第33話 あの〈星空〉を臨む丘で −2−
「――フン……なるほどな。
シュナーリアが目に掛けていただけはある、か……」
余は、一つタメ息をこぼすと――。
魔王たる余を前に、堂々とシュナーリアに会いに来ただけだとほざく勇者のため……墓石の前から一歩退き、場所を空けてやった。
そして、視線を振って……勇者を促す。
律儀に礼まで言って、余の代わりに墓前にヒザを突いた勇者は……しかし、そのまましばらく何かの思案に暮れたあと――余を振り返り。
「……べ、勉強してくるの忘れてた……。
〈魔領〉のお墓参りのしきたりとか、何かあったりするのか――?」
こともあろうに、情けない顔でそんなバカげた問いを投げかけてくるではないか。
思わず、再度のタメ息をつきながら余は――「好きにしろ」と吐き捨てる。
「そもそもが、そこに眠るのはしきたりなどに縛られたりするのを嫌った娘だ。
キサマの世界のやり方で構わん」
つい、「むしろその方が、こやつは旺盛な好奇心を刺激されて喜ぶであろうよ」とまで付け加えそうになったのを、馬鹿馬鹿しいと呑み込み。
それなら――と、改めて畏まり、背負い袋に挿していた一輪の花を手向け、静かに両手を合わせて頭を垂れる勇者を……余は、静かに見守ることになった。
……まったく、妙な男だ……。
物腰こそ、そこいらの善良な一市民という体でしかないにもかかわらず――ときとしてその言動には、余ですら引き付けるほどの存在感がある。
「………………。
出来れば……ちゃんと、会って話をしたかった」
合わせていた手を解き、開いた目で墓石を見つめたままに……ふっと、勇者はそうこぼした。
「シュナーリアさんが、魔族と人族の和解を望んでるって……俺と同じ気持ちの人が、魔族にもいるって知ったときは、本当に嬉しかった。
俺の目指してる道は、間違いじゃないんだって――背中を押してもらえた。
だから、どれだけの苦難があっても……乗り越えて、ここまで来られた。
その感謝を――直接、伝えたかった」
「フン……。
そうした夢想家なところは、確かにこやつと話が合ったであろうな」
「――シュナーリアさんも俺も、まだ夢想家じゃないよ……魔王」
そう言って、余を見上げた勇者は……口元に、微かな笑みを浮かべていた。
「……なんだと……?」
「なぜなら、俺たちは……この理想を、必ず実現するからだ。
理想を、理想のままに終わらせないからだ。
……そう――」
訝る余に対し、勇者は――口元の笑みを広げて。
シュナーリアがよくそうしていたように……イタズラめいた笑顔を見せた。
「魔王ハイリア……アンタと一緒に、な」
「…………っ」
渋面を作る余に対し、何らの気負いも感じぬ軽やかな動きで……勇者は、静かに立ち上がる。
「余も共に――だと? やはり阿呆か、キサマは……。
魔王として戦いを続ける余がいるからこそ、その理想は叶わぬのだぞ――?」
「……いいや、違うね。
シュナーリアさんの手紙を読んで――。
こうして〈魔領〉に来て、暮らしてる人たちの表情を見て――。
そして、魔王……実際にアンタに会って。
それで、俺も確信したよ……シュナーリアさんの言う通りだ。
――ハイリア、アンタが魔王だからこそ……和解は成る。必ずだ」
真っ直ぐな眼で、余を射貫くように見つめながら……一点の迷いも無く、そう言い切る勇者。
シュナーリアを彷彿とする、その言いざまに――。
余は反射的に、墓前にてあやつに誓った想いをぶつけていた。
「生憎だな。余は、余のやり方で、こやつの理想を汲んだ世界を……築き上げる。
現実として掴みうる、共存の世界を――築き上げてみせる。
……その為に――勇者よ。
余は、人族の希望たるキサマを……討ち果たす。必ずだ」
互いに――譲ることなく。
余と勇者は、真っ向から……その視線を戦わせる。
そんな我らの間を、一陣の風が吹き抜け……一面に捧げられた献花の、色とりどりの花びらが宙を舞った。
「……分かったよ。
じゃあ、それならそれで……するか、ケンカ。思いっ切り」
一つ息をつき、何を言い出すのかと思えば。
また子供のような笑みを浮かべた勇者の口を突いて出たのは、『ケンカ』などという単語だった。
「キサマ……余を愚弄するのか?
我らの戦いは、ケンカなどと安っぽいものでは――!」
「――殺す、殺されるで強引に全部片付ける方が……よっぽど安っぽいさ」
余を遮っての勇者の言葉に……その、静かな気迫に。
余はまた、思わず二の句を呑み込んでしまう。
「召喚された俺は、あくまで代理だけど……人族がこれまで積み重ねてきたもの、そして背負ってきたものを。
そして魔王、アンタは……同じく、魔族が積み重ねてきたもの、背負ってきたものを。
互いに、全部吐き出して、ぶつけ合って――その先で、本当に分かり合うための一歩を踏み出す。
俺たちがやるのは、そんな『ケンカ』だ。
だから――先に言っておくよ。
俺は、アンタを討つ気も――アンタに討たれる気もない。
ただ、アンタを縛り付けてるものを、全部ブッ壊して……見るべきものを見えるようにしてやる。――それだけだ」
余を相手に、そう言うだけ言って――勇者は、くるりときびすを返した。
「じゃあな、魔王――今日は、会えて良かったよ。
次は、正々堂々とケンカ吹っかけに行くから……そのつもりでいろよ?」
まるで、友人同士の雑談の中で出た、他愛ない約束のように言い置き……立ち去ろうとする勇者。
余は思わず、そんな勇者の背に向かって――
「……一つ、教えておいてやる。
シュナーリアは、自らが認めた相手には――年齢など関係なく『さん』と付けて呼ばれるのを嫌っていた。
――2度と、その形では呼ばないことだな」
なぜか、そんな忠告とも言えぬような忠告を……投げかけていた。
それに対し勇者は、肩越しに「分かった。覚えとく」とだけ言い残し――。
舞い上がる花びらの中を……静かに、立ち去っていった。




