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4月

「どういうことか、説明してもらおうか?」

 胸倉を締め付けて、とりあえずは脅迫してみることにした。

 そうだ、私が甘いからコイツはつけあがるんだ。ばらば、今日から改めて辛く当たってやろうではないか。コイツの吐く事の真相次第では絶対に許さん。

「なんのことかなー。よくわかんないんだけど? とりあえず、落ち着いてコーヒーとケーキでもどう? 白いチーズケーキもあるよー」

 にへらと笑うこの綺麗な顔。

 こちらは真剣に話をしているというのに、ここであの白いチーズケーキを出すか? あのホワイトチョコレートのチーズケーキ! あれってすごく美味いよなー……っじゃあない。危険、危険。

 一瞬ヤツを解放しそうになる己の両手を今一度叱咤し、これではいけないと頭を振って睨み直す。

「そんなもので騙されるか!」

「ちっ」

 舌打ちするところを見ると、やはり話をそらして逃げる気だったわけだ。ったく、そうはさせるかこの野郎。

「ともかく説明してもらおうか。私のケータイからいつ誰にメールを送ったんだ?」

「メール? さーね、オレは知らないなぁ」

 白々しいにも程がある馬鹿にしてるのかコイツは。だいたい、こうやって王子笑顔を作っているときには絶対何かあるに決まってるんだ。散々その手にひっかかってきた私をなめるなよ。

 ちゃらららった、ちゃーらららった、ちゃーらーらーらーらー……。

 唐突にかばんの中のケータイが鳴りはじめる。今日、正確には日付が変わった頃からひっきりなしに鳴りっぱなしの私のケータイ。どうせ中身はみんな一緒で、私のケータイから送信されたメールの内容についてだろう。私を心配して、唯一自宅の電話に連絡をくれたのは親友の結衣ちゃんだけ。「ケータイはまずいかと思ってこっちにかけたんだ。大丈夫? 明日香?」との言葉にどれほど救われたか。

 彼女のおかげで不可解な問い合わせのメールが何を意味しているのかようやく理解した。

 曰く、「あんなメール明日香にしちゃおかしいと思ってたんだけどね。いくら今日が嘘言い放題だとしても大胆すぎ。え? メールの内容? 履歴残ってないの? あー、じゃあ読んであげてもいいけど、絶対に後悔するわよー?」

 そう。彼女の言うとおり、私は力いっぱい後悔した。この一之瀬裕樹と関わってしまったこと。そして、コイツを突っぱね通さなかった自分自身のことを。

「で? どんなメールの内容だったわけ?」

 にやにやにやにやにや……。コイツ、絶対に分かって言ってやがる。自分の作った嘘を私の口から言わせることがそんなに楽しいんだろうか。外道め。

「言いたくない」

「言わなきゃ分かんないでしょー?」

 やんわりと両手を包まれ、シャツから外された私の手。あろうことかそのままきゅっと握りしめられ、ついでにノーテンキな奴の瞳と視線がぶつかった。

「メールの内容言ってみなよ?」

「……」

「言いなさい」

「……」

「言わないとひどいことしちゃうよーん。ここって人目につかないからねぇ」

「ひぃっ……」

 悪寒を感じて奴の手を振り払う。笑顔が黒いなんてコイツくらいなもんだ。

 ちゃらららった、ちゃーらららった、ちゃーらーらーらーらー……。

 また……。もういい加減うんざりだ。どうせ、「嘘でした」と明日にでもメールを返信すれば許されることなのだ。ならばわざわざこんなことに貴重な時間と体力と精神力を費やす必要などないのでは?

 正直、コイツから謝罪の言葉などを期待していなかったのだし、なにより面倒だし。疲れたし。

「帰る」

「明日香ちゃん?」

「いや、なんでもない。騒いで悪かったな。どうぞ店の手伝いに戻ってくれ。明日になれば平気だ」

「……」

 なんだ? 急に奴の表情が曇った。なんだろうな、いつもの嫌な予感がする。

 奴は口を開きかけ、躊躇い、さらに、にいっと口の形だけで笑う。もちろん、目は笑ってない。

「じゃあ、な!」

 付き合ってられるか。と、踵を返す私。

 だが目の前を男の腕が遮り、そのまま奴の掌が私の肩を支えていた建物の外壁を突いた。

「やだなー。逃がすわけないじゃん? メールのこと聞きたかったんでしょ? 教えてあげるよーん」

「いや、もう聞きたくないし興味もなくなった。面倒だからそれ以上喋ってくれるな」

 ニヤリと笑った口で、ひどいなぁなんて呟きながら、やつはそうっと顔を近づけてくる。

「オレ達さ、来春には高校卒業じゃん? ってことはさぁ、結婚とかできるわけよ。式とかしなくても、学生同士の別居生活でも、籍は入れられるだろ? だから、前もってオレが明日香ちゃんのお友達一同にお知らせメールを入れてあげたわけ。これで悪い虫もつかないでしょ? まさに一石二鳥ってやつだね。ちなみに、その内容は、」

『私、南明日香は高校卒業後、一之瀬裕樹と結婚します』

 電話から聞こえた結衣ちゃんの声も重なって、キャパオーバー。やっぱり聞くんじゃなかった。

「ケータイに登録してあったアドレス全部に送っておいたから」

 ああ、そうだろうよ。ついでに転送の転送の転送されて、見ず知らずの奴からもメールが入ってきてるんだよ!

「いったいいつ?」

「あー、それは昨日の夜。家に行って、キミに内緒でケータイストラップをあげたいから、こっそりケータイを持ってきて欲しいってキミのお母さんに頼んだんだよね。いや、こんなにうまく行くとはね。ちなみに、ストラップには気付いてた?」

 そういえば見慣れないものがついてたような? じゃあないよ。そうじゃあなくて、あんの母親は、何を考えているんだか……。

「ま、いーけどさ。ぷぷぷっ」

 我慢できませんというふうに、ヤツの顔から邪気のない笑いがあふれ出してくる。

 悔しい。

 けれど、まぁ、エイプリルフールの悪戯だといえば、丸くはないが収まってくれるだろうし。無駄に騒いで損した。

 帰って結衣ちゃんにでも報告がてらの電話をしよう。愚痴を聞いてもらってすっきりしよう。ああ、あほらしい。

 ぐったりとした私を見て、奴はなおも笑い転げている。くそぅ。

「なにがそんなにおかしいんだ?」

「いやさー、気がつかない?」

「なにが?」

「気が付いてないんだー。じゃあ教えるのやめようかな」

「だから、なにが?」

 さすがにイラついているのが顔に出たのだろうが、奴は満足そうに笑って言った。

「んー。よし、会いに来てくれたお返しに特別サービスね? 今日はエイプリルフールだけどね。メールを送ったのは昨日。ってことは?」

 ってことは? ってことは? ……ってーことは……ああああああ!!!!

「エイプリルフール……じゃあ、ない?」

「あったりー」

 ぎゃははははははははは。



 殺。

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