第18話 〈魔剣〉受け継ぐ家の少女 −4−
「……ふむ……」
この隠された空間は、その造りからして、後世に新しく作られた部屋――ではなく、元々この研究室の主だったグーラントによるものだろう。
ならば、この古い手記はその当人のもので間違いない。
……しかし、クローネは……なぜわたしをこの部屋に?
子供心に、すごいご先祖サマの、秘密の隠し部屋を自慢したかった……とか?
それも無い話ではないだろうが……どうにも、この子の真剣過ぎるほどに真剣な眼差しが気になる。
この手記を見れば、そこのところが分かるのか……?
「子孫の許可があるのだ、悪く思うなよ、グーラント殿?」
わたしは口先だけで謝意を述べ――手記を手に取り、開いてみる。
が――。
「……さすがだな……暗号、か」
書き連ねられているのは、まるで意味の繋がらない文字の羅列だった。
ざっと頭の中で、知っている幾つかの解読法に照らし合わせてみるも……当てはまらず。
当然、手記そのものや周囲にも、解読表のようなものはない。
もしかしたらと思って、クローネを振り返るも――書棚の向こうでわたしを見守る彼女も、小さく首を横に振るだけ。
つまり――読めない手記と、何も置かれていない祭壇しかない部屋に案内したということか……?
単純に考えれば、先に思いついた幼さゆえのちょっとした自慢か、イタズラか……ということになるが――。
そのどちらでも有り得ない、妙な胸騒ぎのような感覚が――わたしには、あった。
そもそも、この隠し部屋には……具体的に何が、というわけではないが、不穏なものを感じたのだ。
そこで、改めてクローネに真意を尋ねてみることにしたが……。
彼女が、意を決したように「パパが――」と口にするのと同時に。
「――クローネーっ!」
研究室のドアの向こうから……微かに、この子を捜すクーザの声が響いてきた。
同時に、クローネはビクリと、大ゲサなほどに驚く。
――さっき隠し部屋を開いた、あの紅玉の指輪なんかは、大きさからしても明らかにこの子のものではないだろうし……。
勝手にこんなイタズラめいた真似をして……それがバレて、怒られるのを恐れている?
……いや、違う。
そんな微笑ましい理由でないのは、わたしの感覚としてもう明らかだ。
この子はきっと――父親に、普段とは違う『何か』を感じ取っている。
そしてそのきっかけとなったのが……父がこの隠し部屋に入ったこと、なのではないか?
ゆえに、自分でもそれを探ろうと、カギとなる指輪を持ち出し、ここへ入ってみたものの――あるのは何も無い祭壇と読めない手記だけ。
そこで……老家令が『賢くてすごい人』と称したわたしなら、何か分かるのではないかと、ここへ案内した――。
……恐らくは、そんなところだろう。
そして、この子のこの怯えよう――。
詳しい事情は分からないが、現状をクーザに見られるのはマズそうだ。
――ふむ、ならば……!
わたしは、落ち着かない様子のクローネに、仕草だけで静かにするように告げると――。
まずは、深呼吸を一つ。
その後、手の中の手記を――ページを『めくる』のではなく、指を滑らせながら……最初から最後まで勢いよく『流して』いく。
後で内容を解読するべく――そのすべてを、この一瞬で頭の中に叩き込むために。
「――よし……!」
時間にして数秒、200ページ近くを映像として脳に刻み込んだわたしは――後々怪しまれぬよう、手記を寸分違わず元あった通りに戻し、小部屋を出る。
そして、クローネに隠し扉を閉めさせ……揃って、ドアの方へと戻った。
――クーザが、研究室へ駆け込んできたのは……まさに、その直後だった。
「ああ、クローネ……やっぱりここだったね。
――お客人の邪魔をしてはいけないだろう?」
片ヒザを突き、クローネに微笑みかけるクーザに、特別おかしなところは見受けられないが……。
しかしクローネは、どことなく緊張した面持ちのまま……そんな優しげな父に近寄ろうとはしない。
「どうも、娘が迷惑をかけたようで……申し訳ない、シュナーリア殿」
「いや、概ね、気になるものは見せてもらったところだったんだ……気にしないでくれ。
それに――あの小さかったクローネ嬢がこれほど大きくなっていたことに、新鮮な驚きを得られたしね」
わたしは、クローネのふわふわな髪をなでてやる。
するとクローネは、父親よりもわたしが良いとばかりに……ドレスの裾を強く握ってきた。
「しかしクローネ、人見知りのお前がどうしてまたシュナーリア殿のところに?
何か用事でもあったのかい?」
クーザが尋ねると……クローネは、ずっと抱いていた人形をわたしに向かって差し出してくる。
愛らしい少女を模したその人形は、一種の魔導具としての側面も持つ、高級なものだ。
持ち主が魔力を注いでやれば、その意志に沿って、多少は自立的に動くことも出来る――そんな、いわゆる自動人形的な存在でもある。
「……おねえちゃん、じいやが、いろんなのつくる、かしこくてすごいひと……いってたから。
だから、こわれちゃったこのこ……なおして、って……」
「そのためだけに、かい? そんなことなら、出入りの技師にでも――」
「――いや、構わないよ」
クーザの言葉を遮って……わたしは、ひょいとクローネの人形を受け取った。
「研究中の、良い気分転換になりそうだしね。
それに――人形でも、クローネにとっては友達の女の子なんだ。
どうせなら、同じ女の子のわたしに診てもらう方がいいに決まってる――な?」
そうして、ニッと笑いかけてやると――。
クローネも、控えめにやわらかく微笑みつつ……大きく、こくんとうなずいた。
――その後。
人形とはいえ、魔導具の修理となると、その場ですぐというわけにはいかないから――と、クローネの人形を預かったわたしは。
数日のうちに必ず治して届けることをクローネと約束し――クーザの屋敷を辞して。
今は、ギリオンの操る竜車に揺られているのだが……。
「それで、お嬢様……クーザ様のご様子はいかがでございましたか?」
「そうだな……。
どうやら――タダ事では済みそうにない、と言ったところか……」
ギリオンの問いに……険しくなってしまった声で応えるわたしの手には、クローネから預かった人形。
そして――
どこが壊れているのかと、竜車の中で軽く調べているときにその人形の中から見つかった……拙い文字が書かれた、小さな紙片があった。
クローネによるものだろう、その紙片には――たった一言。
『パパ、ちがう』
ただ、その一言だけが……書かれていたのだった。




