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《2-34》

カッカッ、カッカッ!


タッタッタッタ!


カッカッ、カッカッ!


タッタッタッ・・・


高いヒールの足音とそれよりも早い靴音。

その靴音は、突然なくなりそれと共に敵の気配が濃くなる。足音を消して近づいてきている。足音が聞こえない分、恐怖が増し焦ってくる。


すぐそこに迫っているとわかる気配。


普段、運動をしない鍛えられていない軟弱な足は、これまでの逃げてきた道のりで限界を超えて疲弊していた。

それでも捕まるわけにはいかない。

だから、足を右左と無心に、一心不乱にただただ前に出す。

足を進ますだけ、いや、それ以上の速度で迫りくる背後の敵。


走り出すほどに追い詰められる感が、じとりと背中を汗が伝う。



敵は戦闘に成れている手練れ。

対して逃げるシルヴィアは、令嬢の戦闘服であるレースやフリルがふんだんにつかわれ、幾重にもなる長いスカートのドレス姿。足には高いヒールの不安定なそれでいて裾から覗く靴先からでもわかる高価な宝石で飾られた靴を履いてい走っている。

煌びやかなシャンデリアが輝く舞踏会などならば、その装いは立派な淑女の戦闘服であるが敵から逃げ惑う現在では何の戦闘能力もない。寧ろ、幾重にもなる裾が足に絡まり、高く細いヒールは不安定で転ばずに走ることで精一杯だ。


カッカッカッ、ガッッ!


「あっ!」


切れ切れな息の中、逃げ続けるが限界が来てガクッと膝から崩れ落ちてしまった。


「っ!」


「捕まえた」


膝から崩れそのまま前に倒れると思いきや、後ろから胴回りに大きな腕が回されふわりと浮いた。

倒れる衝撃に備えてぎゅっと目を閉じたシルヴィアの耳に低くぞわっとする捕縛者の声が吹き込まれる。


捕まった・・・


あれだけ懸命に逃げたのに・・・

まるでかなわない・・・


捕縛者とシルヴィアの能力は、天地雲泥。

ただの令嬢であるシルヴィアを追い詰め捕まえることなど朝飯前の準備運動にもならないだろう。


絶対に逃げてやると意気込んだのに・・・






「ほ~んっと、あんたってば、10分ももたないんだから。」


「はあ、はあ、はっはあ・・・」


そう言われて、小脇に拘束された状態で見上げれるとそこには厳つい顔を呆れながらも悪戯っぽく笑っている

攻略対象者、オスカーの兄で無表情がデフォのサイラス様がいた。


大人でさらには騎士で大柄なサイラスは、小柄で華奢なシルヴィアを捕まえると小脇に抱えてスタート地点、キャサリンのいる部屋に向かっている。


「はぁ、はっ、はあ、ぐぬぬぬうぅ~~~」


シルヴィアの中で令嬢として、現在のこの荷物のように運ばれる状況に羞恥と憤りが溢れるが、それを声にするには走り続けてことで息が乱れてこれも出ない。


もしも、正常な呼吸状態で声が存分に出せるのだとしてならシルヴィアは、はしたなくも大きな声で言っていただろう。



「体力馬鹿なあんたと一緒にしないでよ!陽菜のバカっ!」



声も出せず睨むシルヴィアに目を向けることなく飄々と足を進めるこの男。


中身がとんでもない前世親友に恨めしい目を向け唸ることしかできないシルヴィア。


心の中でたくさん悪態をつきながらも、再会してからほっこりするこの気持ちを何と現していいのか。どこか、むず痒く落ち着かず、扱いに怒っているはずなのににやける口元を引き締めることが難しく、再会したときに思いを馳せた。
















カッキーンッ!


快音が響くグラウンドを見渡すテラスで、シルヴィアは期待に満ちたキラキラした瞳をキャサリンにむけていた。

瞬きをしないで瞳色を明るく変えるシルヴィアにキャサリンの心には申し訳なさが募る。

シルヴィアの期待する答えを返せないからだ。



中世西洋風なところがある異世界に転生してから、昔馴染みなお汁粉、おはぎといったあの和の庶民のお菓子に必須なあずきを口にすることができて舞い上がっていた。

シルヴィアの中では、キャサリンはシルヴィアと同じ転生者で、日本人もしくは日本文化に造詣の深い人物であったと確信していた。


もう遠い昔のような前世の記憶。

誰とも話すことのできない、夢の中のような話をその世界をしている人とならできる。その喜びといったら、なんとも表現しがたい嬉しさがあった。


期待ははち切れんばかりに大きくなっていた。


シルヴィアの瞳は、明るい黄緑色でも輝く黄色に近く変わろうとしていた。


期待、喜びが強い色。


その色の意味を知らないが、目の前でじわりと色を変える瞳に、シルヴィアがキャサリンに何を期待しているのか察することができる。


それを嘘でも言えないキャサリンは、このような役目を押し付けた人を恨みたくなった。


さりげなくを装い、視線をシルヴィアからずらすが、行き場のない視線に居心地が悪くもうすべて話してしまおうかと腹を括った。















「違うよ」



期待で見つめるシルヴィアと全てをバラそうと顔を上げたキャサリンの間に入りこんできたバリトンの低くく響きのいい声。


その瞬間、シルヴィアの期待に明るかった瞳色は、驚きと共に短い言葉の意味を頭が処理できた瞬間に幕が引かれたかのように色を落とした。

声の方にゆっくりと首を回してむくと、先程までノッカーとしてさわやかスポーツマン笑顔でグラウンドに立っていたがっしりとした体躯のサイラスだった。












「う~~~ん、運動の後はやっぱりこれだよなぁ」


そう言って、手にもちあげた器を勢いよく口に掻き込む姿は、まさしく部活終わりの男子学生。

その手には白いどんぶり型の器に箸を持ち、器の中身のトロトロふわふわな卵とだしと一緒に煮込んだとんかつ擬きがある。その下には白い粒、白米が見えるのでおそらくはかつ丼と思しきもの。


キャサリンとシルヴィアの間に入り込んできたサイラスだが、詳しい説明は腹ごしらえをしてからといわれ、仕方なく言いたかった言葉を飲み込みおとなしく待つことにしたのだが。

そのサイラスの前に出された食事というのが、いま手に持っているかつ丼。机の上には、大根の沢庵にお味噌汁、おそらくデザートだろうみたらし団子も見受けられる。



多分、そうだよね・・・

西洋風の食卓しか、今世は目にしていないけどもしかしたらこの世界にも東洋の文化がどこかにあるのかも・・・?


どこから話を切り出していいのか迷走しているシルヴィアにとって、大人の男性、しかも筋骨隆々の大男の部類に入るサイラスとのスムーズな会話は、経験値の少ないシルヴィアにとってかなりの難問だった。

社交的な笑みを浮かべさえすれば話しやすくなるような人物ではないと前世の情報で認識しているから、特にどういったらいいのか恐ろしい。

前世の、日本の話を話してもしも間違っていたら、頭が可笑しいと思われる。思われるだけでなく、きっと王家に報告がされる。速やかに婚約は解消かなかったことに白紙にされることだろうが、こんな形では望んでいない。

こんな話で婚約がなくなり話が広まれば、シルヴィアはレーヌ家のどこか田舎の領地に押し込まれそこで生涯人知れずひっそりと過ごさないといけなくなりそうだ。

そうなれば愛しのお兄様アレックスと会う機会が減る。

王太子の側近として将来の宰相を約束されたアレックスのいる王都と遠く離れたところに行ってしまえば会えない。

それだけは、嫌だ!ダメ、絶対。

でも気になるし・・・


「・・・嬢。」


さりげなく、さっきの答えを詳しく聞き出すには・・・


「・・・ヴィア嬢・・・」


テーブルの上の料理にどう切り込むか・・・

ヘタを打たないためにも・・・・


「聞いているのか?シルヴィア嬢。」


「ひゃぅっ!」


低い声と共に耳にかかるくすぐったい風。吐息を掛けられたのだ。

変な声が出てかけられた耳を抑えて、真っ赤になった顔をサイラスに向けると犯人は涼しい顔で湯飲みで恐らくお茶をすすっていた。


気が付けば、テーブルの上の食器は空になっていた。


「全く・・・」


今っ!今、耳にふーってした!

息っ、息を耳にふーっってしたよ、この人。


何なの?

ねぇ、やっぱりこのサイラス様が転生者なの?

違うにしても違いすぎでしょ?


何なのよぉ、もうぉぉぉ!


「さて、と、シルヴィア嬢が聞きたいのは地球の日本の記憶があるかだろ?」


一人混乱していたシルヴィアだが、いきなり確信をついた発言に周りから見たらまったくもって落ち着きのない怪しい動きをやめてぱっと、サイラスの顔を見た。


「俺は、日本を知っている。そしてこの世界のことも知っている。

それだけを聞くのに、な~に、深刻に考えてんだか?

俺が、敵か味方かと変に勘ぐっちゃった?


悪役令嬢殿?」


サイラスは、テーブルに肘をつ片方の口元を上げてニヤニヤとした顔つきで見ていた。

しかも、ゲームのことをしらなければ口にしない悪役令嬢といった。


間違いない!

この人も知っている!



『君が為の花束(マーガレット)』を知っている。



知っている・・・


でも、この人がどういう人なのか・・・




たとえば、この人がただ知っている()()の人ならばいい。

でもそうではない、推しカプがあった場合、そうなるように持ってこようとするかもしれない。もしかしたら、今ここで邪魔者であると言ってシルヴィアを排除するかもしれない。


「悪役令嬢という割にはおとなしいなぁ。

そんな悪役令嬢なんて聞いたことない。役割はきちんと果たして貰わないと世界観が変わるとはおもわないのか?」


固まってしまったシルヴィアに構わず、挑発するように畳みかける。

ますます青くなるシルヴィアの顔を一瞥するも、その口からは更なる棘が出てくる。


「全くもって気に食わないのは、ヒロインを勝手に助けて恩を売ろうっているその根性だよなぁ。孤児院に行ってみればそこにはヒロインはいないし、さがしてみれば、君の家に母親ともども雇っているし。あれかな?いざとなったら母親を盾にでもするつもりだったとか?

打算的だねぁ。やっぱり悪役にふさわしい、いや、ゲーム以上の極悪ぶりだなぁ」


そういうと、またますます顔をゆがめて笑う。

その笑いもまた厭味ったらしく、わざとらしい。

視線も見下すようで、腹立たしい。


しかもだ、しかも、マーガレットを助けていることを知られている。

マーガレット親子が何かから逃げていることから、桃色の髪の親子のことは周りに漏らさないようにしているのに、何故、知っている?

その疑問が、顔に出たのだろう、馬鹿にしたように、ハッと鼻で笑った。


「騎士団の諜報部隊を侮ってもらっては困るな。いくら警備の厳しい宰相の邸宅といえど綻びを作ることは簡単なんだよ、悪役令嬢。」


そう言うサイラスは、そっちが悪役ではなかろうかというような醜悪な顔で、クックッと喉を鳴らして笑う。


一体何なんだ!


「フラグ折りに勤しむ悪役令嬢殿は、誰を狙ってるのかな?

婚約者のフェリクス王太子殿下?兄君のアレックス侯爵令息?稀代の魔導士ブライアン?まさか、我が弟、天才騎士オスカーかな?

悪役令嬢が図々しいにもほどがあるな。役割を理解していない花畑頭のお嬢様は困ったものだよなぁ。

捻じれた状態から修正するこっちの身にもなってほしいよねぇ。」


椅子に座ったまの状態だが、鋭く眼を光らせこちらを睨むではない舐めるように見つめるその眼光に威圧されて全身が固まる。

顔色も血の気が失せる気がするが、きっと気のせいでない。きっと紙のように蒼白になっているだろう。

体が震えていないのが、せめてもの抵抗だ。


顔色を無くしていても、これ以上怖がっているように見せてやらないんだから。


「あんたがやったことはこの世界観を歪めてるバグだ。

自らの保身のためだけに、好き勝手にされて、さて、誰が修正するのかね?

排除されるかもなぁ」


そう手を伸ばして、シルヴィアの髪を一房とり指にくるくる絡めてもてあそぶ。

愉悦の眼差しでシルヴィアを見ながら。


世界観を歪めてる?

修正?

排除?


言われた言葉が頭を反芻する。


さっき、ヒロインをレーヌ家で助けていることを知られている。

つまりは・・・


世界観の歪み?

母親が存命でヒロインが孤児にならず、悪役令嬢の家で雇われていること?


それじゃあ、修正って

マーガレットの母親が死んで孤児になれってこと?


排除とは?

・・・つまり?


悪役令嬢であるシルヴィアは、ゲームとは性格も印象も違う。でも、シナリオ通り攻略者フェリクス第一王子の婚約者になって将来の障壁となるべく据えられた。

だから、シルヴィアは修正も排除もされない。


だから、それは・・・



今現在の状態でいないはずの、フリージアを消すということ?



消すとは?


せっかく助けた命を・・・

消す?


つまりは、死ぬということ?


何のために?

シナリオ通りにするため?

そのためだけに、何の罪もない母娘を死というもので裂こうとしている。



そんなの・・・




パァッン


気が付くとシルヴィアの髪を弄んでいたサイラスの手を勢いよくはたいていた。


「ふっ・・・」


そのまま勢いで立ち上がり、サイラスの正面に立つ。


「ふざけんじゃないわよ!

何が、修正よ!シナリオが何だっていうのよ。せっかく助かった命を何だと思っているのよ。

いっておくけど、あの母娘はもうレーヌ家の一員よ!あの母娘に手を出そうものなら、()()()()がもてる力をもってして貴方を排除するわ!」


勢いよく一気にまくし立てて言うと、大きく息を吸ってきっとさらに睨みサイラスをビシッと指さした。


「だいたいね、世界観を歪めているのは貴方も一緒でしょ!

大怪我をして、騎士として立ち行かなくなって除隊した後は捻くれて引きこもって、オスカーのトラウマになった癖に!。

なによサイラスなんてね、無口無表情なんていったって、根暗のひねくれものでしょうがっ!

怪我したっていっても、生活には支障がないくせにいつまでもネチネチと口癖が『怪我人の私は何の役にも立たない』ってばかっり。見ててイライラするわ!回りに『そんなことないよ』って言ってもらいたいだけのかまってちゃんの甘えた大人よ!

修正をするというのなら、貴方の方よ!!!


違ったっていいじゃないの!

死んだり怪我の後遺症がなかったんだから、悪くないじゃない!

何がいけないのよ!

不幸な人が一人でも少ないならそれでいいじゃないの!

なにがいけないのよ?

貴方はなにがしたいの?

何でそんな事言うのよ?」


息継ぎも忘れて一気にまくし立てる。

前世でも数度、こういうことがあったが大きな声を上げることは、今世前世共にあまりない。

それでも言い出したら止まらない隠れた性格のシルヴィアは、相手がシルヴィアが見上げるほどの大男で戦いに慣れて、怒って張り手でもされたら吹っ飛ばされるような相手であっても、そんなこと頭の中からすっかりなくなっている。

最後には、吊り上がっている大きな瞳からはボロボロと涙を流し、それに気が付かずに睨み詰め寄っていた。


「貴方がどうなろうと知らないわ。

勝手に自己修正でもなんでもしてオスカー様のトラウマにでもなって引き籠ればいいわ。

でも、マギーたちはちがう!

絶対に手出しさせないんだから!

不幸な人を作る強制力なんて、くそったれよ!

そんなゲーム願い下げだわ!!!」


「フッ、フッハハハ

引き籠りは今更したくないなぁ。

もうすぐ子供も生まれるってのに、勘弁願いたいね。」


さっきまでの剣呑な雰囲気が霧散するような大きく朗らかな声でいきなり笑い出したサイラス。


「へっ、何よ・・・」


思いの丈を滅多にない大声で上げ、まだ興奮が収まらずに肩で息をしていた中、突然のことに戸惑い、でもさっきの会話の内容から警戒をまだ解かずにサイラスを疑惑敵に引き見した。


「ゴメンゴメン。まだゲームだとかシナリオだとか気にして、フラグ折ってやるぅ~っていって、頭花畑かと思って意地悪した。ごめん。

うん、やっぱり、変わってないよなぁ。

昔っからそういう性格だもんねぇ。

また会えて嬉しいわ。





瞳」








読んでくださりありがとうございます。

意地悪サイラスになってしまった。これはこれでいいけど、我ながらどうしようこの子は途中で困っりましたね。

次、早く書ききれるようにします。



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