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1月

 新年はとても目出度い。

 元日と書いて、いくらお酒を飲んでも怒られない日、と読む――なんて馬鹿なことを私に吹き込んだのは今よりも少しだけ若かった父方の祖父――なんて、大人の勝手な都合であることは知っている。

 だがしかし、これはやりすぎではないのだろうか。

 大学合格の御祝儀を兼ね、父からも父方の祖父からも母方の祖父からも渡された、いつもより厚みのあるお年玉。別名、飲みつぶれた人から介抱よろしくね代。

 リビングで眠りこける大人六人と、部屋に蔓延する酒気と異臭に頭がくらついた。介抱どころか元日の朝十時から爆睡ってありえないとしか言いようがない。一体この駄目な大人たちは何時から何時まで意識を保っていたのだろうか。散乱するビール瓶や柿の種、こたつの上にぶちまけられた花札と見事なまでにどれもこれも空っぽのグラス、そして父たちのいびきの大合唱。その合間に母たちが小さくなって丸まって寝ているこの惨状。デジカメで撮影して本人たちに見せてやったらどうだろうか、とチラリと思わなくもない。

「初詣は……?」

 呟いたところで帰ってくるのは一番うるさい父の高いびきだから腹が立つ。

 どうせ何をしようと起きないのは毎年のことなので分かり切っている。

 ならば片づけをしながら待つしかない。

 よろしくね代、貰わなければよかったなぁなんて、今さら遅い。

 大人たちに混じってこたつの布団の上で寝むるちくわを発見し、お前もそっち側かと毒づいて、とりあえずエアコンを止めて換気をする。冷たくて新しい、どこか新年の匂いのする空気を取り入れたら誰か起きるのでは、なんて淡い期待を込めながら。

 ――だがしかし、どれだけ新鮮な空気を入れ替えようとも、ばたばたと慌ただしく部屋を片付け、洗い物を片付け終わっても、一向に誰も目を覚ましはしないのは、本当に正しい正月なんだろうか? ちくわだけが大あくびをして私をちらりと見たが、それもどこか夢の中のような目つきだった。そしてそのまま当然のように二度寝。軽くデコピンしてやりたい衝動に駆られたが、まぁそれを言うなら大人たちの鼻をつまみ倒したくなるので止めた。

 時計を見れば午前十一時になるところ。

 さて、どうしたものか、と思ったその時。

 ピンポーン。と、玄関のチャイムが鳴った。

「新年明けましておめでとうございます」

 現れたのは見覚えのある二人と、見たくなかった一人。

「明日香、新年からその顔は俺も傷つくんですけど」

「まったく一体あんたはなにやらかしてるのかしらねぇ」

「女の子には優しくしないとダメだぞ」

 御両親、突っ込むところが微妙におかしいと思うのは私の気のせいでしょうか。

「あ、あけましておめでとうございます」

 辛うじて挨拶を返したところで、改めて気付いたのは、一之瀬も、御両親ともがちょっとした正装をしていたことだった。正月だからと言われればその通りだろうが、目の前の三人から醸し出される雰囲気が、ほんの少しだけ黒い。

 きっとこの予感は警告。

 この三人を家に上げてはいけない。

「えー……と、ですね。ちょっと事情がありまして、本当に申し訳ないんですが家の中は……」

「あら……」

 都合が悪いんですと続ける前に遮られ、遮った、遮ってくれた一之瀬母の気まずそうな表情に、私は安堵した。

 ああ、察していただけるんですね。こういうちょっとしたニュアンスを汲み取ってくれるのはやっぱり女性ならではですよね、と。

 だがしかし、一之瀬母は基本的に一之瀬の味方であることを忘れていた。

「いいのよぅ、散らかってたって全然気にしないわよぅ。もぅ、明日香ちゃんたら可愛いんだから」

 そうじゃないいいいいいいいい!!

 さすが一之瀬を生んだ女性。最初から私など敵ではないというところか。だが、こたつで丸くなっている父母祖父母の醜態を他人にさらすわけにはいかない。なんとかして一族の名誉――そんなものがあるかどうかは知らないが――を守らねば!

 と、建前に燃えているところへ、

「あらー、一之瀬さんじゃありませんかぁ。新年明けましておめでとうございます」

 私のささやかな反抗へ水を差す人間が現れた。

「あら、南さん、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」

「こちらこそー」

 私を押しのけ、一之瀬一家を家に招き入れるそれは、さっきまでのぐうたらぶりなど微塵も感じさせない清々しいまでの笑顔を振りまく私の母だった。

「だめじゃないの明日香。一之瀬さんたちは挨拶に来てくださったのよ、すぐに上がってもらわなくっちゃ」

「いやいや、明日香ちゃんに悪気があったわけじゃないんですよ。我々が連絡もせず突然お邪魔したのがいけないんですから」

 本当にすみません。いえいえこちらこそ。

 淀みなく展開されていくうちの母と一之瀬家の両親の会話にひたすら呆然としていると、玄関に残っていた一之瀬がにっこりと笑う。

「……まさか……」

 その笑みには見覚えがあり、見覚えがあるからこそ私は戦慄した。

「もちろん。新年のあいさつは俺が言い出したことでうちの両親も乗り気だったわけ。で、どうしてこっちも両親が揃ってて、明日香ちゃんのお父さんたちが揃っているところを狙ってきたのかっていうと……」

 説明しなくても分かるよね。

 吹き出すのを堪える顔がものすごく腹が立つ。

「決定的な陥落を見るのが耐えられないっていうんだったら、一緒に初詣に行こうよ。天気もいいしさ」

 背中からは和やかなムード。

 ああ、これはもうだめかもしれない。

 元旦からなんて縁起が悪いのか。

「今年もいい年にしようね」

 笑う一之瀬が恨めしかった。

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