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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第1章 魔王と乙女の、矜持と意地と
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第3話 幼き日、星は星に恋をした -1-


「……このたびも、破談の話は破談になったようですな、お嬢様」


 ハイリアの部屋を出れば――控えていた獅子頭の獣人が、わたしの1.5倍近いその巨躯を折り曲げて一礼してくる。

 わたしの家令にして、幼い頃からの守り役でもある〈人獅子(ワーレオ)〉のギリオンだ。


 同時に……幼くして両親を亡くしたわたしにとっては、数少ない家族と言ってもいいだろう。

 もとは名の通った武人であったらしく、少々堅っ苦しいのが玉にキズってやつだが。



「破談じゃなく、破棄な、破棄!」


「……その方が面白いから、でありましょうか?」


「そーそ、そういうことだよ。

 破談が破談、って言い回しも、それはそれでキライじゃないがねー」


 のっしのっしと絨毯を踏みしめ、城の廊下を歩くわたしに、一歩遅れて追従するギリオン。


 王城は基本、いかにも冷たそうな石造りではあるが……実は、わたし考案の、地熱による熱湯を利用した暖房機構によって、それなりに暖かく保たれていたりする。

 ……うむ、さすがわたし!


 いやー……しかしこれを実用化するまでは、城に来る度に底冷えして……大っ変だったんだよなあ……。


 ああ、そう言えば幼い頃、そのせいで思いっ切りクシャミして、ハイリアに鼻水つけてやったことがあったっけ。


 ハイリアは昔から、星の河のようなその銀髪に相応しい、涼やかな美男子だったが……その美しい顔が片頬だけ引きつって凍り付いた様子は、今思い返しても珍しい、なかなかの見物だった。


「……ふふっ……」


 思わず、自然な笑いがこぼれる。


 とにかく、一度でも見聞きしたことは決して忘れないこの記憶力には、閉口することも多いが……。

 こうした思い出を再生する分には、悪くないと思えた。


 だけど――それは同時に、あまり愉快でもない記憶をも引っ張り出す。

 そう……つい今しがた、別れ際にハイリアが告げた言葉だ。



「……ついに、魔王に――か」



 魔王――それは、我ら魔族を統べる〈魔領(まりょう)〉の王……というだけの意味では無い。

 現に、今王位にあるハイリアの父君は、あくまで『王』でしかないのだ。


 〈魔胎珠(マタイジュ)〉と呼ばれる、大いなる破壊をもたらす〈闇のチカラ〉を宿した宝珠――。


 生まれるのは数百年に1人と言われる、そのチカラへの適性を有した者が、それを身に降ろすことによって『成る』のが……〈魔王〉たる存在だった。


 そして、魔王と成った者は……その破壊のチカラを振るい、今は人族が支配するこの世界の表舞台へ侵攻することになる。

 ――かつて、初代の魔王が、野望の成就のためにそうしたように。


 そしてその初代から後の時代は――。


 結果として人族との戦に敗れた初代魔王、その味方をしたために、〈魔族〉という烙印を押され、こうして僻地(へきち)に追いやられた我ら一族が……豊かな世界を取り戻し、この貧しく苦しい生活から解き放たれるためにも。


 さらに、そんな歴代の魔王が敗れるたびに〈魔領〉へと押し返され……次の魔王が現れるまでの間にまた民衆の間で膨れあがる、その怨嗟と憎悪に拠る悲願を――叶えるためにも。


 そんな理由で、我ら魔族を率い、戦い続けてきたのだ……〈魔王〉という存在は。



「……馬っ鹿馬鹿しい……」


「……お嬢様。

 かような汚いお言葉は、場所を選ばれる方がよろしいかと」



 わたしが悪態をつくのなんて、珍しいことでもないだろうが……王城内とあっては、何を咎められるかも知れないと危惧したのだろう――。

 ギリオンは巨躯をかがめて、そっとわたしを諫める。


 ……特に彼は、わたしの『主義主張』を理解しているからな。

 そのあたり、余計に気を遣ってくれているのだろう。


「……分かった分かった。

 王城にあっては〈列柱家(れっちゅうけ)〉の当主らしく振る舞え、と言うんだろう?」


「よくぞお聞き分け下さいました、さすがはお嬢様」



 わたしとギリオンは互いに真意を隠し、当たり(さわ)りの無いやり取りをしながら……そのまま城を辞し――。


 竜舎(りゅうしゃ)番に預けておいた、我が家の小さな1頭立て竜車(りゅうしゃ)に乗り込むと――ギリオンに御者を任せ、家路につく。


 この〈魔領〉の王を支える有力貴族〈列柱家〉に連なるわたしではあるが、両親を早くに亡くし、さらに兄弟もいないため、自領は早々に王家に返上していて……。

 ゆえに今は――まあ、実は自領の有無にかかわらず、〈列柱家〉のほとんどの者がそうなのだが――王都に起居する毎日だ。


 そして、わたし自身は研究者としての最低限の生活さえ保障されればいいので……住まいは王都外れの、ごく小さな屋敷である。


 まあ、そもそも住んでいるのが、わたしの他は、家令たるギリオンと、家事全般を請け負ってくれているギリオンの妻のキュレイヤ……その3人だけだしな。



「……お嬢様。先ほどの件ですが、もしや……」



 竜車を引く地竜ちりゅうの手綱を取り、人気の無い通りを選んでゆっくりと歩かせながら……さらに幾分声を潜めて、ギリオンは御者窓越しにそう訪ねてくる。


 幸いにしてうちの竜車はわたし一人用と言ってもいい小ささなので、それでも会話をするには充分だ。


「お前の察しの通りだよ、ギリオン。

 ハイリアは……近々、魔王となるようだ」


「やはり――そうでありましたか」


「まあ……〈魔胎珠〉の適性があった以上、どうしたって避けられない道ではあったわけだけど、ね。

 年齢的にももうしっかり大人だし、陛下の体調も(かんば)しくないとあっては……一日でも早く、という話にもなるってわけだ」


 答えて、思わず小さく鼻を鳴らしてしまう。


 そうして、落胆か、怒りか……何とも言いがたいが、つい、そんな感情に駆られてしまった自分に、今度はタメ息をついた。






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