2月
不愉快だ。
いや、私も不愉快だが、相手も相当に不機嫌極まりない様子。
それなのに、どうして私たちが一緒の方向に進んでいかなければならないのか。こんな非生産的なことで時間を潰すこと自体が間違いのように思う。
それにしても。
確かコイツは所謂イケメンというやつで、女子たちがきゃあきゃあ騒ぐ台風の目じゃなかったろうか?
そのイケメンがどうして私などの手を引いて行くんだろう。
そりゃあ、よくみれば整った顔立ちをしているし、背だって高いし、笑ったらさぞきれいだろうと思われる。けれど、とてつもなく不穏な空気を纏う今のコイツが皆の言うように「王子様」かは、甚だ疑問だ。
何をそんなに怒っているのかは知らないが、有無を言わさず私を連行していくこの様は……、
「暴君ではないか」
思わず口を突いて出た言葉に奴が振り返る。
つないでいた、というか、一方的に掴まれていた右手を解放され、とりあえずホッとしたのも束の間。彼は全身から猛烈な非難のオーラを発してこちらを睨みつける。
相変わらずの眉間の山脈とひきつる口元。校内一のハンサムなコイツは何処へやら。
「だ・れ・が・暴君だって? 南ちゃん?」
お前が、だ。とはさすがに言える雰囲気ではないのでとりあえず黙って相手を見る。
しかし、私はそんなに嫌われることしたのかな? いや待て。コイツとの面識はないし。共通の友達もいないはず。学年一緒だけどクラス違うし。そういえば、喋ったことない。ん? じゃあ、なんでコイツは私をこんな人目につかない所まで引っ張ってきたんだ? そうか、ただの変態か。
「逃げねば」
「ってオイ! なんだかオレがいかがわしいことしようとしてるみてぇじゃねぇか!」
使われていない東棟。一般の生徒は出入りをしない、死角と言ってもいいこの場所で面識のない男と二人きりだなんてあらゆる意味で危険極まりないではないか、このボケ。
という、一連の毒をどう感じたのか、奴はますます重く冷たい目でこちらを睨む。
「いい加減にしろっていってるんだよ。分かってるんだろう? 分かっててやってるんだろう? 俺がこんなに必死になってるのにどうしていつまでもしらばくれるんだよ!」
「……はぁ?」
「全く分かりませんってツラしてんじゃねぇよ!」
「……はー?」
私の二度目の脱力攻撃が効いたのか、王子はひどく傷ついた顔をしてしゃがみ込むと傍らの壁に何かを求め始めた。
「なんでだ……、なんでこんなことになってる……。始めて自分から動いたのに、……こんなはずじゃあ……」
帰ってこーい。と、心の中で声をかけてやる。うん、実際に声に出してやる義理は全くないからな。あ、今のうちに帰っちゃうか。よしよし、それがいい。
「なんか、用事ないようだし、話は見えないし、他の女子に目をつけられるのもアレなんで、帰るわ。一之瀬も早く帰れよ? そんなところに異次元の扉はないからな?」
まったく、何の話だったのか。無駄な時間をくってしまった。さっき正門で別れさせられた結衣ちゃんはまだ待っていてくれるだろうか? 帰りにケーキを食べに行くはずだったのに。
相変わらずこちらには帰ってきそうにない男のつむじに一瞥して走り出そうとした。のだが、なんとがっしりとスカートの裾を掴む手があった。
「なんだ? やっぱり変態か? では、力いっぱい叫ぶとしよう」
「南ちゃんさー……」
私が払った手を引っ込めて立ち上がり、奴は普通の二酸化炭素よりも重そうな溜息を吐いた。
「本当にオレがこんなに追いかけまわしてんのに気がつかないわけ?」
「はぁ? なんだ、私が何かしたのか?」
「オレのハートを盗みました」
「……」
回し蹴りは許されるだろうか? いや、鳩尾くらいに一発くらいは問題ないな。いっそ、急所を蹴り上げて使い物にならなくしてやるというのはどうだろうか? 世のため人のため、私のためだ。
「この前も、その前も、昨日も一昨日もこの一週間、この四か月、俺は君が好きだって言ってんの! いい加減に応えてくれよ!!」
「断る」
「そこをなんとか!!」
「いや、無理だ」
「なんで! オレのどこが気に入らないんだ!! 直す、直すから好きって言え!!」
なんだコイツは。女々しいのか? それとも寝てない寝言か? ああそうか、これが噂に聞くバカ男か。
「じゃあ、この世から消えてくれ」
「ぐはあああああああああああ。愛が! 愛が欲しい!! 激しく欲しい!! 南ちゃんの愛をください!!」
「うるさい。気持ち悪い。鬱陶しい。面倒くさい。おまえなんか知らないとっとと消えろ」
「ひどいよー、南ちゃんー……」
えぐえぐえぐえぐ……。
なんだ、今度は泣き落としか。ってゆーか、なんなんだコイツは。普通、男子高校生がこうも感情的に泣くか? それにしたって、まるで私が泣かしたみたいじゃないか。いや、間接的には私のせいかもしれないが、体裁が悪いことこの上ない。例え誰も見ていなくったって。
「ったく、泣くなよみっともない。ほら、これやるから」
ブレザーのポケットに入っていた小さな包みをひとつ。眉をハの字にした男にくれてやった。
しかし私は気づかなかったんだ。その包みがなにで、きょうがどういう日だったのかを。
男はその包みを大事そうに両手で包みこむと、びっくりするほどきれいな笑顔を作った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
2月14日。南明日香は一之瀬裕樹にハートのチョコレートを渡した。
タイムマシーンはどこで買えるんだろうな。
投げっぱなしにしていたものを手直しして載せてみました。ゆるーくお付き合いいただけると嬉しいです。ジャンルが恋愛だなんて恥ずかしいっすねー。穴掘って埋まりたいです。(おい)