第16話 〈魔剣〉受け継ぐ家の少女 −2−
「こ、これはこれは……シュナーリア様――!」
――いかにも〈魔領〉らしく、雪のちらつく夕暮れ。
わたしの屋敷と同じく、王都外れ(方角は逆方向だが)に建つクーザの邸宅を訪れると……。
見覚えのある老家令が、条件反射的な礼儀正しさに、やや引きつった表情を加えて出迎えてくれた。
経験も豊富な老家令が、なぜまたこんな態度になってしまっているのかと言えば……それはやっぱり訪問者が『わたし』だからだろう。
しょっちゅう研究で屋敷に引きこもるから、他人の家を訪れるのがそもそも珍しい上に、まあ、奇行が目立つ変人として有名になってしまってるし――。
……ああ、そうそう、しかも、この屋敷の前庭にある噴水――それを新しく造成するって聞きつけたとき、わたしが考案した、温泉水を使った新技術を試すのに使わせてもらったんだった。
いやー、あのときは、温泉水を引き込む導管を埋設するのに、庭を思いッ切り掘り返したりしたんだよなあ……。
ついでに、温泉水使った温室とかもいいんじゃないか――って、その場で色々思いついて、それをことごとく試したりなー。
もちろん、それらも含めた造成工事はちゃーんと終えたし、掘り返した庭も元通りどころか、(わたし基準で)より素晴らしいものに造り直したんだけど……。
この家令のじーさまは確か……クーザと奥方にはわりと好評だったそれらを見て、魂抜けたような顔で呆然としてたっけか。
……もう10年近く前のことで、わたしも10歳かそこらの子供だったからなあ。
うん、まあ……さすがに若気の至りというか……ちょっとは悪かったと思う。
ちょっとは。
――と、そんなわけだから……。
さしずめ彼にとっては、『とんでもない客が来てしまった!』――ってところか。
「と、当家に、いかなるご用件でありましょう……?」
「あ〜……いやなに、新たな魔導具の研究に少し行き詰まっていてね。
クーザ殿のご先祖にあたるグーラント様は、稀代の錬成術士でもあられただろう?
もし、秘蔵の研究書などあるようなら、研究の手掛かりとして拝見出来ないものかと思い……こうして失礼させてもらったわけなんだが。
――クーザ殿は、いらっしゃるかな?」
家からこちらに来るまでの間に考えた、それらしい言い訳を、淀みなく老家令に話してみせるわたし。
……いや、実際、『新たな魔導具』は研究していて、それが難航しているのも事実なのだが。
で、対する老家令は、さすがにいつまでも戸惑ってはいず、いい加減表情を引き締め……恭しく一礼する。
「申し訳ありませんが、少々、お待ちいただいてもよろしいでしょうか……?
主人は、先ほどお戻りになられたところでして……」
「もちろんだとも。
不躾に、約束も無く押しかけたのはこちらだからねー」
最悪、何かと理由を付けられての実質的な門前払いもあり得る――と考えていたわたしは、老家令の言葉に愛想良くうなずき……。
ギリオンは待たせて、1人、屋敷の応接室へと通された。
そうして、供された、少し香りにクセのある茶を――そこはかとなく警戒しつつ、ゆったりと一杯飲み干して。
家を出がけに、症状を抑えるために飲んだ水薬がどれだけ保つか――などと考えていたところに、当の屋敷の主がやって来た。
「……どうも、お待たせしてしまい申し訳ない、シュナーリア殿」
その穏やかな物腰や、声はもちろん……。
剣すら佩かない、いかにも私邸らしい気楽な――それでいて、キチンとわたしという客を迎えるに相応しい、礼儀を踏まえた服装も。
いかにも、わたしの知るクーザという人物そのものだった。
……先だって、家でギリオンの話を聞いたときに覚えた妙な違和感から、あるいはまったくの別人が、魔法や魔導具を使って本人に化け、成りすましていたりするのでは――とも疑っていたものの……。
さすがに、それはなかったようだ。
ただ、それでも――得体の知れない違和感が、完全に拭えたわけじゃないんだが……。
「さて、今日は……当家の先祖の手による書物をお探しと聞いたが……?」
「いきなり押しかけてすまない、クーザ殿。
――そうなんだ、稀代の錬成術士たるグーラント様の記した書は、わたしもほとんどを拝読させてもらっているのだが……。
こちらなら、もしかしたらわたしも知らぬ著書があるかと思ってね」
「ほう、シュナーリア殿はその才ゆえ、独学の面が大きいと思っていたのだが……。
まさか、我が先祖の書も親しんでいたとは」
「それはそうだ。グーラント様ほどの先人の知恵なら、わたしとて、同じ錬成術にも関わる研究者として、大いに参考にさせてもらうというものだよ」
わたしの、そんな先祖への賛辞に……クーザは少なからず機嫌を良くしたらしい。
それでは――と、かつて、当のグーラントが研究室としても利用していた部屋へ案内してくれることになった。
今はもう使われておらず、大したものも残っていないだろうが、何か参考になりそうなら自由に見てもらって構わない――と。
……ちなみにだが、わたしがクーザの先祖にあたるグーラントの、錬成術に関しての著書を一通り網羅したことも、その才を認めていることも事実だ。
数百年前の人物でありながら、その理論や発想には、現在のわたしでも感心する部分があるし、実際その功績も大きい。
ただ……実を言えば、好きか嫌いか、という基準で判断するなら――嫌いなタイプだったりする。
もちろん、直接会ったことなどあるわけがないが……錬成術士・研究者としての才はさておき、著書の端々から感じ取れる為人が――どうしても気に入らなかったのだ。
まあ、そもそもわたし自身が、好き嫌いの激しい人間ではあるんだが。
「そう言えばクーザ殿、わたしのところの家令から聞いたのだけど……。
どうも、わたしがここのところ屋敷に籠もりっきりになっていることを擁護してくれているそうじゃないか?」
当主たるクーザ直々の案内を受けて屋敷を歩きながら、ここへ来た本来の目的についてさりげなく尋ねると……。
クーザもまた、何でもないことのように「ああ、そのことか」とうなずく。
「なに、私はただ、私が正しいと思っていることをしているに過ぎないよ。
私にとっての主は、ハイリア様ただお一人――そしてシュナーリア殿、貴女が研究に集中されるというのは、そのハイリア様が決められたことなのだから」
「ふむ……そうか。
まあ、何にしても取り敢えずは礼を言っておきたくてね。
ただ――さすがにこのままではオーデングルム殿などはまたうるさそうだし、わたしももう少しは表に出るべきかとも思っているんだ」
わたしがそんな風に、少しカマを掛けるように言い出してみると。
クーザは、「それは……」と、わずかに表情に陰りを見せた。
……わたしを、心配するように。
「正直なところ、あまり勧められないな。
……これは、まだ未確認の情報なのだがね……オーデングルム殿を筆頭とする主戦派の中で、貴女を暗殺しようという動きすらあるようなのだ。
現在、人族との戦線が膠着状態にあるのも、裏切り者である貴女が裏で暗躍しているからに違いない――。
ハイリア様に魔王の本分を思い出していただくためにも、貴女は排除するべきだ、とね」
「それはそれは……。毒婦ここに極まれり、ってところか」
クーザの発言に、わたしはついつい失笑してしまう。
……まあ、〈勇者〉と連絡を取って和解の準備を進めようとするあたり、あながち間違ってはいないのかも知れないが。
「――とにかく、そういうわけだから……今はまだ、屋敷で研究に耽っている方がいいだろう。
貴女の家令のギリオンは優秀な戦士でもあるが……わざわざ貴女自身が戦地まで出向くとなると、やはり危険だ」
「……なるほど、分かった――。
親切なご忠告、痛み入るよ」




