5月
5月5日といえば。
そう、端午の節句、こどもの日でもあり柏餅の日。
世間ではゴールデンウィークで、日ごろ忙しいお父さんが家族サービスに精を出し、正規カップル達がデートをするそんな日本の休日。万人にとって5月5日というのは、とても楽しい一日であるはず。
まぁ、ウチは父が単身赴任だし、ものすごく忙しいそうで今年は帰ってこないのだけど。(先日の泣きの入った父からの電話はかなり鬱陶しかったが。)ついでに母は近所の友達数人と韓流スターのミーティングとかいう得体の知れない集会の予定を立てているらしい。自然、私は家で留守番だと思っていたから、ゆっくりと勉強やら読書やら、一人の時間を満喫しようと思っていたのに。
それなのに。
「なんだかなー……」
ああ、ここまでくるとハンドミキサーの騒音さえイラつく。
いったいいつになれば、"もったりマヨネーズ"になるんだろうか?
手書きで、しかも懇切丁寧なイラストまで入ったレシピを再度確認し、深い不快深いため息をついた。
「あらー、なに、明日香ったらまだやってるのー? いい加減寝ないと明日のデートに遅れるわよ? お母さんは明日に備えてもう寝るけどね!」
ラブリーなクローバーがプリントされているパジャマ姿で登場した母は顔に色々なものを塗りたくる手を止めることなく、「じゃあねー」と言って、キッチンを通り過ぎて消えて行った。
娘が慣れない菓子作りに思い悩んでいるというのに、手伝ってもくれないのか? そんなにアン様が大切なのか?
悲しいかな、ほぼ丸一日、私はキッチンに立ってでスポンジケーキを焼いている。正直足も痛いし、腕も疲れたし、面倒だし、今すぐにでもやめたい。けれど、こんなの簡単にできると高をくくっていただけにものすごく悔しいのだ。
午前中に二度失敗し、午後からはもう四度失敗した。
膨らまない、膨らまない、食べたら粉の塊が出てくる、そして膨らまない。エンドレス。
ああもう、どうしろっていうんだ?
「明日香ちゃんの手作りケーキが食べたいな」
一昨日手渡されたレシピと奴の誕生日が5月5日だという不幸の知らせ。
私が断らなかったとでも?
力の限りお断りしましたとも。そりゃあもう、全力で。
だけども、結局は迫力に負けた。
クラスが離れたことを小躍りして喜んだというのに、休み時間の度に現れ、逃げる前に捕獲され、挙句、いつの間にか結衣ちゃんまであちら側についてやがった。
「いや、意外といいひとよ? 一之瀬君て……。ケーキくらい作ってあげれば?」
そう言った彼女の目の泳ぎ具合や顔の引きつり具合から推察すれば、私を売ったのではなく、結衣ちゃん自身が弱みを握られているようにも思え、ますます奴の姑息さに鳥肌が立ったわけだが。
ピロリロローン。本日七度目の余熱完了を知らせる音。
オーブンに型を乗せた天板を滑り込ませる。
今度はうまく焼けるだろうか? 時間的にも材料的にもこれがラストだ。もしこれで失敗したら、失敗作にデコレーションするまで。私はベストを尽くしたし、それで奴に文句を言われる筋合いはない。むしろここまで努力した私を労い称え褒めちぎって欲しいくらいだ。
そして、五月五日当日。
喫茶店の一角を陣取り、コーヒーと柏餅とオムライスとナポリタンの乗ったテーブルに私が持参したケーキを披露すると、あろうことか会心の出来のケーキを見て、奴は固まった。
「……気に入らないなら食うな」
「いや、気に入ったけど、奇抜だな……。高原のレシピ、そのままに作ったんだろ?」
「もちろん当たり前だ。だいたい、これに至るまでに何度作りなおしたと思ってるんだ。文句があるなら私がひとりで食べる!」
自棄になってとりかえそうとした私の手を奴がやんわりと制する。
「で、さぁ、明日香ちゃんは不自然だと思わなかったわけ?」
そりゃあ、確かに普通じゃないとは思ったけど。
でも、レシピ通りだし、クラスメートの高原はケーキ屋だし、コイツとも友達なんだから、コイツはコレが相当好きなんだと解釈したわけなんだがな。
もしかすると違ったんだろうか?
確かに、自分手作っておいてアレなんだが、やっぱりこうしてみると不自然だよな。
……でも。
ほら、ここに眉毛付きのがいるんだ、すごいだろ! ラッキーだな!
と言ってみたところでフォローにはならないだろうか?
不意に、にゅいっとヤツの顔が近付いてくる。
「ま、明日香ちゃんが作ってくれたんならなんでも嬉しーよ。んで、お祝いのキスなんていただけるともっと嬉しいんですけど」
冗談じゃない。
こんな奴のために作ったこともないケーキを作るはめになったんだ。昨日丸一日の労力を考えればそれだけで十分だろうが。
にやけた顔を遠ざけながら、まあるいケーキの上にぎっしりと行列を作る、いちごにとって代わった某鼻デカどうぶつのお菓子たちの行進に目を落とす。
愛嬌があってそれなりにいいと思うけど、な?
美味い不味いはともかく。