32 四面楚歌
「なっ……!」
思わず声を上げてしまうのも無理はない。
俺は親方に頼まれた手紙を届けるべく、彼の従兄弟のヴェルギさん宅に来ていた。
ノックしても返事がないにも関わらず扉は空いており、中で就寝しているのかと不法侵入してみたら……。
乾いて変色した血が部屋を黒く染め上げ、その中央に中肉中背の男が倒れていたのだ。
「どうしたの?」
眉を下げ近づいてくるユズリに、押し殺した声で小さく叫ぶ。
「来るな……っ!」
小さく震えながらもその場で止まる彼女から視線を外し、室内を見回す。
男は白のタンクトップに深緑の作業服風のズボンを履いている。左手を上、右手を下向きに仰向けの状態だ。
床は勿論、壁にまでびっしり血が飛び散っており、翌々見てみると、鳥のような三又の足跡が何ヶ所かに残されている。
これは重要な手がかりになるかも……と脳内に残すようじっと見つめていると、突如ドアが勢いよく開かれた。
「ディッセル騎士団だ! 犯人め、大人しく投降しろ!」
思わず、思考が止まりそうになる。
大人しく出ていって、洗いざらい本当の事を言えば疑いは晴れ、俺達は何事も無かったかのようにこの街を出る。
そんな未来を想像するが、事態はそう簡単なものでは無い。
この惨劇はまず間違いなく、例の殺人鬼の仕業だ。それだけじゃない。調べれば何かしら分かりそうな現場にも関わらず、なんの手がかりも掴めていないというのは明らかに不自然だ。
つまり……騎士だから大丈夫という意識は排除せねばならない。
刹那にここまで思い至った俺は、自身のフードを深く被りつつ、ユズリに近づいて同じくフードを無理やり被らさせた。
そうしたところで、部屋の突き当たりから数名の騎士が顔を見せる。
「あそこだ!」
俺はユズリの手を引きながら、突き当たりの窓からーー。
「逃げたぞ、追えーっ!」
二階の窓から飛び降り、何とか上手く着地した俺達は、遮二無二走りその場から逃げ出した。
喘鳴を吐きつつも何とか撒くことに成功し、深い路地裏で一旦安堵する。
「ど、どうして逃げたの……?」
「……あの部屋に、死体があった。多分ヴェルギさんの。でも……色々おかしい所があってさ、多分だけど、犯人と騎士達は裏で繋がってる」
すると、ユズリは目を見開いて肩あたりをぐっと掴む。
「そんなわけ……!」
怒鳴りそうになるが、彼女は持ち前の自制心を持って呑み込んだ。
俺に怒る気持ちも多少は分かる。ユズリは騎士である事に誇りを感じているし、また騎士達を誇りにも思っているだろう。
ごめん。と一言だけ謝り、状況を整理する。
「でも……やっぱり変だ。部屋の中は事件後かなり時間が立っていたのに、俺達が入った瞬間騎士達が駆けつけてくるなんて」
「そうね……不法侵入するのを見かけたからだとしても、あの人数をあの短時間で集めて突入してくるのは不自然だわ」
彼女の発言に頷いたところで、俺はある事が頭に付く。
「そうだ……咄嗟に顔は隠したけど、捜査すればあそこにいたのが俺達だって直ぐにバレるぞ。変装しないと」
俺は急いで近くの古着屋に直撃し、変装用の衣服を購入した。
直ぐにこの街から脱出する事も考えたが、俺はともかくユズリは名前も身分も割れてしまっている。指名手配されればどの道どんな街にも入れなくなってしまうだろう。
つまり、俺達は国の上層部に身の潔白を示すしか無いと言う事だ。
しかしそれには幾つかの証拠が必要。その為には今後どうするか路地裏で話し合うが、ピンと来るやり方はイマイチ思いつかないでいた。
「どうしよう……手がかりも何もないよ」
僅かに焦りを見せるユズリ。それに対し俺は、腕を組んで唸り続ける。
「そうだな。あの部屋にあった重要そうなものと言えば、モンスターみたいな足跡くらいであとは何も気づけなかったし……あっ!」
とある事を思い出し、思わず声を上げる。
突然の大声に彼女のが身を震わせるが、俺は瞑っていた目を見開いてユズリの両肩を掴んだ。
こんばんは。ハロウィンの日はひたすら家に引きこもっていた作者です。
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