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第3節 錯誤のパレンティア草原

 ――ザザザザァァ

 風が吹き抜ける。季節は春。草木が生い茂り、遥か遠くには緑豊かな山々が見える。花は咲き始め、鳥たちは楽しげに囀り合う。


 「んで、ここはどこだ?」

 目覚めた場所から小1時間は歩いているが、ただひたすら草原が広がっている。見渡す限りなにもない。ジュリは俺の横で、てこてこと飽きもせず楽しそうに歩いている。


 「ここはエガリテ共和国のはずれにあるパレンティア草原でしゅ。首都エスピダまではかなり遠いですが、たしかもう少し先にはフィリアという村があるはずでしゅ。」


 飽きた。まだ遠いのか。 

 ――お。こんなとこに木の枝がころがっとる。どれどれ。うむ、いい感じの手触りだ。


 「ほぉ。村があるのか。鳥もいるみたいだしな。」

 くくく。暇つぶしに鳥見つけたら、この木の枝でおどかしてやろう。にやりと内心ほくそ笑む。

 

 「え。審判者様は、鳥をご覧になられたことがないんでしゅか。」

 「あほぅ!鳥ぐらい。あるわ。いくら俺が都会っ子育ちだからと言ってだなぁ、公園に行けばだなぁ……」

 「あ。ほら。審判者様。あれが鳥でしゅよ。」


 さもおかしいと、からかうジュリの指差す方へ目を向ける。ちょうど空の遠く向こうから鳥の群れがこちらに向かって飛ぶのが見える。


 「あのな。だから鳥なんていくらでも見てるって」

 しかし、こんだけ多いのは珍しいな。ひぃ、ふぅ、みぃ、20匹はいるぞ。


 「違う世界ならさ、もっとゴブリンとか、エルフとかすごいのが出てもいいわけでさ」

 ――バサッバサッ。羽ばたきの音が大きくなる。

 かなり大きいな。ワシかな、いや、トンビか?


 「そういうのが、バーッとでないかなってことよ。バッーと」

 棒を振り回しながら力説したその瞬間、最後の言葉にかぶせるように爆音が耳をつんざいた。


 ――ッ。あまりの突風に目を瞑る。大地が震え、甲高い鳴き声と息遣いで周りが埋め尽くされる。


 巨大な鳥がいた。目の前に。埋め尽くすほど。

 ――んな、バカな。地面に立った背丈は3メートルはある。こんな化物みたことがない。


 「おい。貴様ら、そこで何をしている!」

 威勢の良い掛け声で、手綱を操ると巨鳥をなだめ、男がこちらを見下ろすように顔を出す。


 年は40歳ほど。中年だが精悍な顔つきで、引き締まった肉体は装着している皮の防具の上からでもわかる。手綱を握る腕は太く、肌は日頃の鍛錬のせいか浅黒い。腰につけている太刀が、他の巨鳥に乗っている者たちより一等上等なところを見るとこの男がリーダーなのだろう。


 周りをちらりとみる。やはり、数は20人程度か。しかも、各々が巨鳥を操っている。逃げ切れんな。機動力に差がありすぎる。ここは下手に動かない方が得策か。


 「おい。こら、答えろ!」

 後ろに控えている目の細い男が声を荒げるのを、例の男が手で制止する。

 「我々は、この先のフィリア村の自警団でな。この辺りは盗賊が出没するため警戒しているのだ」

 「それはそれは!お疲れ様です。その大きな鳥はなんです。背中に乗られてますけど」

 「――なに?貴様、アルゲンを知らんのか」

 訝しむ顔つきに変わる。


 ――アルゲンタヴィス。史上最大の飛翔性の鳥類の1つで、その翼は広げたときに8メートルにも及ぶと言われる。屈強な筋肉を有するため、人はもちろん荷物用の運搬にも用いられる。人間が騎乗する際は、くちばしに手綱をかけ、背中のサドルに乗るのが一般的だ。毛は柔らかく、個体によって色は異なる。



 「いやぁ、私たち旅をしてる途中でして、初めて目にしました」

 「グレンさん、やっぱりこいつら怪しいですよ」

 目の細い男が、またリーダ格に耳打ちをする。


 グレンと呼ばれたリーダー格の男が、こちらを値踏みするかのようにみている。どうするか決めかねているようだ。


 すると、先に動いたのは目の細い男だった。アルゲンから降りる。そして、こちらに近づいてくる。


 「旅人だと?荷物を持ってないじゃないか。服も奇怪な格好だ。ただし、そこの女はずいぶんと良い刀を持ってるようだが」

 男はジュリを舐めまわすように眺めると、彼女の前に立ちはだかる。


 「お前ら、本当は盗賊なんじゃないか?」

 男の言葉に合わせて、青年団たちが『なに、盗賊かよ』『武器を奪え』などとヤジを飛ばす。


 「――だとよ。」

 そういうと、男はジュリが抱えていた刀をいとも簡単に奪い取った。


 「――おい。刀を返せ」

 俺は、怒りを出さないよう静かに言った。


 「おいおいおい。聞いたか。盗賊のくせに刀を返せだとよ」

 周りの男たちは、呼応するように嘲笑う。

 

 ――てめぇ……


 「審判者様、私は大丈夫でしゅ。それに……あの刀は使えましぇん」

 「ははは、なんだって?審判者だと?こんなみすぼらしい奴が、かの偉大な審判者様の訳がないだろ」

 小娘が聞いた口をいうなと、奪った刀の鞘先で男がジュリを突き飛ばした。

 

 ――ジュリ!!

 彼女のもとに駆け寄る。強い力で押されたのだろう。服は泥で汚れ、身体をくの字にして倒れている。

 「ジュリ。ごめんな、お前の刀を返してもらうからな」

 彼女は、じっと俺の顔を見つめている。


 「だから教えてくれ。俺は審判者なんだよな?どうやれば力を使えるんだ」

 「ひっく……審判者様、私なんかのために……。ううん、えっと、心に刻んだ言葉があるはずしゅ。あとは審判者様なら……」


 心に刻んだ言葉?

 忘れないためにってことだよな。何をだ?死ぬほど悔しいことを。『死ぬ』ほど……

 

 ――そうだ、あのとき、死んだとき。間違いなく声が聞こえた。

 声は確か……


 『剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力なり』



 その刹那、激しい光が溢れ出す。輝きを強める。衰えを知らない。光源を探す。記章。

 ジュリが浮く。宙に。灼熱に燃えながら。

 記章が震える。台座の玉。眩しい。見えない。何も。

 

 ――その瞬間、すべてが消えた。

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