正しいことは正しくなるから正しいのです!
妹ちゃんの部屋へ押しかけます。
フランクで話せる妹です。
「へー、柊先輩がそんなことを? なんか、かわいいな。」
「かわいいのか?」
今日の柊との会話の核心をののかにしゃべってみたら、第一声はこれだった。夕食を食べ終わって、借りていた小説を返しにののかの部屋を訪れ、ちょっとののかの感性に意見を聞いてみようと思ったのだ。
「柊先輩にしてみたら半分やけっぱちだと思うよ。だって、先輩の持論は『宇宙には理由がある』だもん。『人間にはわからないことがいっぱいあるけど、どんなことにもその背景には絶対に理由がある』っていつも言ってるよ? そんな人がさ、正しさの追求やめてとにかく信じろなんて、表現のネタが尽きたのかなって、なんか笑えちゃうな。」
「んー、持論ってことはそれも信念なんじゃないの?」
「それは違うねー。絶対なことはある、ってのは絶対なんだよ。だから、少なくとも柊先輩はそれだけは信念とは関係なく成立するからこそ、絶対の真実ってそれこそ信じてるだろうね。でも、さすがの柊先輩も強硬にそうだって主張できなかったんじゃないかな。」
「ののかはそれがわかるのか?」
「うん、私も言葉の限界についてはすごく考えるからね。あと経験の世界で絶対について言うことや、その権利を獲得することは本当に難しいってのもわかっちゃう。」
「おまえらはなんかほんとにすごいな。」
「んー、私の場合はそれこそ信じてるってところからじゃないかな。柊先輩はその構造を論証するって道を歩もうとしている気がするけど、私はもっと大胆に政治的に真実にしちゃう方が楽だと思っちゃう人だからね。」
「まー、俺もそうだな。」
と反射的に答えたが、柊は論証する気あるのかどうかは怪しいと俺は思う。あいつは論証が現実的に通じないことくらいは知ってる。柊が俺を道具や機能として利用しているとは、全く思わないけど、あいつが俺のなけなしの政治力に期待していてもおかしくはない。概念の可視化とか、妙なことを言ってた気もする。
わずかな時間、ぼーっと考えていたが、ののかは会話を続けている。
「でね、柊先輩に正しいなんて声の大きさじゃないですか?って言ったら、むっとしてたことあったわね。」
「へー、ののかにそんな態度示すなんて珍しいかもな。」
「あの人、割と私に対して手厳しいところあるよ? 私もそういう反応欲しくてわざと言ってるときあるからお互い様かな。」
「そうなんだ?」
ほほー、思った以上に仲が良い。
「うん、その時も、『正しいことは主張しなくても正しいから正しいのだから、その正しさが世界に出現したことを端的に示せばいいのだ。それを立場を使って大衆に押し付けたりしたら、それが本当に正しいかどうかわからなくなるからダメだろ?』って極端に理想に退行した、めっちゃかわいらしいこと言われた。」
「うわー、お前、あいつのコアの部分、見てるんだな。むしろ俺よりも見てるな。びっくりだ。」
「うーん、私が言いたいこと言ってるからかもしれないよ。あの人、遠慮した物言いするより、きっぱり言ってあげた方が喜ぶし。むっとした表情とかもかわいいし。あと反論とかでめちゃくちゃ言ってくるけど、そこには誰も言えないような真実しかないってのも面白いし。」
「ののかからみて、柊はかわいいのか?」
「うん、かわいいかな。いろんな意味で中庸装ってるけど、両極端しかないだけだもん。退行するとほんとにかわいい。」
中庸を装った両極端とか、理想主義への退行とか、めっちゃくちゃあいつの隠してる面を見ている気がする。見せる柊も心許してるだろうし、見てるののかも悪い気はしないのかもしれないな。と、ぼんやりと思っていたら、つい口が滑っていたようだ。
「変なこと聞くけど、男としての魅力感じたりしないのか?」
「おにいちゃんも直球だねぇ。お友達としてそういうのいいのかなぁ。」
ごめん。ほんと、口が滑ったんだ。でも、無関係の冷やかしというわけではないぞ? ともごもご考えていたが、あっさりののかは続けた。
「そうね、あの人、すごく理解力あるからやさしいし、いや、やさしいから理解力あるのかな? それに繊細なわりに大胆だし、…悪い面でもあるけど、魅力ある人だなーとは思う。容姿だって悪くないし、スポーツもわりとできるもんね。男性として見てもけっこういい感じかも。」
「やっぱりというか、評価高いな。」
やっぱりという感じではあるが、恋愛対象を見るにしては、なんか評価が客観的過ぎる気はするんだが。
「そうだね。でも男性としてベストかどうかはわからないし、今は仲のいい先輩後輩という関係が一番かな。」
夢中になるほどではないということなのかな。でも、本人は嫌がるだろうけど、かわいいはかなり感情的な高評価だと思うし、男性不信傾向のあるののかにしては、ものすごく接近しているとは思う。そういう意味では俺が信頼しているというのは大きなポイントかもしれない。感謝しろ、柊。いや、お前がののかに気持ちを向けていたら許さんが。ん? シスコン?
「へー、ベストを求めるのか?」
「私はしっかり自分がかわいい人だから。この人しかいないって思えなかったら、それにこたえてくれなかったら、本当の幸せにつながる恋愛なんてできないと思う。そのためには自分や相手を見る目が成熟してない段階で焦らないことが一番大事だろうし。」
「なかなかの恋愛観だな。まあ、妹かわいいの立場からはそれくらいでいて欲しいとすら思うけど、実際には大変なんじゃないか?」
「たぶん、この学校だからこんな態度とれるんだよね。普通だったらお高くとまってるとかいじめの対象になるかもしれない。その辺はお兄ちゃんの奇跡的な政治力のおかげだね。」
奇跡的というのは俺がすごいんじゃなくて、たまたま俺がやったことがなぜか効果があって、持続しているだけなんだけどな。いわゆるスクールカーストというやつを問題にすることで、俺は生徒会長に当選した。実際、面白いものでこれを問題にして投票が行われたことで、こんな幻想をほとんどの人が有り難がってないことが判明して、自然にそういう雰囲気が消えてしまったのだ。もちろん立ち消えになるほど根の浅い問題ではないが、それについては今後語られることになるのではないだろうか。
それはそれとして他人の恋愛模様などを興味本位で聞くのは主義に反することなのだが、ここまで聞いてしまったら、毒食わば皿まで、最後まで聞いちゃうかな。
「柊に告白されたらどうするんだ?」
「いろんな理由で99%してこないと思うけど、百が一されたら10年考えさせてくださいって言うかも。」
「10年キープ?」
「うん。キープしたうえで、10年後に断るかも、あはは。」
さすが我が妹、かなりの毒だとは知っていたが、皿も硬い…。
「さすがに気の毒だろ? しかし、ののかってそんなに自己評価高かったか?」
「違う違う、ものすごく臆病なだけ。無邪気に恋愛経験を積めるほど強くないし、そういう経験で成長するタイプでもないよ。というか、こんな考えでいる時点で、一度失恋したらすべて終わる気がする。だから一直線で、この人しかいないって人に会わなかったら、結婚も恋愛もしなくてもいいかなって思うだけ。」
「そんなこと考えてたんだな。正直、あんな人間たち見てきたら、そう考えるのはわからんでもないけどな。でも、柊でもダメなのか?」
「私ね、恋愛してるから好きになるんじゃなくて、好きだから恋愛したいのね。そうじゃないと女性の本能みたいでいやだし。柊先輩は、ああ見えて信頼できる人だと思う。でも少なくとも、私の中では始まってないかな。」
「なるほどなー。」
「偉そうに言ってるけど、私だって、好きになってしまったら始まってしまうもの、という認識くらいはあるよ。今はね、柊先輩ってなぜかノーマークだから、私が仲良くしてても特に問題ないけど、周りが動いたら、私自身どうなるかわからないくらいには意識してるかなと思う。でも、恋愛するなら、もっとずっと先がいいなぁ。だから、誰もこの関係邪魔しないでほしいなぁ。邪魔されて終わるなら、その程度だったってことだとは思うけどね。今は思えるけどね。」
恋愛に限らず、人間関係って純粋に二人だけで成立するなら、ホントにいいのにと思う。多体問題は一気に計算ができなくなる。そして恋愛は”してしまう”ものだと感じる人間の領域に、恋愛を”したがる”人間が幅を利かせるようになると、まさに場が荒れることになる。うちの学校ではスクールカースト廃絶に際して、人間性という概念を強く訴えたせいか、狙い通り生徒たち自身の人を見る目が向上し、だいぶこの問題も沈静化している。ただ、どうやら面白くない人間も学校内のみならず、学校外にも存在するらしく、実はなかなか生徒会運営は順風ではない。
まあ、今は語るときでもないので、ロマンチックな話題に戻そう。
「好きになってしまったら始まってしまう…か。しかし、始まってしまったからと言って、本物とも限らないんだよなぁ。」
「あれ? お兄ちゃんこそ、心当たりがあるの?」
「人間同士が惹かれあうというのが、どういう機構で成立するのかを思わず調べたくなるくらいには、心当たりあるのかもな。」
「ほう、惹かれあうときましたか。」
「あ、いや、惹かれあって…ないぞ?」
「牧野先輩?」
「あいつは読者専だし。」
「読者? 何それ?」
あ、ののかにわかるわけがなかった。
「あ、いや、いずみについては、コメントすると絶対怒られるからやめておく。お前もあんまり余計なことは言わない方がいいぞ。」
「うーん、そうね、周囲が余計なこと期待したせいで関係が不本意に影響されることあるしね。興味本位で首を突っ込むのはやめておきます。」
うむ、まさに観測問題。そうそう、人の世話を焼く暇があったら、自分の人生を深く追及するのが自分のためというものなのだ、ののかよ。って、どの面下げて言うか、って思わず自分にツッこまざるを得ない。
「しかし恋愛とか、人生に何でこんなイベントがあるのかねぇ。素直に祝福したいような、それでいてとことん呪いたいような。」
「呪いたくなるほど素晴らしく、祝いたくなるほど絶望的なんだろうね。」
「あいかわらずの太極思想だな。」
この発言こそ冗談みたいではあるが、きっと、太極の考えができるようになったから、ののかは著しく成長したんだろうなと思う。俺はののかから紹介されて学んだけど、ののかは自分自身でたどり着いたのだからすごい。壮絶な経験だったのだろうなと思う。闇に光を射し込む役が果たせていたらなと思わないでもない。
「竜を倒してお姫様を救い出すとか、数々の英雄譚を読むと、愛は人生の究極の目的、なんてのもあながち間違ってないかもだけどね。男性視点だけど。」
「そうやって純粋にロールプレイを楽しむには、現代社会は大人の都合で汚れすぎていると思うな。無邪気に経験を積むほど汚れを知るだけって、何の冗談かと思うよ。」
「私たち兄妹は、汚れたところから、逆を辿る経験を本当に幼いうちにつめたから、たぶんよかったよね。」
「これから先も、あの汚れを被るのはごめんだよな。まあ、そのためにもあの根源を取り除くべく、頑張る必要はあるのだけどな。」
「お兄ちゃん、英雄譚のモチーフ入ってるかもしれないね。」
「結末も約束されているといいんだけどな。」
あ、されてるのか? どうなんだろう?
「お兄ちゃんのお姫様って誰なんだろうね?」
「やめろ、混ぜ返すな。」
ののかにまた新たな小説を借りて、部屋を後にする。そういえば、ののかの部屋の描写しなかったな、と思い返した。ののかの表情とかしぐさとかも表現してない。まあ、兄の立場でそういう記述するのは、いささか気持ち悪い部類に入る気がするが。それでも、そういうのを表現することによってののかの人間性にたどり着けるのだろうか? そう考えるとののかのセリフを収録したことで、十分その目的は達成するような気もする。人間性という言い方は、内面を強く表現しそうである。ただし、外面は内面の意識的、無意識的な反映でもあると思う。ところで外面とは何だろう、内面とは何だろう。たぶん、外面は物理的側面で、内面は概念的側面なのだと思う。俺が記述してないのが外面であり、それは物理的側面だからだ。そういう意味では、この小説は概念小説と言えるかもしれない。言葉はすでに外面という意見もありそうではある。そして、その二元論は有効なのかとかも議論の余地がありそうだ。
実は以下のような背景があります。
経験の世界で絶対について語ることは難しい。
なによりその語る権利獲得が難しい。
そういう絶対の世界を学問とできる可能性については、
「アプリオリな総合判断はいかにして可能か?」
という形で、提示されたりします。
カントが数学、自然科学、形而上学が成立するための条件を、
総合的に論証したのが『純粋理性批判』であり、
分析的に論証したのが『プロレゴーメナ』ですね。
認識の仕組みを設定することにより、
世界についての概念を共有できる構造を示したのです。
これに対してはクワインの批判『論理学的観点から』が面白いです。
いわゆる「経験主義の二つのドグマ」です。
分析判断と総合判断の区別の無効を意味の観点から論証することで、
総合判断という存在を消滅させ、
カントの提示した根本の問いを無効にしてしまったのです。
ここでは科学とファンタジーは認識論上同等とされ、
経験に基づかない理論の合理性が否定されてしまいます。
つまり体系的な学問が成立できなくなり、概念的秩序を論じられなくなります。
(因果関係はじめ、法則なども絶対性を失います。)
そんなクワインに対してはウィトゲンシュタインの『哲学探究』をぶつけたいです。
今度は論理自身が持ってるドグマに注目することになります。
結果、意味から論じたクワインを根本的に無効に…できないかなと考えています。
私が実践的な目的とするのは形而上学の成立なので、
そのための議論を用意することにはなるのです。
(体系内部での反論は無効にできても、
用意した前提を反論することはできる構造です。)
この実践的な目的というのを基準とした、言語ゲームの世界は見事です。
私の『哲学探究』理解が正しければですけど。
この事情は、ゲーデルの不完全性定理の読み方にもなってるかと思っています。
果たして超越論的(経験に基づかない)探求は可能なのか?
実はこんな手続きをとらないと、
人間は意味を理解する
ということすら、証明できないのです。
そして証明できていない以上、本当かどうかわかりません。
現に理解してるじゃないか、という主張は、却下されます。
それが成立するとしても、主張する本人の事情だけです。
他者の言明の正しさを確認する方法がそもそもないのですから。
そうなると、もはや、本当であることに意味があるのか?と言いたくなる状況です。
(実際、世界はそれで成立しているようですし、クワインの望む状況です。)
なので柊君は「宇宙には理由がある」という言い方で、
意味を絶対的真理としてしまったのです。
先にこれを絶対的とすれば、学問も救われますし、
学問の成立を無効とするクワインの議論まで救済されます。
この絶対的真理は信念に過ぎないのでしょうか?
いつか、これらの内容をうまくストーリーに組み込んでみたいものです。
参考人物
#カント