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第2節 出現または出生

 「――審判者様、審判者様」


 ん……。もうちょっと寝かせてくれよ。平日の仕事で疲れてるんだ。


 「うーん、ダメぁ。全然起きないよぉ」


 おぉ、これがウサギの肉かぁ。なんていうんだっけ。たしか……ジビエだったっけ。


 「起きてくださぃ。起きてくださぃったら」

 

 よーし……いただきまーす、うーん、むにゃむにゃ。


 「審判者様っ!!えい!!」


 『バンっ!!!』

 いきなり強い衝撃が脳天を直撃する。


 うぎゃあああああ!!!いっっってぇ!!!!



 激しい痛みに耐えきれずに飛び起きると、目の前に少女が立っていた。


 少女はまだ中学生ぐらいか、髪は薄いブルーで短くボブに揃えている。

 漆黒のフレアドレスを身に纏い、コルセットのようなものを腰から胸下につけている。異様なのはそれがぐるぐると巻かれた鎖であり、手枷までつけられることだ。

 まるで何かを恐れて厳重に縛り上げてるように。

 そして、目があるはずの部分には目隠しがつけられ、手には刀のような物を持っていた。


 「いててて、お前もしかしてそれで頭殴ったんじゃないだろうな」

 「わぁ、当たりでしゅ。さすが審判者様!」

 「あほぅ!『当たりでしゅ』じゃねーよ。とんでもねぇなそれで叩こうと思った勇気。下手したら死んでたぞ」


 そう言って、ふと思い出した。

 あれ、俺って死んだんじゃなかったけ。


 そう思い、改めて自分の体を見直したがいつものワイシャツにダークスーツ。ネクタイこそクールビズでしてないが、腹の刺されたキズだけが綺麗になくなっていた。


 「審判者様、どうされたんですかぁ?」

 鎖が重いのか、少女がてこてこと危なげに体をすぐ横に近付ける。


 「わっ。えと、その、さっきから審判者様って何のことだ?」

 別に少女趣味などないが、目隠しをしてでも分かる整った超絶美少女ぶりに恥ずかしくなって顔をそむける。


 「審判者とは、この世界を治める7人の法治者のさらに最頂点にいらっしゃり、すべての法治者を使役する権能を唯一有する『法の支配者』のことでしゅ。」

 「いやいやいや。ないないない。俺は、ほら。東京弁護士会所属のしがない弁護士だって」

 ガサゴソ胸ポケットをさぐると、少女にバッチを持って見せる。


 ――その瞬間、一瞬にして周りの空気が変わる。

 少女は、素早く刀を置き、地面に平伏した。


 「ははっ!わたくし『憲』が治者、デ・ジュリは御身にこの身すべてを捧げ、絶対の忠誠を誓います」

 先ほどまでの舌足らずな口調はどこへやら。畏る(かしこま)その姿は芝居がかったものなどではなく、心底崇拝し、絶対服従を誓ったそのものだった。


 「わわわ。ちょっと待てって。おいおい。何やってんだよ。せっかくの服が汚れちゃうだろうが」

 俺は、ジュリの体を起こそうと腕に手をかける。


 「審判者様、我が身などを案じていただき至高の喜びなのですが、そのお手にされている『記章』こそが我らが主人、審判者たらしめる印なのでしゅ」


 ――ん?記章?

 たしかにドラマなどでカッコいいとは言われるが、ただの弁護士バッチじゃないか。

 そう思い、手元を見て驚いた。


 「――!?な、なんだこれは……」


 そこにはいつもの見慣れたひまわりのバッチなどなかった。


 代わりに自分が手にしていたのは、金色に輝く握り拳ほどの物体。

 その訳の分からん物体には、周りを囲うように均等に玉をはめ込む仕組みのようなものがあり、中央には大きく天秤と剣の彫刻が彫られている。


 「これが、ジュリの言ってる審判者の『記章』なのか?」

 荘厳で、緻密な造作は見る者を釘づけにする。


 「一番上の台座にはめ込まれているのがわたくしの魂でしゅ」


 言われてみると、他の台座は何も置かれていない。ただ、一番上だけは微かに赤みがかかった玉がはめ込まれている。


 「魂ってお前……。言ってる意味がわからん。いや待てよ。意味がわからないのはそもそもこの状況か。ダメだ。理解できん事が多すぎる。」


「――あぁもう。っていうか、さっきの憲法がどうのとか法治者がどうのっていうのはなんだ?」

 こんな時でも弁護士なのだろう。聞きたい事が山ほどあるのに聴き慣れた言葉に思わず反応する。



 ジュリの説明によると、こうらしい。


 この世界は、我々が暮らしている世界とは全く異なり、大きな3つの国に分かれている。


 北部のエレフセリア連邦国、西部のオールドー帝国、そして東部のエガリテ共和国。

 遥か太古から7人の法治者は分担しあい、それぞれの国を守ってきた。分担した治者により国も特色が大きく異なることになったが、各国はいがみ合うことなく共存していた。


 北のエレフセリアは、『民』『訴民』『商』の三治者が、

 西のオールドーは、『刑』『訴刑』の治者により、

 東のエガリテは、『憲』『行』の治者によって守護されてきた。


 しかし、治者=統治者ではない。救いを求められたときに初めてその力を発揮し、自らその権力を行使することはできないのだという。

 そこにつけ込み、近年台頭してきたのが『能力者』の存在。彼らは、治者を迫害しあるいはその力を独占することで国を乗っ取り、三国の均衡までも崩した。


 そういう話だ。



 「――ってことは、どの国にも今は法治者はいないのか?」


 「そうでしゅ。他の法治者たちは幽閉されたか、逃げ落ちたか。全員行方が知れません。残ったのは私だけでしゅ。」

 よほどつらい目にあったのだろう。ジュリの声が震える。


 「――うん、そうは言ってもな。いきなりそんな事言われて、はい。そうですかと受け入れられんし、第一俺にそんな力はない。」

 「お願いです、どうか仲間をお救いくだしゃい。審判者様だけが世界を救えるんでしゅ。」

 声を震わせながらジュリが訴えかける。


 ――ぐっ。俺に救いを求めるまっすぐな瞳に、思わず拳に力が入る。


 「わかった」

 「審判者様っ!」

 ぱっとジュリの顔が明るくなる。


 「じゃあちゃんと家に帰るんだぞ。コスプレお嬢ちゃん」

 「おい、こら」

 踵を返すと同時に、襟首を刀の柄で持ち上げられた。


 「じょ、冗談だって。わかったよ。やるって」

 ははは……はぁ……


 正義はクソだ。けど、救いを踏み潰すのはもっとクソだ。

 いいさ。こうなったら、やってやる。

 仮にここが異世界だろうが、仮に俺が審判者だろうが。

 ――救いの声が聞こえる限り、全力で守ってやる。弁護士として。

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― 新着の感想 ―
[一言] 弁護士と言う要素。 難しいのかなって思いましたが、意外と内容はサラッとしていて読みやすいです。 、、、は三点リーダー……のほうが良いのかなって思いましたが、そこは細かい所なので聞き流してくだ…
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