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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第2章 魔王と乙女は、道が交わらない
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第8話 魔王と若き〈魔将軍〉 −1−


 ――余の〈魔王〉即位から、数日のうちに……我ら魔族は人族の支配地域へと侵攻を開始した。


 このときのためにと牙を研いでいた我らに比べ、安穏とした生活に胡座(あぐら)をかいていた人族は、満足に戦えず、各地で次々に敗走――。

 初手の戦果は上々で、魔族は迅速に、かつ着実に……その支配域を取り戻していた。



 そんな中――玉座の余のもとへ、1人の〈鬼人族(オーガ)〉の戦士が報告を携えてやってきた。



 戦士の名は、ガガルフ。

 〈列柱家(れっちゅうけ)〉の当主としては最も若く、(よわい)17ながら……その性質は冷静沈着にして勇猛果敢、魔族一の武人として名を馳せ――。


 幼い頃より王家、引いては〈魔王〉となった余にも絶対の忠誠を誓ってきた……清廉潔白な性格もあって、〈列柱家〉の中でも特に余が信を置く者だ。


 〈鬼人族〉の特徴でもある、褐色の肌に金色の瞳――そして何より額の両端に生えた角は、一族の力強さの象徴とされているものの、こやつ……ガガルフは、むしろ体格的にはやや小柄で、華奢とすら言える。


 だが、〈魔将軍〉などという二つ名を得ているあたり――そんな外見なぞ、こやつの実力を量る何の材料にもなっていない証左だろう。


 ……ちなみに、余が幼い頃より側仕えをしている〈鬼人族〉のメイド、ニニは、このガガルフの異母姉にあたる。



「……ご苦労、ガガルフ。

 キサマの目覚ましい働きについては、幾度となく報告を受けている。

 その勇名はもちろんのこと――余の(めい)を堅く守り、部下を良く律しているとな」


 余が段上から言葉をかけると、(ひざまず)いたガガルフはさらに深く(こうべ)を垂れた。


「もったいないお言葉、痛み入ります。

 ですがボクにとっては、ハイリア様のご命令を守ることが当然なら、誇りある戦士として、無用の血を流さないのもまた、当然のこと……。

 まだまだ、お褒めに(あずか)るほどではありません――なお一層の精進に努めたく思います」



 ――この戦を始めるにあたって、余が全軍に徹底させた命令。

 それは端的に言ってしまえば、『敵対せぬ者への虐殺と不要な略奪の類を禁ずる』といったものだ。


 永きに渡って〈魔領(まりょう)〉という僻地(へきち)へ追いやられ、虐げられてきた我々だが……だからといって感情の暴威に任せ、兵役でもない住民まで蹂躙するようでは、程度の低い賊と変わりは無い。


 ゆえに、誇り高い我ら魔族は、自らを律し、敵対する者には圧倒的なチカラを以て恐怖を与えても、従う者には寛容でなければならない……というのが、まず一つ。


 もう一つは、我らが破壊するのはこのアルタメアそのものではなく、人族の社会であり……その先、人族をも支配下に入れるのが目的である以上、後には同じ臣民となる者たちを、理由もなく手に掛けることは許されない――というもの。



 これが――余なりの、理想とする世界への道筋だった。



 幼き日よりシュナーリアが語ってきた、『魔族と人族の和解』……手放しに賛同は出来ずとも、余もまた、その説の中に希望として見出す部分はあった。

 ゆえに、しかしそのままでは夢物語に過ぎぬその説を、現実に近付けたのが――余のやり方と言える。


 無論、主戦派――特に強硬派の者たちからは、手ぬるいとばかりの、不満の声も上がっていよう。


 そして、余の中の〈魔胎珠(マタイジュ)〉のチカラ――『魔王のチカラ』は、むしろそうした者たちの主張すら置き去りにするほどの……徹底した破壊を、冷酷なる恐怖を振りまけと、依然として余の精神に囁きかけてくるが……。


 決して、そんなものに屈するわけにはゆかぬのだ――余なりの理想とする、『魔族と人族の共存する世界』を作るためにも。


 そしてそれは、このガガルフのように――。

 人族に思うところはあれども、無秩序な蹂躙までは良しとせず、我が理想に共感する高潔な者が一定数いることにも助けられていた。



「それで……ガガルフ。

 わざわざこちらに戻ってまで、余に直接報告したいこととは……いったい何だ?」


 玉座の肘掛けで頬杖を突きつつ、改めて問うと……。

 ガガルフは、神妙な――しかし同時に、どこか楽しげですらある表情で、口を開いた。


「はい、実は……。

 先日、当代の〈勇者〉と刃を交えましたので――その旨を」


「なに……? 〈勇者〉と――?」


 余は思わず頭を起こす。


 ……我ら魔族が、〈魔王〉を擁すれば――。

 それに対抗すべく、人族が異世界より召喚せし者が〈勇者〉だ。


 これまで、〈魔王〉のチカラが圧倒的でありながら、それでも魔族が屈し続けてきたのは……(ひとえ)に、宿敵たる〈勇者〉が、最大の障害として立ちはだかってきたからに他ならない。


 いわば、そんな〈勇者〉を打ち倒すことこそが――同時に、我らの完全な勝利に繋がると言っても差し支えはないであろう。


「……はい。

 当代の〈勇者〉は、ユーマという名の……ボクと同じ年頃の若者でした」


「そうか……召喚が成された、という報告だけは受けていたが……。

 して――その〈勇者〉、どうしたのだ?

 今の話の流れからすれば、仕留めたというわけではなさそうだが……ガガルフ、お前すら退けるほどの手練れであるのか?」


「いえ……自惚(うぬぼ)れるわけではありませんが、ボクの相手をするにはあまりに力不足なほどでした。

 しかし――それを自覚していて、初めからマトモに戦う気はなかったのでしょう、見事な逃げっぷりを見せつけられましたよ」


 そのときの様子を思い出したのか……ガガルフは口元に微かな笑みを浮かべる。

 だが、それは――嘲笑の類ではない。



 ――そう、〈魔将軍〉と呼ばれるほどの武人であるこやつが、感心していたのだ。

 その〈勇者〉の逃げっぷりとやらに。






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