第11話 乙女は抗う、病にも慣例にも −2−
「これはこれはハイリア様、わざわざのお運び、光栄の極みにございますわ」
「……と、言葉ばかりは一見それらしいことを言いながらふんぞり返るな、まったく……」
浴場を出たわたしが、キュレイヤに手伝ってもらって、正装じゃなく普段使いの、いつものドレスに着替え、自室に戻ると……。
そこには、いつも通りの調子で、ソファのいつもの場所に腰掛けて、ギリオンのお茶を手にしているハイリアがいて。
そして、わたしの軽口への返事も……いつも通りだった。
もう10年以上続けてきた……わたしたちの、いつも通り。
身体がツラいから、普段の調子で振る舞うのもそれなりに大変なんだけど……。
それでも、こうして変わらないやり取りが出来ると……そのツラさも、少しは忘れられた。
――ちなみにだが、この屋敷は小さいものの、さすがに応接室がないわけじゃない。
客人……それも〈魔王〉たるハイリアとなれば、ギリオンは当然のようにそちらに案内しようとしたのだけど……。
当のハイリアが「これまで通りでいい」と――勝手知ったる何とやらで、自分から、わたしの部屋の、この定位置にやって来たらしい。
そんなことを聞いていたから、わたしも特に正装をするでもなく、こうしていつもと同じように軽装で迎えたのだった。
ハイリアも、気の置けないわたしの前だけでも、〈魔王〉として背負う責務を下ろして、少しは気を楽にしたいのかも知れない。
それは、恋愛感情ではないにしても……まあ、嬉しいと言えば嬉しいことだ。
「……それで?
我らが魔王サマが、わざわざお忍びで何の用なんだい?」
わたしが、向かいにどっかと腰を下ろしながら尋ねると……。
ハイリアは、わたしの分のお茶を運んできたギリオンが退出するのを見計らって口を開く。
「その前に――シュナーリア、お前……少しやつれたのではないか?」
「は? あ、ああ……そう、か?」
思いがけない言葉に、一瞬、病のことに勘付かれたのかと思ったが――。
やれやれ、とばかりに嘆息するその表情を見るに……そういうわけではないようだ。
「お前というヤツは、まったく……。
昔から、研究に没頭すると寝食すら顧みぬのだからな……」
「はっはっは、まあ、こうしてキミが気に掛けてくれるからいいじゃないか。
それに――キミにだけは言われたくないぞ、ハイリア?
キミだって幼い頃から、寝る間も惜しんで、文武の両方において自らを磨き上げていただろう?
……ドがつく同類、略して『どどるい』ってなものじゃないか」
「……余は、王になる者として当然のことをしていただけだ。
それに、余はお前のような天才ではない――自らの限界ぐらいは弁えている。
ゆえに、数日飲まず食わずで倒れるような失態はおかさぬよ……誰かのようにな」
「あ〜……そんなこともあったなあ。若気の至りってやつか、はっはっは。
あのときはギリオンやキュレイヤだけでなく、ハイリア、キミにも大目玉を食らったな〜」
「当たり前だ。
――ともかく、研究に集中するのは構わぬが、少しは自分も労れ。分かったな?」
「わーかった、わかったってば。
もう、キミってやつはお説教ばっかりなんだからなあ……」
そう――幼い頃から、キミは。
わたしのことを、大事に思ってくれているからこそ――。
わたしは、いかにもうんざりと言わんばかりの苦笑の中に、感情を押し隠しながら――それをさらに動きで覆うように、お茶に口を付ける。
「――で、だ……ハイリア。
まさか、研究で籠もっているわたしの様子を見に来ただけ――ってわけじゃないだろう?」
こうして、ハイリアと何気ない会話を交わすのは、心地よい時間ではあるけれど……。
あまり長く話していると、今のわたしでは、体調の面でボロが出かねないからな。
この病のことをハイリアに知られるわけにはいかないのだから――とりあえず、本題ぐらいはさっさと聞いておくべきだろう。
「……ああ。実は先刻、ガガルフが余に会いに来てな――」
そう前置きして、ハイリアが語ったのは……。
〈魔将軍〉ガガルフが出遭ったという〈勇者〉のことと――わたしの不評についての話だった。




