電波のあるところに霊あり
こういうSF要素がまかり通ってもいいだろう、という感じで書きました。
第1話 ウワサ
「ねー知ってる?」
「なに?」
「ウワサ」
「昔はさー幽霊は水の集まるトイレとか滝とか出たらしいけど、最近の幽霊は電波の集まるところに現れるらしいよ」
「電波って?」
「スマホのWi-Fiスポットとかだよ」
「えーマジ? あんな溜まり場みたいなところに霊が出ても怖くないじゃーん。てかなんで電波?」
「電波と幽霊って相性がいいみたいなの」
「だからなんで?」
「両方とも目には見えないものだから。引き寄せ合うっていうの?」
「よくわかんないけどなんでこの話?」
「ある女性雑誌のコラムでさ、こんな都市伝説があってね。…スマホをいじる人がたくさん集まる場所でルレラパルレラパパパレルラー! って叫んだら寒気に襲われるらしいの。つまり幽霊を引き寄せたっていう」
「寒気に襲われるのは人が大勢集まる場所で叫んだからじゃないの? そりゃ寒気にも襲われるわーバカじゃんそれ。恥ずッ」
近頃こんな噂をSNS上でよく見かける。
柚木庵もその一人だ。
この噂を持ち込んできたのは親友の原田由馬である。ニックネームはツチノコ、あるいはツッチー、ツチコ。名前の由馬が未確認生物ユーマから来ており、ツチノコというわけだ。容姿端麗、頭脳明晰、アコースティックギターが特技、アイドルヲタク、学校には必ずメイクをしてくる非の打ち所のないハイスペックな少女である。
「ねーねーアン。あんたもそろそろおめかししてもいいんじゃない? 今度うちきたらメイクの仕方教えてあげるよ?」
「いいよめんどくさい。高校卒業してからでいいよそんなの」
「メイクしたらホント世界変わるから。あんたもともと素材はいいんだからぜったいモテるようになるって!」
「いいのわたし。二次元のキャラにしか興味ないから」
「あんたそういうのイタいって思わない?」
「だって現実の男なんてつまんないヤツらばっかじゃなーい」
その点、二次元のキャラはリアルにはない夢と希望の魅力に富んでいる。
「だからイタいってそのセリフ」原田由馬は親友を諌めた。「アンタまだ男と付き合ったことないじゃん? 付き合ってからそのセリフ吐くならまだわかるけど、アンタ恋愛したことないからそんなイタ台詞を言えるんだよー」
原田由馬は絶賛恋愛中である。カレシは一流大学に通う大学生でバンドマン。原田も趣味でアコースティックギターをやることから軽音部の先輩の紹介で知り合った。原田は大学の進学もカレシのいる一流大学を目指そうと思っている。
「付き合わなくたって想像でわかるもーん」柚木は自信ありげだった。
「それ自意識過剰って言うんだよ。確かに想像だけでわかることもあるけどさー恋愛は違うんだって! あんた経験してみー。ぜったい三段跳びで二次元のキャラを越えるからさー」
その話の流れで柚木は例の噂話を聞いた。
今週の土曜日に試してみることになった。
第2話 地下街
ツチコの話によれば、地下街のちょうど東と西に分岐する通りを通ったところに溜まり場になっているとのことでそこへ行くことになった。
待ち合わせ場所にもなっているのか、本当に不特定多数の人々が熱心にスマホに目を落としていた。
二人はさっそく呪文を試してみようということになったが、どちらが実行するかということで話し合った。
結果、じゃんけんで柚木がやることになった。
「罰ゲームじゃんこれ。罰を受けるようなゲームもやってないのに」
げんなりである。この公衆のど真ん中で大声を張り上げるのだ。注目は必死、蔑み冷淡な目テロ、下手したら警察だって呼ばれてしまうかもしれない。自分だって恥辱で穴があったら入りたくなるだろう。やる前からすでに恥辱を感じている。《《これをやるのとやらないのとでは》》圧倒的に未来が違っているだろう。
念のため用意しておいた呪文を書いたメモ用紙を取り出す。大きく息を吸い込んで周りにいる人々を見る。やりたくなかった。しかし都市伝説の真相を確かめてみたい好奇心もあった。幽霊は電波に集まる。
柚木は恥を承知で叫んだ。
「ルレラパルレラパパパレルラー!!」
不思議なことが起こった。目の前がぐにゃりと渦巻星雲のように曲がった。それもひどく鈍重に。その次に景色が水中でゴーグルもつけずに見ているように人々の姿がぼやけた。全員が柚木を見ている。その形も作りかけの粘土の像を叩いたようにぐにゃりと凹んだりねじれたりひしゃげて歪んだりしている。スプーンに映ったような世界だった。なるほどこの人々の姿がある意味で幽霊に見えなくもない。人々の声も水中にいるみたいにくぐもって聞こえた。大声や嘲りの声冷ややかな声ざわつき、いろんな声も重なっているがキーンという耳鳴りの音がむしろ不快だった。
ツチコの姿もあった。彼女はスマホをいじっている。柚木が公衆の面前で大声で叫ぶ行為をやる前の平和な姿だった。柚木もメモ用紙を見ながらぶつぶつ喋っている。姿見の前に立ったり鏡を見たりするのとは違う体から抜けた霊魂が自分を俯瞰しているような《《本当の意味で他者の視点から客観的に見えている》》自分がいた。
これといって目をひくところのない平凡な子だった。背も高くないし足も長くないしヘアスタイルだって地味だ。なによりメイクをしていないのがひどく幼く見えた。
ところが、《《ここで感じている今の柚木》》は人々の軽蔑した目が痛く心臓をきゅっとしぼませた。恥である。まるで衆人の前で大声で叫んだら周りはどんな反応をするか実験するバカなユーチューブ動画みたいじゃないか。穴があったら入りたかった。
柚木はツチコを置いてこの場から逃げた。羞恥心に耐えられなかった。同時に柚木は《《メモ用紙を見ている自分を》》置いていった。
人の少ない場所を探すと逃げ込んだ。ここで見る景色はぐにゃぐにゃしていないごく当たり前の風景だった。急いでツチコに電話した。
「あ、ツチコ?」
『アン? 大丈夫? さすがにアレはやりすぎたわねー叫んだと思ったらいきなり逃げてさすがにわたしも他人のふりしてスマホを見てたわー今そっち行くね。どこ?』
柚木はツチコと合流するとカフェで休憩しようということになった。バカなことをやって一気にストレスがたまって疲弊していたからである。
その時、偶然人気スウィーツ店の前を通りがかったら店舗の前に《《どこかで見たことのある女子高生二人組》》とすれ違った。
柚木は目を疑った。走って彼女たちの前に回り込んで顔を確かめたほどだ。
《《柚木とツチコだった》》。
驚いた。
《《自分とツチコはここにいるのに別の自分がもう一人ともう一人のツチコが別にいるなんて》》どういうことなんだ。
柚木はそのことをツチコに話した。
「あ、それってさードッペルゲンガーってやつじゃない?」
「うーん違うと思う。まったく違うとは断定できないしドッペルゲンガーかもしれないけど《《そういう単純なことではない》》と思う」
「じゃあなに?」
「…前に本で読んだことあるの。この宇宙ってさ、多元宇宙っていう考え方があって、その考え方によるとわたしたちがこうしている間にも次々と新しい世界、宇宙っていうの? そういうのができているらしくて、つまり《《自分がどういう行動をとったかによってその後の未来がいくつも分岐していく》》ってわけ。だから、《《未来には今の自分とは違う自分が可能性の数だけたくさんいる》》ってこと」
「それってパラレルワールドってこと?」
「そうだと思う。SFっぽい疑似科学と考えられがちだけど、本気で考えている物理学者もいるらしいよ。難しいことはよくわかんないけど量子論っていう分野ではありえなくもない考えなんだって」
ということはつまり今の柚木の視点から宇宙を見たら《《あの時恥をしのんで公衆の面前で呪文を唱えたイタい柚木は別世界に取り残されたことになる》》。
そして今この瞬間にも未来の可能性は私や人々の間で無数に広がっているのだろう。
流れてゆく人波を眺めながら柚木は恐怖を覚えた。
都市伝説とはいえ正体のわからないものに安易に手を出すべきではない。
(了)
最後まで拙作に付き合っていただき、ありがとうございました。
時間のムダにならなかったことを願うばかりです。
膨大な作品群の中でこの作品を選んでいただき、感謝いたします。