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イド

作者: 朱花 梧依

 大学に入学し、初めて彼氏ができた。

 初めての交際。初めての経験。

 彼との付き合いは初めて尽くしで刺激に満ちていて、勉強にばかり打ち込んでいた今までの自分が洗い流されてしまうような日々だった。くだらないと思っていたことすら、彼と一緒に過ごすと楽しいと思えるようになった。そうした日々の中で訪れた、初めての、彼の部屋。


「少し汚れてるけど、遠慮せず上がってよ」


 玄関で立ち尽くす私に、彼はそう言った。

 少し……?

 廊下に散乱する飲みかけのペットボトルやごみの詰まった袋を目にし、喉まで出かかった言葉を呑み込む。


「掃除しようか?」

「そう? 悪いね」


 言葉とは裏腹に、彼は机の上に乗ったタバコケースをとり、私のことなんかお構いなしに早速一服始めてしまった。

 おしゃれしてきたんだけどな……。

 これではファーの付いたお気に入りのダウンにタバコのにおいがついてしまう。


「じゃ、じゃあ片づけちゃうね」


 しかめてしまいそうになった顔をなんとか繕い、私はモノが散乱する床の中でなんとか空いているスペースを見つけ出し、持っている鞄と上着をおいた。

 床に乱雑に散らばるレジュメや教科書なんかを拾い上げ、必要なものと捨てるものに分けていく。その中には、私が板書をして彼に渡したルーズリーフなんかも混じっていた。


「いつもごめんな」

「いいよ、私こういうの好きだから」

「俺、ミナが彼女になってくれてすっげー嬉しい!」


 いつもみたいに人のいい笑顔を浮かべながら彼は言う。

 それって――、


「ミナ?」

「――ううん。私も、そういってもらえるのが嬉しくて」

「ははっ」


 掃除をする私の背後から、彼が抱き着いてきた。きついタバコの臭いが私の鼻腔を叩く。


「ちょっと……」

「掃除なんか後でいいじゃん。な?」


 鎖骨と下腹部に回されていた手が、劣情を伴うように強く服を引っ張りながら次第に私の内側に向けて動き出す。


「服……伸びるから……」


 抵抗しようとしても、彼のがっちりと絡まれた腕から逃れることができない。

 ああ――、


「好きだよ、ミナ」


 大好きだった彼の笑顔。最近はなんだか、うすら寒い。 

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