を向いてるんじゃなくて反らしているんです」

 証ににべもなく言われゆうきは、目を泳がせながら立てた指をしまった。

 はあ、とため息を吐いてから両手を合わせる。ゆうきも同じように両手を合わせる。

 「「いただきます」」

 二人はそういうと箸でひき肉をつまんで口に運んだ。

 「肉汁がながれてぱさぱさ……」

 「塩味がするのがせめてもの救いですね」

 「塩味はするって評価する料理初めて聞いた」

 「誰のせいだと思ってるんですか」

 「言い争っても目の前のひき肉はなくならんぞ」

 ひいらぎの言葉に二人は、無言で再びひき肉を口に運び始める。

 しばらくの間、肉を咀嚼する音だけが響く。先にそれに耐えらなかったのは、証だ。

 「先輩」

 「なんだ」

 「なんか、話してください」

 「な、なんかってなんだ?」

 「会話が広がること」

 まあまあの無茶ぶりにゆうきは、律儀に悩んだ後、ようやく口を開く。

 「私はこれから失礼なことをいう」

 「先輩、話聞いてましたか?」

 「聞いていたとも。間違いなく会話が広がる」

 ずっと違和感があった。

 ありえないと思っていた。

 だが、ここまで揃っているのに無視するなど不可能だ。

 ゆうきは、杖となったひいらぎで自身の頭を軽く小突いた後、不思議そうな顔をしている証を見据える。







 「証、留年しているだろ」


新生活が始まった瞬間に投稿しようとしましたが、無理でした


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