《2-33》
誤字脱字報告、感謝です。
見直し不足で申し訳ありません。
宜しくお願いします。
魔道具のあの乳白色の様な魔石は、シルヴィア本人が付けたい相手の耳にその石を持って触れないと付けられない。
簡単そうで実はとてつもなく難しいミッションだったことに気が付いたのは、殿下に王城で再会してから。
それまで、手をつないで庭園散策をしたことはあれどこちらから接触というのはしたことがない。
・・・妖精の悪戯で、思いもよらない接触はしたけれど、よくよく考えてほしい。
シルヴィア・レーヌは、宰相をする父を持ち筆頭貴族のレーヌ侯爵家の令嬢。
正真正銘、深窓の令嬢なのだ。
令嬢の中でもテッペンに存在する他の貴族令嬢のお手本にならないといけない存在の令嬢なのだ。
令嬢とは、妄りに男性に触れてはいけない。
はしたない行為。
いくら婚約者とは言え、手を握るとかならまだしも顔に近い、いや、顔のパーツの一つである耳に触れるなど身内でないとムリ。
というか、お兄様であるアレックスにあれが着けられたのは、妖精のおかげで。
様々なことがいっぺんに起こりすぎて、普段はあり得ないしっかり者のアレックスに隙ができたおかげだ。
普段の状況で、耳に触れるなんてそんなシチュエーション生まれない。
どうやって、渡す、いや付けるべきか・・・悩ましい。
◇
あれから3ヶ月が経過した。
季節は、初冬から本格的な冬を越えまだ寒さが残るが暦の上では春になっていた。
因みに、日本制作の乙ゲーの世界だからか暦は日本と一緒、季節も一緒だ。
そんな中、城へは1日おきに登城して座学であったり茶話会のような授業であったりと様式を変え、飽きることなく過ごしていた。
教師であるエイデン前伯爵夫人、夫人より許しをもらって今ではクラリッサ先生と呼ばせていただいている、クラリッサ先生の既知に富む話が、物静かな方ながら本当は知識を得るためには昔はアクティブな方だったということが分かってとても好きになっていた。
知識の勉強もある程度カリキュラムが定められ週に一、二度の登城でよくなった。しかし新たにくわえられた授業にダンスと護身術があった。
ダンスはわかるが、護身術?っと驚いてしまったが、王太子妃として人前に出る機会が多くなる、護衛はたくさんいるが、守られているばかりではもしもの時には困る。
取れる行動は多い方がいいとかで、護身術を学ぶことになった。
先生は・・・騎士団の方がされるのだが驚いたことにあのサイラス・オルグレン様なのだ。
あのオスカー様のお兄様、悩みトラウマの張本人サイラス様。
ゲームの中での回想シーンでは、確か怪我してから半年後には騎士団を辞して領地で引きこもりをしているという設定だった。
なのに現実のサイラス様は、騎士団所属のまま、しかも王族直轄の第一騎士団所属と挨拶された。
第一騎士団は、騎士団の中でも王族専属で近衛隊も所属する花形騎士団なのだ。
シナリオ通りに怪我をしたなら、精鋭部隊である騎士団に、しかも第一騎士団に所属してるはずがない。
シルヴィアが悪役令嬢から外れようとしているように、アレックスが冷たい兄でなく溺愛兄であるように現実は違うのかもしれない。
◇
眼下に広がる光景を見て思いだすのは、学生時代の放課後のグラウンド。
運動部の部活で走り込みをしたり、広いグラウンドをネットで仕切って、野球部、サッカー部、陸上部etcでそれぞれ練習している風景。
前世の記憶のそれとは違うが、似通ったその光景。
いや、まって似て非なる光景。だけど、グラウンドの一部、半分位をネットとポールで仕切られたあの一帯の光景には見覚えがある。
広いグラウンドの端の方では、一人で剣の形らしき素振りをしていたり、2人で組んで打ち合ったり、中には複数で剣だけでなく他の武器を使用したりしている。これは騎士の練習風景だなぁと思う。
しかし、グラウンドの一部芝を敷かれた周りを走りこみをする屈強な男たち。まるで陸上部のトラックみたい。
そして芝で、少数だが体技をしているけど・・・、あれって、柔道に見えるんだけどなぁ。背負い投げしてるように見える。
ほとんどは大人のガタイの良い男性だが、ちらほら小柄な子供や学生と見受けられる見習いらしき人もいるが、一心にいろんなことをして体を動かしている。いろいろ思うことあれど、まぁすべて騎士に必要な鍛練だと思う。
がっ!
だが、しかし!
シルヴィアの目を釘付けにしているのは、ネットで仕切られた中の光景。
「オラ!行ったぞ!」
「オーライ任せとけ!」
「ナイスキャッチ」
聞こえてくる白球を打つ快音。それを前世でみたまんまのダイヤモンドと言われる四角い線が引かれ、ベースのような白い座布団みたいのもみえる中でキャッチする姿。
ノッカーと捕球者の掛け声も、周りの声もどこか遥か昔聞いたことがあるような・・・
あれ?
此処は異世界、乙女ゲームの世界だと思っていたけど、まるで放課後の学校のグラウンドか休日の河川敷みたいな・・・
っていうか、バットにしか見えない木の棒に手のひらに収まるような白球。
どう見ても、あれはバットとボール。
そして、それをキャッチした捕球者の手には、茶色い革製のような手の倍以上あるグローブもどき。
あれは、きっと、野球というやつでは?
ゲームでも小説でも野球の【や】の字も出てこなかったはずだよ。いや、やの字はたくさんつかわれていたけど、そんな記述は全く覚えがない。
なのに、この場でこの広いグラウンド半分くらいの中では間違いなく野球が行われているのだ。
そんな、ここは一度は訪れたことがある、かのオルグレン伯爵家。その騎士訓練場。
そう、間違えてはいけない。騎士訓練場。
王妃教育の一環だと言われた、護身術の練習は人目の多い王宮でするには目立つので騎士団長のお宅であるオルグレン伯爵家で行われることになった。
そして教育係となっているサイラス様は、ノッカーとしてグラウンドの中でいい笑顔で球を打っている。
ゲームの回想シーンでは、無口・無表情なサイラス様が爽やかスポーツマン笑顔で鬼のようにノックしているのだ。
あのサイラス様が・・・
シルヴィアはというと、このグラウンドを見渡せる一角にある日よけと暖の為に置かれた魔道具のあるテラス席でその様子を、サイラス様の夫人であるキャサリン様と執事さん、シルヴィアが連れてきたギルと一緒に眺めていた。
眺めているというか、唖然と見つめているが正しい。
「驚いていますね、レーヌ侯爵令嬢。」
少し高く作られた席で並んで座っている、キャサリン様から声をかけられて、はっとしてそちらに向いた。
キャサリン様は、どうも気の毒そうなそんな気持ちが取れる表情でこちらを見ていた。
「あれはわたくしの実家の辺境の地で1年前から取り組みだした隊の連結を強化する練習法なのです。
ヤキュウといいまして、真ん中で球を投げるものと向かい合わせに捕球するものを隊長副隊長が務め、各位置に広がる隊員に指示を出します。
敵が打った球を捕球し、敵が走り込むルイにたどり着くまでタッチ出来れば進軍を阻止でき、敵走者をほーむに生還させないようにするものです。
今は捕球守備練習ともうしまして、自らの守るエリアに球が如何なるタイミングで飛んできても対応する練習です。」
ヤキュウ!?
やっぱり野球ですよね。
若い騎士見習いがサイラス様の上げた内野フライを大きな声をあげてキャッチした。
その光景は、どこかの高校の野球部の様。
着ているものこそ、あの野球部のユニフォームではないが生成りのTシャツもどきをきて足にはハーフパンツ姿で、グローブを嵌め中腰で球が飛んでくるのを今かと構えて待っているその姿は、まさしく野球。
それが、騎士の訓練ですか?
訓練の一環に野球ですか?
先程のキャサリン様の説明では、確かに隊長がピッチャーをしてみんなを率いて、副隊長がその女房役キャッチャーで隊長の指示を隊員に伝達、そして隊員は敵の球が飛んで来たら訓練通り連携してアウトを取る。
上半身下半身の運動に加えて、体力知力も必要な競技だとそういわれてなるほどと納得したけど。
この競技、誰の提案?
ゲームや小説の知識でも屋敷の書物の中にも、野球に関するそれに類似する記述はどこにもなかった。
だから、この野球を普及したのは・・・
シルヴィア本人が転生者であるのだから、シルヴィア一人だけがそうであるとは思えない。
ということは、他にも転生者がいる?
そして、その人がこの競技を普及させたかもしれない。
しかもこの騎士団でとなると・・・
隣で成人女性にしては低い背だがピンっと背筋を伸ばして、少しふくよかなしかし醜く太っているわけでない。伯爵家を訪れ出迎えのとき、キャサリン様から現在妊娠中でもう一月も経てば生まれるとのことを聞いた。
大きくせり出たお腹。
小さな体でバランスが悪いだろうに、歩く姿も美しく道すがらきけば妊娠中もできるトレーニングのおかげで体調はすこぶるよいとのこと。
この世界の妊婦の常識では、貴婦人の妊娠中の運動なんて散歩ぐらいなものでトレーニングするなんて聞いたことはない。でも、もしも転生者がこのオルグレン伯爵家にいたとすれば、妊娠中のヨガ、体操などの知識がある人なのかもしれない。前世で私は妊娠をしたことがなかったけど、親友のお姉さんが妊娠したときに一緒に調べた知識としてはあるから、たとえば前世で出産経験があるか身近にそういう人がいれば簡単に知りえる。
この野球が、キャサリン様の実家である辺境伯の地で行われているということは・・・
「失礼いたします。」
グラウンドの先のサイラス様に静かに視線を向けていたキャサリン様を見つめながら考えこんでいたシルヴィアに執事の人が声をかけてきた。
この男性は、本来はサイラス様の専属執事だったそうだがキャサリン様が妊娠してからはキャサリン様に傍近くで控えていることが多くなっていると言う。
「温かいものをお持ちいたしました。」
そう言ってコトリと目の前に置かれたのは、木の器。
このフォルム・・・
木の器と言っても、洋食器が溢れているこの世界で昔見慣れた木の器の形。
手を少し丸めて持つ形に添わせたような半円型、その下には高台が付いていて、どう見てもそれはお椀。
白木素材で作られ、木目を生かしたつくり。
さらには、中の温かいもの。
白木の椀の中は、赤みがかった灰色の液体。
この世界しか知らない人ならば、凡そ口にするものには思えない液体。
でも、前世で地球の日本人のシルヴィアは知っている。
口にすると柔らかな甘味、少しざらつく喉ごし。日本の冬に好まれる古くからの嗜好品。
「・・・・・・こちらも、どうぞ」
そう言われて、お椀の横に置かれた2色の丸い甘味。
それは黒っぽい赤茶色の丸い物体と黄土色の粉をまぶされた同じように丸い物体。
これは紛れもない、お椀の中身はお汁粉に見えるし丸い物体はおはぎだ。
食い入るように見つめながらも、懐かしいその香りに誘われるように知らず知らずにお椀を両手でもっていた。
目の前に持ってくるとあの独特の香りは強くなり思わずごくりと喉が鳴った。
「お嬢様?・・・っげ!なんだ?」
動きが緩慢になっていいたことに不審に思ったギルが後ろから近づいて、テーブルの上のおはぎとお椀の中のお汁粉を目にすると思わずといった声が漏れた。
本来ならば、他家で出されたものにたかが執事のそれも見習いの分際で品のない声を上げたことに注意すべきなのだがこの時のシルヴィアにはそこまで気持ちが回らなかった。
目の前のこの冬のこたつで昔よく飲んでいた飲み物、それが夢でないのかフワフワした感情にとらわれて他に気が回らなかった。
少しでも周りを気にしていたなら、シルヴィアの前に配膳したオルグレン家の執事もキャサリンも心配そうに固唾をのんでビクビクしながら見守っていたのに気が付いただろう。
一見するとお汁粉は泥水、おはぎは泥団子に見え、とても人が口に出来るものとは思えない。客人に出すものではないと烈火のごとく怒っても仕方がないフォルムだ。
下手をすればオルグレン伯爵家の嫡男の夫人が幼いシルヴィアに嫌がらせをしたと醜聞が広がってもおかしくない状況だ。
「あの、わたくしが、それは・・・」
もしもシルヴィアがこの飲み物を知らずに怒りだしたり泣き出しですればどうなるか。レーヌ侯爵家の怒りを買うのは必至。剰え王太子殿下の婚約者なのだから王家からも咎められることだろう。
動きを止めたシルヴィアに、オルグレン伯爵家の面々に緊張が走る。
「「「あっ!」」」
そうした中、止まっていたのが嘘のように自然な動きでシルヴィアが持ち上げたお椀の端に口を付け仰ぎ、中身を啜ったのだ。
音もなく静かに飲み込むシルヴィア。
「お嬢様!」
食器に直接、口を付け飲むなど飲料と分かるものでないとしないのが貴族のマナーだ。
それなのに口を付けごくごく飲む姿に、ギルさえも思わず止めようとするほど驚いた。
中身をチラ見したギルの見解は、キャサリンの予想通りとても侯爵令嬢に出すものには思えなかった。
ギルの目には、まさしく泥水に見えたのだ。
さらには・・・
「ぷっはぁ~」
お椀の中身をいつの間にか、飲み干すとキラキラした目を泥団子にしか見えないおはぎに手を伸ばし、今度は戸惑いなくムズッと手で直接つかみ口に持っていったのだ。
普段の大人しいシルヴィアとは違い、その豪快とも言える行動に普段を知るギルはもちろん、深窓の令嬢と思っていたキャサリンたちも驚き、今度はシルヴィア以外が呆然と見つめていた。
「・・・うっ・・・ふっ、うっく・・・」
そんな観衆のもと、おはぎを頬張っていたシルヴィアが突然ボロボロと涙を流して、それでもおはぎを手にして食べ続けていた。
「シルヴィア様!?」
「わぁ、お嬢様!っつ!!!やっぱり、ほら吐き出して!早く!!」
その姿に慌てて、シルヴィアに声をかけたキャサリンだったが、ギルがそれより早く動きシルヴィアの前に空になったお椀を差し出して背中をさすった。そして、シルヴィアを庇うようにキャサリンを鋭くにらみつけていた。
キャサリンは、顔を青くしていた。
「こんな、もてなしを格上の侯爵家のお嬢様にするとはどういうことですか?返答次第では、侯爵へ話をしないといけません。」
怒りが滲む低い声のギルに、キャサリンは、いよいよ体も震えていた。
オルグレン家の執事は、キャサリンの倒れそうな体を支えるべく、そばにいたがなんと声をかけていいかわからず、キャサリンを気遣いながら主の方へ視線を世話しなく送っていた。
「待って、違うのギル。」
そんな中、しゃくりあげながら口の中のものを惜しげに咀嚼し飲み込み、シルヴィアの前に器をもって屈んだギルに制止をかけた。
小豆の餡で手を汚していたから涙はぬぐえず潤んだままだが、その顔には紛れもない歓喜が見れた。
キャサリンに顔を向けたシルヴィアは上気した頬とキラキラした目をしていたのだ。
喜び、感動しているかの面持ちにも見えるシルヴィアは、嬉しそうにキャサリンに笑いかけた。
「キャサリン様、ありがとうございます。」
怒りに触れたと怯えていた、キャサリンはシルヴィアの感謝の言葉に驚き、そして一抹の申し訳なさを感じた。
何故なら、シルヴィアのこのあとの言葉が予想された通りだとおもうから。
まるであの人に転がされているような気がして、気の毒にと思ったのだ。
そしてその言葉は、一語一句違わずシルヴィアのかわいらしい口から紡ぎだされた。
「貴女は、地球の日本人でしたの?」
期待に満ちた視線をまっすぐにキャサリンに向けたシルヴィアは、答えを待った。
それはそれは、キラキラ明るく瞬く瞳を幸せ色に染めて。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、星評価いただきありがとうございます。
続き頑張ります。
よろしくお願いします!