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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第4章 魔王と乙女の、理想とした世界へ
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第33話 あの〈星空〉を臨む丘で −2−


「――フン……なるほどな。

 シュナーリア(こやつ)が目に掛けていただけはある、か……」



 余は、一つタメ息をこぼすと――。

 魔王たる余を前に、堂々とシュナーリアに会いに来ただけだとほざく勇者のため……墓石の前から一歩退き、場所を空けてやった。


 そして、視線を振って……勇者を促す。


 律儀に礼まで言って、余の代わりに墓前にヒザを突いた勇者は……しかし、そのまましばらく何かの思案に暮れたあと――余を振り返り。


「……べ、勉強してくるの忘れてた……。

 〈魔領(まりょう)〉のお墓参りのしきたりとか、何かあったりするのか――?」


 こともあろうに、情けない顔でそんなバカげた問いを投げかけてくるではないか。

 思わず、再度のタメ息をつきながら余は――「好きにしろ」と吐き捨てる。


「そもそもが、そこに眠るのはしきたりなどに縛られたりするのを嫌った娘だ。

 キサマの世界のやり方で構わん」


 つい、「むしろその方が、こやつは旺盛な好奇心を刺激されて喜ぶであろうよ」とまで付け加えそうになったのを、馬鹿馬鹿しいと呑み込み。

 それなら――と、改めて(かしこ)まり、背負い袋に()していた一輪の花を手向(たむ)け、静かに両手を合わせて(こうべ)を垂れる勇者を……余は、静かに見守ることになった。



 ……まったく、妙な男だ……。


 物腰こそ、そこいらの善良な一市民という(てい)でしかないにもかかわらず――ときとしてその言動には、余ですら引き付けるほどの存在感がある。



「………………。

 出来れば……ちゃんと、会って話をしたかった」



 合わせていた手を解き、開いた目で墓石を見つめたままに……ふっと、勇者はそうこぼした。



「シュナーリアさんが、魔族と人族の和解を望んでるって……俺と同じ気持ちの人が、魔族にもいるって知ったときは、本当に嬉しかった。

 俺の目指してる道は、間違いじゃないんだって――背中を押してもらえた。

 だから、どれだけの苦難があっても……乗り越えて、ここまで来られた。

 その感謝を――直接、伝えたかった」



「フン……。

 そうした夢想家なところは、確かにこやつと話が合ったであろうな」


「――シュナーリアさんも俺も、()()夢想家じゃないよ……魔王」


 そう言って、余を見上げた勇者は……口元に、微かな笑みを浮かべていた。


「……なんだと……?」


「なぜなら、俺たちは……この理想を、必ず実現するからだ。

 理想を、理想のままに終わらせないからだ。

 ……そう――」


 (いぶか)る余に対し、勇者は――口元の笑みを広げて。

 シュナーリアがよくそうしていたように……イタズラめいた笑顔を見せた。


「魔王ハイリア……アンタと一緒に、な」


「…………っ」


 渋面を作る余に対し、何らの気負いも感じぬ軽やかな動きで……勇者は、静かに立ち上がる。


「余も共に――だと? やはり阿呆か、キサマは……。

 魔王として戦いを続ける余がいるからこそ、その理想は叶わぬのだぞ――?」



「……いいや、違うね。

 シュナーリアさんの手紙を読んで――。

 こうして〈魔領〉に来て、暮らしてる人たちの表情を見て――。

 そして、魔王……実際にアンタに会って。


 それで、俺も確信したよ……シュナーリアさんの言う通りだ。

 ――ハイリア、アンタが魔王だからこそ……和解は成る。必ずだ」



 真っ直ぐな眼で、余を射貫くように見つめながら……一点の迷いも無く、そう言い切る勇者。


 シュナーリアを彷彿とする、その言いざまに――。

 余は反射的に、墓前にてあやつに誓った想いをぶつけていた。



生憎(あいにく)だな。余は、余のやり方で、こやつの理想を汲んだ世界を……築き上げる。

 現実として掴みうる、共存の世界を――築き上げてみせる。

 ……その為に――勇者よ。

 余は、人族の希望たるキサマを……討ち果たす。必ずだ」



 互いに――譲ることなく。

 余と勇者は、真っ向から……その視線を戦わせる。


 そんな我らの間を、一陣の風が吹き抜け……一面に捧げられた献花の、色とりどりの花びらが宙を舞った。



「……分かったよ。

 じゃあ、それならそれで……するか、ケンカ。思いっ切り」



 一つ息をつき、何を言い出すのかと思えば。

 また子供のような笑みを浮かべた勇者の口を突いて出たのは、『ケンカ』などという単語だった。



「キサマ……余を愚弄するのか?

 我らの戦いは、ケンカなどと安っぽいものでは――!」


「――殺す、殺されるで強引に全部片付ける方が……よっぽど安っぽいさ」



 余を遮っての勇者の言葉に……その、静かな気迫に。

 余はまた、思わず二の句を呑み込んでしまう。



「召喚された俺は、あくまで代理だけど……人族がこれまで積み重ねてきたもの、そして背負ってきたものを。

 そして魔王、アンタは……同じく、魔族が積み重ねてきたもの、背負ってきたものを。


 互いに、全部吐き出して、ぶつけ合って――その先で、本当に分かり合うための一歩を踏み出す。

 俺たちがやるのは、そんな『ケンカ』だ。


 だから――先に言っておくよ。

 俺は、アンタを討つ気も――アンタに討たれる気もない。


 ただ、アンタを縛り付けてるものを、全部ブッ壊して……見るべきものを見えるようにしてやる。――それだけだ」



 余を相手に、そう言うだけ言って――勇者は、くるりときびすを返した。



「じゃあな、魔王――今日は、会えて良かったよ。

 次は、正々堂々とケンカ吹っかけに行くから……そのつもりでいろよ?」



 まるで、友人同士の雑談の中で出た、他愛ない約束のように言い置き……立ち去ろうとする勇者。

 余は思わず、そんな勇者の背に向かって――



「……一つ、教えておいてやる。

 シュナーリアは、自らが認めた相手には――年齢など関係なく『さん』と付けて呼ばれるのを嫌っていた。

 ――2度と、その形では呼ばないことだな」


 なぜか、そんな忠告とも言えぬような忠告を……投げかけていた。



 それに対し勇者は、肩越しに「分かった。覚えとく」とだけ言い残し――。

 舞い上がる花びらの中を……静かに、立ち去っていった。






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― 新着の感想 ―
[一言] この二人は、何だかんだ似た者同士ですよね。
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