第6話 乙女はその道を決して諦めない −1−
「……まったく、肝を冷やしましたぞ……」
新たな魔王の誕生を、〈列柱家〉総出で祝す王城を辞し、屋敷に戻り。
さらに、わたしが自室で2杯目となる茶をのんびり味わう段になっても……まだ、脇に控えるギリオンはそんなグチをこぼしていた。
大柄な体躯が小さく見えるばかりか、〈人獅子〉としての立派なたてがみすら、情けなく萎れているようにも感じられる。
「謁見の間を辞したときから、ずっと言ってるぞ、ギリオン?
こちらこそ、まったく何を今さら――だよ。
何年わたしに仕えているんだ、お前は」
「そんな私ですら――というほどであったからです、此度のお嬢様の行動は」
これまで散々に『変人』扱いをされてきたわたしの、数ある突飛な行動(わたし自身はそう思っていないが)にも、大抵は冷静に対応してきたギリオンが、こうまで苦言を洩らす行いとは……。
――そう。
わたしが、魔王となったばかりのハイリアを相手に――さらに〈列柱家〉が勢揃いした公の場で、『人族との和解』を進言したことだ。
「場合によっては反逆罪に問われ、処刑となってもおかしくはなかったのですぞ?」
「だけど、わたしは無事だ。罪人扱いもされていない。
――なら、もうそれでいいだろう?」
「……いいえ、言わせていただきます。
ハイリア様なら大丈夫だと信じて、あれほどに大胆なことをされたのでしょうが……。
歴代の魔王様の中には、〈魔胎珠〉のチカラを受け継いだ途端、性格が豹変された方もいらっしゃったと聞きます。
あのハイリア様とて、そうなっていた可能性もあるとなれば……!」
余程わたしのことを心配してくれたのだろう、なおも食い下がる老家令に……。
わたしは、穏やかな気持ちで笑ってみせる。
「もしそうなら――あのハイリアが、心までも〈魔王〉と化していたなら。
あの場で彼の手にかかることもまた、1つの本望だったのかもな――」
「お嬢様――!」
いよいよもって見過ごせない、とばかりに声を荒らげるギリオン。
……まあ……な。
もし事態が最悪な方へ転がり、願い叶わぬのなら――いっそ命を捧げる、などと。
それを、恋に殉ずるなどと言えば、一見、乙女の矜持は守られそうだが……。
しかしそんなモノ、わたしに言わせれば――ただ思考も行動もかなぐり捨てた、愚にも付かん『諦め』でしかないわけで。
だから、そんないかにもバカバカしい考えに身を委ねるなど、わたしらしくない――と、ギリオンは言いたいのだろう。
――当然、だね。
己の望みを掴み取るためなら――最後の最後まで諦めず、足掻いて足掻いて足掻くのが、このわたし……シュナーリアなのだから。
恋に、命を賭けるにも――賭け方ってものがあるわけだ。
「ま、わたしにだって、ちょっとぐらいは……そんな感傷を覚える乙女心もある、ってことだよ。
……分かっているさ。
わたしは……自らの命も、恋も――そして魔族の、人族の、アルタメアという世界そのものの、より良い未来も。
どれ一つとして、諦める気なんてないのだからね」
わたしが、真っ直ぐに目を見ながらそう言い切ってやると――。
ギリオンは居住まいを正し、「出過ぎたことを申しました」と深く一礼する。
「……しかし、それにしましても、なぜあのようなことを……」
「もちろん、それが必要だったからに決まっている。
ああした公の場で、改めてハッキリとしておかなければならなかったんだよ――。
『人族との和解の道』がある――それを望む声もある、ということをね」
長い間、人族と争い続け……辛酸をなめるどころか飲まされてきたような魔族にとって、人族を打倒しての復権は、代々、積年の悲願のように語られている。
そのための戦いこそが、魔族の正道だとばかりに。
しかし、そんなものは……。
わたしに言わせれば、どちらが勝とうとも『何も変わらない』、愚かに過ぎる戦いでしかないのだ。
我ら魔族が再び負ければ、これまで積み重なってきた負の感情を、さらに上塗りするだけであり……。
逆に勝ったところで、今度は人族が我ら魔族と取って代わるだけ。
いずれ、人族の生き残りが同じように復讐の機会を窺い……それがまた後年、大きな戦いの火種となるだろう。
そう――変わらないんだ、勝った負けたの話では。
このバカげた連鎖を断ち切り、魔族だ人族だと意味の無い壁を築いてしまっていた我らが、再び一つとなり、アルタメアに本当の平和をもたらすには――。
あの場で、わたしが進言したように……。
魔族と人族が、互いに、和解へ向かうべきなんだ。
それこそが、最も早く、確実に……その『平和』へと至る道なのだから。