《2-39》
『ウフフッ』
『キャハハッ』
『カ~ワイイネェ』
かわいい色とりどりの妖精がキラキラと側をとんでいる。
シルヴィアとあそんでいるかのようにフワフワと楽しそうな妖精たち。
ギルから妖精の魔法について授業も受けだしてから、その認識が進むに従い妖精の様子が以前よりもはっきりとしてきた。
羽根の違いと光の色と強さの違いしか判らなかったが、今では妖精一人一人の顔にも人と同じく個性があることを知った。
気が強そうな子、気が弱そうな子、元気がいっぱいの子、大人しそうな子。人と同じくそれぞれに性格があるようだ。
そんな妖精たちは、男女とわかる姿のペアでクルクル踊っている。
ともすれば、妖精たちのあの庭のような混乱した状態になるかと一瞬危惧したが、あの時と違い、クルクル踊っているのは一組の妖精だけ。他の妖精はそれを楽しそうに眺めるようにフワフワと浮いている。
まるでほんの少し前の光景を見ているよう。
気にはなるが、今はそれらを視線に入れないようにして授業に集中をする。
この授業は、運動嫌い苦手なシルヴィアにしては楽しみなことのひとつなのだ。
ダンスレッスンの後は乗馬になっている。
アニマルセラピーとでもいうのだろうか?
動物は今世では、接する機会は今のところ馬しかないがとても安らぐ。
馬に乗ってポッカラポッカラ散歩するだけで気持ちが落ち着くのだ。
さっきまでの高揚感や緊張感が落ち着く。心地よい風を感じていつもよりも高い目線で周りの景色を楽しむ。
正しく、貴婦人の嗜みといえる。貴婦人の乗馬は横座りの不安定な状態なのだがシルヴィアには今までそれを感じたことはない。
城で貸し出された馬がとても優秀ということもあるがそれだけでない。
シルヴィアは知らなかった。
“妖精の愛し子”がどれほどすごいのかを・・・
賢い馬だろうと、それこそ獰猛な肉食獣だろうと妖精の愛し子であるシルヴィアには従順な行動をする。
いや、従順だけではない、好かれたいと思いシルヴィアの思いに添った行動をするのだ。
実例で言えば、王城に上がって王妃教育で初めて馬に乗ったシルヴィアは初日から卒がなかった。運動は苦手だと聞き及んでいた指導の騎馬隊隊長が驚くほど。
まさか初日に、補助なく乗れるだけでなく駆け足までできるとは想像すらしていなかった。深窓のお上品な令嬢なら、まず馬の大きさに怯み、馬上では高さに泣き出すものもいるくらいだったから、まさかまさか、笑顔で駆け足ができるなど思いもしなかった。
それはシルヴィアが上手だからではない、馬がシルヴィアに好かれたく居心地よくなるように背に乗せてくれているだけだ。
最初は恐る恐る馬上で硬くなっていたシルヴィアであったが、馬場を一周終わるころには揺れもなく乗り心地の良いことでリラックスをしていた。二週目には笑顔になり、三週目には乗せてくれている馬の鬣や額を撫でて声を掛けられるほど楽しんでいた。
笑顔が深くなるにつれて、シルヴィアの周りには妖精が寄って来た。
最初はその輝きに馬が驚くかと思ったが、そうではなく却って馬もご機嫌になっていた。そしてさらに妖精は馬にシルヴィアにあつまり光輝くお散歩が行われていた。
そのレッスンという名のお散歩を見ていたギル曰く、馬の周りに妖精がまぶしいほどまとわりついていた言われた。
馬は自然の風や緑の香りを好む。
世界の根源からくる妖精を馬は好み慕う。
甘い蜜に引き寄せられるように、心が引き寄せられる。
妖精は、シルヴィアを溺愛している。
妖精を従えているように見えるシルヴィアに、動物たちは同じように惹かれ恋い慕うようになるのだ。
普通ならばあり得ないが賢い馬は、己の背で正しい姿勢をとって座っていれば振動少なく歩みを進めてくれる。ゆっくりゆったりは勿論、駆け足もシルヴィアがしっかり手綱を握っていれば振り落とされることながない。一目見た時から子を慈しむように、背にいるシルヴィアに不快な思いをさせることないように気を配っていた。
王城でシルヴィアに貸し出されている馬は、とても賢い牝馬。シルバーグレイの毛並みの落ち着いた瞳の馬は、物足りないだろうがポッカラパッカラとのんびり歩を進める。いつものこと、のんびり長閑ないい息抜きというようなレッスンの時間だった。
だが、シルヴィアを背に乗せている馬だけは、今日のシルヴィアがいつもとは違うことに気が付いていた。
付き添う騎士も近くで待機している馬丁も気が付かない、いつもののんびりとしているように見えるのだが違うと気が付いていた。
どこか、ふわふわしたそれでいてそわそわと落ち着きのない。表面には出していないが、よく見れば時折、ぽ~っとしている。馬はそれでも、不快なこともなく、むしろいつもよりも傍にいる妖精の多さに終始ご機嫌だった。
その乗馬のレッスンが終われば、フェリクス殿下とお茶会がある。
フェリクス殿下のことを思い出すと落ち着かない。
先程まではダンス用に正式な夜会ほどではないが、煌びやかなドレスを着ていた。
今は乗馬レッスン用のドレスに着替えてそれに臨んだ。
足首までの乗馬用。シンプルながらしつらえは良く、花柄の生地は上質厚手で裾から幾重にも重なったレース。胸元は生地と共布で作られたフリルだけで愛らしい。上品で趣が凝らされた一級品。王太子殿下の婚約者たるもの、レッスンとはいえ身分に見合った装いをしなければならない。
こうしてお城にいるときは、授業に合わせた装いをしないといけないため何度か着替えが必要となる。
そのため、着替えの為ももちろん、休憩用にと広い一室をあてがわれていた。
しかもそこに用意された衣装や飾りなどはすべて王室の方で整えられていた。
そこで乗馬が終われば、お茶会用のドレスに着替えることだろう。先にシルヴィア用の部屋でその準備をしているサラがいつものように王宮の侍女たちとまっている。
さきほどのダンスの時とは違い、昼間用のドレスは首元まできっちり絞められたものだ。ダンスの時は、夜会が主になるためにそれに準ずるデザインになっていた。
いつもよりもデコルテが出ていた。
背も出ていて、踊っていた時に何度かその手が素肌に当たっていた・・・
男らしい、自分とは違う手のひら、腕の硬さ・・・
それを思い出した時に浮かぶのは、手を取り合い、至近距離に顔を寄せて踊った僅かまえのあの時間。
少年らしく少し男らしい顔つき、秀麗な眉、まだくりっとした大きな子供らしい目なのに強い意思のある玲瓏とした瞳、頬もシャープでまさしく大人の男性に近づきつつある美なる少年。
ゲームで見ていたドアップな顔だが、それと違うのは体温と香りが付いたリアルなもの。
徐々に思いだしては、頬が赤くなるのが分かる。
それに合わせるように、まわりの妖精たちのキラキラが増していったような。
イヤイヤ、リアルもなにも、現実なのだからあたりまえなのだが、まだどこかゲームの中という気分が抜けないのがいけない。このままだと次回サイラス様こと陽菜に会った時にまたお小言を言われる。
そのためにもこの後のお茶会を頑張らないといけないんだから!
折角、仲良くなるきっかけをしっかりつかんだんだから、これをもっと手繰り寄せて仲の良い婚約者同士と見えるようにこれまで以上に頑張らないと!
そう人知れず奮起していたところ、指導をしていた騎士から終了を告げられた暫くあとに黄色い声がむこうから上がった。
馬から降りてそちらを見れば、そこにいたのは愛しのお兄様が手を振っていた。
馬場のとなりは騎士団の修練場になっており、その周りには多くの若い令嬢が集まり見学していた。
家族や婚約者を見にきたという令嬢が主だが、中にはそうでない人もいると聞く。理由は様々だから、その他の人の理由は・・・想像できる。
どちらにしても筆頭侯爵の嫡男で優秀かつ見目よろしいアレックスに黄色い声が上がるのは必至。
それを素知らぬ顔で視線は、一直線に愛おしそうにシルヴィアを見ていた。
「おつかれ、ヴィー。馬に乗る姿がキラキラ輝いてまぶしいくらい美しかったよ。天使、女神、いやもっと光り輝く太陽そのものだ!」
シルヴィアと同じ銀の髪が光をはじく。
その輝きに負けないような、キラキラとした笑顔でシルヴィアに手を振る。
手を上げて向かう視線はシルヴィアのみ。
「・・・お兄様。」
上げられた手に振り返すが、どこかぎこちない。頬も引きつってしまう。
馬場の外の兄であるアレックスのところまで教師役の騎士がエスコートしてくれたが、その騎士もそそくさと礼をするとこちらが返事を返す前に去っていた。
「どうした?ヴィー。」
「いえ、あの・・・」
怖いんです。
目の前のお兄様の笑顔の向こう。表情に隠された裏の顔とかでなく、物理的なお兄様の背後の・・
お兄様の輝かしい笑顔。これはとても、鼻血が出そうなほど、とっても素敵スマイルです。
「実はね、殿下は陛下の手伝いに駆り出されてこのあとのお茶会が出来なくなっちゃったんだ。」
「えっ・・・そうですが、陛下の手伝いに、・・・わかりました。」
お兄様の話に思いの外、残念に思っていることに気が付いた。
今日は、なにか一歩、何か動いた気がしたのに。
それを確かめることもできない。
残念な気持ちがじわりと胸を占めた。
「今日はこのまま帰ろう。
いつもより早いけど、ここにいては騒がしいし、家に帰って僕とお茶しよう。」
「は、はい。」
いつも忙しいアレックスとは、食事はかろうじて一緒にとれるが、お茶をする時間はなかなかない。
沈んだ気持ちが浮上する。なんて単純な私なんだ。
あぁ、お兄様と一緒に帰れるなんていつぶりかしら?
「本当、ここは騒がしいよね。」
低く小さな声に顔を上げると、凍りつくような目で騒がしいという一団を見ていた。
騒がしい一団、集まった令嬢方のこと?
「さぁ、帰ろう♪」
返事に窮していると、まるでなかったように笑顔でシルヴィアに向き直るアレックス。
戸惑うシルヴィアをよそに、白い手袋に包まれた小さな手を取って建物の方へ歩き出す。
それに倣い足を進めるがその間も背後から感じる。
御令嬢方の嫉妬にまみれた強い悪意の騒がしい視線。
兄妹だからの触れ合いだと言うのにかかわらず、羨望と嫉妬の感情が見て取れる表情を隠すことなくシルヴィアにビシビシ向けられた。
たぶん、多分だがアレックスの視線を独り占めしているからだけではない。
それにしては強すぎる感情だと感じる。
特にハニーブロンドの髪をこれでもかという程にゴテゴテに巻いている一段と目立つあの子。
着ているドレスも一番上等で煌びやかな装いの彼女の視線が一番痛い。
さすような鋭さがあり、彼女の後ろの女の子も同じように睨んでいるがその比でない強い憎悪を感じる。
なんで?
シルヴィアがフェリクス殿下の婚約者となったことで、シルヴィア・レーヌという名が広まった。
それまでもシルヴィアはレーヌ侯爵令嬢として、ある意味有名だった。
それはひそかに広がった噂。レーヌ侯爵の大切な愛娘でレーヌ侯爵令嬢に何かあったら家が潰れる、というもの。噂とはいえ、信じているのは大人たちぐらい。冷酷な宰相は、家族を愛しているから誇大された話で広まったのだろう。
宰相の恐ろしさを知らない、シルヴィアと同じ年代はその感覚が薄い。
フェリクス殿下の婚約者に、今まで社交に出てこなかったシルヴィアが選ばれたことで面白くない人も多いだろう。
だが、それでも身分を鑑みれば順当なことである。
いくら言っても王家の、ましてやただの王子でない王太子の婚約者ともなれば身分が第一、貴族間のパワーバランスが重要視される。
婚約の成り立ちがアレとはいえ、婚約者候補筆頭であったいう父の言うことを信じるなら表立って文句は言えないだろう。
ましてや誰が見ているかわからないこんなところで・・・、それを顔に出すなんて・・・
「ヴィー、気にしちゃダメだよ。」
あまりの視線の鋭さに戸惑っていると、横から潜めるように注意された。
声に驚いて其方を見ると、いつもと同じく口角を上げて微笑んでいるように見えるが、視線は正面を見据えていた。
「いいかい、シルヴィアはこれからたくさんの羨望や嫉妬に晒される。視線だけじゃないよ。時には聞こえるように陰口を言われるだろう。
だけど、それをいちいち気してはいけない。」
握られた手をぎゅっと強くつかまれると、優しいはずの兄の言葉が静かに紡がれる。
「できるだけ傍にいて助けてあげたいし庇ってあげたいけど、たぶん無理だ。
だからシルヴィアも対処を身に付けないといけない。
それは経験しないとできないことだから、辛いこともあると思うけど、僕らはヴィーの味方だからね。
必ず言ってほしい。
あの中に直接ヴィーに何かを言ったとしても、ヴィーは堂々としていればいい。逃げないでいいし、相手にしなくていい。必要ならレーヌ家の権力を口にしてもイイから」
そこれ一度言葉を止めて、一度立ち止まりシルヴィアの目を見つめて、不安そうな辛そうな碧い目でそれでも優しい目で見つめて・・・
「シルヴィアは、王妃にいずれなるんだ。
12歳になったら、もっとたくさんのことを学ばないといけなくなると思う。
色々あると思うけど、僕らがいるから堂々としているんだよ。」
何故だろう。
何故、いきなりそんなことを言いだしたのか・・・
つらそうに見えるアレックスの笑顔は、シルヴィアを安心させることができず、かえって不安にさせた。
つないだ手は強く握られており、離されることはないように思うのに、離れそうで不安だった。
強く握り返しつないだ手を離したくないと思った。
何があっても・・・
離したくないし、離されたくもない・・・
未だに刺さる、悪意の視線が気にならないくらい、今は得体のしれない不安の方が気になる。
お兄様に、私に何が起こるのだろう・・・
ダンスと乗馬で浮いていた気持ちが、今は不安で占められていた。
読んでくださりありがとうございます。
誤字脱字、☆評価ありがとうございます。
感想ももらってるのにほったらかしですいません。
きちんと読んで励みにしています。優しい感想染みます。
乙ゲー転生系、テンプレ意地悪キャラ書くぞ!絶対、書くぞ!(書かないと内容変えそうだから自分を追い込む為に書いときます)