《2-30》
フェリクス視点です。
誤字脱字報告、感謝しています。
思いとは、口に出すことで初めて相手に真意が伝わるもの。
長い付き合いによって、深く知り合うことで性格や考え方を理解して汲むこともあるが、最近まで接点が少ない、いや、寧ろ失礼なことしかしていない間柄、嫌悪感を持たれていてもおかしくない少ない言葉で理解してもらうには難しい間柄だ。
それはわかっている。
わかってはいるんだが、改善の兆しの見えない現状を嘆きたくなる。
別に強要して、お菓子を食べさせたいわけじゃない!
目の前に泣きそうになりながら、一生懸命食べたものを咀嚼するかわいらしい女の子。
もう、どうしたらいいのか分からない。
この為に、みんなにアドバイスを貰ったと言うのに・・・
『困ったらアレックスの真似をしたらいいさ!』
能天気な友の声がよみがえる。
彼女の兄で、シルヴィアを溺愛する僕の友はこんなとき、どんな行動するか、どう声をかけるか・・・
・・・・・・・・・わからん。
さっぱり、わからない。
きっとあの友は、彼女にこんな顔をさせることはないだろうな。
妹愛のアレックスは、彼女の顔をもう悲しみに歪ませることはしないと、愛情を、隠すことをしなくなったもんなぁ。
素直に愛情を表せる、アレックスが羨ましい。
そうしている中、紅茶を飲んで少し緊張がほぐれたのか頬を緩めた彼女が目に入る。
泣きそうになっていたけど、落ち着いてくれただろうか。泣かれたらどうしようとさえ思っていたから緩んだ彼女の顔に安堵したのと共に、改めて見るとシルヴィア嬢の様な美少女はそういない。
大きく子猫のように少し吊り上がった愛らしい目、髪と同じく銀色の睫毛に濃く縁取られている。すべらかな頬もすっとしている鼻筋もかわいらしい。そして小さくぽってりしている赤く艶やかな唇。そこに視線を向けると、忘れようとしていたはずのあの感触を思い出して顔がまた赤くなる。
まずい、まずい!
本当になんて、そこらの純情な男と僕は違うんだ。
王族としてその辺ももう教育されているんだ。
顔がじわじわ熱くなる。
それでも目が離せない。
彼女の顔をマジマジ見ていたから、パッと顔を上げた彼女と目が合った。
思わず、マズイっと顔を背けてしまった。
何がマズいんだ。
何もない!・・・・・・ないはずなんだ
そうだ、やましい事なんて何もない。
いくら僕があの時の唇の感触を思い出していたからといっても、声に出していないし大丈夫。
まずいなんて何もない。
まずくはない。
そういえば、折角そろえたケーキの一番食べてほしい苺がまだだ。
あれは、頼んで父上の温室から僕が選んで摘んだ苺を使ってもらったんだ。
絶対に食べたほうがいい。
父上が言うには甘みと酸味のバランスを改良したもの。女性が好む甘いだけじゃない、ケーキにもピッタリな酸味もしっかりあり味の濃い苺。
その中からよく熟れているものを選んだんだ。
「っ!もっ、もういいのかっ?あっ、これ、この苺のタルト美味しいからこれは絶対に食べっ!!!」
そう言ってケーキを、主に苺を指さして勢いよくシルヴィア嬢に告げたが
今度は彼女の瞳とばっちり合ってしまった。
澄み渡るように綺麗な水色。
僕の赤くなったであろう顔を背けることがもったいないくらいに綺麗な瞳。
見るたびに変わる色。
次はどんなのだろう、その時はどんな感情なのだろう。
そう思ってまじまじと不躾なほど見つめてしまった。
もしここに第三者がいたら、熱く見詰め合う二人と言われただろう。
そう、端から見れば・・・
「何を見詰めてるんですか?
そんなに睨まないでください、かわいいシルヴィアが減ります。」
そこに入ってきた声に、大きく肩を揺らして驚いた。声も出ないほど・・・
そこにいたのは、怖い笑顔のアレックス。しかもその背後からそそくさと入ってきて侍女としての定位置の扉付近にスッと立つジェイン達。
「ねえ、フェリクス。つい最近、無理やり不埒なことをして騎士団長だけじゃなく、魔術師団長にまでお説教と制裁を食らったのに反省していないの?2人きりで私室に入って、お茶を入れた侍女たちも下がらせて何やってるの?いくら婚約者とはいえ、貴方には前科があるんだから誰も信用していないよ。それに、うちのかわいいヴィーはこんなにたくさんの量を食べないって言ったよね?僕、毎度言ったよね?今まで誰がそのあと処理していたと思ってるのかな?ん?」
アレックスは減ると言って、綺麗なシルヴィア嬢の瞳を掌で隠してしまった。
見たって、減らないだろうに完全なる嫌がらせだ。
それからもネチネチ、チクチクまだ小言は続いたが、僕も言われっぱなしじゃない。
かなり抉られるようなことも言うが、今日は何もしていない。
いくら前回そうであっても、今回はきちんと自重している。責められることはない・・・もしも、謝ったと言えないあの言葉のことなら反論はできないが・・・
あっ、でもシルヴィア嬢はあんな言葉で許すと言ってくれたんだよなぁ。
「まあ、じゃあそういうことにしておきますよ。」
絶対に納得していないけど、その話は終わってくれた。
ほっとしたのもつかの間ちらっとこちらを見た後、シルヴィア嬢から見えないほうの口の端を持ち上げ悪戯げな顔を見せたと思うと、シルヴィア嬢の隣に腰を下ろした。
普段は、音もたてずクッションを弾ますことなどないスマートな動きの癖に、何故かこの時は自然な動きをしたうえでクッションを弾ませ先に座っているシルヴィア嬢の体がぐらりと傾げてそのままアレックスのほうに寄り添って落ち着いた。
あっ、と思うと同時にアレックスはさらにシルヴィア嬢とのスキンシップを見せつけるように、頬を撫で、僕が勧めた苺ののったタルトを口に運んだ。
アレックスのでなく、シルヴィア嬢の!
所謂、あれだ、あ~んというやつだ。
仲良しの象徴じゃないか。
ある国では、身内以外で給餌行為とは愛情表現だと言われる。
夫婦恋人以外の異性でそれをすると、浮気を疑われ時には決闘騒動にまでなったと聞いたことがある。
まあ、アレックスとシルヴィア嬢は兄妹だから、まぁ、有りといえば有りで・・・
シルヴィア嬢もそれを躊躇なく口に運ぶし。
えっ?もしかしていつもの事なのか?
おとなしそうでクールに見えるシルヴィア嬢ってそういう子なのか?
もしかして、そういう距離感で接しても大丈夫なのか?
ベタベタしてもいいということか?
ええい!困った時のアレックス頼み!!!
アレックスと同じことをすればきっと・・・
そう思ったときにはもう体が自然に動いていた。
シルヴィア嬢の隣、アレックスとは逆側に座った。
「おいっ!」
勢いあまって、アレックス以上にソファーのクッションを弾ましてしまった。細いシルヴィア嬢の体が反動で、ぐらりと傾げ僕の方へ凭れてきた。そのタイミングで肩を抱き、此方へひきよせる。
細いながら、柔らかく温かい体。
ふわりと香ってくる甘く爽やかな瑞々しい微かな香り。
ラベンダーの香り?
僕の庭で咲いているときに話してくれていたあの花と似た香りがする。
それは巷で流行っている、噎せるような香水の香りに比べてささやかな香りだが好ましい。たまに親に連れられ登城する令嬢たちの中には、子供ながらに化粧をして大人の女性のような香水をこれでもかと振りまいている子もいる。そのあまりの匂いに鼻をつまみたくなるがいつも我慢をしている。婚約者を決めていない間の苦行だと我慢をしていたがそんな中から将来の伴侶を選べと言われていつもげんなりしていたのも遠い思い出になるだろう。
それに比べてシルヴィア嬢は、化粧も薄っすらしているかしていないか見極めにくいくらいだし、何よりも僕の庭園にいるような安らぐ香りしかしない。
素朴で優しい香り。
このままこの香りを嗅いでいたいと思わせる。
僕に凭れたことに恐縮した、シルヴィア嬢が離れようとするが、まだ側におきたくて腕をつかんでそれを制した。
アレックスからただならぬ、冷気を感じるが彼女を離したくない。
側に置く理由付けに、僕はまだある苺のデザートに目をやる。
「っ!あっ。え、あの、だから、これっ、この苺も!!!」
プレートにのった、白いクリームに真っ赤に熟れた苺ののったケーキをフォークで刺し、躊躇なく彼女の口に持っていく。
勢いでやったが、突然の僕の行動に驚き戸惑った顔を見せているシルヴィア嬢。
その顔を見て我に変えると、恥ずかしくて目元まであつくなってくる。
それでも上げたフォークを下ろすことはできない。
恥ずかしくても、ここまできたなら遂行させなければ、なんのためにこんな恥ずかしい行動をしたのかわからない。
「・・・口を開け、て・・・食べて」
せめてこれだけは、口に入れてもらわないと・・・
そう思って、シルヴィア嬢に目を向けると、ぽかーんと口を開いていた。
僕の行動に驚いたという結果、その顔だと思う。
あまり淑女らしくないが、そんな顔がまた可愛らしく思える。
そしてまたこれは、チャンスだった。
僕はすかざずその開いた口にケーキを突っ込んだ。
「んっぐっ!・・・っっっう~~~ん」
突っ込んだ瞬間驚いていたが、暫くしてうなり声がその小さな口から漏れてきた。
モグモグと口に入った、ケーキを咀嚼して美味しそうに目をとろ~んとさせた。
釣り気味の目尻は下がり、頬は緩み口角が上がり至福の表情を見せていた。
今日1日、強ばった笑みと戸惑った顔、泣きそうな表情などしか見ていなかった。
笑顔、それも嬉しそうな顔が見れて本当に嬉しい。
僕が笑顔にした。
僕の前で笑ってくれた。
「・・・笑った、・・・・・・よかった」
ほっと息を吐くように、僕の口からは安堵の声が漏れてしまった。
でも、単純にうれしい。
僕では彼女を、シルヴィア嬢を笑顔にできないと思っていたから、本当によかった。
「えっ?」
僕の声に驚いた彼女と目が合った。
目を逸らされることがないと思って、微笑んでいた。
僕はこのときに、まったく気がつかなかったがかなり気の抜けた顔をしていたらしい。
アレックスが言うには、見たことないいい笑顔だったと後日言われるほど。
意味はわからなかったが、悪い意味ではなかったらしい。
そして、その僕の笑顔がいいことをもたらした。
目の前でシルヴィア嬢が真っ赤になり恥ずかしがっている。しかも、嬉しそうに!
そうだ、嬉しそうなんだ!
大事なことだから、二度言う。
僕にもう、悪感情はないと思っていいだろうか?
婚約者として、お互い悪くない、いや、仲良くやっていきたい。
この調子ならできそう?
アレックスの行動の真似なんてって思ったけど、いいかもしれない!
そう思ったさ、この時は。
他力本願だってわかってるよ。
どうやら僕の行動を不審に思っていた、アレックスに気づかれた。
「ふ~~~ん、そうか。あっ、ヴィーほっぺにクリームついてるよ。」
不意打ちだった。
僕とシルヴィア嬢の様子を見ていて、なにかを思いついたように行動に出た。
僕には真似しようもない、大胆な行動に
「ほらっ」
そう言って、まろくすべらかな頬に顔を寄せ口の端に付いたクリームをペロッと舐めた。
はっ?なに、あれ?
仲がいい兄妹でもあれはないだろう。
どう考えてもいきすぎだろう!?
驚く僕に、挑発的に笑うアレックス。
『真似できるなら、やってみな!』
そう言われているようだった。
イヤイヤ、これは流石に・・・・・・
真っ赤に熟れた苺のように、赤くなって固まったシルヴィア嬢の横で頭を抱えた。
ちらっと見れば、シルヴィア嬢の頬にはまだクリームがついている。
あれを、あれで、あーしろと?
「嘘だろ・・・、さすがにこれは無理だ・・・」
情けないが、それは無理だ。
流石にその勇気はない。
下手をすればまた不埒なことをしたと言われかねない。
ムリ!無理!ムリ!
「勝手に真似するからですよ」
アレックスの非難の声に、ぐうの音もでない。
もう降参です。
自分の力で、シルヴィア嬢と仲良くならないといけない。
僕という人を、知ってもらうしかないのかなぁ。
わかっているけど、それができるならこんなに悩まない。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価ありがとうございます
次から新しいキャラだせるかな?
描きたいシーンがたくさんあって指があと50本ほしいです。千手観音並みの手がほしい。