第28話 深き闇にこそ、星は強く輝く −3−
「これは、ハイリア様、ちょうど良いところへ……!
――今まさに、脱獄した裏切り者のシュナーリア殿を確保するところでありました……!」
……ハイリアがここまでやって来たことは、わたしだけでなく、グーラントとしても想定外だったらしい。
ヤツはすぐさま、魔剣の側で跪き――『クーザ』としての擬態に戻る。
しまった、ハイリアは――!
まだ、グーラントのことを知らない……!
グーラントに食らった一撃もあって、とっさに上手く声が出せない中――それでも何とかしようとハイリアを見つめるも……。
「裏切り者――そうだったな」
わたしから視線を外し、グーラントの方を見やるハイリアの口からこぼれ出たのは――底冷えのするような鬼気を伴った、そんな一言だった。
「この余に――そして我ら魔族に反逆のキバを剥く、裏切り者……。
――キサマこそが、そうよな?」
そして、そんなハイリアの鬼気は――。
わたしではなく、前方、跪くグーラントへと真っ直ぐに向けられていて……。
「な、何を仰いますか、私は――!」
「……そもそもが、始めからおかしかったのだ」
弁解しようとするグーラントを圧するように――ハイリアはわたしを抱き上げたまま、一歩一歩、ヤツへと近付いていく。
「オーデングルムは確かに強硬派だが、己にも他者にも厳しく、忠義に厚い男。
いくら不満があろうと、あのような蛮行を許すはずもなければ……家人が関わるのを見逃すほど甘くもない。
無論、人の心とは計り知れぬものだ――万が一、というのはあった。
……だが、それよりもはるかに納得出来る可能性がある。
何者かが背後で糸を引き……有力者たるオーデングルムを陥れるというものだ」
「まさか……それが私だと……!?
バカな、その蛮行を事前に食い止めたのは私でありますのに……!」
「余が、襲撃を計画したという者たちに、直接会ったのはどうしてだと思う?
確かめたかったからだ――その言い分ではなく……。
彼らが『操られて』いなかったかを、な。
結果……他者ならいざ知らず、魔王たる余には微かながら感じられたぞ?
――その〈魔剣〉が備えているものに近しい……〈闇のチカラ〉の気配をな」
そう告げて……足を止めたハイリアは、自分とグーラントの間に突き立つ、魔剣グライエンを顎で指し示す。
「無論、それだけではキサマの仕業とも言えん。
だが先刻、余の優秀な密偵が調べ上げてきてくれたのだ。
キサマが――本来なら接点などないはずの、襲撃者たち、そして彼らが捕らえたというガガルフの部下とも……事前に接触していたことを。
さしずめ、ガガルフもオーデングルムと同じように反逆罪を背負わせようとしたところ、そのガガルフの部下が、たまたまこの跳ねっ返り娘の曰く付きの書簡を携えていたゆえに……これ幸いとばかり、こやつも巻き込む形に計画を変更した――といったところか。
そう……邪魔な存在を、一気に失脚させられると――甘く見積もって、な」
「ハイリア様! このクーザを、信用しては下さらぬのですか……!」
「無論、信じるとも――キサマが、余の知るクーザであるならばな。
だが……その魔剣には、初めからチカラだけでなく、妙な『気配』を感じていた。
どうにも気に入らぬ気配をな。
ゆえに――その気配がキサマに影響を与えていると考えれば……いや。
キサマこそが、まさにクーザに取って代わっていると考えれば――これ以上、辻褄の合う話もない。
……それで合っているか? シュナーリア」
腕の中のわたしに、目を落としてそう確認を取るハイリアに――。
何とか息を整えたわたしは――しかしそんなことは悟らせないよう、いつものようにイタズラっぽく笑いながら……うなずいてやる。
そして――。
「さすがだよ……ハイリア。
わたしとしたことが、キミを少々見くびってしまっていたかもな。
――そう、キミの察した通り。
そして今、あの身体を乗っ取っているのは……魔剣グライエンを作ったクーザの先祖、グーラントその人だ――」
わたしは簡潔に、グーラントが魔剣に魂を宿し、子孫の身体を乗っ取るように数百年を生きながらえてきたこと……。
そして、最終的にはその魔剣で魔王のチカラを奪い取り、アルタメアを支配するのが目的であることを告げる。
「――そういうこと、か。
なるほど、道理であの剣を初めて間近に見たとき、余の中の〈魔胎珠〉のチカラが妙なざわつきをしたはずだな。
しかし、シュナーリア……この緊急事態をいち早く察したからこそ、お前も動いたのだろうが……。
形式的な投獄だったとはいえ、その日のうちに脱獄されるとは思わなかったぞ」
「なに、あまりに居心地の良い部屋をあてがわれたからね。
貧乏性のわたしは、却って落ち着かなくなったのさ」
わたしは、そう軽口を叩いて……もう大丈夫と言う代わりに、自分から、ハイリアの腕の中より飛び降りた。
名残惜しくはあるけど、ハイリアに、わたしの身体のことを悟られるわけにはいかないから……な。
「さて――グーラントよ」
事情を知らぬはずのハイリアを油断させ、スキを突く――。
結局は、そんな手立てもあっさりと封じられたグーラントに……ハイリアは堂々とした声を掛ける。
「かつてキサマが、錬成術士として、我ら魔族に多大な貢献をしたことは認める。
今を生きる我らも、その恩恵を受けてきたのは間違いなかろう。
だが――。
すでに、キサマの生きる時代は過ぎ去った。
もはやキサマ自身が、過去のくだらぬ妄執そのものなのだ。
それを受け入れ、クーザの身体を返し、大人しくこの世を去るならば良し。
――功績ある先人への敬意を表し、こちらも黙って見送ろう。
しかし、そうでないならば――」
「……思い上がるなよ――小僧がっ!」
いきなり顔を上げると同時に、雷撃を放つグーラント。
常人なら直撃すれば黒焦げになりかねないそれを、ハイリアは難なく片手で打ち払うが――。
そのスキを突き、グーラントは……2人の間にあった魔剣を手に、ハイリアに斬りかかって――!
「! ダメだ、かわせハイリア!」
とっさには動けないわたしが声を上げるも、間に合わず。
ハイリアは、余裕を持って……グーラントの振り下ろす刃を、その手で受け止めてしまっていて――!
「よかろう。これがキサマの答えならば……グーラントよ。
我らに仇為す敵として……。
当代の魔王たる責により、余が消滅させてくれる――!」
「ふ、はは――! 触れおったな、愚か者が――ッ!」
静かな怒気を見せるハイリアとは対照的に、歪んだ笑みを浮かべるグーラント。
そして、その意味を知るわたしの危惧した通り――。
「奪い取れ、グライエン――ッ!!」
魔剣グライエンが、禍々しい黒い輝きを放ち――それが、受け止めた手を通じて、ハイリアの全身を一瞬のうちに包み込む……!
「――ハイリアッ!!」
すぐさま引き離すべく、間に割って入ろうとしたわたしだが――すでに遅く。
グーラントは、まるで、力の入らなくなったハイリアの手を逃れるように……あっさりと、剣を引き戻すのだった。




