《2-31》
いつも、誤字脱字報告には感謝しております。
「できた!」
翌日は王妃教育初日。
お城に行けばトラブルがつきまとう、もう王宮は鬼門とさえ言っても良いくらいだ。・・・恐くて言えないけど絶対。
現在は、ディナー後の寛ぎ時間。普段なら、流行りの恋愛小説を読んでいたりするのだが、今日は明日に備えてサシェの制作中。
水色に透ける、シフォンの生地を使いリボンなどのかわいらしい装飾のないシンプルなもの。中が透けるからあえて緑の葉をバランスよく配置して入れる。レモンバーベナ、レモングラスを中心に少しのラベンダーとオレンジの輪切りを乾燥させたものさわやかさが勝ったブレンドだけど、ラベンダーの香りがかすかにするのがちょっとしたアクセントになる。
それらを手でちまちま縫って袋綴じして、落とさないように小さな輪っかの紐をつける。濃い青の細い紐。内ポケットにあるボタンにつければいいのではないかと思っている。
出来上がったそれを掌に乗せて粗は、ないかを確かめる。
細かな縫い目、解れもなく縫い代の始末も我ながらきれいにできている。刺繍は最小限に、可愛らしい四葉を隅にあしらっただけ。いつもより気を使い細かく丁寧に作ったそれ。
これなら男性が持っていてもおかしくない出来だ。
本当に喜んでもらえるのかしら?
殿下に・・・
今日、突然に兄であるアレックスから言われたことがきっかけだった。
普段はアレックスは、お城でフェリクス殿下の側近候補として剣術や魔術の鍛練と、殿下の執務の手伝いをしていたらしい。
というか、ここ最近は本当に忙しくしている。帰ってくるのは、ディナーの直前ならいいほう、下手すれば、宰相でもっと忙しい父と一緒ということもしばしば。
まだ未成年、子供になんてたくさんのことをさせているのかと、前世で聞いていたブラック企業宛らではないかと震えてしまった。
実際は、フェリクスがアレックスをいつまでも離さず、グズグズとあれやこれや王子として人前には見せられない情けない悩み相談を受けて遅くなっているだけなのだが、勿論シルヴィアはそんなこと知るよしもない。
今日はあの後、一緒に早めの帰宅で一緒のディナーをとった。両親は王様に話があると呼ばれて、まだ帰宅をしていなかったこともあり、2人きりの食事だった。そこでアレックスから明日の登城の際、殿下に何か贈り物を、できれば、いや絶対アレックスに贈ったような香り袋をあげてほしいと言われた。
さして難しいものでもなく、材料の乾燥させたハーブも袋を作る布もたくさんあったし断る理由もないので、是と頷いたが何故それを指定したのかアレックスの思惑に疑問があった。
「殿下がさぁ、僕のサシェを見ていつも恨みがましそうに、いや、羨ましそうにしているから・・・、あげたら喜ぶと思うんだよな。・・・僕としても帰宅時間がこれ以上遅くなりたくないからさぁ。
あぁ、ほら、殿下、忙しい人だから。日に日に目が座ってなんか怖いし・・・、優しい香りに癒されたいんだと思うよ。その方が仕事もはかどるし・・・そうだ、うん、そうなんだよ。
だから、ねっ、面倒だけど、お願いできるかな?
本当にね、あの人面倒だから・・・」
所々聞き取らないような、口元でもごもご言っていたけど、そのくらいならと思って快諾した。
明日は初日だし、授業の後に殿下とのお茶会が今度はきちんと予定に組み込まれている。
いい関係を築くのにいいかもしれない。
手のひらに収まるような小さな香り袋を、確認するようにスンと香りを嗅ぐと柑橘系の爽やかさと瑞々しい蒼さ、そして甘すぎない柔らかなほっとするラベンダーの香りがする。
気に入ってもらえるといいな。
それに先ほど帰宅した両親からもたらされた話では、学園に入るまでは主となるマナー教師と王妃様でシルヴィアの勉学を見るようになるらしい。王妃様は、忙しい身だから5回に一度の頻度で教育の進み具合を確認するような言い方だった。
王様も王妃様もシルヴィアが優秀であるという噂を聞いて、期待を寄せていると言っていたとニコニコ笑顔で話していた両親。
王妃様は、王妃教育も大切だがフェリクス殿下と仲良くしてほしいとのこと。
だから、王妃教育のあと時間は短くとも2人で親睦を深めるように言われたらしい。
両親からも勉強なんてどうとでもなるし、宰相の権限でいくらでも手助けをしてあげるからフェリクス殿下と仲良くするようにと言われたしね。
あのときの父の複雑そうな顔を思いだし、顔を綻ばせるシルヴィア。
どちらにしても仮初めの婚約。
フェリクス殿下がマーガレットに恋するかどうか、いまはわからないけど別れが来たとき見苦しい姿は見せたくないものね。
よし!ほどほどに頑張ろう!
せっかく改善した関係だもの。
付かず離れず友人ポジで、ヒロインがフェリクスルートに入るまで、嫌われないようにしないと!
そして、目指せ円満婚約解消!!
絶対に断罪なんてされないようにしないと気を付けないと!!!
そっと胸に、サシェを優しく握り込み決意を新たにする。
◇
王妃教育初日は、この国では珍しい強い寒風が荒れる日だった。
グレーの空、低い雲。
風は冷たく、温かい部屋にいても窓の外の冷たさを視的に感じてしまう。
今にも雪が降りそうな、そんな雲行きだ。
程ほどでがんばる王妃教育のはずが、教師として紹介された前エイデン伯爵夫人の落ち着いているのに話上手につられていつの間にやらグイグイとその人に引き付けられて行き、気が付けば先生からとっても良い好印象をもらった。
いいことだよね。
いいことなんだけど・・・
厳しいはずの王妃教育は、侍女の淹れたお茶を嗜みながら茶話会のような柔らかい優しい空気間の中行われた。
「わたくしの嫁いだエイデン伯爵家は元は、神学校の開に携わった教諭だったそうです。その功績で現在は伯爵位を賜ったそうです。」
「そうですか、エイデン伯爵様の名は存じていましたが、恥ずかしながらそこまで詳しくは知らなかったです。」
「普通の令嬢方はそうですね。しかし神殿とかかわりのある方々には常識とされています。他にも、同じようにボナール子爵家が商業を営むの者にとって知っておかねばいけない家名だったり、アズラ国王家の傍流である、カシュー一族などあまり表立っていないまでも一部の人々にとってはその名は重要であり知らないとは、それに敬意を払う者たちに対して興味がないと言っているのと同等にとらえられます。詳しくまで知る必要はございませんが広く浅く、その名を知っている以上の知識が王妃には必要とされます。」
エイデン前伯爵夫人は、指先まできれいにそろえられた所作でカップのお茶を一口すすりこちらを見た。
「この紅茶の茶葉一つにしても、有名な茶葉はどこの産地かそしてそれはどの貴族の領地のものか香りと味で判断なさるようにしましょう。
ここまでの話で、お嬢様には一般的な淑女としての教養は十分と言えます。これからそれらはお浚い程度のものでそれ以外は、こうしてお茶をたしなみながら口伝させていただきます。
時には図書館の本も教材とさせていただきますが、基本、わたくしの授業では紙は教材としません。見ればいいと言うのでは身に残りません。お嬢様のような年頃からならばたくさんのことを吸収できます。わたくしの話は全てが授業です。そのおつもりでわたくしの声に耳を澄まして頭に体に刻んでください。」
愛想笑いではない、こちらを馬鹿にした感じもない、穏やかな笑みを浮かべて落ち着いた声で聞き取りやすく話してくれる。。
実際に一般的な令嬢で会った場合、現在のシルヴィアの知識は十分なほど。よくできていると言ってレベル。実際にはゲームの知識、それもゲームにまつわる雑学的知識によってレベルアップされたものであるが・・・。
「本が好きというのもいいですね。内容は少し偏っていらっしゃるようですが、わたくしからお勧めの本などご紹介させていただきます。」
本と聞いて瞬間的にパッと顔を輝かせたのは致し方がない。
何しろ現在シルヴィアが読んでいる書物の殆どが、メイドに命じて市井で買ってきてもらったものだから。内容は恋愛小説。シルヴィアが読み終わった後に、見せてもらおうと期待が窺えるものばかり。とはいえ、内容はとても楽しく読みやすいものだから、読んだ後は屋敷のメイドたちに期待通り下賜している。それによって、今までよりもメイドたちとは仲良くなったけど、内容が偏っている。恋愛小説も好きだけど、折角の憧れの乙女ゲームの世界だから、その世界観をもっと学びたい。でも、ただの令嬢が知りうる情報なんてたかが知れている。もうすでに屋敷のライブラリーの本で読めそうなものは読破した。
前世、司書の仕事も幼少期、それも絵本を読み始めてから続く根の深い本好き。1日に1冊は簡単に読めるくらいのめり込んでしまう集中力。それはもう、家族に活字中毒とさえ言われたくらいなのだ。
まだ10歳前後の子供が読める本が侯爵家のライブラリーにあってよかったが、実際は経済学に関する本以外は読んでいる。
前世も今世も、根っからの文系で理数系は苦手。とくに経済に関してはちんぷんかんぷんで、頑張って10ページめくればその本は枕に早変わりするほど苦手なのだ。
だからと言って、高位貴族の令嬢が自ら本を買い求める方法を知らないし、図書館に行っても広い館内、本を探して歩くだけで令嬢の体力のなさに泣く泣く手近の本ですませていた。
そうするとそこでも内容に偏りができてしまう。それに少々不満気味だったのだ。
教育を担当する、夫人からのおすすめの本ならば今後に役立つ内容があるだろう。
未知のことをしるのは楽しみだ。
「よろしくお願いいたします。」
本当に喜んで楽しみにしていた。
だから最初に渡された本が、本というのではないのに驚いた。
「そうでした、本日はこちらを差し上げます。」
そう言って手渡されたのは、紫の表装に銀の糸飾りのついた本。
手渡されたそれはずっしり思いが中をパラパラめくる。
白紙?
その内容は、薄く線が惹かれただけの白紙だった。
まるでノート、日記帳の様な本。
「毎日、少しでいいです。日記を付けてください。
記憶を頼りにすることも大切なのですが、初めて会う貴族も勿論ですが、外交に携わることもあります。その日あった人の名前と特徴など、付ける癖を付けてください。王妃様も婚約者になった時からされています。今のお嬢様の様子ですと、婚約者としても王族の公務に出ることがあるでしょうから、その際に我が国の貴族ならばまだしも他国の貴人に対して失礼があってはいけません。どうぞ、今後の為と思って本日より付けてくださいませ。」
やっぱり日記帳だった。
確かに王太子の婚約者になれば、今後人に会う機会もおおい。人の顔と特徴、名前をすべて覚えるのも難しい。
はあ、王妃になるって勉強とマナーができたらいいわけじゃないんだぁ。
初日だけでも、背筋をただす内容に今後のことに憂鬱になる。
フェリクス殿下との婚約者期間は、学園に入って約半年くらいまで続く。
ゲーム、というより小説の方にあった詳しい断罪日。
ゲームでは、攻略した後の大きなパーティとあったが、小説では15歳、学園入学後半年してから開催されるデビュタントの夜会でフェリクスたちからの断罪がある。
そこでヒロインは断罪中に、聖なる魔法に目覚めると言うシナリオなのだ。
そして現在11歳冬。
断罪は15歳の秋口。
4年弱、婚約者(仮)でいないといけない。その間、勿論教育もされる。
ただ、婚約解消ならばほかに嫁の貰い手はあるかもしれないけど、断罪されたらこれまでの学んで来たことが無駄になる。
そうならないように、周りに味方を作りそれでもってさらにヒロインの方がいいと思わせないと・・・って、ヒロイン、マギーだからなぁ。
現在貴族でない彼女をどうするか、それも考えないと・・・
時間はまだある。
うん、頑張ろう!
一先ずは、この先生にこのまま好印象を与え味方に付けた後、婚約解消されてもどこにでもお嫁に行けるようにお墨付きをもらわないと。
そうして、まだ白紙の日記帳に今後の目標を書き込むことが決定した。
窓の外の寒空を思わせる灰色の雲が、来た時よりも厚く暗くなっているけど・・・
読んでくださりありがとうございます。
教師の話内容、何度も書き直しをしてやっと出せました。
書いて消して、前に書いていたのをコピペしてをしたので、文章のつながりがおかしいところがあったらすいません。見直していますが、見つけ次第すぐ直します。