第5話 〈魔王〉の始まり、乙女の宣言
かつて、初めて〈魔胎珠〉の闇のチカラをその身に宿し――世界の覇権を握ろうとした、始祖たる〈魔王〉。
その陣営に回った者たちは、人間、獣人、鬼人、妖精……種族の別なく、〈魔族〉と呼ばれ――。
やがて、異世界より召喚されし〈勇者〉に、その首魁たる〈魔王〉が討たれると。
敗北者となった〈魔族〉は、陣営が分かれただけの同種族の勝者たち――現在では〈人族〉と呼ばれる者たちによって、世界の僻地へと押しやられることとなった。
それが、ここ〈魔領〉であり――。
この地に細々と暮らす我ら〈魔族〉の成り立ちだ。
そして――改めて〈魔胎珠〉に溜め込まれたチカラ、それを宿す素質のある者が生まれるたびに、虐げられてきた〈魔族〉は、その者を新たな〈魔王〉として擁し――。
自分たちの復権を掲げ、〈人族〉の支配する世界と――彼らが異世界より召喚する〈勇者〉と、戦い続けてきた。
そう、つまりは――これは、宿命であったのだ。
余が、生まれたときから……〈魔王〉たる素質があると、分かったときからの。
「おお……魔王様……!」
「魔王ハイリア様……っ!」
――父である先王の死去から、服喪の期間をおいて……ついに今日。
王城の地下深く、最奥にて厳重に保管されていた〈魔胎珠〉のチカラを受け継ぎ――謁見の間へ戻った余を。
居並ぶ〈列柱家〉の諸侯は、跪き――感嘆の声を以て迎えた。
「その溢れんばかりの魔力……!
〈魔胎珠〉のチカラ、無事に宿りましたか……!」
「……ああ……問題、無い――」
余は、言葉少なに答えながら――ゆっくりと、玉座に腰を下ろす。
……正直を言えば、問題が無いどころか……。
その圧倒的な――それ自体が意志を持っており、余の精神を破壊衝動で食い尽くそうとするような――そんな、この凶暴極まりないチカラを御すのに、余は必死になっていた。
いや……余に、〈魔王〉として求められるであろうことを考えれば、その衝動は、抑え、御すようなものではないのかも知れない。
魔王の名に相応しく、ただ身を任せ、受け入れ――それすら、己のチカラとすれば良いのかも知れない。
そう――魔族の覇権を得るため、その圧倒的なチカラを以て世界を破壊し尽くし、ただひたすらに恐怖を振りまくのであれば。
しかし……余は、それを良しとするわけにはゆかぬのだ。
余が、魔族を率いる王として望む世界を――形にするためには。
余が破壊するのは、あくまで〈人族〉の社会……ヤツらの支配体制でしかない。
そのためには、無闇に破壊と死を振りまくような、単なる破壊者に成り下がるわけにはゆかぬのだ……!
「……ところで、ハイリア様――。
このように重要な場に、誉れある〈列柱家〉に名を連ねておきながら姿を見せぬ、不届き者がいるようですが……?」
この場を見渡し、顔をしかめながらそんなことを言い出したのは……恰幅の良い初老の男。
最も我ら王家に繋がりが深い――余やシュナーリアと同じく『人間』たる魔族。
現〈列柱家〉当主の中では最年長で、長老格とも言える存在……オーデングルムであった。
このアルタメアは魔族のものであると公言してはばからない、根っからの主戦論者であり……。
同時に、伝統的な礼儀やしきたりや規律を重視する、いかにも『貴族的』な性格でもあるため、自由奔放なシュナーリアとは昔からとかく折り合いの悪い人物だ。
そして、それゆえに――こやつが真っ先に苦言を呈したのは当然、〈列柱家〉当主でただ一人この場に列席していないシュナーリアのことである。
……もっとも、こやつでなくとも、それは誰もが疑問に感じていたであろうが。
「もしや、シュナーリア嬢は……このようなときにまで、悠々と自分勝手に行動しているわけではありますまいな……?
これまでの平時であればまだしも――晴れて魔王となられたハイリア様とともに、先祖の宿願を果たさんがため、これからは我ら、大戦に備えて一丸とならねばならんというのに……これでは……っ!
いかにハイリア様の婚約者という立場にあろうと、見過ごすわけには――」
忌々しげに文句を並べ立てるオーデングルムに……さすがにこのまま言わせるわけにはいかぬと、内なる鬩ぎ合いを堪えながら、余が口を開こうとしたそのとき――。
「……お待ち下さいオーデングルム殿。
シュナーリア殿が列席しておられぬのは、きっとハイリア様のご指示によるものでありましょう」
代わりに、良く通る声でそう割って入ったのは……長身痩躯の壮年の男。
我ら『人間』とは外見的にはほぼ変わらぬが……その起源が〈妖精族〉にあるとも言われるように、魔力に優れている者が多い一族――〈妖人族〉の長、クーザだ。
……ちなみにその先祖には、当時の魔王の信も厚く、シュナーリアのように天才と謳われた〈稀代の錬成術士グーラント〉がいるという――〈列柱家〉でも特に由緒ある家柄の者でもある。
「なにしろ、研究者として遺憾なくその才を発揮されてきたシュナーリア殿……。
〈魔領〉の更なる発展のためにも、これからの戦のためにも……むしろ寸暇を惜しんで研究に打ち込んでもらうべきだと、ハイリア様はそうご判断されたのでは?」
ちらりと、こちらを窺ってくるクーザに……余は、深くうなずいて応じる。
「……概ね、クーザの言う通りだ。
そもそも余は、シュナーリアをこの場に呼んでおらぬ」
もっとも――その理由については、実際にはクーザの述べたものだけではないのだが。
そしてそれはもちろん、こうした堅苦しい場を嫌うあやつを慮った――などという、甘いものでもない。
しかしそんな余の事情はともかく、やはりと言うべきか、オーデングルムは納得がいかぬらしい。
「――ハイリア様!
そのように甘やかしますからこそ、あの者はさらに調子に乗って――!」
「生憎だが、オーデングルム殿――。
我が婚約者殿は、一度としてわたしを甘やかしたりしたことはないよ」
「む……っ?」
オーデングルムの訴えに被せて、謁見の間に響いた……子供じみてやや舌足らずでありながらも、気迫のこもったその声に――余は視線を上げる。
果たして、真正面、大扉の方からは――。
儀礼用のドレスを纏った小柄な娘が、しかししっかと背を伸ばし、威風すら漂わせながら……列席者の間を割るように、中央を歩いて近付いてきた。
「……シュナーリア嬢……っ!」
「――そもそも、だ……オーデングルム殿。
貴殿の大好きなしきたりに則れば……『魔王サマ』の下された決断に個人的な不平を述べることの方が、よほど不敬というものではないかな? んん?」
「ぬ、ぐぅ――っ! この、小娘めが……!」
いつもの調子で、さらりとオーデングルムをやり込め――最前列までやって来たシュナーリアは。
そこで、ふわりとドレスを翻しながら――優雅に、余に対して跪いた。
「〈列柱家〉が一、シュナーリア……罷り越しました。
遅参の儀につきましては、なにとぞ、寛大な御心でご宥恕いただきたく存じます」
「……なぜ来た、シュナーリア。
お前は研究に専心するよう、伝えていたはずだが」
「承っております。が――そのご指示はあくまで、『王子殿下』としてのハイリア様よりのもの。
先にオーデングルム殿も申されました通り、わたしとて苟も〈列柱家〉に名を連ねる者でありますれば……新たな〈魔王〉サマのご誕生とあらば、馳せ参じるのが第一かと」
口上こそ立派ながら、余にだけ見える角度で……シュナーリアは、ニッと笑ってみせる。
……慇懃無礼とは、まさにこのことか。
しかし――こやつめ、本当に、なぜ来たのだ……!
「それに――このような場であるからこそ。
まず真っ先に、新たな〈魔王〉たるハイリア様に進言したき儀がございまして」
「…………。申してみよ」
いわゆる悪い予感というものを覚えながら……しかしそうするより他無く、余が先を促すと――シュナーリアは。
それでは畏れながらと、前置きした上で……。
「ハイリア様、これからの我ら魔族の方針として――わたしは。
……人族との『和解』こそが、取るべき最良の道であると――そう、進言いたします」
高らかにきっぱり、堂々と――。
余が危惧した通りの主張を、掲げるのだった。