《2-29》
フェリクス視点です。
思いの外、長くなったので分けました。
『君の瞳について、噂だけであんなひどいことをを言ってしまってすまなかった。上に立つものとして、人としても最低の行いだった。
更には、君に許可なく、その、あんなことして、反省している。もう絶対に君の嫌がることはしない。許してほしい。』
僕は、真摯にその瞳を見つめて頭を下げた。
下げる前に見た彼女の瞳は、アレックスと同じく碧色だった。アレックスが話してくれる彼女の話では、嬉しいこと楽しいこと気持ちが向上したときは、瞳色は明るく輝くように瞬くと聞いている。果たして顔を上げた彼女の瞳はどんな色をしているか。
許せないと、苛烈に怒りを表す色か、あのときの事を思い出しては悲しみに染まった色か、もしくは、僕の希望、穏やかに許し友好的に優しく瞬く色か。
『どうか、これから仲良くしてほしい。』
そう言って顔を上げた僕の目に写ったのは・・・
上げた目の前には、誰もいなかった。
気が付くと僕はラベンダー咲き乱れる僕の庭園に立っていた。
その紫の群生の際にかすかに見える銀の煌めき。
いつの間に移動したのだろう。
長い銀の髪が風に弄ばれるようにサラサラと背で舞っている。
それは天使の羽根の様にも見える。だが、その顔、瞳は遠くて見えない。彼女の感情がわからない。
僕は、そっちに足をむける。
見なければ、確認しなければいけない。
彼女の瞳を・・・
あと少しでその姿がはっきりするところまで足を進めた。
しかし、何故だろうそこから全く二人の距離は縮まらない。
踏み出した足の距離だけ、彼女が遠ざかっていくような感覚、
歩いていた足は、いつの間にか駆け出していた。
『待ってくれ・・・』
口からいつの間にか出ていた声。
それでも縮まらない、彼女との距離は遠ざかることも縮まることもない。
彼女の輪郭もはっきり見えるのに、その顔、表情、瞳が見えない。
もう少し、あと3歩でも近づけば、はっきりするのに・・・
奇妙な追いかけっこは、しばらく続いた。
普通なら息の上がるような距離を走った。そのつもりだというのに、まったく苦しくない。
だが気持ちは、焦っていた。
幾ら行っても変わらない景色。紫の絨毯が敷かれたようなラベンダーの中にいる彼女に全く届かない。
『止まってくれ、・・・待って・・・』
何度も絞り出すような声は、弱弱しい。
『お願いだから・・・、話をしよう』
懇願するように、手を伸ばしながら足を出す。
何度も繰り返した行動だ。
『何故?』
初めて、この奇妙な追いかけっこをしだしてから初めて彼女の声を聴いた。
それは、なんの感情も読めない、平らな声。
怒っても、怯えても、悲しんでも、ましてや楽しそうでもない、まっ平らな抑揚のない声。
だが、変化が嬉しい。
ただ追いかけるだけじゃない、答えてくれたことが嬉しい。
なぜだか、胸が高鳴る。
『君と、仲良くなりたい、から。』
なるべく優しい声音で、顔には笑みを浮かべて近づく。
しかし、やはり近づくだけ遠ざかる彼女。
『嘘』
遠ざかる彼女の唇が動き、抑揚ない声を出す。
『嘘じゃない。君と仲良くなりたい。』
言われた言葉に、胸が痛む。彼女は僕の言った、あの言葉を許してくれないのだろうか?
許してくれないかも知れないが、それでも僕の気持ちは嘘じゃない。
それだけは知ってほしい。
『何故?』
変わらず抑揚なく彼女は、繰り返す。
『何故、仲良くしたいの?
それは何故?誰かに言われたから?婚約者の義務で?
貴方の気持ちって何?』
矢継ぎ早に淡々と告げられる言葉に、僕の足は止まる。
何故?
だって、彼女、シルヴィア嬢は僕の婚約者だ。
婚約したから仲良くなりたい。
それにアレックスの妹で、アレックスは僕の側近で親友だ。彼は妹を大切にするとそう言っていた。
レーヌ侯爵は、宰相で国にとっても大切な人物。宰相が愛する娘のシルヴィア嬢と仲良くしないといけないから、だから、彼女は、シルヴィア嬢は、レーヌ侯爵家の大切な令嬢だから・・・だから?
いや、違う。
僕の気持ちは・・・
『さようなら』
悩んで思考に耽るが気が付くと彼女は、こちらに背を向けてすーっと遠ざかる。
最後に聞こえた声はとても冷たくひびいた。
ここで別れるのは嫌だ。
このままではいけない、だって僕は
「まってっ!僕は君がっ・・・」
ガバっと片手を伸ばしたまま飛び起きて、暗い室内を見て頭が急速に冷えた。
・・・・・・ああぁ、またあの夢だ。
このところ見る夢。
追いかけても追いかけても、離れていくシルヴィア嬢を延々追いかける夢。
この夢を見るようになった理由はわかっている。
「フェリクス、5日後にシルヴィア嬢と侯爵夫妻を城に呼んで今後の話し合いをすることになった。
庭園でのこと、シルヴィア嬢にきちんと詫びたうえで親睦を深めるように。いいな。」
ある日父上に呼ばれ、いつもと変わらない公務の予定を告げられるようなトーンで5日後の予定を話された。
父上が言っているのは、僕の庭園でシルヴィアに口づけしたことをいわれているのだろう。
わかってはいる。
シルヴィア嬢に詫びることがふえてしまったこと、間違いなく自らが引き起こしたことである。
暫くはあのときのこと、あの唇の感触を思い出しては眠れぬ夜を過ごし、翌日に目の下に隈をつくった。
さらにはアレックスがそれを見ては、苦々しく物言いたげであったこと。それを我慢して本格的に公務に参加する前に出された沢山の課題を机に積み上げられたことも、甘んじて受けよう。
すべて自分がしでかしたことの結果。
いつまでも、精神的に幼いとアレックスを見るたびに最近は落ち込むことが多い。
落ち着きを払う、アレックスのようにもっと、大人の落ち着いた男になりたい。
シルヴィア嬢は、1年以上前のあの事に今更謝罪することにどう思うだろうか。
噂だけで貶めるような会話をしたことは、恥ずべきこと。
実際に会った彼女はそんなことはない。
色が変わる瞳。
驚きはあったが気持ち悪いなんて思わなかった。寧ろもっと見たい、どのような感情で色が変わるのが、まだ見たことのない色を出すのはどんなときなのか。
見たい。
その気持ちが強すぎて、前回不躾に見つめてしまった。
どうすれば逸らされることなく見つめられるだろうか?
アレックスたちと打ち解けるまでは、然程かかった気がしなかった。
だから、きっとシルヴィア嬢とも仲良くなれると思っていたのに・・・
そんなもどかしさからか、逃げられない期日が決まった謝罪の時に緊張しているためかあの夢を毎日見る。
でも、今日は違った。
シルヴィア嬢は、話をしてくれた。
それがどんなことであってもだ。
きっとうまくいく。
彼女が許さないと言ったとしても、一度きちんと謝りたかった。その気持ちは疑いのない本心だ。
僕の気持ちをきちんと話そう。
そうまだ明けていない暗い室内で誓っていたはずだった。
『君の瞳のこと、あんなひどいことを言ってしまってすまなかった。上に立つものとして、人としても最低の行いだった。
更には、君に許可なく、その、あんなことして、反省している。もう絶対に君の嫌がることはしない。許してほしい。』
夢で何度も口にした、あの言葉を伝えて謝ろう。
きっと、気持ちを込めて真摯に謝ればわかってくれる。
そう思っていた。
その時の瞬間までは・・・
あの庭園でのことから初めて会う彼女に僕は妙な胸の高鳴りを感じた。
王家のプライベートの貴賓室で母上とまっている間、何度も何度もあの夢の言葉を言う。そう思っていた。なのに、余計な言葉も思いだしてしまったのだ。
夢から飛び起きたあの瞬間、僕はなんて言おうと思っていたのか・・・まさか?
『まってっ!僕は君がっ・・・』
僕は君が?僕は彼女になんて言うつもりだった?
僕の気持ち?
僕は・・・
僕は君が、好き、?
まさか、そんな、こと・・・?
いやいや、そんな、バカな?
きちんと話もしていない令嬢にそんな感情を抱くはずがない。
僕にそんな感情があるなんて・・・
違うっ!
あれだ、きっとあの時の彼女の口づけを・・・そうだ、きっと口づけを思い出すたび、胸が痛くなるほどドキドキして、だから、きっとそう勘違いしてるんだ。
大丈夫、僕は気が付いたから。もう惑わない。
冷静にちゃんと彼女との対面もうまくいく。
なのに彼女、シルヴィア嬢の姿を目にしてから。
そのかわいらしい姿に目が釘付けになってしまった。
母上からの王妃教育と城での過ごすための注意事項を聞いていくつか疑問を感じたが、それでも彼女が王妃教育で城に通うんだと聞いて本当に僕の婚約者にシルヴィア嬢はなったんだと改めて感じて胸が高鳴った。
ん?
なんで胸が高鳴るんだ?
そう思っていたところで母上の話が終わり、今度は僕の番だ。
シルヴィア嬢の前に立つと、びっくりしたような彼女と目が合った。
碧い瞳を見開き、驚いている。その瞳はジワリと色を変えた。それは瞬きの間に少し緑濃くなっていた。
これはどんな感情なんだ?
嫌われていないよな?
そう思った瞬間、頭が真っ白になった。
さんざん夢で言っていた言葉を繰り返し、心の中で暗唱していたというのにすべてが抜けてしまった。
あっ、どうしよう。
瞳のこと、庭園でのこと、謝らないと。
どう言ったらいいんだ?
謝るって、ただごめんでいいわけないよな。
色々やらかしたんだ。
それをうまく、言わないと・・・
やらかした彼是を
本当にやってしまった色んなことを
色々いわないと・・・
いろいろ・・・
イロイロ、と・・・
「いろいろ悪かった・・・」
いやいや、違う。そうじゃない。
そんな投げ遣りな言い方!
するつもりなんてない。
なのに言葉が出てこない。
ああ、もう!
絶対に謝った趣旨がきちんと相手に伝わっていない。
なにより、なんだよいろいろって!
だれか、もっとうまく話せるスキルを与えてほしい。
◇
場所を移して気分を変えれば、落ち着くかと思ったのに・・・
これじゃない感が、半端ない。
涙目になりながら、小さな口でクッキーを食む姿は、かわいらしいが思っていたのとは違った。
何故だ?
女の子に今、人気のスイーツをたくさん用意した、カラフルなテーブルを目の前に少し唖然としていたが座って食べるように促せば素直に従ったのに・・・
僕も座ろうかと向かいのソファーに一歩足を踏み出したときに思いついた。
婚約者になったのだから、隣に座ってもいいんじゃないか?
普通なら、テーブルを挟んで向かい合って座るべきだが、父上が言っていた通り親睦を深めるならば隣に座ってもいいのでは?
僕がそこでうろうろするものだから、お茶を持ってきた侍女たちも困惑している。王族のプライベートの一帯の侍女、しかも持ってきたのはあの鉄壁の母上の専属侍女の娘ジェイン。こちらも狼狽えると言うところをあまり見たことがない侍女だ。それなのに僕がこの状態で困惑というより、何やってんだと言うような呆れを含んだ視線を寄越す。
まったく、僕は王子だぞ。
まだ座ることを躊躇しているのを見取って、埒が明かないと勝手に判断したジェインは、テーブルの空いたスペースのちょうど中央寄りに僕の分のカップを置いた。
僕はそれを確認したら、視線で早く部屋から出るように促した。
母上に何か言われていたのか、さすがにそれはできないと首を周りにわからないように振るが眼力を強めて出るように指示した。
だって、
だってさ、
他に人がいると、
恥ずかしいんだよ!
不満そうな顔をして仕方なく、本当に渋々と他の侍女たちと部屋を出ていった。
出ていったが、きっと扉の前で中を覗うに違いない。
確かに前回、紳士として恥ずべき行動をしたのはわかっている。本当になんであの時あんなことをしたのか分からない、けど・・・・・・・・
柔らかかったなぁ・・・
また、唇の感触を思い出してしまって一気に顔が熱くなる。
いやいや、今回はそんなことは絶対にダメだ。
これから婚約者として、適切な距離と行動をしないと。
さあ、今度こそ彼女の隣に座ろう
そう思って行動に移そうと思っても、やっぱり足が動かない。
まるで呪縛の様に彼女の隣に行けない自分がいた。
その間にもクッキーを食べ終わった彼女は、おいしいですと笑顔を向けてくれた。もっとたくさん会話がしたい、なのに、今、僕の口から出るのはどうでもいいことばかり。
「君の為にたくさん用意したんだ。もっと食べろ」
いや、言い方!
何故だ?
アレックスたちは、僕のこの思い通りにならない口を理解してくれている。でも、シルヴィア嬢はきっとまだ僕の本当に話したかったことを汲み取れないだろう。
でも、届け僕の本心!
さっきの言葉の本心!!!
『君(の笑顔)の為にたくさん用意したんだ。もっと(一緒に話をしながら)食べ(よう)』
僕の思いが届いてほしい!
そう強く願い、目に力をいれシルヴィアを見つめた。
例えそれが、端から見れば仁王立ちで睨み付けているように見えていたとしても。
読んでくださりありがとうございます。
いつも誤字脱字報告感謝します。
ブクマ、評価ありがとうございます。
頑張って書いて行きます。
続きは今日中に、がんばります
これからもよろしくお願いします




